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第6章 変遷する世界

154.魔物の氾濫(1)

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「42階層で100以上の魔物の群れ……ですか」

 帝都ラックで開催される国際会議に出席するためダンジョンを離れたはずのレイナルドさんが自ら戻って来て伝えたのは、自分達がいる第40階層の転移陣側から2つ進んだ、第42階層の奥の方で魔物が100以上の群れを作っているという内容だった。
 しかもそれが、数種類。

「まるで魔物の氾濫シャルム・イノンダシオンのようだな」

 グランツェさんの低い呟きに、一気にテントの中の空気が重たくなった。

「……俺たちが30階層から退去勧告をし始めるのとほぼ同時期に、他の金級パーティが40階層以降の冒険者達に同様の任務に当たっていた。行方不明者の捜索もその一つだな。そのパーティが42階層で異変を感じたのが2日前で、今現在も交代で監視にあたっている」

 やはり金級パーティと銀級パーティでは経験値の差が大きくて、更に言えばパーティメンバーの個々の能力値も高いんだと思う。
 敵に気付かれる前にその存在を捉える感知能力や、気配を遮断する技術。
 異常事態を前にしても冷静に対応出来る胆力。

「数種類の魔物っていうのは、正確には何種類で、どいつか判るか?」

 グランツェパーティの盾役ディゼルさんが聞いたことで、先ずはそれらの情報が開示されることになった。
 まず森の内側には俺達も遭遇した殺人猿ムルトルグノンを始め、すぐに消える白い狐ブロンルナール怒った大きな顔に4つ足がついた獣ファシェヴィザージュ群れるネズミラララ歩く毒薔薇プワズンローズ
 平地には魔豹ゲパール赤いアライグマラトンラヴル
 砂浜に盾のように固いカニルクバブクリエ
 海でもビチビチといろいろ跳ねているらしいが、危険なのは矢のように飛んで来る飛ぶノコギリザメフレッシー

「確認出来ているのが9種。そいつらの群れに紛れ込んでいる少数派まで数えれば50種近いって話だ」
「とんでもないな……」
「ここ最近は33階層までのムエダグット目当ての冒険者がほとんどだった。たまに40階層で金稼ぎする年配のパーティがいるくらいで、41階層以降にはここ3カ月はほとんど人の出入りがなかったそうだ。その間に群れたのかもな」
「え……」

 思わず声が漏れたのは、昨夜のリーデン様との話をまだ鮮明に覚えていたからだ。
 みんなの視線がこちらに集中する。

「どうした?」
「……その、主神様に聞いた話をしようかなって思うんですが、その前に質問良いですか?」
「おう」

 主神様と聞いて、さっきまでとは違った理由で緊迫するテント内。
 応じるレイナルドさんの顔も引き攣っている。

銀級アルジョンダンジョンって、冒険者のランクを上げるには必須ですよね? なのに41階層以降にしばらく人が入らないなんて……それってよくあることなんですか?」
「そりゃあな。金級に上がるのに必要な銀級アルジョンダンジョンの攻略数は3つだし、此処じゃなくてもいいだろ。銀級アルジョンダンジョンは世界に44カ所もあるんだ」
「でも白金級の冒険者になるには20か所でしょ? 世界中のダンジョンの約半分を攻略しなきゃいけないと考えると、3カ月も人が入らないなんて事……」

 だんだんとレイナルドさんが困った顔になるのを見て、俺も言うのを止めてしまう。
 束の間の沈黙を破ったのはグランツェさんだった。

「たくさんの銀級冒険者が昇級に対して積極的なら、ね」
「ほとんどの冒険者は金級がゴールなんだよ。俺たちもそうだったから、金級になったのを機に子どもを……と思ったんだし」

 モーガンさんが自嘲気味に笑う。
 
「……けどな、実際には銀級アルジョンダンジョンで現実を突きつけられて、大多数の冒険者は挫折するのさ」

 続いて苦笑混じりに話に参加したのはバルドルさんだった。
 そしてクルトさんも。

「俺は、あのままだったら銀級アルジョンダンジョンに挑戦さえしないで冒険者辞めていたかもね」
「挑戦もしないまま、ですか?」
「ん。銀級アルジョンダンジョンは……生半可な覚悟で挑めば死ぬから」
「――」
「俺たちの今回の挑戦だって、レイナルドさん達は心配だから付いて来てくれてたんだよ」
「別に心配はしていない」
「あんだけ鍛えてやったんだ、死んだらそれまでだろ」

 間髪入れずにそんな台詞を言い放ったレイナルドさんとゲンジャルさんが虚空を睨んでいる。
 え。
 ツンデレ?

「きちんと成長したのは判っていたんだから問題ない。卒業試験としては中途半端になってしまったが」とウォーカーさん。
「あとは経験を積めばいいよ」とグランツェさん。

 どうやら今回のダンジョン攻略が卒業試験だったっぽい?

