双璧の転生者

ミケメコ

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西の転生者

4.とりあえず学びたい

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 最近新調された緑の絨毯の上を歩いて自室へ戻ると、眉を釣り上げた小柄な老女と目があった。
 眉を釣り上げる老女の隣には、システィーアと変わらない背格好の少女が心配そうにこちらを見ている。二人が着ているのは、この公爵邸のメイドのお仕着せだ。
「おかえりなさいませ、お嬢様。一体どちらに行ってらっしゃったのです? 邸内でも、一人で行き先を告げずに居なくなられては困ります。四六時中、複数の護衛に囲まれていたいのでしたら構いませんけど」
 黒に近い緑の髪をきっちりと後ろに纏めた老齢の使用人⋯⋯マリアナ・ベルチの言葉に、システィーアは唇を尖らせた。
「お父様、過保護過ぎよね。私だって、気分転換とかしたい時だってあるのに」
 言いながら、持っていた本を机の上に置く。
「お嬢様、本なんて何処から⋯⋯」
「まさか! お嬢様、あの部屋に行かれたのですか? 言ってくださればお持ちしましたのに」
 システィーアと同い年のファナが言い終わる前に、マリアナが驚愕の顔で見つめてくる。二人は髪の色は違うが、同じ色の瞳でそっくりな険しい表情をしてこちらを見てくるのだから面白い。
 マリアナとファナは祖母と孫の関係だ。ファナの母親はシスティーアの乳母で、今は行方不明となっている。継母の屋敷乗っ取りの際に追い出された使用人の大半は、父の帰還と共に戻ってきた。けれど乳母を含めた数人は、その中に居なかったのだ。
 前世の記憶がある今のシスティーアならわかる。
 家族の元へ帰って来ないのだから、おそらく継母が誰かを使って害させたのだろう。それを考えれば、父が不在だった時の自分の命がかなり危険であったのがよくわかる。
 だから、一人でウロウロするのを窘められるのは理解出来るし、実際の所は安心感が得られるのでありがたいとは思っている。
 けれどいきなり、かつて自室だった物置に行きたいだなんて言えば、心身の心配をされていただろう。前世の記憶が戻る前は、物置で寝起きしていたあの時のことを防衛本能か、ほとんど忘れて気にしていなかったのだから。それに、一人で考察する時間も欲しかった。
 その結果の、この行動であった。
「私もそろそろ本くらい読めるようになってもいいと思うの。だけど、どんな本があの部屋にあったのか全く覚えてなくて」
 申し訳なさそうにそう言うと、マリアナとファナは驚きを隠そうともせずにお互いの顔を見合わせた。
「あのお嬢様が本⋯⋯」
「ファナ」
 最初こそ同じように驚いた顔をしていたマリアナだが、孫に向かってにっこりと笑顔を作ると、目でファナの口にチャックを要求した。そして、システィーアの前にゆっくりと膝をつく。目線を揃えたマリアナは実に嬉しそうに口を開いた。
「お嬢様、私でよろしければ、先生が決まるまでお教えしましょうか?」
「本当?」
 システィーアがぱっと表情を明るくすると、伝染したようにマリアナも笑顔になった。
「もちろんですとも。最近ファナも夜にお勉強しているんですよ」
「まあ」
 ファナの方に顔を向けると、彼女はまだ驚いた顔でこちらを見ていた。よっぽどビックリな事だったらしい。
 確かに以前のシスティーアは、ちょっと気分屋で、多少ヒステリックで、控えめに言ってもかなりの勉強嫌いだった。だけどここまでの反応をされると、何だか釈然としない。
 少し唇を突き出して拗ねた顔をすると、マリアナが苦笑した。
「お嬢様、淑女のするお顔ではありませんよ。旦那様には、私からも先生をつけてもらえるようにお願いいたしましょう」
「マリアナ、ありがとう! それで、早速知りたいのだけど」
 システィーアは本を広げてマリアナに見せた。
「クラングラン王国はこっちの大きいのであってる? で、ウ国はどこにあるの?」
 マリアナとファナは再び顔を見合わせた。

 それからすぐにお勉強は始まった。
 知りたかったことがすぐに教えて貰え、システィーアは幼いおかげもあって次々と吸収していった。
 中でもウ国との距離が、一番近い港からでも船で片道二週間はかかると教えてもらった時などは、目の前が真っ暗になるかと思った。
 つまり、父がどう頑張っても余裕で一ヶ月以上⋯⋯ウ国へ米を取りに行って戻ってくるまではお米にありつけないということである。
 おまけに最寄りの港からこの王都までの距離を考えれば、さらに時間が必要になるのだ。
 本気で泣きそうだ。
 
 そしてお勉強は、すぐにマリアナの手には負えなくなり、システィーアの強い希望で、異母弟のライオットにつける予定だった先生に教わることになった。
 特に秀でていたのは算術だ。前世でがっつり短大まで教育を受けていたのだから、当然と言えよう。
 貴族の娘はあまり算術を必要としない。
 国外ではどうなのか知らないが、クラングラン王国では貴族女性が働くことは極めて稀だ。少子化が進んでおり、子を産むことが第一とされている。
 故に最低限の算術さえ出来るようになれば問題なく、それ以上を学ぶ貴族女性など居ないに等しかった。学問ではなく、一般常識や礼儀作法、刺繍やダンスなどのよくある女性の嗜みと言えるものを習うのが普通であった。
 そしてどうやら、ほぼ鎖国状態のこの国では、男性でも国外のことを学ばないのが一般的らしい。
「向上心のない国よね」
「お嬢様、外ではそう言った発言はしないように。不敬ですぞ」
 楽しそうに笑いながらアービス先生が口を開いた。
 先生は、かなりお年を召している。ぼっさりとした黒い長髪に長い髭、顔に刻まれた深いシワ。細く垂れた青い瞳は柔和な印象と知性を感じさせる。
 父の元同僚で、数年前まで外交官として働いていたらしい。
「外の国と関わりを持った事がない者の方がはるかに多いのですから、賛同が得られますまい。お嬢様が異端視される未来しか見えませぬぞ」
「わかりました、ここだけの話にするわ」
 システィーアが素直に返事をすると、アービス先生は手に持っていた本を目の前で開いた。本のページは端が擦り切れていて、年代を感じさせる。
「もしかして、この本⋯⋯」
「お嬢様が知りたがっておられた魔法をお教えする為の前段階、神様について、この本を使って学びますぞ」
 以前、国外のことを教わった時に、二大国の境界線の真ん中に中央と呼ばれる聖域があることを教わった。地図上で、不自然な程に丸くくり抜かれたような湖の真ん中にあるその土地は、神に使える天使が住んでいるのだとか。
 つまり、この世界にも宗教があって、創世神話があるらしい。
 そういった話に興味のあるシスティーアは、ワクワクしながら本を覗き込んだ。
「この世界は最高神リュウ様によって創られた」
「⋯⋯りゅう?」
 聞き返したシスティーアをちらと見ただけで、アービス先生は補足しながら本の続きを読み上げた。
 
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