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エピローグ 誰よりも大切な私の妹
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『王立トルバラード学園テロ事件』
それは王都中を騒がす事件となった。
しかし、駆けつけた『英雄』によってテロリスト集団は無力化され、被害者は軽傷であるものの全員が大事に至らなかった。首謀者である元教師『アルバート・ヴィオン』は依然として逃亡を続けているが、指名手配として現在も捜索中である。
学園長オードウィンは今回の事件について更なる調査を進め、今後このようなことが二度と起こらないように務めを果たすことを表明した。
今回の被害者である生徒の家族の元には、オードウィン自ら赴き、多大な慰謝料と謝罪を述べることとなった。
「とまぁ……これでいいかの?」
ここは王立トルバラード学園にある一室、学園長室だ。
事件から数日経った頃、私はオードウィンから呼び出しを受け、事の顛末を全て聞き出していた。
「……これでいいのかは私が決めることじゃないわ、ねぇミオ?」
部屋の中にいるのは、私とオードウィンだけではない。
被害者を代表して、ミオまでもが呼び出しを受けていた。その付き添いとしてアレク先生も出席している。
「わ、私は……あまり難しいことはわからないので……!」
「ミオ……こういう時に遠慮してはダメよ。それにあなたは被害者の代表として呼ばれているのだから、それ相応の対価を要求する権利があるの。今のうちに小遣い稼いでおきなさい」
「これ、最後に余計なことを教えるでない」
「あ゛ぁ? 元はと言えばそっちの不手際でしょう? 私の大切な妹が危険な目にあって、もし間に合わなかったらどうするつもりだったのかしら?」
「うぐっ……それは、本当にすまない」
あの日、オードウィンはとある用事で学園を離れていた。
そして私も、鼠のことを聞くために王城へと出かけていた。
アルバートはその隙を突いたらしい。
その前から妙に大人しかったのは、この時を虎視眈々と狙っていたのだろう。
奴の計画は二つあった。
一つは、王立トルバラード学園を我が物とし、亜人を完全に排除すること。
もう一つは、私への報復だ。全ての亜人を、妹を人質に取ることで私を誘き出し、クラス対抗戦の時の屈辱を晴らそうと計画していたのだと、テロリストに深く関わっていた者から後で聞いた。
しかし、奴の二つの計画は全て台無しになった。
原因は一つ。私を侮っていたことだ。他国の力を借りればどうにかなると高を括ったのが、奴らの敗因だった。
だが、結果は全員無事だったとしても、私には許せないことがある。
それはテロリストどもと、私自身にだ。
あれだけ妹のことを守ると言っていたのに、このざまだ。
英雄として、何より姉として情けない気持ちでいっぱいになった。あの後、何度もミオに謝った。私のせいでミオが危険な目にあったと言っても過言ではないのだ。許してもらえるとは思っていなかった。絶対に失望されていると思っていた。
けれど、ミオはこう言ってくれた。
『大好きだよ、お姉ちゃん』
それだけで私の全てが救われた気がした。
あのアルバートとガルミーユ先進国のことだ。また何かしてくるのは間違いない。その時は容赦しない。どんなに卑怯な手を使われようと、真正面から捩じ伏せて──殺す。
でも、私の中で燻る怒りの感情は、今は沈めておこう。油断はしないけれど、今はミオのことだけを考えることにしよう。
「結果はどうであれ、これは絶対に許されることではない。彼ら亜人は種族の誇りと尊厳を傷付けられたの。慰謝料と謝罪だけでどうにかなるとは思わないことね」
「それは理解している。英雄殿の、ミア殿の助けがなければ正直危ないところだった。だからわしは、どのような罰でも受け入れると約束しよう」
これはオードウィンの怠慢が問題でもあった。
元々、多くの問題があるアルバートを『貴重な炎専門の使い手だから』という理由で野放しにしていたのだから。
「……して、ミオ殿。代表として聞く。何か他に望むものはあるだろうか? 遠慮しなくていい。悪いのはこちらであり、償う必要があるのだ」
オードウィンが真摯に問う。
「…………今後一切このようなことがないよう先生方が常に注意を払ってくれるのであれば、私は他に何も望みません」
「ミオ……」
「いいの、お姉ちゃん。確かにあの人達のことは許せないよ。でも、それを全て先生達の問題にするのは違うと思うんだ。それに…………」
ミオは顔を赤くさせ、私にはにかむ。
「世界で一番大好きなお姉ちゃんが、英雄様が助けてくれた。私のために怒ってくれた。それで私は十分だよ」
