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第5章 マーへ大陸の陰謀
129.獄鬼側の視点から※戦闘有り
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<<俯瞰視点>>
一方の甲板では獄鬼たちが阿鼻叫喚、混乱も極まっていた。
進行方向を塞がれ、イヤな僧侶の気配がすると察して進路を変更しようとした矢先に何かが甲板に飛んで来た。まずそれが魔物――魔豹だった事で船の男達は獄鬼共々思考を停止させてしまった。
何も出来ないまま、次の瞬間には看板に縄矢が撃ち込まれ騎士達が乗り込んで来たのだ。
「うわっ⁈」
「なんでここに魔物が……!」
「ぎゃあああ!」
魔豹が音もなく跳躍し、甲板に集まっていた30人近い男達の中心に飛び込む。
「ぐはっ」
「げふっ」
最初に顔面を踏みつぶされて転倒した男が床に頭を打ち付けるまでの間に、それを踏み台にした魔豹は再度跳躍して次の男へ移る。
右前足だけで顔を潰し、その一本の足で回転。
長い尾が周囲を蹴散らし、無傷で逃げようとした男を目敏く見つけると跳躍し首に噛みつく。
「うぁ……あ……っ!!」
背後から首に食らいつかれた男は両手両膝を床につき必死に逃げようとするけれど、魔物の牙が余計に食い込み、動けない。
「っ……!」
ぽとりと落ちる血のしずく。
なぜ此処に魔物が。
なぜ。
なぜ。
得体の知れない恐怖に身体が硬直した。
「は……」
しかし視界に他国の騎士の恰好をした連中や、冒険者、ましてや僧侶が入って来てはぼぉっとはしていられない。しかし、その原因が最初に乗り込んだ騎士達が救助用の術式を起動し別方向から接近していた敵をこの船に侵入させたからだと察したところで、今更だった。
「くっ……!」
僧侶に捕まれば終わりだ、ならば――海へ。
まだ岸からそう離れてはいないはずだし、僧侶を連れて乗り込んで来た連中と戦うよりは生き延びられる確率が高いという判断だった。
同じ結論に至ったのだろう獄鬼たちが駆けだす。
「っ、裏切るのか⁈」
甲高い悲鳴は、吹けば掻き消されそうな靄だった自分を移動させ居心地の良い器を見つけ出した獣人族たちだ。マーヘ大陸からオセアン大陸まで運んでもらったという恩はあれど、こうして器を得た以上は存在を賭けて助ける意味などない。
人間に近い見た目をしているせいでマーヘ大陸では生き難く、保身のために獄鬼を利用した連中だ。
躊躇せず人気のない方向を定め、船の端に向けて駆けだす。
どうせ飛び降りるのだ、1メートルくらい手前から跳躍すれば誰も止められない、そう考えた。
「!!」
だが、唐突に体が動かなくなる。
「なっ……!!」
神力だ。
僧侶のそれより何倍も、何十倍も濃くて恐ろしい、触れればそこから切り刻まれる自分の姿が脳内に浮かぶほど鋭い力の波動。
体ががくがくと震え始めれば、もう、一歩も動けなかった。
「なっ……あ……」
「効果覿面だな」
スッと前方を塞ぐように立った二人の冒険者。その一方の胸当ての奥から問題の気配が強くなっていく。剣を構え、接近。
「く、来るな……っ」
「ひぃっ」
同じ方向に走り出していた獄鬼同士、身を寄せ合い、時に相手を押し出して、ようやく動いた足で距離を取ろうとしたところで、獣人族が縋って来る。
「おまえらだけ逃げるなんて卑怯だぞ! 僧侶なんてたった二人じゃねぇかっ、おまえらが何とかしろ!!」
「二人どころじゃねぇ!」
「何とかしてほしけりゃテメェらがあれをなんとかしろ!!」
「はあ⁈」
獣人族たちは顔を歪ませる。
なぜ彼らはこれほどに恐ろしい威圧に気付かないのだ。この世界に在っていい力ではない。実際に存在しているのだから許容範囲なのだとしても、……だとしても!
