悪役令息は愛を知れば無敵なのです

柚鷹けせら

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第三章 精霊の泉

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 一つ目の神殿で何かしらの情報を得るまでは流れに身を任せることにしたテオフィロたちだが、何もしないとは言っていない。
 朝食という建前で行った作戦会議のすぐ後にパウンド商会の者たちが泊まっている宿まで転移したテオフィロは、ゴードンらを介して情報ギルドの面々とも作戦概要を共有し、彼らには彼らの方法で神殿の内部を調べてもらっている。
 さらに移動中もこまめに魔力感知を発動して周辺に怪しい動きをする者がいないか、子どもが大勢で移動するような不自然な団体がないか目を光らせていた。
 残念ながらこれという発見は無かったが。
 一五分ほど馬で移動して到着したのは貴族街の一角にある一カ所目の神殿――先触れによって開かれた鉄格子の門は、騎乗している騎士達よりも高さがある。
 馬はもちろん、馬車もそのまま門を抜けて神殿の敷地内に入ると、真っ先に目に入ったのは木を模した彫刻。主神ユグドラシルを祀るというだけあって、その化身、世界樹をモチーフにしたのだろう高さ一〇メートル以上もある彫刻が正面入り口で来訪者を迎えた。
 先導していたケルネイディアの騎士たちが、この彫刻を半周した辺りで止まると、後続の馬車や、テオフィロたち騎乗したフィッセン王国側の騎士達も程よい間隔をあけて止まっていく。
 そうしながら、馬車止まりの向こう――出迎えなのだろう、揃いのローブを纏った神官たちと、一際豪奢なローブを纏った大神官を見遣る。

(……フィッセン王国から攫われた子どもたちが洗脳されているにしても、年齢が合わないな)

 並んでいるのは年嵩の者ばかりだ。
 馬車から王太子ベルンダード、側近たち、日頃から此処で慈善活動に従事しているという貴族令嬢たちが降り、次いでフィッセン王国の王太子クリストフが、アンジェリカをエスコートしながら彼らの傍へ。

「俺もエスコートしていい?」

 先に馬から降りていたルキノが期待を込めた眼差しで見上げて来るが、テオフィロは笑顔で拒む。

「残念ですが今日はお断りします」

 ひらりと舞うように馬から降りたテオフィロは、ニョルズを肩に乗せ、ルキノには通常の護衛騎士の位置を指定してアンジェリカの隣に立つ。

「アンジェリカ嬢」
「はい」

 呼び掛けると、彼女も自分の精霊リロを召喚して胸に抱く。
 柔らかな桃色をした、両手にちょうどよいサイズの愛らしい小鳥と、光の加減によっては波打つ海面のように色を変える海青色のニョルズは、肩に乗せるには少し大きく、また地面に擦りそうなほど尾が長い。
 普通に暮らしていれば生涯目にすることはないだろう精霊と、神獣を前に、大神官も、神官たちも、いまにも泣き出しそうな顔でその場に両膝をつき、地面に触れそうなほど頭を下げた。

「貴き主神ユグドラシルの愛し子様に拝謁致します」

 大神官が代表して定番の口上を述べ、姿勢はそのままに話を続ける。

「本日は我らケルネイディア王国が主神ユグドラシルを祀るために建立致しました神殿にお越し頂き恐悦至極に存します。ぜひ、神殿の内部もゆっくりとご見学いただき、主神ユグドラシルへの信仰をお確かめください」
「そうさせてもらおう」
「お邪魔しますね」

 テオフィロが頷き、アンジェリカが微笑む。
 二人とも名乗ることはせず、また、彼らに名乗らせもしない。貴族的な解釈をするなら「名前を呼び合う関係にはなりたくない」といった意味にも取れる。
 ただし今回の視察はケルネイディア王国側から、主神の愛し子に視察させて「神殿」というものを認めてもらいたいという意図があるため「まだ認めていない」という意味になる。

