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番外編SS1 ルークレアのお茶会

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 ずっと遠くまで雲一つない青空が広がったこの日、クロッカス公爵邸には昼を前にして他家の紋を付けた馬車が停まっては令嬢を降ろして待機場に移動するという光景が短時間の内に三度繰り返されていた。
 訪れた令嬢達は、揃ってクロッカス公爵家の家紋が押された招待状を持っていた。
 招待主はルークレア・クロッカス。
 公爵家の長女が主催するお茶会に親しい友人達を招いたものである。

 
 貴族の令嬢は、その身分が上位であるといった「結婚条件」の如何によっては学園卒業と同時に政略結婚をする者は少なくないし、あまりにも身分差があるようなら嫁ぎ先の爵位に合わせた教育を受けた上で一年後を目処に嫁いでいく。
 かと言って朝から晩まで勉強ばかりしているわけではないし、貴族女性にとってお茶会は貴重な社交の場だ。
 故に未婚の女性同士でお茶会を催す事は決して珍しい話ではないのだが、今日この日、クロッカス邸で催されたお茶会は些か勝手が違った。
 何故なら招待主のルークレアも、招待された三人の令嬢も、全員が三か月前の同時期に婚約解消を経験していたのだから――。


  ***

「今日はお招きいただきありがとう存じます。こちら、我が家のシェフが得意とするチーズケーキですわ」

 そう言って侍女に籠を差し出させたのは、私の昔馴染みでもある友人で伯爵令嬢のケイト・エンバーソンです。婚約解消した相手は宰相の息子キース・グランワルド様。彼は彼で、近ごろは兄とリントがグランワルド侯爵邸へ頻繁に通っているため、以前よりも近しい関係になっているような気がします。
 最も、目的は魅了に操られていた彼の摩耗した心を癒すという治療であり、それを婚約解消済みのケイトに伝える気はありませんが。

「ありがとう、ケイト。久しぶりにゆっくりと話が出来て嬉しいわ」
「それは私の台詞だわ、ルークレア。本当に心配していたのだから!」
「そうよそうよ」

 身を乗り出してくる勢いで相槌を打ったのは、同じく友人のリリー・トンプソン。彼女も伯爵令嬢で、元婚約者は先日まで魔導士団団長の息子だったトーマス・マンスフィールド様です。
 マンスフィールド侯爵は、一連の騒動の後で息子の愚行の責任を取ると仰って職を辞し、ご自身の領地へ心神喪失状対のトーマス様をお連れになったと人伝にお聞きしました。

 リントは馬車でも二日掛かるような遠方にトーマス様が連れて行かれた事に驚き、治療が出来ないと慌てていましたが、キース様や王太子であられたエルディン様の治療で実績を作る事が出来れば此方に戻って来てもらえるよう侯爵を説得する事も出来るだろうと兄に宥められていました。

 ふふっ、兄とリントは相変わらず仲が良くて私はニヤニ……いいえ、微笑ましくて、つい顔が緩んでしまいます。
 戦闘となればあんなにも勇ましくて頼もしいのに、普段のリントはどこか抜けていて可愛らしく思えるのですから不思議ですが、そういうところにこそお兄様が惹かれたのかと思うと……、はっ。今はそうではありませんわ、お茶会です。

 私は主催でしてよ、ルークレア!

「たくさん心配を掛けてしまって本当にごめんなさい。けれど、こうして元気にしているわ」

 そう応じると、ケイトとリリーは眉尻を下げ、少しだけ頬が膨らみました。

「急にしばらく連絡が取れなくなるけれど心配しないでなんて手紙を送って来たかと思ったら、六花の戦士に選ばれただの結界強化が果たされた祝賀会だのって……っ、私達がどれほど心配したか判りまして……!?」
「ありがとう。不謹慎だけれど、すごく嬉しいわ」
「ルークレア、あなたって方は……」

 呆れたようにケイトは言いましたが、ふとその視線をもう一人の令嬢に向けると更に頭の痛そうな顔をして見せました。
 もう一人の招待客は、子爵令嬢であるセレナ・ラベリック。
 私達の中で一番最初に婚約が解消された彼女のお相手はリントですが、いまは彼の良き相談相手であり、友人であり、そして私とも色々な意味での共犯であったりします。

「心配したと言ったら貴女もだわ、セレナ」
「まったくよ!」

 リリーも語調を強めて同意します。
 そんな二人の怒った顔に、セレナは素直に謝罪しました。

「もうっ。今日は二人からしっかりとお話を聞かせてもらいますからね」
「時間が許す限りお話するわ」
「私も、何でも答えるわ」

 私とセレナから言質を取ったことで、ケイトとリリーは一先ず留飲を下げる事にしてくれたようです。
 四人がそれぞれの席に着くと、我が家のメイド達が待っていましたとばかりにお茶の準備に取り掛かってくれました。


