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エングラントの槍編
動き出す石像
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冬の森の中を進むと一時間程でエングラントの槍に辿り着いた。塔の周りには高い塀が築かれている。
「門があればいいんだがな」
一行は塀に沿って歩いていった。暫く進むと大きな門が見えて来た。門番らしきものはいない。一行は門の前で立ち止まる。傍らに通用口があった。
シュタインは通用口に歩いて行き扉が開くか試してみた。しかし扉はびくともしなかった。
「まあ、門が有っただけマシか……」
「どういうことですか?」
「ん、ああ。バオホ程の魔法探究者ともなれば、日常的に外と物資をやり取りする事はない。だから門を作る必要がないのさ。逆に門があれば邪魔者が侵入しやすくなる。だから門を作らない、壊しておく事も考えられたんだ。でも門はあった。高い塀を越える必要がなくなって手間が省けたよ」
するとシュタインは通用口の鍵穴に手を当てて何やら呪文を唱え始めた。
「リンラグ ムンライ ディ ムライシャドゥ 開け ブッケン」
シュタインは再び通用口を開けてみた。今度は扉が開いた。
「おお! 扉が開いたぞ」
近くで見ていた一人の兵士が浮かれて通用口を通ろうとした。
「待て!」
シュタインがそれを制した。
「結界が張られてる筈だ」
シュタインはその辺に転がっている石ころを拾って、通用口に向かって軽く投げてみた。すると石は見えない壁に弾かれた。と同時にその空間がピカッと光った。
「やはりな」
シュタインは解呪の魔法を唱えた。すると結界は一瞬虹色に輝き、薄氷が溶けるようにその輝きが消えていった。
シュタインは振り向きミカに言った。
「ここから先は何が起こるか分からない。ミカはシュネーバルに守ってもらいたまえ」
そう言って氷の魔剣シュネーバルをミカに渡した。
「もし危険が迫ったらシュネーバルが守ってくれるから安心するんだよ」
そう言うと通用口から中に入っていった。
通用口の中は広い庭になっている。門からまっすぐ塔に向かって道が続いていた。
「どうやらここが正門だったみたいだな」
道は石畳になっている。その道に沿って両側に植え込みが続いている。少し先の道の両側に一対の石像が飾られていた。石像は口の尖った羽のある生物をモチーフにしていて、二体とも右を向いている。
「あからさまに怪しい石像だな」
「え? あの石像が何か?」
「ヴァッサーシュパイヤーだな」
「ヴァッサーシュパイヤーと言えば、普段は石像の姿なのに何かの切っ掛けによって動き出す石像の事ですか?」
「良く勉強しているな」
高度な会話について来れない一人の兵士が口を挟んだ。
「一体何の話です?」
「あの石像はヴァッサーシュパイヤーと言ってね。主に侵入者から領地を守るために置かれている。奴の視界に入ったらあいつらが動き出し侵入者を攻撃するのさ」
隊の兵士たちがざわついた。
「なあに、心配いらない。あいつらの視界に入らなければ良いだけの話だよ。やや面倒だが迂回して進もう」
石像はどちらも右を向いている。だからそれの後ろ側を通れば視界に入る事はない。
一行は道の植え込みの左側を進むことにした。石像は見た目は普通の石像だ。口が長く尖っていて、耳も犬のような三角の耳をしている。コウモリのような羽を一対持っていてしゃがんでいる。
石像のすぐ後ろに差し掛かる。
「いいか。くれぐれも視界に入っちゃダメだよ」