──確かに天使は、そこに居た。
「~~~~っ! ……っ!! ~~っ!?」
「待て待て! わかった! 嬉しいのはわかったから揺さぶるのをやめてくれ! 頼むからやめ……おぇっ!」
「わーーーー!? お姉ちゃん! 学園長が可哀想だからやめてあげて!」
「ミアさん! 師匠が死んでしまいます! お願いですからおやめください!!」
感情の制御が不可能になった私は、ミオとアレク先生に取り押さえられた。しかし、私の興奮がその程度で収まるわけがなく、オードウィンの肩を揺さぶり続けた。
「きゃーーー! 学園長が白目剥いてるよ!」
「師匠ーーーー!」
「…………(がくっ)」
「師匠ーーーーっ!?」
◆◇◆
「はぁ……」
場所は学園の屋上。
空には万点の星々が並び、神秘的な夜の空模様を描いている。
私は地面に転がり、ただジッと夜の空を見つめていた。
「……ああ、いたいた。こんなところで何してるの?」
そんな時、私を探していたであろうミオが、屋上の梯子を登って顔をひょこっと覗かせる。
「……よくこの場所がわかったわね」
「だって、お姉ちゃん何かあったらこうして夜空を見るのが好きだったでしょう? だから、もしかしたら屋上にいるのかなって思ったの」
「そう……おいで、ミオ」
「うん……!」
ミオは私の隣まで近寄り、そっと横になる。
私はそんな妹の体を抱き寄せ、更に妹を感じられるようにした。ミオはそれを嫌がらず、むしろ嬉しそうに喉を鳴らす。
あの一件があって以来、ミオは甘えん坊な一面を隠さなくなっていた。
まるで昔に戻ったように感じられて、私は嬉しい。もう大人になったのかと思っていたら、まだ姉離れができていないようだった。
……勿論、私もそうだ。一生妹離れできる気がしない。
「ねぇ、お姉ちゃん?」
「ん? どうしたの?」
「お姉ちゃんは、どうして英雄になったの?」
英雄……英雄になった理由か……。
「尊敬されるような理由じゃないわよ。それでもいい?」
「うん……着飾った言葉じゃなくて、お姉ちゃんの気持ちを知りたいから」
「…………ミオを守りたかったの」
「私を?」
「ええ、そうよ。あの日……と言っても、ミオはまだとても小さい時のことだけれど、私は自分の力を制御できなくて、あなたを傷つけてしまった。このままでは大切なミオを殺してしまう。そう思った私は、強くなるために、いつかその力で妹を守れるようにと里を出たのよ」
生半可な気持ちではなかった。
この手で妹を殺したくない。その一心で私は何もかもを手放した。
あの時の私は、かなりの無茶をしていたと思う。
まだエルフとして未熟な少女時代だ。力はあったが、ただそれを暴力的に振り回しているだけで、正しい使い方をほとんど知らなかった。旅の途中、魔力が暴走しかけて何度も死にかけた。でも、ミオのためにと諦めなかった。
「……覚えているよ。朝起きたらどこにもお姉ちゃんがいなくて、家の中からお姉ちゃんの物だったものが全部無くなっていた。お父さんとお母さんに聞いても、何も教えてくれない。まるでお姉ちゃんの存在が最初から居なかった……そんな生活が始まったの」
まだ幼かったミオにとって、唐突な姉との別れは辛いものがあっただろう。
そしてその予想は、当たっていたようだ。
「私は何日も泣いた。大好きなお姉ちゃんが居ないって、何度も何度も両親に訴えたの。そしたらね、二人はこう言ったんだ」
──あの人のことは忘れなさい。
「私は許せなかった。子供のことを忘れようとして、必死に怯える二人のことが許せなくなった。だから決めたの。絶対に強くなって、お姉ちゃんを探しに行く……ってね」
十分な実力を得るまで、ミオは良い子であることを演じ続けた。
長年の時を得て、私がシュバリエ王国に居るとの情報を聞きつけ、成人すると同時に里を出ることを表明したのだとミオは語った。
「私は、みんなが思っているよりも良い子じゃないの」
「……ミオ……」
「ふふっ……幻滅した、かな?」
「…………馬鹿ね」
私は先程よりも強く、ミオを抱いた。
「幻滅なんてするわけないじゃない。ミオは、いつまでも私の自慢の妹よ」
「でも……私は良い子じゃないんだよ?」
「それがどうしたの? ミオは意味もなく人を殺す?」
「そんなことはしないよ!」
「だったら問題ないわ。人の道を外れたようなことをするのなら、姉として正しい道に導く役目があるけれど、ミオの変化は些細な変化よ。この程度で幻滅するだなんて、あまり姉を舐めないでちょうだい」
むしろミオの本音を聞けてお姉ちゃんは嬉しい限りだ。
だって、これは私とミオだけの話。二人の秘密事なのだ。
──は? 何それめっちゃ興奮するんですけど?