 ***

 学園の卒業ダンスパーティの会場で王太子殿下エルディン・セス・ルーデンワイスを中心とした男性達に謂れなき断罪を受けそうになった私が、突如として正気を取り戻したリントによって難を逃れたあの日から今日までの四ヵ月弱――この身に何が起きたのか、そんな話を時系列に沿って説明している間、ケイトとリリーの目は爛々と輝いていました。

 無理もありません。
 子どもの頃から寝物語として聞かされていた『六花の神子』と『六花の戦士』が実在し、世界を魔の一族の脅威から救ったのです。
 しかも戦士の一人が目の前にいて、自身の身近に揃っていると聞けば、この世界に生まれ育った子どもが興奮しないわけがないのです。

「なんて事でしょう、ルークレアが本当に『六花の戦士』だったなんて……!」
「しかもあのミリィ様が『六花の神子』ですの……っ!? あんなに恐ろしい事ばかり叫んでいらした方が神子だったなんて……リント様が居なければどうなっていたのか、想像するだけで寒気が致しますわ」
 
 リリーが自身を抱き締めるように腕を擦れば、ケイトもこくこくと大きく頷いています。
 二人も身分ある令嬢ですから、ミリィ様が暴れたあのダンスホールにも出席していたのです。その時の光景を思い出すだけで恐怖が甦るのでしょう。

「ああ、でもあの時はセレナも勇ましかったですわ」
「そうよ! ルークレアから聞く限り、貴女は戦士だったわけでもないのでしょう? なのにミリィ様の前に毅然と立ちはだかっていたわ」

 二人に尊敬の眼差しを向けられたセレナは、とても居心地が悪そうに少しだけ身を捩ります。
 ふふっ、セレナのそんな態度を引き出せるのは、もしかしたらこの二人だけかもしれませんね。

「私は何も……。しばらく引き籠っている間に大変な事になっていたので、最後に少しくらいリント、様の、お力になろうと思っただけですわ」

 ほほほとセレナは貴族の令嬢らしく微笑みます。
 ケイトとリリーは「素敵だわ」「婚約解消してもそんな風に思われるリント様は幸せ者ね」とうっとりと語っていますが、言われる度にセレナの頬が引き攣るのを私は見逃しません。

 私はセレナの素性を正しく知っているわけではありません。
 リントは「一時的に神様の依り代になったんです!」なんて国の上層部の方々を前に明らかに怪しい説明をしていましたし、私達『六花の戦士』相手にも多くを語りませんでしたが、それを素直に信じてしまうほど頭に花が咲いているつもりはありません。
 ただ、何かしら明かせない事実があっても、だと言う事は信じられたましたから、それ以上は追及しないだけなのです。

 それでも、こうして令嬢だけの時間を過ごしていればセレナが貴族のお茶会に慣れていない事、むしろ敬遠している事は見て取れましたから、レビュタントから付き合いを続けている同じ年齢の私の目には、まるで別人のようにも見えてしまいます。
 ケイトやリリーに怪しまれないよう巧く誘導する必要はあるのかもしれません。
 と、そんな風に思っていたら――。

「それにしても、私達四人が揃って婚約解消されるだなんて何の因果かしら」

 不意にケイトが漏らしたそんな言葉に、セレナがごふっと咽ました。驚いてナプキンを差し出すと「ありがとう」と感謝されましたが、心なしか視線が泳いでいます。
 理由を聞くべきか迷いましたが、私の躊躇を一蹴するような勢いでリリーが身を乗り出しました。

「ケイト! 過ぎた事をくよくよ考えていても仕方ありませんのよ! 確かに婚約解消は醜聞ですけれど、全て男性側の責任として下さいましたし、あのミリィ様が原因なんですもの。世間も理解を示してくれますわ」
「そうかしら……」
「もちろんでしてよ! きっと近いうちに良縁が……はっ。そうですわ、良縁と言えばルークレアは王弟殿下との婚約が内々に決まったのですって!?」
「えっ」

 突然の話題に思わず声を上げてしまいましたが、そんな私の反応が友人達にはどう見えたというのでしょうか。ケイト達は「まぁ!」と口元を抑えてしまいました。

「あら、あらあら、エルディン様と婚約されている時には終ぞ見なかった顔だわ!」
「もしかして『六花の戦士』云々は関係なく恋愛結婚になるの!?」
「ぃ、いきなり何の話をされるの」
「ルークレアが動揺しているわ!」
「まああっ一大事ではありませんか! ちょっと詳しくお話して下さいませ!?」

 貴族令嬢の憧れともいえる相思相愛の恋愛結婚、それを私に求められても困るのです!

