双璧の転生者

ミケメコ

文字の大きさ
56 / 57
西の転生者

56.早期入学者

しおりを挟む
「そんな⋯⋯」
 システィーアは愕然とした。
 崩れ落ちそうになった身体が、横にいたリプルによって支えられる。
「米自体がないだなんて!」
 六角宮と同じ中央にあるというのに、何故、学院内の食堂には米が常備されていないのか。システィーアの涙は決壊間近である。
 その様子を間近で見ていたリプルが、慌てて口を開いた。
「シ、システィーア様、六角宮の食堂からコメを分けてもらうのはどうでしょう?」
「六角宮から⋯⋯?」
 それは名案に思えた。何せ、あそこの利用者で米を食すのはシスティーアくらいだ。六角宮の食堂利用時に、見回せど見回せど、米を食べているのはシスティーアだけだったからである。
 希望の光に目を細めて、打ち震える。
「コメは希少品のはずですが」
 突然の背後からの米発言に、システィーアは驚く。
 振り向くとそこには、クラングラン王国の現宰相の子息カインベル・ファウストがいた。
「当然のように食堂にあるものだと思っているのが、私には不思議です。コメは流通自体、かなり少ないはずですし。⋯⋯お久しぶりです、ティア。お変わりないようで何より」
 自然な感じで話しかけてきたカインベルは記憶よりも少し視線の位置が上だった。顔は、以前と殆ど変わらない。銀縁眼鏡越しに見える金色の瞳と、後ろに撫でつけた白い髪。けれど柔らかく口元を笑みの形にした表情だけは、システィーアの記憶とは違う。システィーアが覚えているカインベルは、もっとこう、子供らしからぬ冷めた表情をしていたはずだ。年頃の子にしては落ち着いた雰囲気をしているのは変わらないが、そこに温かな柔らかさが加わって見える。システィーアはしばし目を瞬かせた。
「心配性のフォンベルツ公爵から、公爵邸で出来たコメを少し預かってきましたよ」
「え⁈」
 お父様から、米‼︎
 あまりの驚きに、システィーアは目を見開いた。
 港街で無理矢理引き離されてから、もう随分と経ったように感じられる。何年も会っていないように懐かしい。嬉しそうに微笑んで、優しく頭を撫でてくれる大きな手⋯⋯。
 システィーアの瞳から、ぼろりと大粒の涙がこぼれ落ちた。
「淑女が人前で易々と涙を見せるのは感心しませんね。はしたない」
 きつい言葉がカインベルの口から出てはいるがその顔は真逆で、愉快そうに唇の端を上げている。
「だって、お父様からお米って⋯⋯でもそうね、マリアナに知られたら怒られてしまうわね」
 居なくなった乳母の代わりに、公爵邸でシスティーアの面倒を見てくれたマリアナとその孫のファナ。彼女たちには感謝の気持ちを伝えるどころか、お別れの挨拶さえ出来なかった。まだ別れてから一年も経っていないのに、公爵邸での毎日が随分と昔のことに感じる。
「システィーア様、どうぞお使いください」
「ありがとう、リプル」
 リプルが差し出してくれたハンカチを使い、さて昼食を、となったところで、ファウゼルの名を呼ぶ甲高い声が食堂内に響き渡った。
「ファウゼル様! やっとお会い出来ましたわ!」
 遠巻きにこちらを見ている人たちの間を抜けて、つかつかと近寄ってきたのはシスティーアの異母妹クレアリリーだ。
 システィーアの隣に居たファウゼルがさっと身を後ろに引くと、ハグをしようと両手を広げてきたクレアリリーがつんのめった。
「相変わらずの照れ屋なんですから」
 仕方ないとでも言いたそうな顔をクレアリリーに向けられたファウゼルが、思い切り顔を引き攣らせる。
「カ、カイン⁈」
 ファウゼルは上手いこと一定の距離を保ちつつ、何故クレアリリーが中央にいるのかと、カインベルに目で訴えかけた。
 システィーアも同じことを疑問に思っていたので、答えを求めてカインベルを見る。
「彼女も早期入学者だからですよ。それと、ロンも」
 話によると、本来、早期入学者を含めた学院の新入生は東と西の大国にそれぞれ集まり、水の管理者の転移魔法でまとまって送迎してもらう。その時に持っていける物は手荷物一つだけと予め決められているそうだ。なので、どうしても持って行きたい荷がある場合は、自力で中央まで持って行くしかない。中央手前の観光都市の奥に関所があり、そこで許可が出た荷だけが持ち込みを許される。
 カインベルとファウゼルはコメの輸送を名代に任せず、自分達で運ぶことにした。早期入学が決まってすぐに国を出て、昨日の日没間近に寮に到着したそうだ。
 だからその間の国内の情報にはカインベルも疎く、クレアリリーとロンバルトの二人と同じクラスになって初めて、クラングラン王国からの早期入学者が自分達以外にもいることを知ったらしい。
「ファウゼル様にお会いできるのを、とても楽しみにしていましたのよ」
 ファウゼルに避けられて触れられなかったクレアリリーが、胸の前で指を組んで唇を尖らせた。
 そんなクレアリリーの後ろにいつの間にやってきたのか、ロンバルトがすっと立つ。朝見た時は一瞬だったし、髪型の違いでロンバルトだと判断したので見てなかったが、正面から良く見ると顔も背丈もファウゼルと区別がつかないくらいに同じ方向に、同じだけ成長している。なるほど、双子のようにそっくりだわとシスティーアは感心しながら見た。
「久しぶりね、ロン」
「うん、久しぶり」
 ちらっとクレアリリーの方に視線をやってから、ロンバルトが小さく口元に笑みを浮かべた。
 その様子を見て、システィーアはおやっと思った。記憶の中にあるロンバルトよりも、何だか大人しいというか、よそよそしいというか。
 違和感を感じて、システィーアはわずかに首を傾げた。
「システィーア様。急がないと昼食の時間が終わりますよ」
 思考に浸る寸前でフォトムの声がして、システィーアは慌てて昼食を選んで盆に乗せた。パンと卵のスープ、チキンサラダだ。
 食堂はバイキング形式になっていて、皆も順に並んで各々好きなものを選んでいく。
 