「案内を」

 短く命じれば、大神官、神官たちはしずしずと立ち上がり道を開けた。

「どうぞこちらへ」

 幅の広い真っ白な四〇段余りの階段を上がった先にあったのは、荘厳という言葉がこれほど似合う場所が他にあるだろうかと思わせるほど、足音を立てるのも憚られるような重々しくも美しい建物だった。
 真っ白な壁に、真っ白な屋根。
 基本的には一階建ての建物だが所々が高くなっており、最奥には一際高い尖塔があった。まるで天に届かんとする意欲を表現したようなデザインにはテオフィロも興味を惹かれた。

「入口にあった彫刻もそうですが、この建物も、とても素晴らしい」
「! そうでしょうとも」

 テオフィロが他意なく告げたところ、大神官の顔が綻ぶ。

「ケルネイディア王国では、昔から孤児を積極的に保護して育てて参りました。その中には芸術の才を見出された子も少なくないのですが、そういう子どもたちが恩返しだと言って神殿建立に尽力してくれたのです」

 孤児ねぇ……と胸中で呟いたのはテオフィロだけではない。
 フィッセン王国側の何人かは心の中でもっといろいろ言い返していたのだが、誰も表情に出さないのはさすがだ。そしてそれは、王太子クリストフのエスコートを受けながら歩いているアンジェリカもだ。

「ケルネイディア王国では孤児が多いんですか?」

 無邪気な顔で、少しだけ首を傾げて問い掛けるアンジェリカに、大神官の表情が一瞬だが固まった。
 神官たちの間に緊張が走ったことも見逃さない。

「多いか、というのは」
「え。だって芸術に長けてる子なんてそうそう見つかるものじゃないでしょう? 入口の木の彫刻も、この建物も、本当にすごいと思うんです。ってことは、それだけたくさんの子が孤児なのかなって」

 神官たちはおろおろしているが、誰もアンジェリカの発言を止めないし、咎めない。
 そもそも彼女を𠮟れるのは立場的にテオフィロだけで、彼女の発言はテオフィロの希望通りなのだ。

「戦争なんてしばらく起きてないし、この辺りは魔物被害もあまり無いって聞いていたんですけど」
「そう、ですな。ケルネイディア王国は、フィッセン王国と比べますと、どうしても治癒や治療の魔術が劣っておりますので、はい」
「そんなに違うんですか?」
「……フィッセン王国は、愛し子さまがお二人もいらっしゃるため、お二人を守るために魔力の質が他と比べて非常に良質なのではないか、と」
「へー、そうなんですかぁ」

 アンジェリカの、自分から聞いたくせによく理解していなさそうな反応。
 巧い、とテオフィロは心の中で褒めてしまう。

「じゃあフィッセン王国の優秀な治癒の魔導士を派遣してもらったり? あ、でもフィッセン王国を出たら魔力の質も変わっちゃうのかな。どう思うテオフィロくん」
「さぁ……私と貴女では試しようがありませんから、他の者に聞いた方が良いと思いますよ」
「そっか。ジュリー、どう? ケルネイディア王国に来てから魔力の質が変わったりした?」

 有望な魔導士ジュリアーノは、苦笑する。

「アンジェリカ嬢。フィッセン王国の者の魔力の質が良いのは主神の愛し子を守るためです。貴女と一緒にいて質が変わることはないでしょう」
「確かに!」

 アンジェリカは、そう判じたジュリアーノを笑顔で「賢い!」と褒めると、今度は王太子ベルンダードを見る。

「じゃあ、あたしたちがケルネイディア王国にいる間は、ベルンたちの魔力の質も上がっているのかな」
「――……それは、考えてもみませんでしたが、非常に興味深いですね」

 本心からそう思ったらしい王太子の反応に、アンジェリカは目を輝かせる。

「ね! 試してみない?」
「試す、とは」
「魔力の質がどうなってるか。ここが神殿ってことは、どこか、魔力制御の訓練が出来るような場所あるんじゃないですか?」

 アンジェリカは満面の笑顔で告げた。

「それに、いまならテオフィロくんが制御指導してくれるかも! ね?」
「……私は構いませんが」

 どうしますか?
 そう、少し挑戦的な目で見遣れば、王太子ベルンダードの答えは決まっていた。
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