悪役令息は愛を知れば無敵なのです

柚鷹けせら

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第二章 絵画と幼児誘拐

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 王都に二体の化け物が現れた時刻は、テオフィロたちが四体の魔物もどきと戦闘をしていた時間とほぼ同じだった。
 パレードが始まって間もなく、馬の前にふらりと現れた男二人がいきなり倒れたと思ったら化け物に変わり王太子殿下とアンジェリカが乗った馬車を襲った。
 護衛の騎士たちが応戦するも苦戦。
 ついには殿下が負傷し、アンジェリカが暴走気味に回復魔術を行使したことで殿下だけでなく周りの騎士たちや、見物に来ていた人々の怪我も癒され、化け物も消え去ったという。
 その後、パレードは中止となり、血の流し過ぎ・魔力の使い過ぎでそれぞれ気を失った殿下とアンジェリカは城へ。
 事後処理を任された現場の騎士や魔術士たちは混乱する人々の対応に追われて本当に大変だったそうだ。
 魔導部隊第二班の副班長から話を聞いたテオフィロは、次いで保護した幼い兄弟を親元に送って行った隊員たちからも報告を受けた。
 こちらは特に問題なく、無事に再会出来たことを家族全員で喜び合っていたという。
 それから更に数時間。
 本当なら昼前には今日の勤務を終えていたのに、陽が沈むまで分駐所で対応に追われることになってしまったテオフィロは「さすがにもう帰って休んでください」という部下の気遣いで、ルキノ、ニョルズ、そして分駐所で待機していた侍女のケイトと共に侯爵家の馬車に乗り込んだ。

「行先は邸でよろしいでしょうか?」

 馴染みの御者に確認されたテオフィロは、ルキノと顔を見合わせた後で「いや」と左右に首を振る。
 そうして告げた行先は。

「城へ」――。




 王城は傍目にも判るほど落ち着かない空気に包まれていたがテオフィロの入城が断わられることはなく、アンジェリカを見舞いたいと申し出ればすぐに受理された。
 婚約者なら王太子殿下が先では、なんて考える者はもういない。
 祭りの三日間、殿下の傍にはずっとアンジェリカがいたのだからよっぽどの愚か者でもなければ察するからだ。
 しばらくしてアンジェリカ付の侍女に案内された部屋は、王家の身内が暮らす本館ではなく、他国の王族や重要な賓客が宿泊するための迎賓館三階にあった。
 日当たりが良く、テラスから王都の街並みを一望できる特等室だ。
 部屋ではシンプルなドレスを来たアンジェリカが出迎えてくれて、寝込んでいるほどではないのだなとテオフィロたちを安堵させた。

「テオフィロくん、ルキノさん、来てくれてありがとう」
「急に押しかけてすみません。体調はどうですか、倒れたと聞きましたが」
「もう大丈夫です! テンパって魔力暴走を起こしただけなので、少し休んだら回復しました」
「そうですか。――侯爵邸の料理人が作ったものではありませんが、差し入れです。もしよかったら召し上がってください」

 テオフィロの言葉に、ケイトが前に出て来て抱えていた箱を差し出す。
 城まで来る途中の店で購入したケーキセットだ。

「わあっ、ありがとうございます!」

 嬉しそうに笑うから、本当に大丈夫なのだろう。
 ケイトから箱を手渡されたアンジェリカ付の侍女は、それを宝物のような手つきで抱えて下がる。きっと飲み物と一緒に箱の中身を出すつもりだろう。

「アンジェリカ嬢、もし負担でなければお互いに今日の出来事を共有したいのですが」
「もちろんです。あたしも話さなきゃって思ったことあったし。テオフィロくんは紅茶で、ルキノさんはコーヒーかな」
「今日は私もコーヒーにしてください」

 テオフィロが言うと、ルキノが労わるような視線を向けて来る。
 言わずとも眠気を飛ばしたいと思っていることが伝わったのだろう。
 アンジェリカは侍女を呼んでこちらの要望を伝え、二人をソファへ案内する。さすが迎賓館のソファと言うべきか、主神様の加護持ちのために用意された家具というべきか、極上の座り心地だ。
 つい寝てしまいそうだなんて思ったことはおくびにも出さず真面目な顔で話を切り出す。

「ウェールズヒル分駐所の近くの空き家に、隣国ケルネイディアから来た男たちが隠れ住んでいたことは聞いていますか?」
「聞きました。六人中二人がクリスの傍にいるから警戒を怠るなって団長さんにも言われてましたし」

 そこまで話が伝わっているなら説明も容易だ。

「王太子殿下を襲った化け物は、元は人間の男性だったそうですね」
「そうなの! あんなのゲームにはいなかったからマジでテンパって」
「マジ」
「……本当に、驚いて」

 アンジェリカが言い直す。
 視線で続きを促す横でルキノが口元を抑えて笑いを堪えていた。

「こっちの攻撃も魔術も全然効かなくて、味方の人ばっかり怪我するし、パレード見に集まってたお客さんたちも叫びながら逃げて、怯えてて、そしたら、いきなり目の前に顔が現れたの」
「!」
「どんな顔だ」

