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11最上級で最悪の仮の恋人

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白鳥は、要に尋ねる。
「さっき、僕とキスをしたのは、覚えてる?」
その言葉に、要の身体が大きく跳ねた。
ビクン!!
本当に跳ねた。

要は、手をギュッと握りしめたまま、白鳥から顔を背けるように横を向く。
「あれは…夢だと…」
小さい声で呟くようにボソボソと答える要。
―この子、本当に素直な良い子だ。
 自分に都合の悪い話なら、無視をしてもいいのに、それをしない。

要の良点を見つけ浮かれる自分がいることに白鳥も、驚く。
「でも、夢ではなかったよ?そうだよね?」
他人の言葉を大切にする要の良点をあえて、利用する。
要は、小さく身体を縮こませながら、頷く。
「‥‥だから、間違ったんです…
 あなたとのキスは、間違いだったんです。

 また、間違いを犯してしまったんです…」
そう言って、要は、頭を抱えながら俯いてしまった。
―お兄さん、自覚してるのかな?
 この声、もう無理。
 今でも、胸がドキドキしてしまう。

白鳥は、流石に今の言葉を受け入れることはできなかった。
「…要君、それ酷いよね…」
―!!
白鳥の声に含まれる感情の変化に気付いた要は、咄嗟に顔を上げて白鳥を見る。
要に近付き、拒絶される覚悟で、彼の唇に指を置く。
―!?
ガシッと、白鳥に、腕を両方拘束され、要は驚く。
白鳥の瞳が、自分をとらえている。
「…」
何も話さない、白鳥の言葉を思い出す。
―酷いと言った。
要は、白鳥の気持ちが何に対して酷いのか…分からなかった。

「僕は、要君のことに興味を持ったから、ここまで持ち帰ってきた。
 それに、君としたいと思ったからキスをした。
 好きな子に「嬉しい」なんて言われると、こっちも嬉しくなるよね?」
―!?
要は、大きく目を開けて、自分には縁のない白鳥の言葉に驚いた。
「…好き?」
要が、確かめるつもりもないのに、言葉にする。
「そうだよ、僕が、要君を好きなんだよ」
確実に勘違いされないように、白鳥は的確に言葉を選んでいく。

要は、驚きでどこまで聞いているのかわからないぐらい、唖然としている。
白鳥は、それでも要を誘導していく。
「…それなのに、間違い?ねぇ、要君って誰にでもキスできるの?

 その後、間違いでしたって言うの?」

白鳥に掴まれた両腕を揺らされる。
―っ!?
要は、我に返り、白鳥の言葉をすぐ否定した。
「しないよっ!
 キスだって誰とでもできるわけがないっ!
 だって男だもん。
 常識だったら、男同士はキスなんてしない。
 …でも、お兄さんの声、俺は弱いんだ…

 こんなことを思うなんて、お兄さんが初めてだったんだもん…
 …俺だって、お兄さんとキスしたかったんだ。

 間違い…って言ったのは…」
勢いよく否定した要は、その後の言葉で、口に出すのを躊躇っている。

「要君、どういう意味で間違いだって言ったのか、話して。
 僕は理由ぐらい聞いてもいいよね」
―もう、これ以上君には逃げる隙を与えてなんかやれない。

白鳥は追い詰めるように要に本音を引き出そうとする。
掴んでいた両腕を離して、両手に彼の手を繋ぐ。

要は、揺れる瞳を白鳥に向けたり、下を向いたりして、一生懸命伝えることを纏めようとしている。
「…お兄さんに、俺とキスをしようと思わせた自分の行動も間違っていたし…

 俺が、いい声をしているお兄さんを欲しいって思ってしまう育ち方をしたのが…
 生き方のどこかで間違ってしまっ!?!?うわっ」

―グイっと身体を引っ張られる。
―…!
要は、白鳥にきつく抱きしめられた状態だ。
身体はお互い、タオルを巻いたまま。
足は、向き合って要の足と白鳥の足が、組むように座っている。
あまりにもの密着に気づいた要が腕を動かして抵抗しようと、もがき始めた。
「っやめ…っ」
でも、それはすぐに治まることとなる。
「要君、いいんだよ。
 男の人を好きになっても‥
 僕の声が好きなの?
 嬉しい…
 もう、自分を苦しめないで欲しい。
 要君自身を傷つけないで欲しい。