「ミオは言ってくれたわね。自分のために怒ってくれたことだけで自分は十分だと。……私も同じ気持ちよ。ミオが私のために怒ってくれた。私のために里を出る決意をしてくれた。私を探すために命を張ってくれた。それだけで私は、幸せよ。本当に……最高の妹を得て嬉しいわ」
そのことに関しては、あの両親に感謝しなければならない。
こんな最高に可愛くて最高に愛しい妹を産んでくれてありがとう、と。
「ねぇ、ミオ。こっち向いて、目を瞑って?」
「え……? う、うん……」
ミオは困惑しながらも、素直に言うことを聞いてくれた。
妹の頬は、ほんのり赤く染まっていた。本音を曝け出すのが恥ずかしかったのだろう。それでも話してくれた。私はそのことに感謝しつつ、誰よりも愛しいミオの顔に手を触れ────
「あいたぁ!?」
そのおでこに強烈なデコピンをかました。
「なんで!? なんで!?!?」
ミオは意味がわからずに、おでこを抑えて目を白黒させていた。
「全く、外は危ないって何回も教えたでしょう? それなのに里を出るなんて、危険なことをしないでちょうだい」
「え? だって今、幸せって……」
「それとこれとは別! 良いからそこに正座!」
「はいっ!」
ミオはエルフの俊敏さを活かして、寝転がった状態から飛び上がり、言われた通りビシッと背筋を伸ばしながら正座の体制になった。
「例え成人したからってね、エルフは外では珍しいの。運が悪かったら奴隷商人に目を付けられていたかもしれないのよ? それ以前に魔物に殺されていた可能性だってある。そんなことになれば、私は確実に身投げしていたわ」
「身投げだなんて……そんな大袈裟な……」
「口答えするんじゃありません!」
「──ごめんなさい!」
私のために行動して、ミオが危険な目にあう。
そんなことが知れれば、私は即座に『英雄』の地位を捨てて自殺していた。
ミオのいない世界なんて、私が生きている価値はないと、本気でそう思っているからだ。
「いきなり王都に来るって知った時も驚いたんだからね! 手続きも何もかも大変だったんだから!」
「悪かったと思ってるよぉ……」
「そう思っているのならもっと安全な手段を考えなさい!」
「ひゃい!」
私はいつの間にか昔のような口調に戻っていた。
このような口調に戻ったのは、昔本気で妹に怒った時以来だ。
どこか懐かしい気分になるけれど、それ以上に大切なことをミオに教えてやらねばならない。次は安全だとは限らないのだ。今のうちに言いたいことを全て言ってやる気持ちで、私は妹を叱っていた。
「次からはお姉ちゃんを頼りなさい。遠慮するなんて絶対に許さないんだからね。ミオのわがままなら嫌でも聞いてあげるんだから! 英雄の仕事なんて放り出して手伝ってあげるわ!」
「お姉ちゃん? それは流石にやばいんじゃ……」
「ミオ以外に大切なものなんてあるわけないでしょ、この馬鹿! わかったら返事!」
「はい! ごめんなさい!」
ミオは怯えた子猫のように目を瞑る。
しかし、その口元は笑っているように見えた。
「はぁ……ほら、帰るわよ」
「う、うんっ!」
春の暖かい季節とはいえ、夜は冷え込む。こんなところで説教を続けていたら、ミオが風邪を引いてしまうかもしれない。それを避けるために、私は一度帰ることにした。
「ねえねえ、お姉ちゃん!」
私の腕を、ミオが引く。
振り向くとそこには、今までで一番の笑顔をしたミオが────
「お姉ちゃん、大好き!」
それは王都中を騒がす事件となった。
しかし、駆けつけた『英雄』によってテロリスト集団は無力化され、被害者は軽傷であるものの全員が大事に至らなかった。首謀者である元教師『アルバート・ヴィオン』は依然として逃亡を続けているが、指名手配として現在も捜索中である。
学園長オードウィンは今回の事件について更なる調査を進め、今後このようなことが二度と起こらないように務めを果たすことを表明した。
今回の被害者である生徒の家族の元には、オードウィン自ら赴き、多大な慰謝料と謝罪を述べることとなった。
「とまぁ……これでいいかの?」
ここは王立トルバラード学園にある一室、学園長室だ。
