嫁にまつわるエトセトラ

香野ジャスミン

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嫁ポジション存在のたどり着く場所1

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藤咲家の突撃訪問から2週間前。

桐嶋 蒔は学生時代から同棲している藤咲 宝典からの連絡を待っていた。

仕事で海外を飛び回っている宝典は予定ではアメリカ、ニューヨークにもうすぐ到着するはずである。
律儀な彼は、毎回、飛行機に乗る前後に報告を入れてくれる。
今回も直前の連絡で知らせてもらった時刻を勤務中もそわそわと落ち着きがなく待っている。

事情を理解している同僚からはいつもの様子、いつもの蒔の行動を温かい目で見守っていた。

予定時刻を大幅に過ぎそれでも何もない。

到着後、事情で無理だったのかもしれない…と、自分に言い聞かせようとしていたら、これまた事情を知っている上司が音を立てて部屋に入ってくるなり蒔を呼んだ。

「桐嶋くん、こちらに来てくれ」

別室へと誘われ静かに上司の話を待つ。

「先程、テレビの速報でアメリカの空港でテロ未遂事件があったそうだ。
怪我人が複数出ているようだが詳しい話は徐々に出てくるだろう。
桐嶋くんの彼氏って今、海外だよね」

「はい。今日、ニューヨークにつく予定でもう連絡がきてもいいのですが、まだ来てません。
どこの空港の話でしょう?」

「ニュ、ニューヨーク!?ニューヨークって報道されている。
彼の仕事場の人と連絡はとれるかい?」
「とれますが、これ以上、私事で勤務中にご理解頂くのはもうし訳ないです。
 勤務後にしますので…」

本当にこの仕事場の人は温かい。だからこそ、割り切るのも社会人の務めである。

「うーん。
 あのね、みんな、彼氏の事を心配してるの。
 気になって仕事も進まないし、スッキリしないじゃない」

「…分かりました。
 では、この部屋で対応しても良いでしょうか?
 立ち会っていただいて構いません」
「うーん。
 まぁ、そばにいようかな。寂しいでしょ」

緊迫してしまう雰囲気を和らげようとしている。

それから懇意にしている宝典の上司と連絡を取ろうとしていた所、その相手から電話がかかってきた。

『あぁ。桐嶋くん?今、勤務中だけど電話受けて大丈夫なの?
 藤咲から緊急時は君に…
 桐嶋くんに連絡をするように言われてるんだよ』

緊急時…背中がつーっと冷たくなるような感覚にとらわれた。

事情を説明して電話の要件を聞く。

『怪我人の中に日本人が数名いる。
 そのうち、ウチの社員が2名。
 3名で動いてるので、誰がどの状態かは分からない。
 どうする。
 対応はこちらでするつもりだが、君は…』

「僕がそばに行っても足手まといでしょう。
 お任せしても良いですか?
 わがままを言わせて貰うと、少しの情報でも教えてもらえるとありがたいのです。
 彼の判断を尊重したいので家族への連絡はまだしないつもりです。
 よろしくお願いします」

『わかった』

会話を終わらせ一息入れる。
「…ふぅ。
 出張を動いている人間の3人中2名が怪我をしているそうです。
 誰がかは分からないそうです。
 分かり次第、連絡をくれるそうです。ありがとうございます」

落ち着くまで奥の業務に移り仕事をしていく。
いつもの淡々とした様子で仕事をしているが心中は穏やかではない。
蒔は、いつも見送る側の自分がもどかしく本当に彼と一緒にこのまま暮らしていいのだろうかと悩む時がある。

こんな心配をする日がくることを怖れていた。
一緒に暮らしているが出張の多い宝典は落ち着いた頃にまたどこかに行ってしまう。
寂しいが困らせる事も出来ず帰国するたびに健気に尽くす。
自分にこんな感情が生まれてきていたなんて信じられなかった。
彼にはたくさんの感情を教えてもらった。
本音は一緒にいてほしい。
やってみたいことが沢山ある。
家に帰った時に(おかえり)と(ただいま)を当たり前のように交わしたい。
買い物にも一緒に行って荷物を分けて持ったりしてみたい。
「…くん!…くん!桐嶋くん」
声をかけられて気づかない蒔を心配そうに見ているのは上司。

「外線で3ね」
電話を持つ手が震える…
「お待たせしました。
 桐嶋です。
 詳しい話は…
 はい。はい。よかったです。ありがとうございます」
通話が終わりしばらく放心したまま電話を持つ手を下に下ろした状態でいたが、
「怪我をしたのは彼以外らしいです。
 ただ、怪我人に付き添っていることと、連絡手段がどさくさに紛れて無くなるということが起こったようです。
 ご心配をおかけしました」

