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第4章 ダンジョン攻略

96.保険

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 太陽がなく、朝と晩だけは外の世界と同じタイミングで訪れる此処では時計、方位を示す魔導具が役に立たず、精神力と繊細な魔力操作でもって進路を定めなければならない――それが、ダンジョン。
 リーデンが以前言っていた。
 獣人族ビーストの身体能力と魔法、地球にはなかった力の可能性を見誤ったばかりに文明が一気に進み過ぎたのだと。
 言い換えれば、どれだけダンジョンの難易度が高くても獣人族ビーストには攻略可能ということだ。

「実際、この鉄級フェ―ルンダンジョンは既に多くの冒険者が踏破していますし、これが無くても支障はないと思いますが、持っている物を隠しておくのもどうかと思ったので、いまお伝えします」

 円になるように座り、昼用のお弁当のつもりで作って来たサンドイッチを食べる俺たちの真ん中には、まだ未使用の布の上に置かれた金色の懐中時計。
 もちろん俺の神具『懐中時計』だ。
 クルトも、バルドルたちも、何とも表現のし難い顔をしているが決して否定的なものではない。
 どちらかというと……。

「……主神様は、本当にレンくんが大事なんだねぇ」
「え」
「だって道に迷わないようにってこれを渡してくれたんでしょう? ダンジョンでまで使えるとは知らなかったみたいだけど」

 改めて言われると照れるやら居心地が悪いやらだが、寿命が尽きるまで死んではいけないという絶対条件には必要だったのだ。

「んー……」

 エニスが言う。

「正直、いまはそれがなくても問題ないと思う。時間が判らないのは不安になる事も多いが、ここは空の変化が判るし、ボス部屋までの道もほぼ完成しているから」
「だな」

 バルドルが頷く。

「だが、天気が悪くて朝晩の区別すら付け難くなる銀級アルジョン以上のダンジョンにそれがあれば、難易度が一気に下がるのは間違いない」

 何せ進むべきを指し示す3つ目の針があるのだ。
 ボスの部屋まで迷うことがなくなるというのは、いろんな意味で有利だ。

「辛いダンジョン攻略が楽になるなら大歓迎だ。……でも、従来の方法で踏破して来た冒険者と金級オーァルで肩を並べた時に俺たちの実力が劣るのも間違いない」
「だね」
「同感。それでなくても応援領域持ちクラウージュと一緒だって判れば下に見られるんだから、金級オーァルとしての力まで劣るような真似はしたくない」

 そう。
 だから鉄級フェ―ルン銅級キュイヴルァダンジョンではなるべく応援領域を使わないよう言われているのだ。

「ってわけで、レン」
「はい」
「それは、少なくとも俺たちが金級オーァルになるまでは使うな」
「判りました。あとで部屋に置いてきます」

 話し合いで決まったなら従うつもりだった。
 だから今夜にでも神具『住居兼用移動車両』Ex.に戻ってリーデンに事情を説明し、預けて来ようと思ったのだが――。

「いや。ダンジョンは何が起きるか判らん。保険は絶対に必要だ」
「そうだね。レンくんが独りになる可能性だってあるんだから、そうなっても君だけは帰れるようにしておかないと」

 怖いことを真顔で言う彼らに身震いする。
 俺はまだダンジョンの恐ろしさを何も知らない、そう突き付けられた気がした。

「つまりレンに必要なのは『仲間を甘やかさない』ことだよ」

 エニスが言う。

「レンも『普通』の攻略の仕方を覚えた方がいいだろうし。仲間に何があっても自分は生き残るっていう覚悟も必要だ」
「そうそう」
「うんうん」

 頷くウーガとドーガ。
 実際に銀級アルジョンダンジョンで仲間を二人も失っている彼らの言葉は重い。
 ……でも。

「俺は弱いけど、戦う以外ならかなり強いんです。何があっても全員で帰りますからね」

 ムッとして言い返せば、彼らは笑った。

「それは、俺たちにとっちゃ最強の保険だな」

 全員で笑った。




 お昼を食べ終えた後は神具『懐中時計』をしっかりとベルトに通し直し、ポケットにしまう。

「そういえば師匠から幾つか素材を採って来てほしいって言われているんですけど、これってどの辺りになりますか?」
「んー? やっぱり質が良い方がいいのか?」
「出来れば、そうです」

 リストを覗き込んだエニスに聞かれて頷く。

「となるとボス部屋の近くで集まる……あ、この実は判らん」
「どれ?」

 クルトが言う。

「オールトケールトの実」
「それなら第20階層だ」
「あ、20階層の湖の側の樹か!」
「それ」

 名前を見ただけで次々と情報が出て来るのを素直にすごいと思いつつ、魔力がインクに変わる魔導具のペンで師匠からもらったリストに書き足していく。

「出発していいか?」

 バルドルの声。

「あの先の森を抜けた辺りからが二階層で、一階層ここみたいに畑や家畜の護衛冒険者による駆除もされていないから襲ってくるヤツが増えるよ」
「気を付けてな」

 ドーガ、ウーガにも言われて、頷く。

「魔物は階層を越えては来ないんですか?」
「来ない」

 エニスが断言する。

「もし階層を越えたとしたら魔物の氾濫シャルム・イノンダシオンの前兆だ」
「えっ」
「まぁ、そんなのはもう何十年も聞かないし、ここは常に冒険者が出入りしているから心配要らない。そんな事があればとっくに対策チームが結成されているさ」
「な、なるほど」

