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初めての気持ち

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今、私たちは手を繋いで城下町を歩いている。
手を繋ぐなんて、レスター様にエスコートされた時以外にない私はドキドキが止まらない。
しかも所謂、恋人繋ぎという指を絡める繋ぎ方で私の心臓はどうにかなってしまうのではと思う程だった。

「ルシー、顔真っ赤だよ。大丈夫?」
「あ、はぃっ」

緊張のせいか声が裏返ってしまった。恥ずかしい・・・。

逢瀬の間は私はルシー。バルサ様はローナと呼ぶ事になった。

バルサ様はよく見かけるミディアムブラウンの鬘を被り、大きな色の着いた眼鏡を掛けている。美しい顔の作りは変わらないけれど、元を知っている私からすると同一人物とは思えない程印象が変わった。

対する私はバーガンディーの鬘にとっても大きなガルボハットを被っている。
下から覗かない限り私の顔は見えないだろう。

お互い平民よりちょっといい、程度の服を身に付けている。

「実は前から行ってみたかった店があってね。今日はそこに行こうと思うんだけど、ルシーはそれでもいいかい?」
「はい、ローナ様にお任せします」


連れていかれた店は大衆店で、平民の人たちで賑わっていた。

「いらっしゃい!二人かい?」
「ああ、そうだ」
「じゃあその奥の席に座っとくれ!」

恰幅の良い女将さんらしき人が指し示したのは二つだけ椅子が空いているカウンターテーブルだった。
入口や他の席に対して背を向けるような形になる席はこちらにしたら好都合。
私たちは頷いてその席に座った。

「・・・なかなか、狭いね」
「そうですね・・・」

店自体がそこまで大きくはないからか、私たちはかなり密着した状態になってしまう。
肩と肩が触れ合って、私の心臓は一向に休める時がなかった。

「はい、メニュー。好きなの選んで」
「ありがとうございます。わぁ色々ありますね」

普段食べた事のないようなメニューがズラリと並んでいる。文字だけ見ても全く想像ができない。
さっきの女将さんらしき人を呼び止め、メニューの説明をして貰った。

「あんたたちお貴族様かい?それなら一番のオススメはこのオムライスだ。ふわふわの卵とケチャップの相性は最高だよ。あとは・・・そうだねぇ。このビーフシチューもオススメだ。ビーフが解ける程柔らかく煮込んでいるのに食べ応えもある」

ふわふわの卵に惹かれた私はオムライスに。バルサ様はビーフシチューにした。
運ばれてきたオムライスは言われた通り本当にふわふわだった。

「ローナ様、すっごく美味しいです!」
「このビーフも本当に柔らかくて美味しいよ。ルシーも食べてみるかい?」
「え、いいんですか?」
「勿論さ」

はい、とスプーンを渡された私はどうしていいのかわからず固まってしまった。
なぜならスプーンの先は私に向いていて、柄はバルサ様が持ったままだからだ。

「え、ええっと・・・」
「ほら早く口開けて」

スプーンの先が唇に着きそうになり、私は渋々口を開ける。

「美味しい?」
「・・・・・・はい」

バルサ様は満足そうに笑っているけど、驚きが強過ぎて味は全くわからなかった。
それからたわいない話をしながら残りのランチを楽しんだ。



「この後も一緒にいたいんだが・・・生憎仕事が詰まっていてね」

店を出た時バルサ様は申し訳なさそうに言った。

「いいえ!ご飯も美味しかったですし、それに・・・何だか本当の恋人になったみたいで楽しかったです!」
「そう言って貰えて嬉しいよ。あぁ、もし良かったら受け取ってくれないか?」

バルサ様は従者の人が持っていた花を受け取り、私に手渡してきた。

「わぁ綺麗ですね」
「急いで用意させたから簡単なものになってしまったけど・・・」

白のポインセチアが数本、青いリボンで巻いてあるだけの花束。大輪のポインセチアは数本だけでも十分素敵だった。

「嬉しいです!うふふ、花なんて貰ったの初めてです」
「そうか・・・喜んで貰えて嬉しいよ」

穏やかにお互い微笑み合い、また会う約束をする。少し離れがたかったけど、私の足取りは軽かった。



変装を解いてから屋敷に帰り、侍女に花束を渡すと感嘆の声を上げた。

「まぁ、お嬢様。この花はレスター様から?」
「え?」

なぜレスター様からになるのかと聞き返そうとしたが、侍女はニコニコしながら言葉を続ける。

「白のポインセチアの花言葉は“あなたの幸せを祈ります”なんですよ。素敵ですね」

花言葉なんて知らなかった私は衝撃と共に嬉しさが込み上げてきた。
バルサ様がその花言葉を理解して送って下さったのかはわからない。でももし、そうだったら・・・。

「あらお嬢様ったら幸せそうなお顔をなさって」
「うふふ、そうかしら?」

疑似恋愛だとしても相手を思いやる気持ちがこんなに嬉しいだなんて、私は初めて知った。



それからバルサ様と数回逢瀬を重ねた。
ただバルサ様はかなりお仕事が忙しいらしく、初日のようにランチに行く時間は殆どなかった。
それでも週に一回は会えるように頑張ってくれているようで、申し訳なさと嬉しさで胸がモヤモヤした。

「バルサ様、隈が・・・」

今日は初めて会ったあの店でお茶を楽しんでいた。

「あ、あぁ。あまり見ないでくれ。最近また仕事が増えてね」
「まぁ・・・あまり無理されないで下さいね」
「ありがとう。でもチェルシーとこうやって会えるだけで私は癒されているよ」
「・・・お戯れを」

頬に熱が集まっているのが自分でもわかったけれど、どうしようもなくて俯いてしまう。
そんな私を見て微笑んでいるバルサ様。私はこの穏やかな時間がとても好きで、大切になっていた。


そして、ついにレスター様とマンユー様の結婚式の日が来た。



※バーガンディー=赤ワイン色
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