40 / 213
第2章 新人冒険者の奮闘
40.すれ違い
しおりを挟む
「クルトさん!」
会えたことが嬉しくて駆け寄ると、こちらに気付いたクルトも笑顔を見せた。
「レンくん!」
約一週間振りの再会。
クルトは足元の袋に抱えていた薬草を収納して担ぎ、彼もまたこちらに速足で近付いて来てくれた。
「レンくん、元気そうだね。しばらく見なかったから体調はどうだろうって心配してたよ」
「心配って言うなら俺の方こそです、……ちゃんと休んでますか?」
元気ですか、なんて聞けなった。
目の下の隈や、青白い顔色。
「やつれてますよ……?」
思わず手を伸ばして触れた顔はカサカサしている。いわゆる肌荒れというやつだろう。現在の彼の状況を鑑みるに原因は寝不足、栄養不足、それでいて過度のストレスってところだろうか。
医者じゃなくてもそれくらいの予測は出来る。
クルトは苦く笑った。
「うーん、ちょっといろいろと有り過ぎちゃって」
「一人で頑張り過ぎていませんか?」
「はは……頑張るしか出来ないからね」
自嘲気味に言う姿は、出会ったあの日とは全然違う。
たった一週間でこんなにも変わってしまうほど彼の心は疲弊しているんだ。
「あの、俺にお手伝い出来ることはありませんか? して欲しいことでもっ」
「大丈夫だよ、レンくんはレンくんのしなきゃいけないことがいっぱいあるだろ」
「でもいまのクルトさんを放っておけないです」
「……同情?」
「――」
ほとんど無意識に出たのだろう呟きにびっくりした俺を、クルトも目を丸くして見返す。
「ぁ、いや……ごめんね。でも、子どもに迷惑掛けられないよ」
「そっ」
「またね」
俺の反応を遮るようにして横を通ったクルトは、少し離れて立ち止まっていたレイナルドに気付いたのだろう。一瞬だけ動きを止めたものの、軽く頭を下げただけで無言のまま立ち去ってしまった。
ここにもお辞儀っていうか会釈の文化があるんだぁ……なんて。
心臓がズキズキするのに気付きたくなくてどうでもいいことを考える。
ああ、それでも。
(痛い)
クルトの表情を思い出すだけで胸が軋む。
子どもじゃ役に立てない。
無力。
ネガティブな感情がぐるぐるしていたけれど、それを止める手があった。頭の上にぼふりと置かれた大きな手はレイナルドのもので、彼は呆れたように息を吐く。
「自分は大人だって言うなら、同情されない程度には取り繕えってんだ」
「え……」
「あいつもまだまだ若いって話さ」
クルトは25歳だって本人が言っていた。
地球にいた時の俺と同じ年齢だ。
高卒で社会に出た俺でも、何でも一人で出来るようになるまで時間が掛かったし、何ならいまだに半人前の部分だってたくさんある。
もし普通に恋愛が出来ていたら……なんて想像しては「違う」「ダメだ」と自身を否定して、このまま独りで人生を終えるんだろうと考えながら変わり映えの無い日々を淡々と生きて来た。
なら、いまのクルトはどうだろう。
12歳で故郷を出てトゥルヌソルに来たと言っていた。
冒険者になって13年。
一人前と言われる銀級にはなったものの、それ以上を目指すならパーティが必須。昇級には指定級のダンジョン踏破が絶対条件だからだ。
なのに彼のパーティは解散した。
新たに参加できるパーティも見つからず、一人で鉄級依頼にあたる薬草採取……レイナルドが自分のパーティに誘っても「迷惑になる」と断る彼は、いまどんな気持ちでいるのだろうか。
「……レイナルドさん」
「ん?」
「俺……、俺、ケンカって、したことがほとんどなくて」
「うん?」
急にこんな話を始めては戸惑わせるに決まっている。
ごめんなさいって気持ちにはなるけど、でも、止められない。
「本当に小っちゃい頃の幼馴染とは何でも言い合えたけど……そいつとは付き合いが長かったし、本当に子供だったから、仲直りなんて考えなくても、またすぐ一緒に笑えてて……」
真っ白な病院のベッドの上。
ユーイチ……ううん、優一との時間が思い出されて、少しだけ勇気が出る。
「幼馴染がいなくなってからは、人付き合いが……下手で」
好きという感情で相手に嫌な気持ちを抱かせると知ってからは特に、だ。
上辺だけの関係にケンカなんて有り得るはずもない。
「目の前でケンカされるのもイヤで、……ほんとに、俺自身が、イヤだからって理由で、お節介焼いて、だからどうってことじゃなく、ウザいって思われても、ケンカが止まったらそれで良くて……」
「レン?」
「……っ、俺、ケンカの経験値、低すぎて……っ」
繰り返す。
お腹の奥の方がぐるぐるする。
「仲直りも、……仲直りの仕方も、知らない、です」
「ああ……」
「だけど、いま、いまぶつからなかったら、手遅れになる……っ」
「かもな」
レイナルドは、絶対に俺より判ってるんだ。
先の見えない冒険者のこと。
その心情。
だから彼は先んじてクルトをパーティに誘ったんだろう。
迷惑になるから断った?