「卑怯者め……!!」
獄界は天界で罪を犯した者の流刑地。
永い時間を経て、獄界に溜まりに溜まった怨念で天界を消し去られたくなければ天界の連中が創った箱庭を奪う機会を寄越せと要求し、その怨念を数多の箱庭に流し込んだ。
獄鬼はその全てが悪神の邪念。
邪悪の種。
箱庭を奪えば自由になれる。
思う存分に力が奮える。
支配を愉しめる。
この人の善悪に満ちた世界を手に入れるために、仮初の命を与えられた人形どもとわざわざ手を組んだのに……!
「こんな力は聞いていない……!!」
叫ぶ。
怒鳴る。
箱庭に創造主たる神が手を出せないのは決まり事。
天界に牙を向けない代わりに箱庭で我慢してやるから箱庭の創造神を名乗る連中は世界が滅びゆくさまを指を咥えて見ていろと嘲笑った。
自分達を守るために数多の命を差し出す天界はその罪深さに苦悩していれば良かったのだ。
なのに。
なのに……!!
「 …… !!」
天界を罵り、この世界の創造神を罵倒する言葉は約定により音なることなく霧散する。天界の介入を許さないならば獄鬼側がそれを示唆する事もまた約定違反だ。
「くそっ……くそ! くそ!! くそおぉぉっ!!」
獄鬼の。
幾つもの悪神の怨念が叫び、呻き、その禍々しい力を噴出させた。つい数分前まで仲間だった連中がもがき苦しみ膝を付く姿よりも、何かに護られるようにして平然と立っている騎士や冒険者達の姿が信じられなかった。
「なぜだ……なぜ貴様らごときに我々の力が効かないんだ……⁈」
「さっきから何を怒ってんのかは知らないが、俺たちがいつまでもおまえらにやられっ放しだと思うなよ」
「……っ!!」
近付いて来る、自分達を滅ぼすのだろう刃。
「近付くな!!」
「失せろ!!」
「来るなっ、止めろ!!」
叫び、怒り、協力関係にあった獣人族の背を蹴り飛ばした。
「いますぐアレを破壊しろ!!」
「あれってなんだよ、意味わかんねぇし⁈」
「違うアレは違う! クんじゃねぇ!!」
「そうまで嫌がられると、だんだん楽しくなってくるな」
「エニス……」
「判ってるって。バルドルはそこでストップな。それ以上近付いたら、こいつら本当に消えそうだし」
「ああ」
「……っ」
何人かが迫る剣士――エニスから逃げようと背を向ける。
しかし直後に一体が意識を刈り取られ昏倒した。
「!!」
動いたエニスが剣の柄でガラ空きだった首に一撃。横転に巻き込まれて態勢を崩したもう一人に蹴りを入れて吹っ飛ばした。
「がはっ」
「どれが獄鬼で、どれがマーハ大陸のアホなのか区別つかないんだけど、全員拘束でいいのか?」
「全員を下に収監してから魔導具で区別したらいいんじゃないかな」
「くっそ……!」
冒険者が増えていた。
逃げようとした獄鬼は蹴り戻され、胸元に得体の知れない力を隠し持った男の足元に転がって悲鳴を上げ、赤ん坊のように四つん這いで逃げようとする。
「さっさと気絶しとけ」
腹部に蹴りを落とされた獄鬼は息を詰まらせ、そのまま声もなく気絶した。
その内にマーヘ大陸の獣人族だろう連中が武器を使い出したが獄鬼は絶対優位の力を終ぞ使う事が出来なかった。
冒険者達が隠し持っている何かの影響による恐怖が生存本能に勝ったためだ。
「獄鬼と戦っている気がしません」
騎士の一人が言う通りだった。
武器も、魔法も使えない獄鬼など町で見かける破落戸よりも弱く、戦闘を生業にしている騎士や冒険者からみれば「戦う相手」ではなかったのだ。
僅か15分。
船は騎士と冒険者によってあっという間に制圧された。
