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第6章 変遷する世界

185.大陸奪還戦(1)

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 2月の17日、朝7時。
 迎えた上陸予定時間の30分くらい前には陸からもその姿が確認出来たのだろう。プラーントゥ大陸リシーゾン国の旗を掲げたに大陸東部に位置するセイス国の港を管理する役人は慌てて城に報告したらしく、波の関係で数分遅れて上陸した彼らを出迎えたのは20人前後の鎧を身に付けた兵士と、呼吸を整えるのが間に合わなかったのだろう三人の文官。

「今日この時間に訊ねる旨は事前に送った使者よりカンヨン国に伝えてあったはずだが」

 うちの大臣さんの迫力に、セイス国の役人たちはカエル顔に脂汗を滲ませながら必死に弁明しているが要約すれば「そんな話は聞いていない!」と、それだけだ。
 最も、ことはとっくに予想済みだったけれど。




 マーヘ大陸が自分の感知可能領域に入った時点でほとんど無意識に獄鬼ヘルネルを探っていたから判る。このセイス国の北側はともかく、港を擁する南東の王都に近付くほど獄鬼ヘルネルの気配ががくんと減っているのは間違いなくて、見ようと思いながら見れば北と南で空の色が明らかに違っていた。
 獄鬼ヘルネルの気配に包まれた北側と、空が見える南側。
 状況はレイナルドさん達が一年以上も潜入し、数カ月ぶりに戻ることになった時点で纏めた報告書の時期から変わっていない事が見て取れる。
 誰もが言う。

獄鬼ヘルネルは無条件に人に憑けるわけじゃない」

 もし獄鬼ヘルネルが自由にロテュスの生命を弄べるというのなら、こうしてマーヘ大陸に乗り込もうとしている船を海の魔獣にでも取り憑いて襲い、沈めてしまえばいい。
 それ以前にこの千年で人の暮らせる土地など欠片も残さず消え失せてしまっていただろう。
 獄鬼ヘルネルが器を手に入れるには、器となる人の心が悪意に同調しなければならず、だからこそ昏い欲望を秘めた者に引き寄せられる。そして、獄鬼ヘルネルと一体化した者が撒き散らす言葉という名の毒が周囲を犯し、それに順応した者は素質有りと判断されて次の器に選ばれ、そうなるよう誘導される。
 第二の、第三の器が選ばれ、獄鬼ヘルネルが増え、毒を撒く範囲が広がればそれだけ見つかる同類の数が増える。
 自分だけじゃない――その安心、安堵は負の方向にも強く影響し、本来であればそこまでではなかった者達さえ堕としていく。
 そうして出来上がったのが今のマーヘ大陸だ。

「おまえが現れるのがあと一年遅かったら、きっと南側もやられていただろうな」

 怒りに、僅かな柔らかさを滲ませてそう言ったのはレイナルドさんだ。

「いやー、俺的にはあと1分遅くてもヤバかった気がするけどね。クルトに何かあったらバルドルが獄鬼ヘルネル化してたんじゃん?」

 ウーガさんが愉快そうに言って、後ろからドーガさんにどつかれていた。
 うん、今のは不謹慎なことを言ったウーガさんが悪い。
 他の皆も似たような心境で苦笑いしつつ、これから上陸する土地を見つめ直す。

「マーヘ大陸では、人に近い姿で生まれたというだけで迫害の対象になる事が多い。……たぶん……いや、確実に信じ難いもの、見たくないものを見ることになるし、助けてくれと縋られることも多いだろうが……本当に行くんだな?」
「行きます」

 断言に、大人達の表情が引き締まる。
 誕生日の誤差はともかくこっちの世界でも成人したし、そもそも実年齢はもうすぐ28歳だ。ロテュスで28年生きて来たクルトさんや、他の皆に比べたら経験は圧倒的に乏しいが、ここで生きていくと決めたからには逃げちゃいけないと判っている。
 それに――。