ミカは何だか怖かった。ヴァッサーシュパイヤーについては本で読んだ事がある。何かの切っ掛けで動き出すのだが、体が石で出来ているため刃物は殆ど歯が立たない。ヴァッサーシュパイヤーと戦う時は槍のような武器かハンマーのような武器が効果的だ。
「この隊には槍もハンマーもないわよね……」
一行は黙々と石像の後ろを歩いて抜けた。兵士の中には、本当にこの石像が動き出すのかと不審に思う者もいた。
一行は石像の後ろを無事に抜け切った。そしてそのまま植え込みの外側を歩いていった。
しかし暫くしてシュタインが立ち止まった。
「そりゃそうだよね」
少し先にまたあの石像が道の両側にあったのだ。今度はこちら側を向いている。
植え込みを何とか乗り越えられれば反対側に抜けて石像の後ろを越えられる。
「さて、どうしよう……?」
「シュタイン様。あの石像が動くとして、我らが戦えば軽くあしらえるのではありませんか?」
「うーん。君達の腕がないとは言わないけど、ヴァッサーシュパイヤーはかなり手強いよ。僕も魔法を消費したくないし出来れば戦いたくない相手だよ」
そう言うとシュタインは無理矢理植え込みに入ろうとした。しかし密に刈り込まれている植え込みには中々入れない。
悪あがきをしているシュタインに一人の兵士が言った。
「シュタイン様。シュタイン様の魔法でヴァッサーシュパイヤーとか言う魔物を粉砕できないのですか?」
左足を植え込みに突っ込んだ体勢でシュタインが言った。
「ない事はないけどここで魔法を使う事はなるべく避けたい。バオホと対峙した時使う魔法がなくなるからね」
魔法とは簡単に言うと精神力だ。強い魔法程より強い精神集中が必要になる。バオホと対峙した時にどれだけシュタインの精神力が残っているかが今回鍵となる。従ってシュタインはなるべく精神を消費する強い魔法を序盤で使いたくないと考えていた。
「いかな強力な魔法探究者と言えども、強力な魔法を永遠に使う事は出来ないのさ。強力な魔法を使いたかったらそれだけ精神力を残しておかないとね」
そう言うと再びシュタインは植え込みとの格闘を始めた。仕方なく残りの兵士たちも植え込みに突っ込んでいった。
ミカも仕方なく植え込みにトライするのだが、枝が入り組んで生えており中々そこを通過するのは難しかった。
場所が悪いと思った一人の兵士が、シュタインの近くにやってきて、シュタインの隣あたりから植え込みにトライし始めた。
こうして一行はちらほらと植え込みを通り抜けていった。先程シュタインの隣でトライしていた兵士は半ば倒れ込むように植え込みから抜け出して石畳の上に大の字に仰向けになった。
「ふー。何とか抜けた」
しかしその大の字になった兵士の腕が不運にも道の右側にいたヴァッサーシュパイヤーの視界に入ってしまった。
精気のないどこか不気味な声が聞こえてきた。
「我が主の庭を侵すものは誰か……」
「しまった。ヴァッサーシュパイヤーを目覚めさせてしまったか」
兵士を視界に捉えたヴァッサーシュパイヤーの体が薄く色付いてギシギシと立ち上がり始めた。そして驚くべき事に、左側のヴァッサーシュパイヤーも薄く色付いて立ち上がり始めた。
「連動型か……」
シュタインは塔までの距離を見た。五十メートル程先に塔の入り口の扉がある。走って逃げ込むには少し距離がある。
「二体に挟まれるなよ。全員後退せよ」
二体のヴァッサーシュパイヤーはふわりと空に飛び立ち、少し高いところからシュタイン達を見ている。
するとその内の一体がシュタイン目掛けて突っ込んできた。長い爪の生えた右手でシュタインを引っ掻きにくる。
シュタインは右に飛びのきそれを避けた。空振りしたその一体は再びもう一体の横に戻り、ふわふわと空から見下ろした。
「ボノホーヤ ラムニム ガラマーヤ つむじ風より来れ風の嵐 コガンガン」