***
レンは天界が始まって以来、初の転移者なので、獄界との約定には縛られません。
一方の甲板では獄鬼たちが阿鼻叫喚、混乱も極まっていた。
進行方向を塞がれ、イヤな僧侶の気配がすると察して進路を変更しようとした矢先に何かが甲板に飛んで来た。まずそれが魔物――魔豹だった事で船の男達は獄鬼共々思考を停止させてしまった。
何も出来ないまま、次の瞬間には看板に縄矢が撃ち込まれ騎士達が乗り込んで来たのだ。
「うわっ⁈」
「なんでここに魔物が……!」
「ぎゃあああ!」
魔豹が音もなく跳躍し、甲板に集まっていた30人近い男達の中心に飛び込む。
「ぐはっ」
「げふっ」
最初に顔面を踏みつぶされて転倒した男が床に頭を打ち付けるまでの間に、それを踏み台にした魔豹は再度跳躍して次の男へ移る。
右前足だけで顔を潰し、その一本の足で回転。
長い尾が周囲を蹴散らし、無傷で逃げようとした男を目敏く見つけると跳躍し首に噛みつく。
「うぁ……あ……っ!!」
背後から首に食らいつかれた男は両手両膝を床につき必死に逃げようとするけれど、魔物の牙が余計に食い込み、動けない。
「っ……!」
ぽとりと落ちる血のしずく。
なぜ此処に魔物が。
なぜ。
なぜ。
得体の知れない恐怖に身体が硬直した。
「は……」
しかし視界に他国の騎士の恰好をした連中や、冒険者、ましてや僧侶が入って来てはぼぉっとはしていられない。しかし、その原因が最初に乗り込んだ騎士達が救助用の術式を起動し別方向から接近していた敵をこの船に侵入させたからだと察したところで、今更だった。
「くっ……!」
僧侶に捕まれば終わりだ、ならば――海へ。
まだ岸からそう離れてはいないはずだし、僧侶を連れて乗り込んで来た連中と戦うよりは生き延びられる確率が高いという判断だった。
同じ結論に至ったのだろう獄鬼たちが駆けだす。
「っ、裏切るのか⁈」
甲高い悲鳴は、吹けば掻き消されそうな靄だった自分を移動させ居心地の良い器を見つけ出した獣人族たちだ。マーヘ大陸からオセアン大陸まで運んでもらったという恩はあれど、こうして器を得た以上は存在を賭けて助ける意味などない。
人間に近い見た目をしているせいでマーヘ大陸では生き難く、保身のために獄鬼を利用した連中だ。
躊躇せず人気のない方向を定め、船の端に向けて駆けだす。
どうせ飛び降りるのだ、1メートルくらい手前から跳躍すれば誰も止められない、そう考えた。
「!!」
だが、唐突に体が動かなくなる。
「なっ……!!」
神力だ。
僧侶のそれより何倍も、何十倍も濃くて恐ろしい、触れればそこから切り刻まれる自分の姿が脳内に浮かぶほど鋭い力の波動。
体ががくがくと震え始めれば、もう、一歩も動けなかった。
「なっ……あ……」
「効果覿面だな」
スッと前方を塞ぐように立った二人の冒険者。その一方の胸当ての奥から問題の気配が強くなっていく。剣を構え、接近。
「く、来るな……っ」
「ひぃっ」
同じ方向に走り出していた獄鬼同士、身を寄せ合い、時に相手を押し出して、ようやく動いた足で距離を取ろうとしたところで、獣人族が縋って来る。
「おまえらだけ逃げるなんて卑怯だぞ! 僧侶なんてたった二人じゃねぇかっ、おまえらが何とかしろ!!」
「二人どころじゃねぇ!」
「何とかしてほしけりゃテメェらがあれをなんとかしろ!!」
「はあ⁈」
獣人族たちは顔を歪ませる。
なぜ彼らはこれほどに恐ろしい威圧に気付かないのだ。この世界に在っていい力ではない。実際に存在しているのだから許容範囲なのだとしても、……だとしても!
