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第4章 ダンジョン攻略
118.これがフラグというものか
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午後2時――陛下直々の命令によって今日だけ鳴らされた鐘の音は、帝都ラックの冒険者ギルドに置かれた拡声魔法だ。
ゴーン……と最初の音が鳴りやんだタイミングで最終的に集まった6人の僧侶が街の外周に立って祝詞を捧ぐ。
天におわします我らが父よ
願わくは御名が尊ばれるこの地に永き平穏と幸福が齎されんことを
我らは父の子
父の代理人
哀れな子らの魂を守るため
子と子が争い血を流さぬため
主よ、降り立ち給え――
海に、門に、城砦に、山に――可能な限り均一に帝都の外周に立った僧侶の周りにぶわりを巻き起こった風は、その範囲を徐々に広げていくとともに空気を清浄なものへと変質させていった。
まさかと都に潜んでいた獄鬼が気付いた時には、もう遅い。
都全域というとてつもない広さを僧侶の結界が完全に囲っていた。
二つ目の鐘の後は、冒険者ギルドからの避難指示が響き渡る。
『帝都の全ての民に勧告します。これより10分後、冒険者と帝国騎士団による獄鬼掃討戦が行われます。これから言う地区から至急避難してください。商業地区3番通り。商業地区11番通り――』
既に把握している獄鬼の所在地を告げていけば獄鬼自身も自分が見つかっている事に気付くだろう。
逃げようとしても結界が張られている。
人のように門から出ようとしても、既に充分な戦力が9体全員に張り付いている。
決して逃しはしない。
外周上、最も城に近い位置で結界を維持していた俺は、全域に広げた神力に引っ掛かる無数の獄鬼の卵の気配にずっとゾワゾワしている。
「……今なら王都でやらかした時より楽に消せそうな気がする……」
思わず独り言ちたら、護衛についてくれているクルトさんが「ダメだよ」と。
「ここでレンくんが倒れたら僧侶の皆はもちろん、俺たちの戦力も下がって作戦がガタガタになるんだから」
「判ってます」
俺が力尽きたら応援領域が消えてしまう。
そうなったらたった6人――俺がいなくなるから5人になってしまって、帝都に張った僧侶の結界の維持なんて30秒も保たないだろう。
いまは我慢の時。
何度も、何度も自分に言い聞かせて思い留まるけど、僧侶の力を使うほどに都に蔓延る獄鬼の気配が強く感じられて、悔しい。
プラーントゥ大陸では久しく感じなかった不快な気配。これを放置していたら憑かれる人が現れてしまうのだと思うと、どうしても落ち着かない。
「獄鬼の気配ってこんなに気持ち悪かったんですね」
「それは、判らない俺には同意し難いけど……いまのプラーントゥ大陸にはほとんどいないから、なおさらなのかもね」
「どういう意味ですか?」
「普段から傍にあると鈍感になるな、って。例えば……そう、朝の焼き立てのパンの匂いとか、毎日嗅いでいたら「あぁ朝かー」としか思わなくなるけど、しばらくなくて、久々に香ってくると「美味しそうな匂いを朝から嗅げて幸せー」って幸福度が増すでしょう。それの逆バージョン」
「……つまり久々に感知しているから必要以上に過敏になってる?」
「かもね」
なるほど、何となく理解した。
そう言われてみれば最初に見つけた獄鬼のジェイと接近した時もかなり気持ち悪かったなと思い出す。そういう知識がゼロだったにも関わらずレイナルドに依頼を出そうと思ったくらいだから、いま感じている危機感と似ているんだろう。
「こんなの、ほんと……感じ取れない僧侶以外の人たちにとったら、恐ろしいです」
「うん、まぁね……でも獄鬼に憑かれる人は邪な欲望を抱えていることがほとんどだから、自業自得の面もあるからね」
「自業自得……」
「だって憑かれない人の方が圧倒的に多いんだよ?」
「……そう、ですね」
それも言われてみて確かにと思う。