そばにいてくれる上司にお礼を伝える。

「そっかぁ。彼も大変だったね。
 社会人だから仕方がないんだけどね…
 こんなことは起こってほしくないね」

「そうですね、心臓がいくつあっても持ちません」

今回の出張はアメリカを拠点に置く会社への交渉である。
大学を飛び級で卒業し、在学中から実績を着実に積み上げてきた。

若いうちに海外での仕事を受けて経験を積んでおく予定で、今まで仕事をしてきたが、後輩も育ち、国内を重点的に見るようにと誘われている。

今回が海外での最後の仕事になるであろう。

学生時代から同棲していた桐嶋 蒔には寂しい思いをさしてしまった。
彼も飛び級制度で卒業が他の人より早い。
同じ境遇であることから気になる存在ではあった。

ほとんど、宝典が日本にいないので、留守を預けるついでに同居へと持ち込んだが、知らずに抱いていた想いを打ち明けることもせず、同居の友人としてイベントもメールのやりとりや動画通話で過ごしてきた。

帰国するたびに、最優先で自分のことを受け入れてくれる。

メールのやりとりでは必ず、気遣いのある言葉を毎回書いてあり、心が癒されていくのを感じる。

空港で入国手続きをすませ、同行者とともに預けていた荷物を受け取り、次の移動手段の時刻を確認するため、休憩スペースに立ち寄る。

ふと、フロアの一角に大きな荷物をカートに乗せて運んでいる年配の婦人がいる。
違和感を感じる。
自分が持てないような範囲の荷物など、年配の人は特に持たない傾向にある。

「あの、ご婦人の荷物、なんだか違和感ないですか?」

同行者に尋ねて彼らが振り向いて対象の人物を確認しようとした、その時!!

婦人の荷物が赤く光ったと思ったら、爆風で体が地面に転ぶ。

一瞬何が起こったのかわからなかった。立っていたはずの自分がなぜ、地面に倒れているのか。
頭に テロ の言葉が浮かぶ。

もしかしたら、次が起こるかもしれない。
周りの状況を確認する。

自分の横にいたはずの同行者2名は少し離れたところで、同じように倒れている。

自分も含めて着ている衣類に汚れがついている。
焦げ臭いにおいがする。
パチパチと燃える音がする。

周りは煙と悲鳴。

逃げる人の後ろ姿が見える。

起き上がって自分の体を見る。
とりあえず、怪我はないようだが、転んだ時の衝撃で少し打ち身ができているようである。

それより、同行者の状態が深刻である。
自分と同じ場所にいたのに、足を怪我しているようである。

一人はひざ下に、もう一人は両足に怪我をしているようである。
起き上がることもできず、苦しんでいる。
他にも数人が苦しんでいる様子を視界にとらえるが、動くことができずにいた。

少しして警察や救急隊員などが着き、そこでホッとしたのかそのあとの記憶は朧気である。
ただ、同行者の付き添いと、簡単な処置を受け、落ち着いた時にはかなりの時間が過ぎていた。

予定では次の移動手段を決め、目的の滞在場所まで行く予定だったのだが、それも無理である。

そこでいつも到着したら必ず入れている蒔への連絡をまだ、入れていないことに気づいた。

予定の時刻をとうに過ぎ、心配もしているだろう。

連絡するものを何も持っていないことに気づいた。

事情を説明し、大使館や会社に連絡が行くように伝える。

蒔の辛そうな顔を思い出す。

帰国した時の嬉しそうに迎えてくれる顔、ご飯を食べるときの顔、土産話を聞いて驚く顔、そして出張で家を出るときに見送る切なそうな顔。
言葉にしないが、こういうことに巻き込まれると心配をしていただろう。
早く無事であることを知らせたい。


会社との連絡が付いたのはその日の翌日だった。
蒔と面識のある上司と現状報告をして同行者の代わりの者を派遣してもらう形でアメリカでの仕事を終えるよう進める。

電話口で上司に蒔の様子を教えてもらう。

『心配していると思うが、表には出ず、我々に対応を任せてもらえた。
 帰国したらしっかり安心させてあげるといい。
 留守の間、一人であの部屋にいるんだ。寂しい時もあっただろう』

海外経験の長い上司の理解ある環境で同性愛者であっても堂々と仕事ができているのも恵まれていると思う。
藤咲 宝典個人は同性愛者かといわれると肯定も否定もできない。
魅力的に感じる相手がたまたま桐嶋 蒔だった。
昔から自分の周りには派手な人間が集まってくる。
自分をよく見せるもの、自分に利益のあるもの、人の醜い欲で結局、人間関係にこじれが生じ疲れていた。
裏切られる様子も裏切る様子も、人をあざ笑う他人も嫌気がさしていた。
人間に興味を持たなくなってきている自分にそれもまた、面白いかもしれないと思っていた頃、桐嶋 蒔と出会った。
他人に興味がなく、自分の興味のあることに貪欲になる姿勢に関心がわいた。
同じ境遇なのに人の視線にも気にせず、人に裏切られても心の強さに美しさを感じるようになった。