 ルキノが身を乗り出した。

「顔っていうか、彫刻? お面みたいに薄くって、目が形だけって言うのかな。んと、彫刻みたいで」

 説明は拙いが二人と一羽が自分たちと同じものを見たのだと確信するには充分だ。

「何か言われましたか」
「んとね、これもバグじゃない、なぜ、リセット、リセットって途中何回も繰り返した後に、最後は「ない」、……だったと思う。最後の方はよく聞き取れなかったんだけど」
「……似たようなことを、恐らく同じだろう顔に言われました」
「え」
「私もはっきりとは聞き取れませんでしたが、違う、バグはこれじゃないと」
「ええ⁈」

 アンジェリカが大声を出して、テオフィロに睨まれる。
 それは淑女の反応ではないからだ。

「ご、ごめんなさい。でも、ええ……?」
「バグとは何ですか」

 テオフィロの問いにはルキノが困ったような顔をしつつも答える。

「あー……予言書の流れを維持するための装置を、故障させる、えー……、害虫?」
「……柱を喰らって家を倒壊させるシロアリのような?」
「それだ」
「つまりあの顔は、私たちを予言書通りにならない原因だとは判断しなかったということですか」
「……たぶん?」
「待って待って、それってテオフィロくんだけ? ルキノさんも?」
「俺も含めてだと思う。あのとき、バッチリ目が合ったんだ。いや、目って言って良いかは判らんが、とにかく存在は認知されていた」
「へー……」

 アンジェリカが何度も首を傾げる。

「シナリオブレイクしてるの、間違いなくあたしたちなのに」

 二年も早く行動を開始したアンジェリカ。
 幼いテオフィロと出逢い教育的指導を施したルキノ。

『主神様が、テオフィロが生まれたその日まで時間を巻き戻したのが功を奏しているのやもしれぬ』

 ニョルズが呟いた。

『黒幕とやらは二人目の愛し子、偽物の主神様の加護持ちが現れてから世界樹を枯らすまでの約一年間を延々と繰り返していた』

 何千、何万という、主神でさえ気が狂いそうになる時間だ。

『だがおまえたちが生きている現在いまは、黙って傍観していたのではなくひたすら力を蓄えていた主神様が仕掛けた最後の大勝負だ』

 ルキノとアンジェリカの魂は主神が異世界から攫って来た。
 テオフィロが生まれたその日まで時間を戻して、彼の人生そのものを変化させた。これはもはやバグではなく、良き出逢いによって構築された別物だ。

「あ……だからリセットも出来ない⁈」

 アンジェリカが声を荒げた。
 テオフィロは眉間に皺を寄せる。

「リセットとは」
「やり直すことだ。黒幕的に言うなら予言書の始まり、二人目の加護持ちが現れるその日まで時間を戻すって意味だと思うが」

 戻したところであまり意味はない。
 いまのテオフィロが悪役になることはないからだ。

「……あの仮面が黒幕ですね?」
「だろうな」
「あれを破壊したら世界樹が枯れることもない」
「だと思う」
「じゃあどうやって捕まえる⁈」

 男二人の間にアンジェリカが割って入って来た。

「……妙にやる気ですね」
「だっていまのあたしは本物の加護を貰ってるから、世界樹に子果を実らせても世界樹に悪影響ないでしょ?」

 自然と三人の視線がニョルズに集中し、青い神獣は『まぁそうだな』と頷く。
 アンジェリカは嬉しそうだ。

「あたしは大好きなこの世界に生まれ変わったの。だから、絶対に大好きな人たちと幸せになるの! 黒幕なんかに絶対邪魔させないんだから!」

 力強く拳を握る彼女の表情はとても輝いている。
 複数の相手の愛し合えるという感覚はテオフィロには理解出来ないが、主神の愛し子が複数の伴侶を持つのは悪いことではないし、その中の一人に身内を……と考える各国の上層部にとっては朗報と言えるだろう。
 果たしてそれが王太子妃、ゆくゆくは王妃になる女性の行いかは判断が分かれるところだが、決めるのはこの国の王だ。
 ましてや彼女自身が顔の良い男とのあっはんうふふな行為を楽しんでいるのだから、テオフィロとしては彼女が高貴なる社交界で恥をかかないよう淑女のマナーを叩き込むだけである。
 そんなことを考えていたら、アンジェリカ。

「物は相談なんだけど、テオフィロくんってルキノさんと一緒にいてドキドキしたりする?」
「……はい?」

 一瞬、何を言われているかが理解出来なくて反応が遅れた。
 隣でルキノも固まっている。

「何ですか急に」
「えっとね、黒幕捕まえる作戦も大事なんだけど、味方を増やすのも大事かもって思って」
「味方?」
「そう! 世界樹の精霊!」
「「『……は?』」」

 ニョルズまで加わって聞き返した。
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