「違うわっ、本当に、ただお互いにとって都合が良かっただけで!」
「都合? 都合って?」
「王弟殿下が提案して下さらなければ、私は他国に嫁ぐ可能性が高かったでのは想像が付くでしょう? 王弟殿下もあの年齢で婚約者すらいなかったのですもの、条件は一緒だわ」
「確かに、王族なのに珍しいわね」
「そうよっ。順当であれば第二王子が王太子になられるでしょうけれど、まだ十二歳ですもの。学園にも通われていませんし、成人済みの王位継承権保持者としては今しばらくは国に留まりいと仰せでしたわ!」
「確かにそうかもしれませんけれど……それって建前なのではなくて?」
「違います! 考えれば考えるほどお互いにとても都合が良かったのです!」

 思わずムキになってしまいましたが、ケイトとリリーの此方を見る視線がとてもキラキラしているのは何故なのかしら!
 セレナが我関せずと言いたげに焼き菓子を口に放り込みましたわ!
 あぁ彼女を巻き込む話題が思いつかないなんて!!

「ふふっ、まぁいいですわ。ルークレアがそう言うのでしたら、そう言う事にしておいて差し上げますわ」
「ええそうね、ふふっ、そう言う事にしておきましょう」
「絶対に信じていませんでしょう!」
「だってルークレアのお顔が真っ赤なんですもの」
「そんなお顔、初めて見ましたわ」
「赤くなんてありませんから……っ」

 慌てて両頬を手で隠すと、自分で思っていた以上に顔が熱くなっていて。
 更には我が家のメイド達がものすごく微笑ましいと言いたげな視線を送ってくるのでひどく恥ずかしくなってきました。
 こんなにも感情を露わにしてしまうなんて公爵家の令嬢失格です。
 なんという失態でしょうか。
 急いで気持ちを立て直さなければ、と深呼吸していると、セレナの声が聞こえてきました。

「あまり揶揄わないで差し上げましょう? 違うとルークレアが言うのですし、かと言って「これから」の事は本人にも判らないのですから」
「そう、ね」

 ケイトが少し考えるように呟きます。
 リリーもこくりと頷きました。

「今後に期待させてもらうわ」
「……期待なんて、されても困るのだけれど」
「そう?」
「そうよ」

 即答に、ケイトとリリーが笑って。
 セレナも笑うので。
 ……私も、少しだけ笑えてしまいました。


 ***

「ところで王弟殿下が王位を放棄されてルークレアと結婚されたら、公爵家の後継はどうなりますの? いまやユージィン様も時の御方ではありませんか」

 お茶会も終盤に入って、思い出したようにリリーが言います。

「お兄様からしてみればご自分はオマケで、すべてはリント次第だそうよ」
「リント様次第ですの!? えっ。実際にどうされるのかしら、ご実家を継がれないならバーディガル侯爵家は養子を取られるわよね? 可能性があるのは縁戚の男児でしょうけれど、バーディガル家の縁戚ってどのあたりまでですの?」
「やけに気にするのね?」

 セレナが眉根を寄せながら問い掛ければリリーは「当然です!」と拳を握ります。

「いまその婚約者に名乗りを上げたい令嬢は多いですのよ!」
「リリーも狙っているの?」
「対象範囲であれば是が非でもですわ!」
「けれど養子を迎えられるなら、婚約者の第一候補はセレナなのではなくて?」
「私?」
「だって、リント様に女性は対象外だという理由で婚約解消されたのでしょう? 侯爵家としてはこのままセレナを放置は出来ないのではなくて?」

 急に話を振られたセレナが目を瞬かせていますが、ケイトの指摘は尤もな話なのです。実際、もしも養子を迎え入れる事になれば婚約者に、という話が侯爵ご本人から彼女にあったのですから。
 ですが、それをセレナ本人が丁重にお断りしたのも私は聞いていますし、今もケイト達に対しあの時と同じ答えを口にしています。

「やりたい事も見つけたし、しばらくは独り身で良いわ。結婚はご縁があればで充分」
「まぁ」
「女が一人で生きていくなんて大変よ?」
「確かにね。けれど、他所の国ではペンは剣よりも強しって言うのよ?」
「「??」」

 小首を傾げるケイトとリリーに、セレナはふふっと笑いました。
 その自信に満ち溢れた笑顔がとても綺麗に見えて、だからこそ私はお父さまに相談して彼女に投資しようと決めたのです。
 セレナはそれを「スポンサー」と言っていましたが、私は控えていたメイドに頼んで今朝の新聞を持って来てもらいました。クロッカス公爵家は二週間前からその紙面の一部を買い取っており——。

「まぁ、この新聞って先々週から連載とかいう形で小説が載り始めたものでしょう?」
「私も読んでいますわ! ユージィン様とリント様をモデルにしているという物語ね! 名前が違っても『六花の神子』と『六花の戦士』を題材にしているのだもの、すぐに判ったわ」

 会話が弾む友人達を見て、私とセレナは顔を見合わせました。
 くすっと笑みが零れ、互いに頷き合います。
 そして、

「これ、書いているの私よ」
「え――」

 さらりと言い放ったセレナに、ケイトとリリーは口を開けたまま固まりました。
 しばらくの沈黙、その後の驚愕の声に、私とセレナは悪戯が成功した気分で笑い合うのでした。
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