人の親切に慣れていないことを知り親交を深めていくようになる。
そのころから、浅く、広く人脈を作っていたのをやめ、真剣に人と関わっていくことの面白さをしった。

蒔の親切に慣れていないことは幼少の環境にあった。
桐嶋家の両親は多忙でほとんど家にはおらず、家には雇われた使用人と子どもだけの生活だった。
一番上の兄は全寮制の学校に通うこととなりしばらく、蒔と使用人たちの生活だった。
夫婦仲は悪くもないが、良くもなく、ただ、一緒に組んで仕事をしてるため、対等の関係であった思う。
子どもを産んでもすぐに他人に世話をさせて、自分はすぐに仕事に復帰する。

愛情をもって我が子を抱きしめたことがあるのだろうか?
必要最小限の使用人との会話だけで育った環境は感情の乏しいものだった。
ただ、桐嶋家には古くからある書庫があった。
そのため、一人の過ごす時間はその蔵書を読むことでまぎれ、埋もれるように過ごしてきた。
それを当たり前のように受け入れ、桐嶋家の子どもはその中で出会った書物で感情を育てられたと言ってもいいだろう。

そのせいなのか、動物園や水族館、映画など誰かと一緒に見に行ったこともなく、宝典と親しくするようになって初めて経験するのであった。
また、体調が悪い時も無理をおして授業などに参加していたこともあった。
それに気づいた宝典が強引に休まそうとすると、なぜそんなことをするのかと、問われたことがある。
話を聞いてみると幼いころから体調が悪くても家にいて過ごすぐらいなら、誰かのいる学校に行って過ごしていたという。
今までそれが当たり前のことで、今回、宝典に指摘されるまでは疑問に思わなかったようである。
それからは一緒に出掛けたり、ご飯を食べたりと家族で経験することを一つ一つするようにしていった。
だが、学年が上の宝典は就職活動の時期になり、お互いの時間が合わなくなった時に、もう失える存在ではないのだと互いに気づいたのであった。
ただ、この時点で心は惹かれていくが想いを打ち明けることはできなかった。
また、その想いはどうすればいいのかわからなかった。

宝典は多忙のため、蒔とすれ違いが生まれてくる中で、留守がちな部屋を管理するという名目で、同居を提案した。
そうして学生の時から蓄えるために株などで得たお金などで買ったマンションの部屋を拠点とした蒔のと同居を始めたのであった。

一緒に過ごせる時間を作るため新人の頃から積極的に人の嫌う仕事をこなしていき、周りの評価を上げていった。若いからこそ経験をしていないこともあった。それと同時に社会にでて気づく現実とも体験していた。

ある時、国際見合いの話が会社の関係者から出てきた。

蒔には何も伝えたりなどせず、上司を説得し、断る方向に進めるように頼んだ。
同性の相手を思っているなど理解されつつある状態の世の中でもまだまだ浅いものがあった。
恵まれたことに、宝典の上司はマイノリティーに理解のある人で、海外での生活も長く、多文化の経験から価値観も違っていた。

ある時、宝典は上司に相談した。
自分は同性に心を惹かれている人間である。
相手と同棲はしているが気持ちも打ち明けてはおらず、時間が必要である。
折角ではあるが、他人から押し付けられた幸福を受け入れるほど、自分にも他人にも偽りを固めたくない。
誤魔化すつもりはない。
いい加減な気持ちで打ち明けたつもりはない。

結果、納得してもらう代りに2人で食事をするときなどに蒔を紹介することを約束として今後、話がでてきても断るようしてもらった。

この時の自分の判断は正しかったのだと思う。
海外などではトラブルに巻き込まれる可能性があるため、緊急時の連絡を家族にすることが多い。
同棲していながら緊急の連絡を受け取れず、遠巻きに見ることしかできない立場は彼を傷つけてしまう。
上司にはそのことも納得してもらい、もしもの時の連絡先を交換してもらっていた。

事件の影響で予定していた仕事が予期せぬ事件の影響で長引くかと心配したが、特に問題もなく終えることができた。
怪我を負った人間は各々の家族や会社の引率者が同行して帰国した。

今回の事件の詳細は報道で大きく取り上げられているだろう。
ただ、会社側が被害者の情報を公表することを制限する対応を取っていたため、実家の家族の耳にも入っていないだろう。

一刻も早く蒔に会って安心さしてやりたい。
事件で一時的に手元からなくなっていた連絡手段はすべて手元に帰ってきた。
戻ってすぐに蒔にメールを送ったものの、簡単なメールのみの交換で彼の感情が読み取れない。
帰国する予定を知らせてはおいたが、到着予定時刻は彼の勤務時間の中である。

日本の空港には予定時刻通りに到着した。

とても長い期間、日本を離れていたかのような感覚がする。
手続きを済ませ、荷物を受け取り、外へと向かう。
「宝典!」
「…蒔」
思わず、足を止めてしまった。

彼は眼鏡をかけ、長めのジャケットのポケットに手を入れたまま動かない。
こちらが近づいていくと、数歩手前で抱き着いてきた。
「…おかえりなさい」
震える肩を抱きしめてなだめる。
「心配かけた、ただいま」
顔を上げた蒔は泣いていた。
「涙。
 …眼鏡はこのため?」
小さく頷いた蒔は恥ずかしそうにしている。
「帰ろう。俺たちの家に」

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