獄鬼なんて存在しなかった世界で生まれ育った俺からしてみれば、こいつらがいるせいで人生狂わされる人がいるなんてダメだって感覚なんだけど……あぁそうか、獄鬼に憑かれた後に、そいつのせいで被害者が出るのがイヤだって言ったら伝わるのかな。
「せめて獄鬼に憑かれた人を見分ける力が僧侶以外にもあればいいのに」
「ああ、その力は欲しい」
被害者になりかけたクルトはとても真面目な顔で同意してくれた。
しばらくして、冒険者や騎士の若い人達が「報告だ!」ってどこそこの獄鬼を確保したって知らせに走って来てくれた。
息を切らせ、汗だくになっている彼らを見て、伝達の魔法があればいいのにとつくづく思う。オセアン大陸の銀級ダンジョンで鳥型の魔物の魔石……うん、かなり切実に欲しい。
ともあれ残り3体。
時間は2時半を過ぎたくらい。
とても順調だ。
集まった僧侶5人が結界の維持のために指定場所から移動出来ないため、冒険者と騎士団はそれぞれに意識を奪った獄鬼を特殊な縄で縛り、意識がない内に急いで城の牢に収監する。そこには別の僧侶が一人ついていて、見張りを担当しているのだ。
この僧侶にも『応援』済みだけど、城に戻ったら交代するようにした方がいいだろう。
「報告です、商業地区三番通りに潜んでいた獄鬼を捕獲。城に移送します!」
「判りました、ありがとうございます」
「いえっ」
ビシッと敬礼して、また走って去っていく彼は他の僧侶にも知らせに行くのだろう。
「残り二体か」
「ヘンな大物が引っ掛からないといいですね」
「ヤだよね、捕まえてみたら他の国の王族だったとか」
「それイヤすぎます……」
クルトと二人、まさかぁと言いながら笑い飛ばした、……のに。
こういうのをフラグを立てるって言うのかな。
9体全部の拘束の知らせを受け取り、再度索敵で帝都全域を確認して人型の獄鬼がゼロになったのを確認した後は冒険者ギルドに知らせを送り、完了の合図に指定していた鐘を鳴らしてもらった。
僧侶達の結界が消えて、戦闘の終了が拡声魔法で伝えられて避難していた人々が戻って来ると、帝都は普段以上に騒がしい。
原因は主に戦闘後の現場の片付けだ。
そういったことはメール国の担当者に任せて俺達は城で集合、合流。セルリー以外の僧侶も集まり、地下牢で見張っている僧侶と夜まで順番に交代する事を提案してそこに向かった。
と、何故かいらっしゃる皇帝陛下と、なんだか偉そうな出で立ちのおじさん達。
うちの大臣さんも一緒だった。
「……、陛下?」
一体どうしたんだろうかと思いつつ呼びかけると、此方を振り返った陛下が口を開くより早く、偉そうなおじさん達が「これはどういうことか!」と騒ぎ出した。
「どういうつもりであの方をこんな地下牢に……!」
「あの方?」
「トル国の王太子殿下だ!!」
えぇー……。
ものすごくイヤな予感がした。
だってその地下牢に入っている意識不明の11人は、獄鬼に憑かれているから捕まえた面々だ。その事情は聞いているだろう皇帝陛下も、ものすごく渋い顔をしている。
「レン、この中に入れた者達は間違いなく獄鬼なのか」
「はい」
「そんなわけがあるかっ!」
「間違いなく獄鬼が憑いています」
俺が断言し、他の僧侶4人も、見張りについていた僧侶も同意してくれる。たぶん見張りの僧侶もそう言ったから、皇太子殿下が牢から出されずに済んだんだろう。
僧侶は獄鬼の天敵。
唯一の弱点。
へたに権力を笠に彼らを出されていたら、最悪の場合は11人の獄鬼が協力して脱獄していたかもしれない。
此処には僧侶を一人しか置いておけなかったから全員を一つの牢に入れたけれど、今後は考え直した方が良さそうだ。
そう思いつつ、神力を広げて騒いでいるおじさん達を確認。
「……あぁやっぱり……」
思わず呟いてしまったら咎められた。
「なにがだ⁈ 主神様の番を騙る不届きものは礼儀も弁えていないようだな!」
「その発言はリシーゾン国への侮蔑と取りますぞ」
うちの大臣さんが応戦する。
気が逸れた隙に仲間達がそれぞれに近付く。まるで何がやっぱりなのかを確認するように。