シュタインが呪文を唱えると、辺りにつむじ風が巻き起こり始めた。そしてそれは徐々に大きく力強くなっていった。ヴァッサーシュパイヤーは空中に体を維持するのが難しくなってきた。
「皆! 塔の入り口まで走れ!」
風はそれでも力を増していった。一行は強風の中、バランスを取るのも難しくよろよろしながら塔の入り口目掛けて走っていく。
「スタンナルム ミンダルムチ 光の矢よ バーナム」
今度はシュタインの前に光の球が浮かび上がり、そこからヴァッサーシュパイヤー目掛けて無数の光の矢が放たれた。光の矢は風の影響を受けない。風で体勢を保つだけで精一杯のヴァッサーシュパイヤーの身体中に光の矢が突き刺さった。片方のヴァッサーシュパイヤーは羽が完全に破れ地面に叩きつけられた。もう一方のヴァッサーシュパイヤーは右腕が崩れて散った。
シュタインの魔法が援護となり兵士たちは塔の入り口に辿り着けた。シュタインの魔法戦闘を見て兵士達は驚いた。
「こ、これが魔法か……」
シュタインはミカに叫んだ。
「ミカ! 扉が開くなら躊躇わず中に入るんだ!」
風の音が邪魔をして聞こえにくかったが、なんとかミカには届いた。
地面に落ちたヴァッサーシュパイヤーはシュタインの方に走り込んで来た。シュタインは咄嗟に腰の剣に手をやった。しかしシュネーバルはミカに預けたのだった。
「おっと……」
シュタインは堪らず後ろに飛び退いて間合いを取った。風が弱くなってきた。
空を飛んでいた方のヴァッサーシュパイヤーも羽に沢山の光の矢を受けて、飛んでいるのが難しくなったようでバサッと地面に降りてきた。
「師匠! 扉は開きます!」
「では中に避難するんだ!」
ミカは言われるままに中に入る。何人かの兵士はそれに続いて中に入ったが、数人の兵士はシュタインが気になってエントランスに残った。
翼を失ったヴァッサーシュパイヤーがシュタインの間合いに入りパンチしてきた。ヴァッサーシュパイヤーの動きはそれ程速くはない。しかし相手は石だ。パンチが当たれば大怪我をする。
シュタインはパンチを左に交わしつつ、次の魔法の詠唱に入った。
「レンダード マ ヤ……」
もう一匹が翼を羽ばたかせて地面を這うように飛んできた。そいつは右足を出して蹴ってきた。シュタインはジャンプしてそれを避けた。
「光よ溢れろ ブライエン」
すると辺りは一瞬にして光の海に包まれた。エントランスで心配そうに戦いを見ていた兵士達は、余りの眩さに手で顔を覆った。
シュタインは塔の入り口に走り込みながら叫んだ。
「お前達も塔の中へ入れ!」
言われて兵士達は逃げ込むように塔の中に入っていった。シュタインは少し遅れて塔の中に滑り込み、入り口の扉を閉じた。
「ふう。怪我はないか?」
「はい。師匠は大丈夫ですか?」
シュタインは頷いて見せた。一人の兵士が言った。
「あの化け物は追ってこないのですか?」
「光の海に沈んでるから、僕らの事は見失ってるはずさ」
「倒す事は出来なかったのですか?」
「倒そうと思えば倒せたけどね。無駄に力を使わないのも生き残るコツだよ」
その兵士はどこか不服そうだったがそれ以上は言わなかった。
「済みませんでした。私が視界に入ってしまったばっかりに……」
ヴァッサーシュパイヤーの視界に入ってしまった兵士が申し訳なさそうに言った。
「こうした経験を積んで人は成長するんだ。気にするな」
そう言われて少しホッとして兵士は下がった。
「さてと……」
シュタインはフロアを眺めてみた。
広いホールになっている。目の前には二階へと続く螺旋状の階段が伸びていた。
「恐らくこのフロアにはキッチンもバスも客間も無いな」
シュタインは深く考えずに階段を登る事にした。
二階に上ると長い廊下があり、左右にいくつか扉が付いていた。