「本当ならここの最下層のボスを斃して「合格!」って言ってあげたかったけど……どうかな。42階層次第かしら」
「ねー。このダンジョンは41階層からが楽しいのに」
「楽しいんですか?」
「楽しいの! この後、行ってみたら判るわ」

 アッシュさんとミッシェルさんが、本当に楽しそうな笑顔で、レイナルドさんが肩を竦める。

「まぁこの後で行くか戻るかは全員の決を採ってからだが、……レン」
「はいっ」
「さっきの質問の答えだが、先ずは実際に一度、銀級アルジョンダンジョンのボスに挑戦してこい。そうしたら前に言った『上を目指しているヤツ』と『諦めていない奴』の違いも判るさ」
「……はい」

 自分が、また何か世間知らずなことを言ったんだろうなっていうことは判った。銀級よりも上を目指す事の大変さや、覚悟も知らないまま。

 ……失敗したら死んじゃう、ってこと。

 この現実をゲームの世界だの、夢の世界だのと考えていたわけじゃない。
 頼りになり過ぎる仲間と、レイナルドさん達はどんな敵が来ても負けないだろうっていうよく判らない自信と、リーデン様の存在と、……自分がどんなに恵まれた環境にいるのかを忘れてはダメなんだ。

「で?」
「え……」
「主神様がなんだって?」
「ぁ、そうでした、実は――」

 指摘されて、慌てて昨夜の話をみんなと共有した。
 反省は夜にしよう!
 いまは42階層の魔物の群れへの対策を考えなければ。




 ――って情報を共有したまでは良かったのに、一通り話し終えたらほとんどのメンバーが頭を抱えている。特に表情を変えずにお茶を飲んでいるのはウォーカーさんで、面白そうに笑っているのはエニスさん。
 アッシュさんとミッシェルさんは問題なく受け止めたらしく、

「言われてみればたまにとんでもないのに当たったりするわね」
「する! 他の個体は一撃で消し炭なのに3倍くらい当てないと倒せない奴!」

 なんて、思い当たる経験があったらしい。
 レイナルドさんがいつものごとく大きな溜息を吐いた。

「レン……それは、なんだ、魔石の質云々はともかく、上限というか、限界値みたいなのは」
「そこ気になりますよね! 俺も昨夜は検証の方に意識がいっちゃって確認するの忘れたまま寝落ちたので今朝になってから改めて聞いたんです」

 検証するなら複数人の協力が必要だし、必要な情報は纏めておくべきだ。

「そしたら、ダンジョンの級によって魔力量が異なる以上は、中にいる魔物も適正値を越えはしないそうです」
「……つまり?」
銀級アルジョンダンジョンの魔物の石が最高級品になっても銀級アルジョンダンジョンの最下層のボスが限界値だから、それより強くなる事はないってことです」

 途中の魔物はともかく最下層のボスの強さが異なるのはよろしくないという理由で、常にそのダンジョンにおける最高の強さで出現出来るようそうだ。
 もちろんここに居る皆にそうは言わないけど、結論としてダンジョン内の成長には限界がある。
 成長に限界のない人の魔力ならどうなるか、それも併せて検証してみろと主神様は仰せだ。
 とはいえ、いまはそれどころじゃないのはさすがに判る。

「……つまり下手したら42階層で群れている魔物一匹一匹が最下層のボスと同程度の強さになっている可能性があるってことでいいか?」
「です」

 はあああぁぁぁ……って何人もの溜息が重奏する。
 気持ちは理解するけど、実際にそうなってしまっている以上は具体的な策を考えた方が建設的だ。

「……今の時点でこの情報を得られたのは幸運だし非常に助かるが……そうか……数百の魔物が……そうか」
「とりあえず42階層の金級パーティと合流、外には他の金級以上……40階層まで転移陣で来れるなら銀級でも良い。可能な限り大勢を援軍として送ってもらうよう話を付けるべきだ。この人数じゃどうしようもない」
「だな」
「それに今ならギァリッグ大陸のお偉いさんに同行している護衛の白金級冒険者も何人か回してもらえるんじゃないか」
「あー……アリかもな。バレヌの魔石を欲しがっているみたいだったし」

 バレヌは、この銀級アルジョンダンジョンの最下層にいるボスで、巨大なクジラみたいな魔物のことだ。17階層で出会ったギァリッグ大陸のパーティと遭遇した時にレイナルドさんから少し話を聞いたけど、ネコ科シャには戦闘に長けた獣人族ビーストが多くて国に所属しながら冒険者兼傭兵として国外に出る人も多いんだとか。
 結果的にレイナルドさんとゲンジャルさんが外に救援を呼びに行き、グランツェパーティが42階層の冒険者達と合流する事になった。
 俺達にはもう一晩ここで待機。

 翌朝、この緊急事態を受けて集まった大勢の冒険者達と共に42階層へ向けて移動を開始することになる。
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