双璧の転生者

ミケメコ

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西の転生者

3.前世と今世

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 この世界には、二つの大国と数える程の小国がある。
 二つの大国はその位置関係から、東の大国レプリシア、西の大国クラングランと呼ばれていた。
 レプリシア王国は商業の盛んな国だ。首都は世界一の商業国家と言われていて、多くの人や物が流通していると聞く。
 そして、西の大国と呼ばれるクラングラン王国。
 システィーアの生国であるこの国は、職人の多い技術国家だ。平民はその技術を守る為に、国外へ出ることを許されることがほとんど無い。広大な大地は資源が豊富で衣食に困ったことがなく、職人が多いので殆どの加工も自国内で行う。生活サイクルが自己完結しているのが特徴の排他的な国、というのが外務大臣である父、レオナルドから見た我が国らしい。

 誘拐騒動で父が迎えに来てくれた翌日、システィーアは仕事前の父を捕まえて、いつものようにおねだりをした。
「お父様、昨日お願いしたお米のこと、忘れないでね! どうしても食べたいの!」
「わかった、わかった。オコメだね。昨日のお礼もしなければいけないし、任せておきなさい」
 前世の記憶が戻ったシスティーアとしては、今まで与えてもらったものを思えばあまりおねだりというのもどうかなと気が引けるのだが、米は別だ。米は死活問題になるので、おねだりが簡単に通るのは非常に助かる。
 満面の笑顔でシスティーアは父を見送った。
 上機嫌に仕事に行くフォンベルツ公爵を見て、使用人たちの顔にも笑みが浮かんだ。

 そうして仕事に行く父を見送った後、システィーアは以前継母にあてがわれたあの小部屋の前にいた。
 今まではこの部屋でのことを無意識的に避けていたのか、全く思い出しもしなかった。けれど、この部屋がまだそのままであるのなら、本があるはずだ。癇癪を起こしてほとんど使っていなかったが、その本の中に地図らしき絵があったのだ。
 それさえあれば、ウ国との距離もわかる。この国は閉鎖的だから実際には行けるかどうかはわからないが、夢は広がる。おにぎりが存在する、お米ドリームな国なのだから!
 継母を追い出して以降、公爵はシスティーアに、無理をして勉強をしなくても良いと言って教師をつけなかった。もちろん、部屋に本棚なんてない。
 なので、地図のことを思い出せたのは僥倖だった。
 もう少し大きくなったら淑女教育くらいはさせるつもりだったのかもしれないが、父が話してくれた国外の面白い話以外に知識がないのは、ちょっとどうかと思う。これはこれで優しい虐待ではないだろうか。

 小部屋のドアをゆっくり開けると、すっかり物置と化した室内が目に入った。そろりと足を踏み入れると、最近入った者が居なかったのだろう、積もった埃で小さな足跡が一人分ついた。何かを積み上げて布をかぶせられた山の間を抜けて、目当てである小さめの本棚を見つけると、システィーアはほっと息を吐いた。
 小さな手で書棚に置いてある本を次々に引っこ抜く。床に本の山を二つ作ったところで、目当ての本を見つけて手に取って開く。
 世界地図の描かれている本だ。片ページずつにそれぞれ同じ大きさの円が描かれている。
 片方は世界を上から見た地図のようで、円の中には大陸の形や国境線らしき線が引いてある。猫が伸びをしたような形の大きな大陸がででんと真ん中に居座り、その周りにぽちぽちと小さめの陸が点在しているようだ。大きな大陸の中央に、小さく丸く区切られた場所があり、そこを中心に東西に二大国がわかれている。
 国名だろう文字が書かれているが、読めない。父からニ大国の話は聞いていたので、左手側がクラングラン王国だろう。しかしウ国については、全くわからない。
 もう片方のページは、どうやら世界を横から見た図のようだ。中央を通る一本の横線が円を上下半分に割っている。下の半円が大地で上の半円が空。つまり世界は半球体の形をしていて、その平面の上に人々は暮らしていると図で記されていた。
 半球状態の世界地図を眺めていたシスティーアは、大きく息を吐いた。
「地球平面説⋯⋯」
 この世界の発展速度が遅いからなのか。ともかく、ここは間違いなく、異世界だ。
 記憶と全く異なる世界地図に、知らない文字、使用人が使っているランプの灯りをつけたり消したりする魔法の存在、それから⋯⋯。
 恐る恐る、自分の胸元を押さえる。
 システィーアの心臓の上辺りには可愛くない模様の刺青があった。黒い蔦のような線が、少し縦に長い楕円形に伸びて下側で結ばれるように絡み、その先端は中から飛び出さんばかりにこちらを覗きこんでいる獣のような瞳孔へ伸びている。
 その可愛くない黒い刺青が、湯浴みや着替えの時などに侍女の手が当たると淡く光るのだ、緑色に。
 そんな不思議現象、前世の記憶にはない。あっても精々物語の中くらいだ。
 髪の色にしたって同様だ。本を覗き込む姿勢だったシスティーアは、自分の肩にかかる長く癖の強い髪を摘んだ。色は白だ。光の加減で銀に見えることもある。
 今では馴染みの色となったが、前世で見るのはもっぱらお年寄りだった。今世のように、子供の髪が白いのは当たり前、しかも歳を経るにつれて瞳の色と同じになり、そこから徐々に黒へと色を変えていく、なんていうのは前世の記憶の中にはない。
 それら諸々から、前世の記憶にあった異世界転生に相違なさそうだとシスティーアは結論付けた。
 ⋯⋯転生ってことは、死んでるということだ。
 システィーアは、首を傾げた。
 蘇った記憶の中に、死の記憶はない。短大を卒業して、実家に帰って⋯⋯そういえば、作ったおにぎりに手を伸ばしてきた男性は誰だったのだろうか。
 前世を思い出した瞬間に見た白昼夢を思い出そうとするが、まるで空気を掴むみたいに細部が思い出せない。
 眉間にシワを寄せながら、何冊か手にした後、基本文字の一覧がついた字引きを見つけた。
 それ以外の本を一冊ずつ棚に戻していく。時間がかかるが、この力のない小さな手では仕方がない。
 背表紙の文字は、やはり読むことが出来ない。
 前世で幼稚園から教育が始まっていたことを思えば、継母が家庭教師をつけたのは、時期としては適当であった。今のシスティーアは前世の基準からすると、完全に出遅れている。七歳になったと言うのに、未だに簡単な文字の読み書きすら満足に出来ないのだから。
 昨晩の夕食時に、父に家庭教師をつけてほしいと頼んだのだが、また誘拐されるといけないからと難色を示された。色々調査とかあるからと、珍しくすぐに返事をもらえなかったのだ。今までおねだりすればすぐに買い与えられていたので、予想外としか言いようがない。それで仕方なくの、今の状況である。
 まあ、一番大事なお米のことは通ったのでよしとしよう。
 目当てであった本を胸に抱えて、システィーアは部屋を出た。
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