判る。
その気持ちはすごくよく判るけど、でも。
直感、だ。
たぶんチャンスは今しかない。
「俺、……俺、クルトさんと、ケンカします……っ」
断言した俺に、レイナルドは「頑張れ」と一言告げて頭をぽふりと撫でてくれた。
会えたことが嬉しくて駆け寄ると、こちらに気付いたクルトも笑顔を見せた。
「レンくん!」
約一週間振りの再会。
クルトは足元の袋に抱えていた薬草を収納して担ぎ、彼もまたこちらに速足で近付いて来てくれた。
「レンくん、元気そうだね。しばらく見なかったから体調はどうだろうって心配してたよ」
「心配って言うなら俺の方こそです、……ちゃんと休んでますか?」
元気ですか、なんて聞けなった。
目の下の隈や、青白い顔色。
「やつれてますよ……?」
思わず手を伸ばして触れた顔はカサカサしている。いわゆる肌荒れというやつだろう。現在の彼の状況を鑑みるに原因は寝不足、栄養不足、それでいて過度のストレスってところだろうか。
医者じゃなくてもそれくらいの予測は出来る。
クルトは苦く笑った。
「うーん、ちょっといろいろと有り過ぎちゃって」
「一人で頑張り過ぎていませんか?」
「はは……頑張るしか出来ないからね」
自嘲気味に言う姿は、出会ったあの日とは全然違う。
たった一週間でこんなにも変わってしまうほど彼の心は疲弊しているんだ。
「あの、俺にお手伝い出来ることはありませんか? して欲しいことでもっ」
「大丈夫だよ、レンくんはレンくんのしなきゃいけないことがいっぱいあるだろ」
「でもいまのクルトさんを放っておけないです」
「……同情?」
「――」
ほとんど無意識に出たのだろう呟きにびっくりした俺を、クルトも目を丸くして見返す。
「ぁ、いや……ごめんね。でも、子どもに迷惑掛けられないよ」
「そっ」
「またね」
俺の反応を遮るようにして横を通ったクルトは、少し離れて立ち止まっていたレイナルドに気付いたのだろう。一瞬だけ動きを止めたものの、軽く頭を下げただけで無言のまま立ち去ってしまった。
ここにもお辞儀っていうか会釈の文化があるんだぁ……なんて。
心臓がズキズキするのに気付きたくなくてどうでもいいことを考える。
ああ、それでも。
(痛い)
クルトの表情を思い出すだけで胸が軋む。
子どもじゃ役に立てない。
無力。
ネガティブな感情がぐるぐるしていたけれど、それを止める手があった。頭の上にぼふりと置かれた大きな手はレイナルドのもので、彼は呆れたように息を吐く。
「自分は大人だって言うなら、同情されない程度には取り繕えってんだ」
「え……」
「あいつもまだまだ若いって話さ」
クルトは25歳だって本人が言っていた。
地球にいた時の俺と同じ年齢だ。
高卒で社会に出た俺でも、何でも一人で出来るようになるまで時間が掛かったし、何ならいまだに半人前の部分だってたくさんある。
もし普通に恋愛が出来ていたら……なんて想像しては「違う」「ダメだ」と自身を否定して、このまま独りで人生を終えるんだろうと考えながら変わり映えの無い日々を淡々と生きて来た。
なら、いまのクルトはどうだろう。
12歳で故郷を出てトゥルヌソルに来たと言っていた。
冒険者になって13年。
一人前と言われる銀級にはなったものの、それ以上を目指すならパーティが必須。昇級には指定級のダンジョン踏破が絶対条件だからだ。
なのに彼のパーティは解散した。
新たに参加できるパーティも見つからず、一人で鉄級依頼にあたる薬草採取……レイナルドが自分のパーティに誘っても「迷惑になる」と断る彼は、いまどんな気持ちでいるのだろうか。
「……レイナルドさん」
「ん?」
「俺……、俺、ケンカって、したことがほとんどなくて」
「うん?」
急にこんな話を始めては戸惑わせるに決まっている。
ごめんなさいって気持ちにはなるけど、でも、止められない。
「本当に小っちゃい頃の幼馴染とは何でも言い合えたけど……そいつとは付き合いが長かったし、本当に子供だったから、仲直りなんて考えなくても、またすぐ一緒に笑えてて……」
真っ白な病院のベッドの上。
ユーイチ……ううん、優一との時間が思い出されて、少しだけ勇気が出る。
「幼馴染がいなくなってからは、人付き合いが……下手で」
好きという感情で相手に嫌な気持ちを抱かせると知ってからは特に、だ。
上辺だけの関係にケンカなんて有り得るはずもない。
「目の前でケンカされるのもイヤで、……ほんとに、俺自身が、イヤだからって理由で、お節介焼いて、だからどうってことじゃなく、ウザいって思われても、ケンカが止まったらそれで良くて……」
「レン?」
「……っ、俺、ケンカの経験値、低すぎて……っ」
繰り返す。
お腹の奥の方がぐるぐるする。
「仲直りも、……仲直りの仕方も、知らない、です」
「ああ……」
「だけど、いま、いまぶつからなかったら、手遅れになる……っ」
「かもな」
レイナルドは、絶対に俺より判ってるんだ。
先の見えない冒険者のこと。
その心情。
だから彼は先んじてクルトをパーティに誘ったんだろう。
迷惑になるから断った?
判る。
その気持ちはすごくよく判るけど、でも。
直感、だ。
たぶんチャンスは今しかない。
「俺、……俺、クルトさんと、ケンカします……っ」
断言した俺に、レイナルドは「頑張れ」と一言告げて頭をぽふりと撫でてくれた。
応援ありがとうございます!
11
お気に入りに追加
421
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる