悪役令息は愛を知れば無敵なのです

柚鷹けせら

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第二章 絵画と幼児誘拐

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「情報ギルドによると、一〇年前に奴隷商人が逮捕されるより以前に王都周辺で行方不明になり、いまだ見つかっていない子どもは四六人。性別や名前は配布した資料の通りで、無事なら全員が二十歳を越えている」

 商会長ゴードン・パウンドの息子も、この中の一人だ。
 巡礼に参加している全員が揃った広場の中心で円を作っているのは、ルキノ、団長、アンジェリカ、王太子殿下、宰相の息子、有望な魔導士、そして拘束した男二人の尋問を担当した者を含む数人の騎士たちで、テオフィロは彼らに複製した資料を手渡した後、彼らの円の中で報告を続けていた。
 また、商会長や専属侍女など話し合いに口は出さずとも注意深く話を聞いている人はもっとたくさんいて、出発準備の慌ただしさがやけに遠く感じた。

「一方、奴隷商人が捕まった後の、この一〇年間で王都周辺で行方不明になり、見つかっていない子どもは二一人」

 この人数が全員王都から消えていれば大々的な捜査が行われただろうが、実際には王都からいなくなったのは一人で、他はこの町など、王都周辺の、自治権が各地の領主に委ねられている土地からで、そこでも被害が一人二人では王都に報告が来ないのも無理はない。

「ただしこの数字は親が訴えた人数で、スラムの子どもや、何らかの事情で親が子どもを手放している場合などは含まれていないんだが、……情報ギルドはそういう子どもたちの行方こそ本命ではないのかと考えてずっと追跡していた。二枚目がそのリストだ」

 例え親がいなかろうと、昨日まで存在していた子どもが忽然と姿を消せば気づく者は現れる。
 同じスラムで身を寄せ合っていた子たちなら尚更だ。
 子どもが拐われるタイミング。
 そのとき周辺にいた余所者。
 停泊していた船、預けられていた荷馬車、妙に羽振りの良い浮浪者。そういったことを一つ一つ意識して調べ続けて一〇年。
 消えた子どもの数は三桁に届いており、情報ギルドの諜報員たちが隣国ケルネイディアに潜伏していることこそ辿り着いた答えだった。

「なぜこうも執拗にフィッセン王国の子どもを狙うのだ」

 団長が忌々しげに呟くと、アンジェリカが「んーと」と予言書の内容を思い出そうとする。

「ケルネイディアはフィッセン王国だけじゃなくて他の国も嫌いなんだよ……です」

 テオフィロに見られて口調を正すアンジェリカ。

「ケルネイディアと国境を接しているのはフィッセン王国、リブリー国、レンブロー国で、うち、フィッセン王国には加護持ちのテオフィロく……様がいるでしょ? そしてリブリー国には「精霊の泉」。レンブロー国は魔物被害が多いけど、世界樹の森と接してるってことだから資源がものすごく豊富」

 侯爵邸で学んだ成果というよりは予言書関連の設定資料を読み込んだ成果らしいのだが、周りの人たちが「確かに」「意外に博識だな」と感心しているのでそういうことにしておく。

「だから、ケルネイディアは、私たちに見下されてるって思い込んでて、見返すために大陸一の宗教国家になろうとしたの」
「宗教国家?」
「それでどうして子どもの誘拐なんて」
「子どもの方が洗脳し易いからって理由だったはず」

 アンジェリカがすらすらと答えるのを横で聞いていた王太子殿下が「それも、予知で?」と心底驚いた顔をしている。

「そ、そうだよ。あたしの予知はすごいんだから!」

 内心では焦りつつも堂々と胸を張るアンジェリカ嬢に、他からも称賛の声が上がる。
 ただ、その先を知っているテオフィロとルキノ、ニョルズの表情は硬い。
 宗教国家となるべく集められた子どもたちだが、フィッセン王国にヒロインという二人目の加護持ちが現れたことで、世界樹への信仰が憎悪に変わったケルネイディアは、子どもたちを邪教徒に仕立て、その生き血で精霊の泉を穢すのだ。

「巡礼でそっちに行くぞ」
「うちの高官が一行に先んじてしばらく滞在するからよろしくね」
「表向きには巡礼って言っているけど、分かるよね?」

 そんな感じの内容を国王陛下からケルネイディア王家に通達してもらったことが牽制になり、更に向こうの情報もある程度は入るようにしてあるため、まだ幾分かの余裕はありそうだが、既にアンジェリカという二人目の加護持ちが周知されている以上、ケルネイディア側の心証は最悪だろう。