「さて諸君。ここから先は無闇に置いてあるものや扉には手を触れない方がいい。バオホの事だ。何か仕掛けがしてあるかも知れない。それからいきなり敵兵や凶暴な生物と遭遇しないとも限らない。警戒を怠るなよ」
エングラントの槍の攻略が始まった。
「門があればいいんだがな」
一行は塀に沿って歩いていった。暫く進むと大きな門が見えて来た。門番らしきものはいない。一行は門の前で立ち止まる。傍らに通用口があった。
シュタインは通用口に歩いて行き扉が開くか試してみた。しかし扉はびくともしなかった。
「まあ、門が有っただけマシか……」
「どういうことですか?」
「ん、ああ。バオホ程の魔法探究者ともなれば、日常的に外と物資をやり取りする事はない。だから門を作る必要がないのさ。逆に門があれば邪魔者が侵入しやすくなる。だから門を作らない、壊しておく事も考えられたんだ。でも門はあった。高い塀を越える必要がなくなって手間が省けたよ」
するとシュタインは通用口の鍵穴に手を当てて何やら呪文を唱え始めた。
「リンラグ ムンライ ディ ムライシャドゥ 開け ブッケン」
シュタインは再び通用口を開けてみた。今度は扉が開いた。
「おお! 扉が開いたぞ」
近くで見ていた一人の兵士が浮かれて通用口を通ろうとした。
「待て!」
シュタインがそれを制した。
「結界が張られてる筈だ」
シュタインはその辺に転がっている石ころを拾って、通用口に向かって軽く投げてみた。すると石は見えない壁に弾かれた。と同時にその空間がピカッと光った。
「やはりな」
シュタインは解呪の魔法を唱えた。すると結界は一瞬虹色に輝き、薄氷が溶けるようにその輝きが消えていった。
シュタインは振り向きミカに言った。
「ここから先は何が起こるか分からない。ミカはシュネーバルに守ってもらいたまえ」
そう言って氷の魔剣シュネーバルをミカに渡した。
「もし危険が迫ったらシュネーバルが守ってくれるから安心するんだよ」
そう言うと通用口から中に入っていった。
通用口の中は広い庭になっている。門からまっすぐ塔に向かって道が続いていた。
「どうやらここが正門だったみたいだな」
道は石畳になっている。その道に沿って両側に植え込みが続いている。少し先の道の両側に一対の石像が飾られていた。石像は口の尖った羽のある生物をモチーフにしていて、二体とも右を向いている。
「あからさまに怪しい石像だな」
「え? あの石像が何か?」
「ヴァッサーシュパイヤーだな」
「ヴァッサーシュパイヤーと言えば、普段は石像の姿なのに何かの切っ掛けによって動き出す石像の事ですか?」
「良く勉強しているな」
高度な会話について来れない一人の兵士が口を挟んだ。
「一体何の話です?」
「あの石像はヴァッサーシュパイヤーと言ってね。主に侵入者から領地を守るために置かれている。奴の視界に入ったらあいつらが動き出し侵入者を攻撃するのさ」
隊の兵士たちがざわついた。
「なあに、心配いらない。あいつらの視界に入らなければ良いだけの話だよ。やや面倒だが迂回して進もう」
石像はどちらも右を向いている。だからそれの後ろ側を通れば視界に入る事はない。
一行は道の植え込みの左側を進むことにした。石像は見た目は普通の石像だ。口が長く尖っていて、耳も犬のような三角の耳をしている。コウモリのような羽を一対持っていてしゃがんでいる。
石像のすぐ後ろに差し掛かる。
「いいか。くれぐれも視界に入っちゃダメだよ」
ミカは何だか怖かった。ヴァッサーシュパイヤーについては本で読んだ事がある。何かの切っ掛けで動き出すのだが、体が石で出来ているため刃物は殆ど歯が立たない。ヴァッサーシュパイヤーと戦う時は槍のような武器かハンマーのような武器が効果的だ。
