双璧の転生者

ミケメコ

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西の転生者

45.サーティスの戸惑い2

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「何だか嬉しそうですね」
 お茶の入ったカップをサーティスの前に置いたライガーが、楽しげに口を開いた。
 どうやら顔に出ていたらしい。
「壁の管理者候補の二人が倒れた」
「は?」
 聞き返してきたライガーに同じ言葉を繰り返すと、理解し難いと言いたそうな顔でサーティスを見てくる。
「壁の管理者候補の二人が見つめ合うと、二人の魔力が互いに絡み合った。婆様に尋ねてみないとはっきりとしたことは分からないが、おそらく初めて見る現象だとゼネルが言っていた」
 一度目を閉じて、謁見室での魔力の流れを思い出す。緑の魔力が捻れ合い、まるで一つに戻ろうとするかのようだった。元々一人だった管理者が二人に分かれたような状態なのだから、あながち間違いではないのかもしれない。
「もしかしたら、彼女達が状況を変えてくれるかもしれない、ということですか」
 サーティスは興味深そうに返してくるライガーに頷くと、お茶を口に運んだ。
「⋯⋯成り行きで、システィーアの教育を担当することになった。彼女は魔法の熟練者でもないのに、私の魔力に当てられない」
「あぁ。宮に迷い込まれた時も、サーティス様と平気で手を繋いでいましたしね」
 なんて事のない様子でさらりとそう言ったライガーに、サーティスは目を見開いた。
 よくよく思い出さなくても、確かに手を引いた記憶がある。思い返せば、自分から少女の手を取っていた。それも、無意識に。
 サーティスは思わずテーブルに肘をついて、顔の上半分を手で覆った。
「まさか、気づいておられなかったのですか?」
 サーティスは黙ったまま、そろりと顔を覆っていた手を取ると、その手をじっと見つめた。
 つい少し前にも、サーティスの手にはシスティーアの手が乗っていた。手袋すらしていない手に、だ。
 サーティスはその先を、ゆっくりと思い起こす。

 システィーアが謁見室に入ってきた時に抱えていたものを見て、サーティスはそれが自分のコートであることをすぐに把握した。薄暗い室内ですぐに把握出来たのは、それが壁魔法のかけてあるコートで、外出時に常時使用していたからだ。
 サーティスがコートを受け取る為に手を差し出す。
 と、システィーアは勢いよくその手を掴んだ。
 そして何故か、少女がほっと息を吐く。
 誰が見ても安堵しているようにしか見えない少女の態度に、サーティスは戸惑った。
「あら、まぁ⋯⋯」
「ほう。珍しい子だな」
 アイリーンとゼネルの驚いた声は耳に届いたが、サーティスは完全に思考が停止していた。
 ただシスティーアを見つめる。
 当の少女が、次第に視線を彷徨わせていく。
 疑問符を浮かべながら首を傾げた姿を見て、サーティスの時間がようやく動き出す。
 サーティスは自分の体質のことを思い出し、さらにまじまじとシスティーアを見つめた。魔力に当てられて不調になったりしていないかなどを確認して、身体の力を抜く。
 それから空いている方の手を少女に差し出して、コートを返してもらったのだ。

 そこまでを思い出して、サーティスは再び手で顔を覆った。
 魔力に当てられていないか。
 相手の顔色や調子に変化がないか。
 まず確認すべきはそこだったのだ。だと言うのに、サーティスは自分の感情を優先してしまった。闇の管理者に選ばれた時からずっと、サーティスはなるべく感情を表に出さないように気をつけていた。闇の魔力が負の感情によって漏れ出るのを防ぐために。
 それが、まだ年端も行かぬ少女に翻弄されてしまっている。人と普通に接する喜びを知ってしまったサーティスには、後戻りすることさえ難しく思えた。由々しき事態である。
「⋯⋯書類を片付ける」
 こんなことに時間を使っている場合ではないと、サーティスは頭を振ってからライガーに告げた。
 いつもと違う主の姿に、ライガーが嬉しそうにニヤけながら資料を積み上げる。
 書類の量に、嫌でも現実に引き戻されたサーティスは、ため息混じりに上から目を通していく。

「⋯⋯はぁ」
 翌日、日が傾いた頃にようやく、積み上がっていた書類が全て片付いた。珍しく急な出張の呼び出しもなかったのが良かったのだろう。
 サーティスがぐっと伸びをした所で、室外から話し声がするのに気付いた。何やらもめているようだ。
「サーティスに会わせて下さい」
 扉を開けた瞬間に聞こえたシスティーアの声に、サーティスは目を瞬かせた。
「⋯⋯システィーア?」
 聞き間違えではなかったようだ。システィーアがひょこりとライガーの横から顔を出す。誰かを探すように視線を彷徨わせた少女が、すぐにサーティスを見つけて満面の笑みを浮かべる。
 サーティスは気を抜くと緩みそうになる口元を引き締めた。
 サーティスを見る少女の目には怯えがない。自分に懐く子というものが、こんなに可愛いものだということを初めて知った。
 