「卑怯者め……!!」
獄界は天界で罪を犯した者の流刑地。
永い時間を経て、獄界に溜まりに溜まった怨念で天界を消し去られたくなければ天界の連中が創った箱庭を奪う機会を寄越せと要求し、その怨念を数多の箱庭に流し込んだ。
獄鬼はその全てが悪神の邪念。
邪悪の種。
箱庭を奪えば自由になれる。
思う存分に力が奮える。
支配を愉しめる。
この人の善悪に満ちた世界を手に入れるために、仮初の命を与えられた人形どもとわざわざ手を組んだのに……!
「こんな力は聞いていない……!!」
叫ぶ。
怒鳴る。
箱庭に創造主たる神が手を出せないのは決まり事。
天界に牙を向けない代わりに箱庭で我慢してやるから箱庭の創造神を名乗る連中は世界が滅びゆくさまを指を咥えて見ていろと嘲笑った。
自分達を守るために数多の命を差し出す天界はその罪深さに苦悩していれば良かったのだ。
なのに。
なのに……!!
「 …… !!」
天界を罵り、この世界の創造神を罵倒する言葉は約定により音なることなく霧散する。天界の介入を許さないならば獄鬼側がそれを示唆する事もまた約定違反だ。
「くそっ……くそ! くそ!! くそおぉぉっ!!」
獄鬼の。
幾つもの悪神の怨念が叫び、呻き、その禍々しい力を噴出させた。つい数分前まで仲間だった連中がもがき苦しみ膝を付く姿よりも、何かに護られるようにして平然と立っている騎士や冒険者達の姿が信じられなかった。
「なぜだ……なぜ貴様らごときに我々の力が効かないんだ……⁈」
「さっきから何を怒ってんのかは知らないが、俺たちがいつまでもおまえらにやられっ放しだと思うなよ」
「……っ!!」
近付いて来る、自分達を滅ぼすのだろう刃。
「近付くな!!」
「失せろ!!」
「来るなっ、止めろ!!」
叫び、怒り、協力関係にあった獣人族の背を蹴り飛ばした。
「いますぐアレを破壊しろ!!」
「あれってなんだよ、意味わかんねぇし⁈」
「違うアレは違う! クんじゃねぇ!!」
「そうまで嫌がられると、だんだん楽しくなってくるな」
「エニス……」
「判ってるって。バルドルはそこでストップな。それ以上近付いたら、こいつら本当に消えそうだし」
「ああ」
「……っ」
何人かが迫る剣士――エニスから逃げようと背を向ける。
しかし直後に一体が意識を刈り取られ昏倒した。
「!!」
動いたエニスが剣の柄でガラ空きだった首に一撃。横転に巻き込まれて態勢を崩したもう一人に蹴りを入れて吹っ飛ばした。
「がはっ」
「どれが獄鬼で、どれがマーハ大陸のアホなのか区別つかないんだけど、全員拘束でいいのか?」
「全員を下に収監してから魔導具で区別したらいいんじゃないかな」
「くっそ……!」
冒険者が増えていた。
逃げようとした獄鬼は蹴り戻され、胸元に得体の知れない力を隠し持った男の足元に転がって悲鳴を上げ、赤ん坊のように四つん這いで逃げようとする。
「さっさと気絶しとけ」
腹部に蹴りを落とされた獄鬼は息を詰まらせ、そのまま声もなく気絶した。
その内にマーヘ大陸の獣人族だろう連中が武器を使い出したが獄鬼は絶対優位の力を終ぞ使う事が出来なかった。
冒険者達が隠し持っている何かの影響による恐怖が生存本能に勝ったためだ。
「獄鬼と戦っている気がしません」
騎士の一人が言う通りだった。
武器も、魔法も使えない獄鬼など町で見かける破落戸よりも弱く、戦闘を生業にしている騎士や冒険者からみれば「戦う相手」ではなかったのだ。
僅か15分。
船は騎士と冒険者によってあっという間に制圧された。
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レンは天界が始まって以来、初の転移者なので、獄界との約定には縛られません。
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