 トゥルヌソルで魔物の氾濫シャルム・イノンダシオンなんて起きたら尋常ではない被害が出る。想像するだけで青くなる俺に、クルトが「大丈夫」と繰り返す。

「ただし変だなと思う事があれば些細なことでもすぐに周知しろー。そういう勘も冒険者には必須だからな」
「はい!」

 そんな遣り取りで昼休憩を終え、再びダンジョンを進み始めた。
 それから一時間くらい……30分くらいかな。時計を見ないようにしたから確かじゃないけど、それくらい歩いて森を抜けた辺りで急に目の前がぐにゃりと歪んだ。
 それが、第一階層から第二階層への移動だったと知ったのは全員が第二階層に移動し終えてからだった。

「いまの……?」
「そう。慣れないとちょっと気持ち悪いよね」

 クルトが苦く笑う。

「吐き気とかしない?」
「それは平気です。でも階層が変わる時には階段とかで降りるのを想像していたので……何だろう、平地を歩いているだけで階層が変わったのがものすごく不思議です」
「そう、なんだね。銀級アルジョン以上のダンジョンは経験ないから断言はできないけど、鉄級フェ―ルン銅級キュイヴルァはどこもこんな感じだよ」

 日本人の俺が判りやすいように表現すると、たぶんダンジョンは迷路なんだと思う。
 入口となる場所からボス部屋まで、正しい方向へ進めば階層が変わり、間違えば同じ階層をぐるぐるする事になる。
 話に聞く各級の規模を例えるなら、鉄級フェールン銅級キュイヴルァは市町村、銀級アルジョンは都道府県、金級オーァルが国、白金プラティンは大陸、神銀ヴレィ・アルジャンは世界、かな。
 大きな町もあれば小さな町もあるから、都道府県や国なんて言ってもダンジョンの広さはそれぞれ。
 そりゃあ時間も方位も判らないんじゃ級が上がるほどに難易度が爆上がりだし、同じ金級オーァルだって面積が日本とアメリカ合衆国くらい違えばそれもまた難易度が桁違いだろう。

「レンはダンジョンに関して随分と個性的な知識があるが、故郷にもダンジョンがあったのか?」
「ないです。でも物語……創作物の中にダンジョンが良く出て来たので」
「ふぅん」
「へぇ」
「ダンジョンが無いのに、ダンジョンの物語が書けるなんてすごいな」

 感心している風の面々に、曖昧に頷いておく。
 創作に関してはまったくの畑違いなので何とも言えない。

「あ」

 ふと声を上げたのは魔法使いのドーガ。

「早速来たな」

 彼の魔力感知に魔物が引っ掛かったのだ。
 俺は檜の棒を握り、ウーガは弓に矢を掛けていつでも引けるように準備。クルトとエニスが剣を抜き、いつもは盾を構えるバルドルも今は剣だけを手にした。
 クルトの剣は以前と変わらないダンジョン産の魔剣。
 そしてドーガの杖もダンジョン産の魔杖だった。
 他の面々は店売りの一品を大事に手入して使っていると聞いている。
 魔剣や魔杖、魔盾、魔弓――ダンジョン産で、通常攻撃に魔力を乗せて攻撃力の割り増しを可能にする武器を狙うなら金級オーァル以上が基本だけど、稀に銀級アルジョン以下でも落ちるそうで、もし手に入れたら「一生分の運を使い果たしたな」って言われるくらい珍しくて幸運なことだという。
 ちなみにレイナルドやゲンジャル達は全員がダンジョン産の武器だった。
 さて、最初に遭遇する魔物は何だろうと思っていたら、ドーガがとても嫌そうに眉根を寄せる。

「これ、ハエ足ムージュピエの気配だ」
「……なんだろう、すごく見たくない感じの名前ですね?」
「正解」

 エニスが苦笑する。

ハエムーシュに人の足が生えてる」
「げっ」
「大した攻撃手段もないし放っておいてもいいんだけど、こんな小っさいくせに目の前を飛び回られるとウザくてキモい」
「うあぁっ」

 想像したくない!

「ドーガに任せるぞ」
「燃やせ」
「了解」

 ようやく俺にも小さな魔力が感じられるようになった頃には、空を飛んでいる黒い点が視認出来て。
 ドーガが唱え、魔力を流すと魔杖の上から3番目の石が発光する。
 直後、宙を飛んでいた二つの点が燃え上がってキラリと一度だけ輝いてから灰になって消えてしまった。

「さっき光ったのは魔石ですか?」
「そう。あんな小さいとどうにもならないから放置だけどね。数日もすればダンジョンに魔力として還元されるから」

 なるほど。
 ……それにしても、俺のダンジョンにおける魔物との初遭遇は何とも微妙な感じになってしまった。
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