 それから、教育担当になったこともあり、システィーアと接する機会が増えた。
 システィーアは驚く程、六角宮のことを知らない。祖国で何も、魔法の事さえも教えてもらっていなかった。
 もう一人の壁の管理者候補であるリーティアは既に、世界の壁の修復を少しずつ始めている。かなり出遅れているのだから、システィーア本人のためにも急いで教えなければならない。
 サーティスは資料室や学院の図書室から参考になるものを、片っぱしから管理神官に借りてこさせた。人に何かを教えるなど、サーティスには初めての経験だ。失敗は出来ない。
 けれど仕事量が減るわけではない。今まで休憩にあてていた時間や寝る時間が削られていく。
 そんな数日が続いたある日、ライガーが声をかけた。
「サーティス様が倒れられては皆が困りますよ。もう少し寝てください」
 疲れた息を吐いて目頭を抑えていたサーティスが、だが、と反論を口に仕掛けたところで、ライガーと同じ管理神官のエレーナが口を挟む。
「必要だと感じた時に、追々お教えすれば良いのです。どうしてもわからないことがあれば、自分からサーティス様に聞きにくるでしょう。自分で考えて答えを見つけることも大切なことなのです」
「そういう、ものなのか?」
「ええ、そういうものです」
 きっぱりと言い切るエレーナに、ライガーが同意するように何度も頷く。
 サーティスは背もたれに身体を預けて力を抜いた。

 予定を確認したサーティスは、午前中に仮眠をとってから、六角宮の外へ出た。六角宮の周囲を定期的に見回り、安全を確保することも、闇の管理者の仕事だ。
 いつも通りにライガーに御者をしてもらい、午前中に回るはずだった商業区を馬車で突っ切る。その途中で、サーティスはいきなりライガーに馬車を止めるよう指示を出した。
 見覚えのある大きな魔力が近くにある。
 フードを目深にかぶって止まった馬車から降りると、サーティスは真っ直ぐにそちらへ向けて歩き出した。
「サーティス様?」
 黒い貴人用の馬車を路肩に止めたライガーが、慌ててサーティスの隣に来る。
「システィーアがいる」
「え?」
 驚いたのが自分だけではないのを目の端で捉えるのと同時に、サーティスは不穏な魔力の動きを感知した。システィーアの魔力を囲うように、魔力に良くないものが混じっている者が複数居るのがわかる。
「あまり良くない者に見張られているようだ」
 サーティスの言葉に、ライガーが顔色を変えて腰に手を当てて構えた。
 喫茶店に入る。
 目的の人物をすぐに捉えると、足早に近づいていく。
 楽しげな声は聞こえてくるが、こちらに気付く気配は全くない。先にこちらに気づいたのはシスティーアではなく、彼女の管理神官であるフォトムだった。
「システィーア」
 あれ程、今の壁の管理者が変えの効かない存在であることを話したはずなのに、この子は何を聞いていたのか。沸々と湧き上がる苛立ちを堪えて、ほんの少しだけ魔力をシスティーアへと流し込む。
 流石に訓練の甲斐はあったのか、システィーアの魔力がすぐに外へと向いて、サーティスを認識した。
「外出時にこそ、常に警戒しなければならないというのに、何故無防備な状態でいた?」
「え? 今日はその、午後から休暇で⋯⋯」
 質問に言い訳で返していくシスティーアに、サーティスは堪えきれなくなって、険しい顔で少女を見据えた。
 彼女が唇を尖らせながら俯く。
「⋯⋯ごめんなさい」
 反省の色のないその言葉に、込み上げてくる怒りを感じて、サーティスはきつく拳を握りしめた。
 とりあえず謝っておこう、そんな気持ちが魔力からも表情からも滲み出ている。全く今の状況をわかっていない。このまま外へ出れば、あまり良くない魔力を持つ者たちが接触をしてくる可能性は極めて高いというのに。
「サーティス様!」
 辺りから悲鳴が聞こえると同時に、ライガーが進み出てこちらを向いた。その顔は青い。
 ハッとして、目を閉じる。
「⋯⋯悪い」
 強い怒りに身を任せてしまい、魔力が滲み出てしまったようだ。
 サーティスはゆっくりと深呼吸をして、魔力を整えていく。
 そうこうしているうちに、ライガーがシスティーアに声をかけて嗜める。
「サーティス様はシスティーア様の指導の時間を確保する為に、寝る時間さえ減らしています。だと言うのに、システィーア様は」
「ライガー」
 内心少し慌てて、サーティスはライガーの言葉を遮った。流石に、無駄な努力していた様を知られるのは、少し恥ずかしい。
 気を取り直し、サーティスは監獄区への予定の変更を告げた。
 現状がわからないなら、無理にでもわからせるしかないだろう。
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