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第8話 ポーション アイザック視点

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 気を取り直して自分の鞄からポーションを出すと、女の唇に瓶の口を付け慎重に中身を注いだ。
 だが閉じる力を失った小さな唇からは、無情にもたらたらとポーションが零れ落ちる。
 一瞬の躊躇の後俺はそれを自分の口に含むと、そっと女の唇に自分の唇を押し付けた。

「ん……」

 小さく柔らかな唇から溢れないように、少しずつ甘くとろみのあるポーションを女の口に移していく。
 最初は無反応だった女は何回目かでようやく反応を返すと、こくりと喉が動いたのがわかった。

「いいぞ、ポーションだ。もっと飲めるか?」
「……ん……」

 微かに返事をした女に、俺は再び口移しでポーションを注ぐ。
 もっと口を開くように舌を深く入れると、女は素直にそれを受け入れる。
 そして舌を抜こうとすると、名残を惜しむように小さな舌が絡まった。

 ────不味いな。無茶苦茶そそりやがる。

 このまま貪りたい衝動を押し殺して、俺は瓶が空になるまでポーションを口移しで飲ませた。
 やがて満足したか深く息を吐いたのでベッドに寝かしてやると、女は薄っすらと目を開けた。

「偉かったな。どっか痛い所はねぇか」
「……ん……」
「……なあ、お前名前は?」
「……なまえ……セリ……」
「セリ? そうか、セリか。……いい名前だ」

 ベッドの上に力なく横たわり、トロンとした目で俺を見上げるセリの姿は余りにも儚げだ。今にも消えちまいそうなその姿に、俺は思わず顔を顰める。
 幸か不幸か今は媚薬の効果が出てねえようだが、この先どうなるかはわからない。
 出血の量が多かったのは確かだし、恐らく熱も出るだろう。しばらくはつきっきりで様子を見てやった方がいいな。
 そんなことを考えながらゆっくり頭を撫でていると、俺の手を握ったセリは安心したように瞼を閉じた。

「……なあセリ、俺がずっと側にいてやるからよ。お前は何も考えずにゆっくり眠れ」
「ほんとう……?」
「ああ」
「へへ、うれしい……。ずっと、ここにいてね? もう、一人に、しないで……」
「……ああ、約束する」
「ん……」

 しばらくして寝息を立て始めたセリの唇には、淡く笑みが浮かんでいるように見えた。





 穏やかな寝息を立て始めたセリに上布を掛けると、俺は改めて部屋をぐるりと見回した。
 この宿はどうやら低ランク冒険者向けの安宿のようだ。簡単な調理設備がついてはいるが魔石コンロはかなり古いもんだし、必要最低限の設備しか揃ってない。
 狭い室内には余分な私物が一切ないし、若い女が暮らすにはあまりにも殺風景な部屋だ。
 こんなに若い女が男のフリして一人で暮らしてるんだ。一体どんな事情があるかは知らねえが色々苦労も多いだろう。

「うるさい! 生憎こっちはその日の金にも困る貧乏人なんだ。あんたが邪魔しなければとっとと換金してここから出て行くさ。だから手を離せこのくそ野郎」

 ギルドでセリが半ば叫ぶように言ったセリフを思い出す。
 ────もし俺が追いかけなかったら、こいつはこの狭い部屋で一体どうなってたのか。
 ふとそんな事を考えた俺は顔を顰めると、再びベッドに横たわるセリに視線を戻した。

「……早くよくなれよ」

 眠るセリの肩は余りにも細い。
 上布を掛け直すと俺はそっと声をかけた。


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