「相手が獄鬼ヘルネルなら俺の出番でしょ?」

 僧侶であるという有利に加えて、神様印の最終兵器。
 一刻も早くマーヘ大陸を獄鬼ヘルネルから解放し、みんなでトゥルヌソルに帰るんだ。

「頼りにしてるぞ」

 そう言って頭や、背を、肩を叩いてくれる皆と一緒に。
 レイナルドさんをシューさんの傍に。




 そんなやりとりを経て俺達が船を降りる頃には20名くらいだった鎧姿の兵士が倍以上に増えていたが、途中で合流したプラーントゥ大陸からの船に乗っていたこちらの戦力は騎士団120名と、トゥルヌソルに所属する100余名の金級及び有志の銀級冒険者。
 武力でもって制圧する気が満々に見えても仕方なく、あちらの警戒は当然だろう。
 その点をうちの大臣さんが丁寧に説明する。

「先ほども申し上げたが、我々は事前にカンヨン国に使者を送っている。マーヘ大陸には獄鬼ヘルネルが蔓延っており貴大陸の戦力だけでは対応が難しいようだから協力する、と。我等が敵対するのは獄鬼ヘルネルのみ。罪なき者に武力を行使することは一切ない」
「い、いや、ですがっ」
「更に申し上げるなら、こちらの北隣スィンコ国は既に獄鬼ヘルネルによって支配されていると思われる」
「っ……」
「故にこちらに着港した。我々としては貴国の北部にも獄鬼ヘルネルの気配を感知しており、こちらより北上しそれらの脅威を掃いつつ、更に獄鬼ヘルネル除けの魔導具を設置していくつもりなのだが」
「なっ、え、あ、へ、獄鬼ヘルネル除け……?」
「……その旨も前々回の使者によってカンヨン国に伝えられているはずですが? 最も、カンヨン国の代表者は国際会議に出席されなかったので、新たに使者を送ることになったわけですが」
「ふ、不参……国際会議に……!」

 文官のカエルさんの目が、焦りや動揺で慌ただしく瞬きする。
 きっとそういう情報も含めて何も知らされていないんだ。プラーントゥ大陸ではリシーゾン国が代表国として国際会議に出席し、決定事項を大陸内の他国に伝える義務があるように、マーヘ大陸ではカンヨン国がその責務を負う。その義務を果たさないのであれば代表国を名乗ってはならないのだ。
 此処がこの調子なら、恐らく此処より南に上陸したグロット大陸、オセアン大陸、キクノ大陸も似たような状況で、獄鬼ヘルネルに支配されていると確定済みの北端ウノ国に上陸したギァリッグ大陸は、もしかすると上陸前から戦闘が始まっているかもしれない。
 俺達プラーントゥ大陸からの参戦者の一部は、ギァリッグ大陸の担当地域に反対側から乗り込む役目も任されている。
 そういう意味では一分一秒も無駄に出来ない。

「詳しいことは私が国王陛下にご説明致します。この者達には早速行動を開始してもらいますがよろしいですね。この通り――マーヘ大陸以外の6大陸が承認した獄鬼ヘルネル討滅作戦ですから」

 さらりと巻かれていた書面を広げて見せる大臣さん。
 今回の作戦には不参加のインセクツ大陸も獄鬼ヘルネル討滅戦には賛成して署名済み。獄鬼ヘルネルは世界の敵だから、さすがにこれと戦うのを否定は出来なかったらしい。
 かくしてカエル顔な文官3名と50人近い兵士が、うちの大臣さんと護衛の騎士達と一緒に城へ引き上がるのを見送って俺達も動き出す。
 アンブルエカイユの胸当てに僧侶の籠手という装備を今一度確認して、肩からはプレリラソワのマント、腰には檜の棒。足元はポゥの羽靴。金級にはなったけど、装備の見直しはプラーントゥ大陸の金級オーァルダンジョンに挑戦する時でいいかなって思ってる。
 それから師匠セルリーとの通信具を胸ポケットに入れて、腰のポーチにはメッセンジャーの魔石6つと、魔豹ゲパールの魔石3つ。
 マントには神具『野営用テント』に早変わりする手製のブローチ。
 ちなみにメッセンジャーは、今回の戦闘に参加する多くの騎士と冒険者が所持している。円滑な情報伝達のためには必須だから国からの支給品という扱いだ。

「準備はいいか?」

 レイナルドさんが声を掛け、騎士団長はじめ各冒険者パーティから応の声。

「なら、行くぞ。マーヘ大陸を獄鬼ヘルネルの手から解放する……あいつらから奪い返すぞ!!」
「「「おおお!!」」」

 大陸奪還戦が、始まった。
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