ふしあわせな魔女と悪魔の証明

鴇田とき子

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参夜

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 百夜通い三日目も、やはり行ってはすぐに追い返されることの繰り返しだった。それどころかたった数分の世間話も許されぬことは、二日どころか一週間経っても同じである。
 魔女にねぎらわれたいわけでも、話をしたいわけでもない。ひたすら往復するだけの繰り返しがひどく精神を消耗させるのだ。せめて自分の欲望のためであれば耐えられるのかもしれないが、これは完全には飲み込めていない命令である。
 隊舎近くにある厩舎きゅうしゃでエリオットの毛を整えながらもれる溜め息は、すでに数え切れないほどになっていた。
 毎晩つき合わされた挙げ句、六時間以上も森の前で放置されている彼にも疲労が見える。それでもアルバートを心配してくれているエリオットに笑みがこぼれた。

「大丈夫だ、エリオット。徒労感は禁じ得ないが、陛下のご命令だと思えば耐えられる。それよりお前にも毎夜つき合ってもらって申し訳ないくらいだ」

 アルバートの言葉に、エリオットは力強く鳴いて答える。言葉を交わさずとも、彼が言いたいことはよくわかった。

「なんだ、ウィルソン。相変わらず愚痴を聞いてくれる友達はエリオットしかいないのかい?」

 揶揄する声は厩舎の外から聞こえてきた。
 慌てて視線を向ければ、レオンと、彼を従える少女が立っていた。
 身にまとっている服は平素な訓練着であるが、佇まいには気品が溢れている。瞳には見る者をひれ伏せさせる力すら宿っていた。
 それもそのはずであり、まだ十八にも満たない彼女こそ国王の唯一の嫡子であり、時期女王の王太子なのである。

「シャルロット殿下」

 右拳を胸の前にかざし、背筋を伸ばす。心なしかエリオットも恐れ深く頭を下げている気がした。
 だがシャルロットは「楽にしていいよ」と短く言い、束ねていた髪を無造作にほどく。長い髪には緩く癖がついており、空で僅かな波をうった。目映い金髪をかきあげながら、シャルロットは意地悪く頬をつりあげる。

「君の顔を見るのは久しぶりだね。陛下から無理難題を押しつけられて泣いてるんだって?」
「とんでもありません。むしろ陛下に期待していただけていることは身に余る光栄です」
「白々しい嘘をつくなよ。我がお師匠様が君の不平不満を陰口してくださったんだよ」
「殿下、あんまりな嘘をつかんでくださいよ。俺は可愛い部下を売るようなことはしませんって」

 レオンはそう言って肩をすくめるが、この男ならばあることないかと吹聴しかねない。胡散臭い思いでレオンを見るが、彼は身の潔白を証明するように両手をあげた。

「疑り深い奴だなあ。俺がそんなに酷い上官に見えるってのか?」
「見えます」
「酷い部下だなあ」

 そんな二人のやりとりを、シャルロットはくすくすと笑いながら聞いていた。
 幼少の頃より国王としての勉学を叩き込まれてきた彼女は、騎馬術や剣技も嗜んでいた。その先生が近衛師団団長であるレオンなのだ。
 付き合いが長いからか、息苦しい城の中では異質なズボラ男を面白がっているのか。わからないが、シャルロットは異様なほどレオンに懐いていた。
 常の態度からは想像できないが、訓練中のレオンは獰猛な獣のような恐ろしさがあった。目には冷たい闘気を宿し、加減なく己の力を叩き込む。
 近衛師団の連中でも泣き言をあげる訓練をシャルロットも受けていた。だが彼女は泣き言をあげるどころか、暇さえあれば訓練をつけさせており、その武術への熱心さをレオンも買っているらしい。

「君らは本当に仲がいいね。愛しの師匠をとられたようで妬いてしまいそうだ」
「殿下まで変な冗談はおよしになってください……」

 痛む頭を押さえる。レオンも「こんなかわいげのない奴、俺だってお断りです」とケラケラ笑っていた。

「その調子で件の魔女とも仲良くなればいいのに。君の色香をもってすればイチコロじゃないかい?」
「いやいや、こいつに気を持つような令嬢は初な方ばかりですからね。何百年と生きている魔女様の食指は動かんでしょうよ」

 失礼なことばかり言う彼らにムッと眉をひそめる。だが抗議できないうちに彼らの話は進んでいく。

「そう言えば百夜通いも行って終わりの単純作業だって嘆いてたな。最近じゃ世間話もつき合ってもらえないらしいですよ」
「そうなのか? ウィルソン、君って奴は、魔女様を不快にさせることでもしでかしたのかい?」
「え」

 それは考えてもみなかったことだ。
 イザべラ自身がアルバートは挑戦者であり、自分の客人ではない。よってもってなす必要なしと言っていたが、もしあれが拒絶の言い訳だとしたら。
 知らぬうちにイザべラを不快にさせることをしただろうかと記憶を探る。どれだけ思いだそうとしてもそれらしきことは思いつかないが、他人の足を踏む者はいつだって無自覚なのだ。