 久しぶりに自分のペースで食事が取れることに幸せを噛み締めながら、システィーアは完食した。
 一番最初に昼食を完食したファウゼルの姿は既にない。クレアリリーから逃げるように、そそくさと食堂から出ていったからだ。
 ブツブツ言っているクレアリリーは置いておいて、フォトムとリプル、カインベルと一緒に食堂を出る。
「久しぶりに昼食を味わって食べたわ。次は静かに食べたいわね。ファウゼルも落ち着いて食べれないだろうし。どこかいい場所、ないかしら?」
「放課後にでも一緒に探しに行ってみます?」
 カインベルが腕を組んで考えながらシスティーアにそう返すと、フォトムが声を上げた。
「システィーア様、個室をお使いになられてはいかがですか?」
「個室?」
「管理者は休み時間や放課後を利用して仕事をしたりすることが多いため、個室が使用出来るのです」
「⋯⋯仕事」
 システィーアは、顔が引き攣りそうになるのをなんとか堪えた。
「壁の管理者は仕事の比重が壁の管理に偏っています。なので、書類仕事などは他の管理者方に比べて少ないので、そう言う意味で個室を使うことはないと思います。ご安心ください」
 ほっとしたシスティーアは個室を使うことに決め、ファウゼルには同じクラスのシスティーアが話をすることになった。
 カインベルと話しながら、生徒が行き交う廊下を歩く。纏っている黒のせいか、何人かがすっと道を開けていく。
「⋯⋯え?」
 その廊下の先を見て、システィーアは思わず足を止めた。
 見覚えのある色合いの後ろ姿シルエット
 周囲の呼び声も耳に入らず、システィーアは角を曲がっていったその姿を、急ぎ足で追いかけた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

【第一章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を

逢生ありす
ファンタジー
 女性向け異世界ファンタジー(逆ハーレム)です。ヤンデレ、ツンデレ、溺愛、嫉妬etc……。乙女ゲームのような恋物語をテーマに偉大な"五大国の王"や"人型聖獣"、"謎の美青年"たちと織り成す極甘長編ストーリー。ラストに待ち受ける物語の真実と彼女が選ぶ道は――? ――すべての女性に捧げる乙女ゲームのような恋物語―― 『狂気の王と永遠の愛(接吻)を』 五大国から成る異世界の王と たった一人の少女の織り成す恋愛ファンタジー ――この世界は強大な五大国と、各国に君臨する絶対的な『王』が存在している。彼らにはそれぞれを象徴する<力>と<神具>が授けられており、その生命も人間を遥かに凌駕するほど長いものだった。 この物語は悠久の王・キュリオの前に現れた幼い少女が主人公である。 ――世界が"何か"を望んだ時、必ずその力を持った人物が生み出され……すべてが大きく変わるだろう。そして…… その"世界"自体が一個人の"誰か"かもしれない―― 出会うはずのない者たちが出揃うとき……その先に待ち受けるものは? 最後に待つのは幸せか、残酷な運命か―― そして次第に明らかになる彼女の正体とは……?

ブラック・スワン  ~『無能』な兄は、優美な黒鳥の皮を被る~ 

ファンタジー
「詰んだ…」遠い眼をして呟いた4歳の夏、カイザーはここが乙女ゲーム『亡国のレガリアと王国の秘宝』の世界だと思い出す。ゲームの俺様攻略対象者と我儘悪役令嬢の兄として転生した『無能』なモブが、ブラコン&シスコンへと華麗なるジョブチェンジを遂げモブの壁を愛と努力でぶち破る!これは優雅な白鳥ならぬ黒鳥の皮を被った彼が、無自覚に周りを誑しこんだりしながら奮闘しつつ総愛され(慕われ)する物語。生まれ持った美貌と頭脳・身体能力に努力を重ね、財力・身分と全てを活かし悪役令嬢ルート阻止に励むカイザーだがある日謎の能力が覚醒して…?!更にはそのミステリアス超絶美形っぷりから隠しキャラ扱いされたり、様々な勘違いにも拍車がかかり…。鉄壁の微笑みの裏で心の中の独り言と突っ込みが炸裂する彼の日常。(一話は短め設定です)

無能妃候補は辞退したい

水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。 しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。 帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。 誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。 果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか? 誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

イジメられっ子は悪役令嬢( ; ; )イジメっ子はヒロイン∑(゚Д゚)じゃあ仕方がないっ!性格が悪くても(⌒▽⌒)

音無砂月
ファンタジー
公爵令嬢として生まれたレイラ・カーティスには前世の記憶がある。 それは自分がとある人物を中心にイジメられていた暗黒時代。 加えて生まれ変わった世界は従妹が好きだった乙女ゲームと同じ世界。 しかも自分は悪役令嬢で前世で私をイジメていた女はヒロインとして生まれ変わっていた。 そりゃないよ、神様。・°°・(>_<)・°°・。 *内容の中に顔文字や絵文字が入っているので苦手な方はご遠慮ください。 尚、その件に関する苦情は一切受け付けませんので予めご了承ください。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

乙女ゲームの悪役令嬢、ですか

碧井 汐桜香
ファンタジー
王子様って、本当に平民のヒロインに惚れるのだろうか?

処理中です...