月影の魔法使い 〜The magic seeker of the moonlight shadow〜

よしだひろ

文字の大きさ
16 / 39
エングラントの槍編

氷の精霊

しおりを挟む
「師匠! いよいよドワーフコリドーですね。入り口がすぐそこです」
「やっとコリドーの入り口か……この季節の雪割り山脈は骨が折れるよ」
 シュタイン達一行は、冬の雪割り山脈に入っていた。ネーエンは最初付いてくると言っていたが、万が一シュタインの読みが外れてバオホが何処かから攻め込んだ時の事を考えて街に残してきた。
 山を登り始めてミカはすぐに弱音を吐いた。隊の中央にいる輸送隊に担いでもらうかと聞いたら自力で歩くと肩維持を張ったのだった。
 シュタインは後ろを振り向いて隊の皆んなに叫んで伝えた。
「ドワーフコリドーが見えたぞ! あそこに入ったら休憩しよう!」
 シュタインはいくつか不安があった。その一つはドワーフコリドーだ。記録にはドワーフがかつて使っていたとあるだけだ。今まで発見されていなかっただけに中はどうなっているのか。
「ここが入り口なんですね。普通の大きな洞穴って感じですね、師匠」
 コリドーの入り口は、一見すると大きな洞窟の入り口のようだ。高さは人の背丈二人分ほどだが、横幅が広かった。荷馬車が三台位並んで通れる位の広さがあった。
 よく見るとその両サイドは柱のようなもので支えられていた。恐らくこれは柱に見えるように岩から切り出したに違いない。床面には瓦礫が転がっている。これもよく見ると何やら装飾が施されている。その昔は天井部分だったのだろう。何かのタイミングで天井が崩れ落ちたもののようだ。文献にはドワーフが壊したと書かれているが。
 ランタンに火を灯すと、まずはシュタインが中に入ってみた。
 そこは広い広場になっていた。コウモリくらいはいるだろうと思っていたのだが、地面にフンがない事からコウモリや鳥、獣の類はここにはいないと判断した。
 外に声を掛けて隊を呼ぶ。隊の数十名がゾロゾロと中に入ってきた。
「中は広いですね」
 よく見ると地面は磨かれた石が敷き詰められた床になっている。これも天井が崩れ落ちたのだろう瓦礫が床に散らばっている。
「全員固まって休息を取れ! 何がいるか分からん。離れるなよ」
 皆が休憩している間にシュタインはこのホールの中を歩いて探索した。
 広場と言ってもそれほど広くはなく、五十メートル四方程の広さだった。入り口から見て反対側に廊下が伸びていた。
 廊下の高さは人の背丈程、横幅は人が十人並んで立てるくらいの長さ。そしてその廊下の中央には綺麗に装飾の施された柱が等間隔で奥へ続いていて、廊下を大きく左側と右側に分けていた。全ての柱には燭台が架けられているのだが、蝋燭は無かった。
 シュタインはその廊下に何か違和感を感じたが何だかは分からなかった。そのまま皆の元に帰った。
「よーし、皆出発だ」
 一行はゆっくりと列を作りその廊下に向かって歩き出した。
 暫く進むと列の後ろの方でザワザワ声がし始めた。シュタインは注意した。
「無駄話はするな!」
 しかし暫くするとまたザワザワするのだった。
 シュタインは後方に移動して聞いた。
「何か?」
「いえ。先ほどから童子の笑う声が聞こえるような気がするのです」
「童子?」
 シュタインはランタンで辺りを照らしてみた。柱の反対側に出て照らしてみた。しかし誰もいなかった。
「誰もいないぞ」
「しかし……」
「いいから行くぞ」
 一行は黙々と歩き出した。後方では相変わらずザワザワしていた。シュタインはその度に注意深く辺りを見回すのだがおかしな所は無かった。
 暫く進むとその行き先に明かりが見えてきた。反対側の出口だろう。
 もう少しだと思い先を急ぐのだが、その時シュタインにも童子が笑う声が聞こえた。
「ふふふ」
 シュタインは隊を止めた。出口まではまだある。
「ふふふ」
「誰だ!」
「ふふふ。ここよ」
 シュタインはランタンで辺りを照らしてみた。
「ふふふ。こっちよ」
「これは……」
 確実に何者かがいる。もうすぐ出口だと言うのに。
 するとその出口方向から冷たい風が吹いてきた。その風は徐々に強くなって行き、やがては立っていられないほどに強く吹いてきて雪や氷が混ざるようになった。
「何者だ! 姿を表せ!」
「ふふふ。特別に姿を見せてあげる」
 すると風は止んだ。そして隊の先頭の先にボーッと小さなワインボトルほどの生物が現れた。
「氷の精霊シュネッヒェンか」
「シュネッヒェン?」
 精霊と一口に言っても様々な精霊がいる。大きく分けて、水の精霊、風の精霊、土の精霊、火の精霊が有名だ。水の精霊の中には特に雪や氷を好んで操る精霊がいて、シュネッヒェンもその一人だ。
「厄介な奴に出くわしたな」
 シュネッヒェンはイタズラ好きで遊び好き。それが度を越していて人が死ぬ事もなんとも思わない。敵と認識してみた場合も戦闘力はとても強い。
「師匠、氷の精霊ですか?」
「ん? ああ」
 ミカは以前基礎魔法の本で読んだことがある。氷の精霊には火の魔法が効果的だ。しかし師匠が得意とするのは風と氷。風では大してダメージを与えられないどころか、氷の魔法では全くダメージは与えられない。
「何して遊ぶ?」
「さて、何をしようかな」