「どう、しましょう……身に覚えもないうちから謝ってはいっそ怒らせてしまうでしょうか。ですが本人に理由を聞くのも失礼な気がしますし」

 口元に手をあてて考え込む。そんなアルバートに、二人は顔を見合わせ面白そうに笑った。

「はは、友達がいないアルにはそら無理難題な話だよな!」
「一言よけいなんですけど」
「ウィルソンは私にとっても大切な兄弟子のようなものだからね。よし、レオン! 急いで君の執務室に行って魔女攻落の作戦会議だ! 日没まで時間はないから急ぐぞ!」
「は、ちょ、殿下!」
「私が手を貸してやるんだ、魔女の心をしっかりと射止めろよ!」

 抵抗もできないまま、浮き足立つ二人に引きずられていく。
 二人が自分をからかっているだけだと気づいたのは、呆れた顔で見送るエリオットと視線があったからだ。



「何だ、その花は」

 いつもの寝室に転がっていたイザべラは、僅かに頭を持ち上げながら尋ねる。彼女の隣に黒い狼の影はなかった。ロウがいないことは今夜が初めてだ。

「あなたへの土産です」
「貢ぎ物をしてくるものは稀にいたが、花なんて持ってきたのはおまえが初めてだ」
「いつもはどんなものを?」
「宝石や高価なドレスなどだ。ただでさえ危険な森を歩いてきてるのだから、そんなものを持つくらいなら武器のひとつでも持った方がマシだろうに」

 イザべラはどうでもよさそうに答える。
 だがその視線はアルバートが持つ、小さな花束へと注がれ続けていた。

「それにしても美しい花束だな、センスがいい。ありがたくいただくとしよう」
「気に入っていただけたようならなによりです。そちらに行ってお渡ししても構いませんか?」
「それには構わん。ロウ、彼から受け取り、寝台の隣にでも飾ってくれ」

 その言葉に首を傾げる。ロウとはあの狼の名前だが、果たして狼に花を飾るような芸当ができるのだろうか。
 そんなことを考えていれば、突然背後から人の気配を感じた。咄嗟に振り返るまま剣に手を伸ばす。
 アルバートの後ろに現れたのは、黒い長髪を無造作に束ねた男だ。アルバートも平均より身長が高い方であるが、彼はそれよりも頭一つ飛び抜けている。
 イザべラに似た端正な顔立ちの男は、だがイザべラとは違う琥珀色の瞳でアルバートを睨んでくる。
 野生の獣に似た鋭い眼光に、肌が粟立った。言いようのない嫌悪と恐怖を抱える。
 だが男は花束をひったくると、アルバートへの興味は失せたようにイザべラへと歩み寄った。

「ありがとう、ロウ。確かその辺に花瓶が転がっていたはずだ」
「あれはこの前割れただろ」
「そうだったか? 仕方ない、それならばあまってるグラスで代用するか」

 頬を膨らませるイザべラの表情は、決してこれまでに見ることのなかったものだ。どこか幼さをはらんだ顔に、アルバートの口もあんぐりと開いて閉じなくなる。
 誰だ、あの男。
 はじめて見るが、まさかイザべラの弟子か恋人か。いや、顔が似ているし姉弟かもしれない。だが魔女に姉弟がいるなんて聞いたことないぞ。そもそも今日まで見たことがなかったということは、彼はここに住んでいるわけではないのか。いや、というか、何故狼と同じ名前で呼ばれているのだ。
 たった一人の男が登場しただけで、アルバートの頭を様々な疑問が通り過ぎていく。だがそれを聞くことはためらわれ、なにも言えずにたじろいでばかりいた。
 そんなアルバートの気配を感じ取ったのか、イザべラはニヤリと笑う。次いで男の首に腕を絡ませ、己へと引き寄せた。
 男もされるがまま、片足をベッドに乗せる。そうしてイザベラは美しい男の胸に頭を預け、意地悪く瞳を細めた。

「これはわたしの男だ」
「は……?」
「わたしだけにかしずく、わたしの所有物だ。どうだ、羨ましいか?」

 ベッドの上で絡みつく、美しい女と男は、それだけで目を引いた。
 絵画のような神秘的な姿に、カアと熱が上がる。見てはいけないものを見ている気分になり、慌てて視線を下げた。

「ひ、人をもののように言うなど人道的ではありません!」

 何とか言えたのはそれだけだ。
 腹の底から叫べば、イザベラが大声で笑い出す。

「あはは! ひい、はは! ああ、クソっ……! わらっ、笑いすぎて腹が痛い……!」
「イザベラ、笑い方に品がないぞ」
「し、仕方ないだろ……! だって、人道的とか、あはは!」

 イザベラは苦しそうに腹の奥から笑っている。何度もベッドを叩く姿には、到底いつもの威厳高々な雰囲気はなかった。
 魔女の笑いのツボがわからんと戸惑っていれば、イザベラは何故かぎゅうと男に抱きつく。そんな彼女の涙にぬれた瞳を、男が呆れた仕草で拭ってやった。

「ふふ、今日は気分がいい。ロウ、彼にお茶を出してやれ」
「……いいのか?」
「たまにくらい構わん、花束のお礼だよ。近衛兵殿こそお時間に余裕はあるかな?」
「ええ、まあ……」

 予想もしていなかった言葉に戸惑ってしまう。
 いや、魔女と親しくなることが目的だったのだが、こうも簡単にお茶へ誘われるなど思ってもいなかったのだ。さすがシャルロット殿下とレオン師団長だと、この場にいない二人に尊敬の念を抱く。
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