「……最初に感じた、獄鬼と干渉しただろう三つの気配はあの人たちです」
「ほー……」
「へー……」
さて、この三人は敵か、否か。
ゴーン……と最初の音が鳴りやんだタイミングで最終的に集まった6人の僧侶が街の外周に立って祝詞を捧ぐ。
天におわします我らが父よ
願わくは御名が尊ばれるこの地に永き平穏と幸福が齎されんことを
我らは父の子
父の代理人
哀れな子らの魂を守るため
子と子が争い血を流さぬため
主よ、降り立ち給え――
海に、門に、城砦に、山に――可能な限り均一に帝都の外周に立った僧侶の周りにぶわりを巻き起こった風は、その範囲を徐々に広げていくとともに空気を清浄なものへと変質させていった。
まさかと都に潜んでいた獄鬼が気付いた時には、もう遅い。
都全域というとてつもない広さを僧侶の結界が完全に囲っていた。
二つ目の鐘の後は、冒険者ギルドからの避難指示が響き渡る。
『帝都の全ての民に勧告します。これより10分後、冒険者と帝国騎士団による獄鬼掃討戦が行われます。これから言う地区から至急避難してください。商業地区3番通り。商業地区11番通り――』
既に把握している獄鬼の所在地を告げていけば獄鬼自身も自分が見つかっている事に気付くだろう。
逃げようとしても結界が張られている。
人のように門から出ようとしても、既に充分な戦力が9体全員に張り付いている。
決して逃しはしない。
外周上、最も城に近い位置で結界を維持していた俺は、全域に広げた神力に引っ掛かる無数の獄鬼の卵の気配にずっとゾワゾワしている。
「……今なら王都でやらかした時より楽に消せそうな気がする……」
思わず独り言ちたら、護衛についてくれているクルトさんが「ダメだよ」と。
「ここでレンくんが倒れたら僧侶の皆はもちろん、俺たちの戦力も下がって作戦がガタガタになるんだから」
「判ってます」
俺が力尽きたら応援領域が消えてしまう。
そうなったらたった6人――俺がいなくなるから5人になってしまって、帝都に張った僧侶の結界の維持なんて30秒も保たないだろう。
いまは我慢の時。
何度も、何度も自分に言い聞かせて思い留まるけど、僧侶の力を使うほどに都に蔓延る獄鬼の気配が強く感じられて、悔しい。
プラーントゥ大陸では久しく感じなかった不快な気配。これを放置していたら憑かれる人が現れてしまうのだと思うと、どうしても落ち着かない。
「獄鬼の気配ってこんなに気持ち悪かったんですね」
「それは、判らない俺には同意し難いけど……いまのプラーントゥ大陸にはほとんどいないから、なおさらなのかもね」
「どういう意味ですか?」
「普段から傍にあると鈍感になるな、って。例えば……そう、朝の焼き立てのパンの匂いとか、毎日嗅いでいたら「あぁ朝かー」としか思わなくなるけど、しばらくなくて、久々に香ってくると「美味しそうな匂いを朝から嗅げて幸せー」って幸福度が増すでしょう。それの逆バージョン」
「……つまり久々に感知しているから必要以上に過敏になってる?」
「かもね」
なるほど、何となく理解した。
そう言われてみれば最初に見つけた獄鬼のジェイと接近した時もかなり気持ち悪かったなと思い出す。そういう知識がゼロだったにも関わらずレイナルドに依頼を出そうと思ったくらいだから、いま感じている危機感と似ているんだろう。
「こんなの、ほんと……感じ取れない僧侶以外の人たちにとったら、恐ろしいです」
「うん、まぁね……でも獄鬼に憑かれる人は邪な欲望を抱えていることがほとんどだから、自業自得の面もあるからね」
「自業自得……」
「だって憑かれない人の方が圧倒的に多いんだよ?」
「……そう、ですね」
それも言われてみて確かにと思う。
獄鬼なんて存在しなかった世界で生まれ育った俺からしてみれば、こいつらがいるせいで人生狂わされる人がいるなんてダメだって感覚なんだけど……あぁそうか、獄鬼に憑かれた後に、そいつのせいで被害者が出るのがイヤだって言ったら伝わるのかな。
「せめて獄鬼に憑かれた人を見分ける力が僧侶以外にもあればいいのに」