事件から数日経った頃、私はオードウィンから呼び出しを受け、事の顛末を全て聞き出していた。
「……これでいいのかは私が決めることじゃないわ、ねぇミオ?」
部屋の中にいるのは、私とオードウィンだけではない。
被害者を代表して、ミオまでもが呼び出しを受けていた。その付き添いとしてアレク先生も出席している。
「わ、私は……あまり難しいことはわからないので……!」
「ミオ……こういう時に遠慮してはダメよ。それにあなたは被害者の代表として呼ばれているのだから、それ相応の対価を要求する権利があるの。今のうちに小遣い稼いでおきなさい」
「これ、最後に余計なことを教えるでない」
「あ゛ぁ? 元はと言えばそっちの不手際でしょう? 私の大切な妹が危険な目にあって、もし間に合わなかったらどうするつもりだったのかしら?」
「うぐっ……それは、本当にすまない」
あの日、オードウィンはとある用事で学園を離れていた。
そして私も、鼠のことを聞くために王城へと出かけていた。
アルバートはその隙を突いたらしい。
その前から妙に大人しかったのは、この時を虎視眈々と狙っていたのだろう。
奴の計画は二つあった。
一つは、王立トルバラード学園を我が物とし、亜人を完全に排除すること。
もう一つは、私への報復だ。全ての亜人を、妹を人質に取ることで私を誘き出し、クラス対抗戦の時の屈辱を晴らそうと計画していたのだと、テロリストに深く関わっていた者から後で聞いた。
しかし、奴の二つの計画は全て台無しになった。
原因は一つ。私を侮っていたことだ。他国の力を借りればどうにかなると高を括ったのが、奴らの敗因だった。
だが、結果は全員無事だったとしても、私には許せないことがある。
それはテロリストどもと、私自身にだ。
あれだけ妹のことを守ると言っていたのに、このざまだ。
英雄として、何より姉として情けない気持ちでいっぱいになった。あの後、何度もミオに謝った。私のせいでミオが危険な目にあったと言っても過言ではないのだ。許してもらえるとは思っていなかった。絶対に失望されていると思っていた。
けれど、ミオはこう言ってくれた。
『大好きだよ、お姉ちゃん』
それだけで私の全てが救われた気がした。
あのアルバートとガルミーユ先進国のことだ。また何かしてくるのは間違いない。その時は容赦しない。どんなに卑怯な手を使われようと、真正面から捩じ伏せて──殺す。
でも、私の中で燻る怒りの感情は、今は沈めておこう。油断はしないけれど、今はミオのことだけを考えることにしよう。
「結果はどうであれ、これは絶対に許されることではない。彼ら亜人は種族の誇りと尊厳を傷付けられたの。慰謝料と謝罪だけでどうにかなるとは思わないことね」
「それは理解している。英雄殿の、ミア殿の助けがなければ正直危ないところだった。だからわしは、どのような罰でも受け入れると約束しよう」
これはオードウィンの怠慢が問題でもあった。
元々、多くの問題があるアルバートを『貴重な炎専門の使い手だから』という理由で野放しにしていたのだから。
「……して、ミオ殿。代表として聞く。何か他に望むものはあるだろうか? 遠慮しなくていい。悪いのはこちらであり、償う必要があるのだ」
オードウィンが真摯に問う。
「…………今後一切このようなことがないよう先生方が常に注意を払ってくれるのであれば、私は他に何も望みません」
「ミオ……」
「いいの、お姉ちゃん。確かにあの人達のことは許せないよ。でも、それを全て先生達の問題にするのは違うと思うんだ。それに…………」
ミオは顔を赤くさせ、私にはにかむ。
「世界で一番大好きなお姉ちゃんが、英雄様が助けてくれた。私のために怒ってくれた。それで私は十分だよ」
──確かに天使は、そこに居た。
「~~~~っ! ……っ!! ~~っ!?」
「待て待て! わかった! 嬉しいのはわかったから揺さぶるのをやめてくれ! 頼むからやめ……おぇっ!」
「わーーーー!? お姉ちゃん! 学園長が可哀想だからやめてあげて!」
「ミアさん! 師匠が死んでしまいます! お願いですからおやめください!!」
感情の制御が不可能になった私は、ミオとアレク先生に取り押さえられた。しかし、私の興奮がその程度で収まるわけがなく、オードウィンの肩を揺さぶり続けた。