「情報ギルドのおかげで、宗教国家になるために建設されたのだろう神殿の位置が分かった」

 この村には今日中に宰相閣下の差配で王都から騎士団が送られて来る。彼らは周辺地域も周り、地元領主の調査を開始するだろう。
 ならば巡礼のために発った自分たちは行程通りに進むフリをしつつ騎士数人を先行させて神殿の見張りにつけようという結論に至った。
 そして、その中に平民出身でルキノの友人・バズーも選ばれた。
 その後、他の面々も一晩かけて収集してきた情報を共有。こちらは主に領主や、普段の町の様子、いなくなった子どもたちについてだ。名前と特徴はテオフィロたちも控えたが、現時点でこの町の子どもたちの捜索は王都から来る騎士団に委ねられる。

「最優先は子どもの保護だ。――行こう」

 王都からやって来る騎士団との情報共有のため、騎士二名を残して一行は出発した。
 目指すは隣国ケルネイディア。敵の本拠地だ。




 二日目は何事もなく、旅路は順調。あえて記するとしたら、移動中に騎乗したテオフィロとルキノが、商会長ゴードン・パウンドの馬車と並走し、開いた窓越しに会話をしたことだろうか。
 情報ギルドに関しての確認や、ゴードンが持つ情報との擦り合わせなど、とても有意義な移動時間になった。
 そうして迎えた三日目。
 彼らの目の前には川幅五〇〇メートル前後もあるフドゥ河が広がっていた。
 フィッセン王国は東西に長い国で、北の辺境の先は海、東西と南は、このフドゥ河を国境としている。ただ、河といえば水源。自然の恵みだ。どこからどこまでがどちらの領地かなんて言い争うのは愚か者のすることというのが世界の常識だから、フィッセン王国もケルネイディアも橋のこちらとあちらに国境門を設けている。 
 無断で橋を渡る者がいないよう、フィッセン王国の国境門は欄干から陸地側へ一〇〇メートルくらい高い塀で囲まれており、その始点であり終着点でもある門の管理事務所は、大きさこそ少し裕福な平民の一軒家というサイズだが、砦を思わせる堅牢な雰囲気を漂わせている。
 国境門には巡礼のためテオフィロたち一行が訪れることが以前に伝えられており、手続きはとてもスムーズに終わった。

「お気を付けて!」
「無事のお帰りをお待ちしています!」

 国境門の管理事務所に駐留している騎士たちに見送られてフドゥ河を渡る。
 テオフィロが生まれて以降、大陸では天候による災害はほぼ皆無で、飢饉や疫病といった命を脅かす危機も激減している。
 主神から加護を与えられた愛し子が存在するだけで大陸全土が恩恵を受けられるのは過去の記録からも明らかだ。
 ただ、やはり最も得をしているのは愛し子が生まれ育った土地だ。
 今回でいえばフィッセン王国で収穫されている米や小麦の品質は大陸一だし、何より、魔力の質が違う。魔導士たちの攻撃魔術、防御魔術など、同じ役職――例えば近衛魔導部隊の魔導士と、同等の役職に就いている他国の魔導士が純粋に魔術だけで勝負をした場合、相手はこちらの防御を越えることは出来ないし、こちらの攻撃を防ぐことも絶対に不可能。
 恐らく愛し子の身を守るための主神の意思だろうと言われているが、事実、それくらいの差があるのだ。
 今日もフドゥ河は穏やかに流れ、まるでテオフィロとアンジェリカの来訪を喜ぶようにきらきらと輝いている。

「美味い魚が泳いでるんだろうなぁ」
「全部解決したら、帰りはここで川釣りを楽しむのもいいですね」

 馬上でテオフィロとルキノが言い合う。

「うちの領地でもやったよな」
「おじ様に勝負だと言われて、惨敗しました」
「大人気ねぇんだ、あのおっさんは」

 そんなふうに子ども時代を振り返っているうちに一行はフドゥ河にかかる国境の橋を渡り終えて、ケルネイディアへ。こちらは国境管理門という名称のそこはフィッセン王国の国境門より一回り大きく、また、物々しい雰囲気に包まれていた。
 自分たちの来訪を警戒してのことかと思ったが、そればかりではなかったらしい。
 文官が入国手続きのために呼ばれ、テオフィロたちが馬から降りて待っていると、護衛騎士と複数の従者を連れた若い男が颯爽と現れたのだ。

「ようこそいらっしゃいました、貴き主神の愛し子たちよ」

 ばさりとマントを翻してテオフィロの前で膝を付いたのは、美しい金髪、深い碧色の瞳をした美丈夫――ケルネイディアの次期国王、つまり、王太子ベルンダード・グル・ケルネイディアだ。
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