「ああ、その力は欲しい」
被害者になりかけたクルトはとても真面目な顔で同意してくれた。
しばらくして、冒険者や騎士の若い人達が「報告だ!」ってどこそこの獄鬼を確保したって知らせに走って来てくれた。
息を切らせ、汗だくになっている彼らを見て、伝達の魔法があればいいのにとつくづく思う。オセアン大陸の銀級ダンジョンで鳥型の魔物の魔石……うん、かなり切実に欲しい。
ともあれ残り3体。
時間は2時半を過ぎたくらい。
とても順調だ。
集まった僧侶5人が結界の維持のために指定場所から移動出来ないため、冒険者と騎士団はそれぞれに意識を奪った獄鬼を特殊な縄で縛り、意識がない内に急いで城の牢に収監する。そこには別の僧侶が一人ついていて、見張りを担当しているのだ。
この僧侶にも『応援』済みだけど、城に戻ったら交代するようにした方がいいだろう。
「報告です、商業地区三番通りに潜んでいた獄鬼を捕獲。城に移送します!」
「判りました、ありがとうございます」
「いえっ」
ビシッと敬礼して、また走って去っていく彼は他の僧侶にも知らせに行くのだろう。
「残り二体か」
「ヘンな大物が引っ掛からないといいですね」
「ヤだよね、捕まえてみたら他の国の王族だったとか」
「それイヤすぎます……」
クルトと二人、まさかぁと言いながら笑い飛ばした、……のに。
こういうのをフラグを立てるって言うのかな。
9体全部の拘束の知らせを受け取り、再度索敵で帝都全域を確認して人型の獄鬼がゼロになったのを確認した後は冒険者ギルドに知らせを送り、完了の合図に指定していた鐘を鳴らしてもらった。
僧侶達の結界が消えて、戦闘の終了が拡声魔法で伝えられて避難していた人々が戻って来ると、帝都は普段以上に騒がしい。
原因は主に戦闘後の現場の片付けだ。
そういったことはメール国の担当者に任せて俺達は城で集合、合流。セルリー以外の僧侶も集まり、地下牢で見張っている僧侶と夜まで順番に交代する事を提案してそこに向かった。
と、何故かいらっしゃる皇帝陛下と、なんだか偉そうな出で立ちのおじさん達。
うちの大臣さんも一緒だった。
「……、陛下?」
一体どうしたんだろうかと思いつつ呼びかけると、此方を振り返った陛下が口を開くより早く、偉そうなおじさん達が「これはどういうことか!」と騒ぎ出した。
「どういうつもりであの方をこんな地下牢に……!」
「あの方?」
「トル国の王太子殿下だ!!」
えぇー……。
ものすごくイヤな予感がした。
だってその地下牢に入っている意識不明の11人は、獄鬼に憑かれているから捕まえた面々だ。その事情は聞いているだろう皇帝陛下も、ものすごく渋い顔をしている。
「レン、この中に入れた者達は間違いなく獄鬼なのか」
「はい」
「そんなわけがあるかっ!」
「間違いなく獄鬼が憑いています」
俺が断言し、他の僧侶4人も、見張りについていた僧侶も同意してくれる。たぶん見張りの僧侶もそう言ったから、皇太子殿下が牢から出されずに済んだんだろう。
僧侶は獄鬼の天敵。
唯一の弱点。
へたに権力を笠に彼らを出されていたら、最悪の場合は11人の獄鬼が協力して脱獄していたかもしれない。
此処には僧侶を一人しか置いておけなかったから全員を一つの牢に入れたけれど、今後は考え直した方が良さそうだ。
そう思いつつ、神力を広げて騒いでいるおじさん達を確認。
「……あぁやっぱり……」
思わず呟いてしまったら咎められた。
「なにがだ⁈ 主神様の番を騙る不届きものは礼儀も弁えていないようだな!」
「その発言はリシーゾン国への侮蔑と取りますぞ」
うちの大臣さんが応戦する。
気が逸れた隙に仲間達がそれぞれに近付く。まるで何がやっぱりなのかを確認するように。
「……最初に感じた、獄鬼と干渉しただろう三つの気配はあの人たちです」
「ほー……」
「へー……」
さて、この三人は敵か、否か。
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