「きゃーーー! 学園長が白目剥いてるよ!」
「師匠ーーーー!」
「…………(がくっ)」
「師匠ーーーーっ!?」
◆◇◆
「はぁ……」
場所は学園の屋上。
空には万点の星々が並び、神秘的な夜の空模様を描いている。
私は地面に転がり、ただジッと夜の空を見つめていた。
「……ああ、いたいた。こんなところで何してるの?」
そんな時、私を探していたであろうミオが、屋上の梯子を登って顔をひょこっと覗かせる。
「……よくこの場所がわかったわね」
「だって、お姉ちゃん何かあったらこうして夜空を見るのが好きだったでしょう? だから、もしかしたら屋上にいるのかなって思ったの」
「そう……おいで、ミオ」
「うん……!」
ミオは私の隣まで近寄り、そっと横になる。
私はそんな妹の体を抱き寄せ、更に妹を感じられるようにした。ミオはそれを嫌がらず、むしろ嬉しそうに喉を鳴らす。
あの一件があって以来、ミオは甘えん坊な一面を隠さなくなっていた。
まるで昔に戻ったように感じられて、私は嬉しい。もう大人になったのかと思っていたら、まだ姉離れができていないようだった。
……勿論、私もそうだ。一生妹離れできる気がしない。
「ねぇ、お姉ちゃん?」
「ん? どうしたの?」
「お姉ちゃんは、どうして英雄になったの?」
英雄……英雄になった理由か……。
「尊敬されるような理由じゃないわよ。それでもいい?」
「うん……着飾った言葉じゃなくて、お姉ちゃんの気持ちを知りたいから」
「…………ミオを守りたかったの」
「私を?」
「ええ、そうよ。あの日……と言っても、ミオはまだとても小さい時のことだけれど、私は自分の力を制御できなくて、あなたを傷つけてしまった。このままでは大切なミオを殺してしまう。そう思った私は、強くなるために、いつかその力で妹を守れるようにと里を出たのよ」
生半可な気持ちではなかった。
この手で妹を殺したくない。その一心で私は何もかもを手放した。
あの時の私は、かなりの無茶をしていたと思う。
まだエルフとして未熟な少女時代だ。力はあったが、ただそれを暴力的に振り回しているだけで、正しい使い方をほとんど知らなかった。旅の途中、魔力が暴走しかけて何度も死にかけた。でも、ミオのためにと諦めなかった。
「……覚えているよ。朝起きたらどこにもお姉ちゃんがいなくて、家の中からお姉ちゃんの物だったものが全部無くなっていた。お父さんとお母さんに聞いても、何も教えてくれない。まるでお姉ちゃんの存在が最初から居なかった……そんな生活が始まったの」
まだ幼かったミオにとって、唐突な姉との別れは辛いものがあっただろう。
そしてその予想は、当たっていたようだ。
「私は何日も泣いた。大好きなお姉ちゃんが居ないって、何度も何度も両親に訴えたの。そしたらね、二人はこう言ったんだ」
──あの人のことは忘れなさい。
「私は許せなかった。子供のことを忘れようとして、必死に怯える二人のことが許せなくなった。だから決めたの。絶対に強くなって、お姉ちゃんを探しに行く……ってね」
十分な実力を得るまで、ミオは良い子であることを演じ続けた。
長年の時を得て、私がシュバリエ王国に居るとの情報を聞きつけ、成人すると同時に里を出ることを表明したのだとミオは語った。
「私は、みんなが思っているよりも良い子じゃないの」
「……ミオ……」
「ふふっ……幻滅した、かな?」
「…………馬鹿ね」
私は先程よりも強く、ミオを抱いた。
「幻滅なんてするわけないじゃない。ミオは、いつまでも私の自慢の妹よ」
「でも……私は良い子じゃないんだよ?」
「それがどうしたの? ミオは意味もなく人を殺す?」
「そんなことはしないよ!」
「だったら問題ないわ。人の道を外れたようなことをするのなら、姉として正しい道に導く役目があるけれど、ミオの変化は些細な変化よ。この程度で幻滅するだなんて、あまり姉を舐めないでちょうだい」
むしろミオの本音を聞けてお姉ちゃんは嬉しい限りだ。
だって、これは私とミオだけの話。二人の秘密事なのだ。
──は? 何それめっちゃ興奮するんですけど?