 ねぇ、気付いてる?
 君が、傷つく言葉を自分に言っているとき、泣きそうな顔なんだよ?
 それに、この手…」

白鳥が、要の左の人差し指を触る。
抵抗をやめて白鳥の手を見る。
「どれだけ、自分のことを傷つけたか、ここを見たらわかるよ。
 だって、ずっと、ここを親指の爪で力をいれているよね」
―!?
要は、左手の人差し指を見る。
そこは、赤く腫れあがり、爪の形がくっきりと残っている。

気付かなかった。
ゆっくりと要は、白鳥を見上げる。
白鳥は、要の背中をゆっくりと擦りながら、優しく口説いていく。
「要君を好きな僕に。
 …要君のことが好きな僕に、君の恋人にしてよ」
―!?
「…恋人?」
要が言葉にして確かめる。
白鳥は、要の後ろで手を組み、要の上半身を離さないようにしている。

それには、気付かない要は、白鳥の顔を見上げている。
両腕を曲げた状態でお互いの体に挟まっていて、腕は機能することもできずにいることにまだ、気付かない要は、白鳥をずっと見つめたままでいる。
―…可愛い…本当にかわいすぎる。
白鳥は、自分の下半身に確実に熱が籠ってきそうな予感がした。
「そう、恋人。ダメかな…」
要は、その白鳥の言葉に、覚悟が揺らぎ過ぎているのを自覚していた。

ずっと、一人で生きてきて、身近にはもちろん同性を好きな人など、いてもわからなかった。
当然のように、素通りしていく時の残酷さを知って、自分には一生、縁のない物だと思っていた。
男の人の声に心が惹かれる自分は、異常だと思い続けた。

BLCDの中の主人公は、大体、幸せな結果が待っている。
現実はそうではない。
出会いを自分から求めていないのだから、きっかけも生まれてこない。
母への想いもあり、作るつもりもなかった。

でも、今、目の前には、自分のことを好きだと言ってくれる人がいる。
固く誓った覚悟も、流石に奇跡に近い様な今の状況の前では、石ころのように思えてしまった。
鉄のように頑丈にしたはずなのに…

それでも要は、その奇跡の前でも、石ころのように思えたあの覚悟が大きく急激に染み出してきた。
『こんな都合のいい話があるものか』
誰かが自分に囁く。
『単純に、人を好きになるのは、悪いことなの?』
『声に惹かれるってきっかけじゃないの?』
また、違う誰かが呟く。

要は、白鳥を見て思いを伝える。
「…恋人って、どういうものかわからないです」
壁を作って自分を守る言葉を作り上げてしまった。
ズキリと胸が痛むのを要は感じた。

目の前のお兄さんは、自分には勿体なすぎる。

見た目も完璧で優しく、そしてとことん、自分に甘く接してくれる。

この人の声だから心が騒ぐ。
だからこそ、調子に乗ったり、期待したら…その後が、恐ろしかった。
ある意味、目の前の人は、最上級であり、最悪の人だと思った。


―これが、今日一日では限界なのかもしれない…
白鳥は悟り、妥協案を要に提案する。
「要君の不安もあるのは、わかるよ。
 だったら、仮の恋人っていうのはどうだろう?」

要は、少し戸惑いながらも小さく頷く。

だって、お兄さんの事、俺だっていいなって思う。
でも、まだ勇気が出せるだけの時間が、足りなかった。

目の前のお兄さんは、自分のペースに合わせようとしてくれている。
その気持ちが嬉しかった。
だから、要も知ってほしかった。

「お兄さん、俺、まだその…
 どんだけ付き合えるのかも、わからないんだ…
 でも、本当に恋人にしてほしいって思いたいから、時間を下さい。

 …その時まで、お兄さんの本当の姿は知らないようにするよ」
何かを探っているような要の視線。
でも、何を探しているのかではなく、怯えている自分を落ち着かせるように思いつく言葉を並べていっているのだった。

やっと、要と白鳥は、同じ気持ちを共有することができた。

それだけでも、要にとっては、今後2度と、巡ってこないような貴重なことだった。
「クスクス…
 要君、早く僕を好きになってね」
そう言って、白鳥は、ゆっくりと要の唇に、自分の唇を持っていく。
近づく唇を要は躊躇いながらも目で追いかけ、そして視界から消えた瞬間‥‥

瞳を閉じた要の唇に、甘い甘い白鳥の魔法が広がっていくのだった。
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