 兵士達が浮き足立って言った。
「シュタイン様。こいつは一体……⁉︎」
「こいつは氷の精霊シュネッヒェンだ。お前達では歯が立たんぞ」
「どうしますか?」
 シュタインは試しに話し合いで解決しようと試みた。
「シュネッヒェンよ。今お前と遊んでる暇はないんだ。先に行かせてくれまいか?」
 すると辺りの廊下の壁がみるみる凍っていった。
「いやよ。私と遊んで」
 バオホの奴はこのシュネッヒェンをどうあしらったんだと考えた。いや、バオホは封入魔法に明るい。炎の封入魔法でも持っていたのか。それともローエ・ロートの力か?
「私と遊ばないと言うならこのまま氷漬けにするわよ」
 壁や天井から氷の塊が育っていく。
「分かった、分かった。分かったから凍らせるのはやめてくれ」
「ふふふ。じゃあ何をする?」
「シュ、シュタイン様。奴を叩き斬って下さい」
 震える声で兵士が言った。
 シュタインは話し合いで蹴りが付けばと思ったが、やはり戦わないわけには行かないかと諦めた。ここで魔法を使えば自分が疲弊するだけでなく魔法戦の影響を受けて兵士にもダメージが行くだろう。
「しかし仕方なしか……」
 シュタインは渋々剣に手を掛けて抜いた。しかし思いがけない事が起きた。
 シュタインの剣、魔剣シュネーバルが煙のように霧散した。その煙が徐々に一つのところに固まって行き、人間のような形に具現化していった。しかしそれは上半身だけで下半身は煙の中だ。その上体は裸で筋骨隆々だった。
「シュネーバル……」
 そこでシュタインも思い出した。自分が持っている氷の魔剣シュネーバルは、そもそもその剣に宿っている精霊の名前である。今、そのシュネーバルが剣の形から精霊の形へ変化したに過ぎない。
「シュネッヒェンよ。我が主人を愚弄しようと言うならこのシュネーバルが黙っておらんぞ」
「ひゃっ! シュネーバル様」
「シュネッヒェンよ。この者達を大人しく通すのだ。良いな」
「わ、分かりました。ごめんなさーい」
 そう言うとシュネッヒェンはスーッと消えた。
 シュタインはすっかり忘れていたのだが、シュタインの持つシュネーバルは氷の精霊の中でも最上位の方に位置付けられる精霊だ。
「シュネーバル。助かったよ」
「我が氷の精霊の眷属がご迷惑をおかけ申しました。あやつも悪気があるわけではございませぬゆえ、平にお許しを願います」
「一時はどうなることかと……いや、本当にありがとう」
「しからばこれにて」
 と言うとシュネーバルは再び煙になった。そしてその煙がシュタインの手に収束し元の剣に戻った。
 兵士達は驚いてシュタインに問いかけた。
「い、今のは一体!?」
 シュタインは説明するのが面倒だと思い、精霊についての説明をミカに一任した。勿論十分な説明などミカには出来なかった。
     *
 ドワーフコリドーを抜けてからこっち、敵兵に出会うことは無かった。この辺りは森も深い。うまく注意して歩けば大丈夫だろうとシュタインは考えていた。
 木々の間から遠くにエングラントの槍が見え始めた。
「あと1日も掛からず着くな」
 焚き火をすれば気付かれるので、今夜は寒い中寝る事になるとシュタインは考えていた。そしてそれはその通りになった。その日の夜は火を使わずに過ごした。
「明日は午前中の内にエングラントの槍に着く。あと一息だ」
 次の日は朝早く発つ事になった。なるべく早くバオホを取り押さえたかった。出発から三時間程した時シュタインは部隊を止めた。エングラントの槍はもう目の前にそびえていた。
「予め伝えていた通り、ここで補給部隊とは別れる。補給隊はここで我らの帰りを待て。三日の内に戻らない場合、我らの事は諦めてポーレシアに帰るのだ」
「了解しました」
 この場にて補給部隊とは別れて戦闘部隊でのみの行動となる。戦闘部隊はミカを数えないと十名だ。それでも多いとシュタインは思っていた。
 塔を攻略する場合大人数は不利だ。バオホがどのような仕掛けを塔の中に仕込んでいるかは分からないが、一人が罠に掛かれば周りを巻き添えにする可能性も高いからだ。
「さて、どうなる事かな……」
 戦闘部隊は補給部隊と分かれて森を進むのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

万物争覇のコンバート 〜回帰後の人生をシステムでやり直す〜

黒城白爵
ファンタジー
 異次元から現れたモンスターが地球に侵攻してくるようになって早数十年。  魔力に目覚めた人類である覚醒者とモンスターの戦いによって、人類の生息圏は年々減少していた。  そんな中、瀕死の重体を負い、今にもモンスターに殺されようとしていた外神クロヤは、これまでの人生を悔いていた。  自らが持つ異能の真価を知るのが遅かったこと、異能を積極的に使おうとしなかったこと……そして、一部の高位覚醒者達の横暴を野放しにしてしまったことを。  後悔を胸に秘めたまま、モンスターの攻撃によってクロヤは死んだ。  そのはずだったが、目を覚ますとクロヤは自分が覚醒者となった日に戻ってきていた。  自らの異能が構築した新たな力〈システム〉と共に……。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

処理中です...