「ミオは言ってくれたわね。自分のために怒ってくれたことだけで自分は十分だと。……私も同じ気持ちよ。ミオが私のために怒ってくれた。私のために里を出る決意をしてくれた。私を探すために命を張ってくれた。それだけで私は、幸せよ。本当に……最高の妹を得て嬉しいわ」
そのことに関しては、あの両親に感謝しなければならない。
こんな最高に可愛くて最高に愛しい妹を産んでくれてありがとう、と。
「ねぇ、ミオ。こっち向いて、目を瞑って?」
「え……? う、うん……」
ミオは困惑しながらも、素直に言うことを聞いてくれた。
妹の頬は、ほんのり赤く染まっていた。本音を曝け出すのが恥ずかしかったのだろう。それでも話してくれた。私はそのことに感謝しつつ、誰よりも愛しいミオの顔に手を触れ────
「あいたぁ!?」
そのおでこに強烈なデコピンをかました。
「なんで!? なんで!?!?」
ミオは意味がわからずに、おでこを抑えて目を白黒させていた。
「全く、外は危ないって何回も教えたでしょう? それなのに里を出るなんて、危険なことをしないでちょうだい」
「え? だって今、幸せって……」
「それとこれとは別! 良いからそこに正座!」
「はいっ!」
ミオはエルフの俊敏さを活かして、寝転がった状態から飛び上がり、言われた通りビシッと背筋を伸ばしながら正座の体制になった。
「例え成人したからってね、エルフは外では珍しいの。運が悪かったら奴隷商人に目を付けられていたかもしれないのよ? それ以前に魔物に殺されていた可能性だってある。そんなことになれば、私は確実に身投げしていたわ」
「身投げだなんて……そんな大袈裟な……」
「口答えするんじゃありません!」
「──ごめんなさい!」
私のために行動して、ミオが危険な目にあう。
そんなことが知れれば、私は即座に『英雄』の地位を捨てて自殺していた。
ミオのいない世界なんて、私が生きている価値はないと、本気でそう思っているからだ。
「いきなり王都に来るって知った時も驚いたんだからね! 手続きも何もかも大変だったんだから!」
「悪かったと思ってるよぉ……」
「そう思っているのならもっと安全な手段を考えなさい!」
「ひゃい!」
私はいつの間にか昔のような口調に戻っていた。
このような口調に戻ったのは、昔本気で妹に怒った時以来だ。
どこか懐かしい気分になるけれど、それ以上に大切なことをミオに教えてやらねばならない。次は安全だとは限らないのだ。今のうちに言いたいことを全て言ってやる気持ちで、私は妹を叱っていた。
「次からはお姉ちゃんを頼りなさい。遠慮するなんて絶対に許さないんだからね。ミオのわがままなら嫌でも聞いてあげるんだから! 英雄の仕事なんて放り出して手伝ってあげるわ!」
「お姉ちゃん? それは流石にやばいんじゃ……」
「ミオ以外に大切なものなんてあるわけないでしょ、この馬鹿! わかったら返事!」
「はい! ごめんなさい!」
ミオは怯えた子猫のように目を瞑る。
しかし、その口元は笑っているように見えた。
「はぁ……ほら、帰るわよ」
「う、うんっ!」
春の暖かい季節とはいえ、夜は冷え込む。こんなところで説教を続けていたら、ミオが風邪を引いてしまうかもしれない。それを避けるために、私は一度帰ることにした。
「ねえねえ、お姉ちゃん!」
私の腕を、ミオが引く。
振り向くとそこには、今までで一番の笑顔をしたミオが────
「お姉ちゃん、大好き!」
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