「この隊には槍もハンマーもないわよね……」
一行は黙々と石像の後ろを歩いて抜けた。兵士の中には、本当にこの石像が動き出すのかと不審に思う者もいた。
一行は石像の後ろを無事に抜け切った。そしてそのまま植え込みの外側を歩いていった。
しかし暫くしてシュタインが立ち止まった。
「そりゃそうだよね」
少し先にまたあの石像が道の両側にあったのだ。今度はこちら側を向いている。
植え込みを何とか乗り越えられれば反対側に抜けて石像の後ろを越えられる。
「さて、どうしよう……?」
「シュタイン様。あの石像が動くとして、我らが戦えば軽くあしらえるのではありませんか?」
「うーん。君達の腕がないとは言わないけど、ヴァッサーシュパイヤーはかなり手強いよ。僕も魔法を消費したくないし出来れば戦いたくない相手だよ」
そう言うとシュタインは無理矢理植え込みに入ろうとした。しかし密に刈り込まれている植え込みには中々入れない。
悪あがきをしているシュタインに一人の兵士が言った。
「シュタイン様。シュタイン様の魔法でヴァッサーシュパイヤーとか言う魔物を粉砕できないのですか?」
左足を植え込みに突っ込んだ体勢でシュタインが言った。
「ない事はないけどここで魔法を使う事はなるべく避けたい。バオホと対峙した時使う魔法がなくなるからね」
魔法とは簡単に言うと精神力だ。強い魔法程より強い精神集中が必要になる。バオホと対峙した時にどれだけシュタインの精神力が残っているかが今回鍵となる。従ってシュタインはなるべく精神を消費する強い魔法を序盤で使いたくないと考えていた。
「いかな強力な魔法探究者と言えども、強力な魔法を永遠に使う事は出来ないのさ。強力な魔法を使いたかったらそれだけ精神力を残しておかないとね」
そう言うと再びシュタインは植え込みとの格闘を始めた。仕方なく残りの兵士たちも植え込みに突っ込んでいった。
ミカも仕方なく植え込みにトライするのだが、枝が入り組んで生えており中々そこを通過するのは難しかった。
場所が悪いと思った一人の兵士が、シュタインの近くにやってきて、シュタインの隣あたりから植え込みにトライし始めた。
こうして一行はちらほらと植え込みを通り抜けていった。先程シュタインの隣でトライしていた兵士は半ば倒れ込むように植え込みから抜け出して石畳の上に大の字に仰向けになった。
「ふー。何とか抜けた」
しかしその大の字になった兵士の腕が不運にも道の右側にいたヴァッサーシュパイヤーの視界に入ってしまった。
精気のないどこか不気味な声が聞こえてきた。
「我が主の庭を侵すものは誰か……」
「しまった。ヴァッサーシュパイヤーを目覚めさせてしまったか」
兵士を視界に捉えたヴァッサーシュパイヤーの体が薄く色付いてギシギシと立ち上がり始めた。そして驚くべき事に、左側のヴァッサーシュパイヤーも薄く色付いて立ち上がり始めた。
「連動型か……」
シュタインは塔までの距離を見た。五十メートル程先に塔の入り口の扉がある。走って逃げ込むには少し距離がある。
「二体に挟まれるなよ。全員後退せよ」
二体のヴァッサーシュパイヤーはふわりと空に飛び立ち、少し高いところからシュタイン達を見ている。
するとその内の一体がシュタイン目掛けて突っ込んできた。長い爪の生えた右手でシュタインを引っ掻きにくる。
シュタインは右に飛びのきそれを避けた。空振りしたその一体は再びもう一体の横に戻り、ふわふわと空から見下ろした。
「ボノホーヤ ラムニム ガラマーヤ つむじ風より来れ風の嵐 コガンガン」
シュタインが呪文を唱えると、辺りにつむじ風が巻き起こり始めた。そしてそれは徐々に大きく力強くなっていった。ヴァッサーシュパイヤーは空中に体を維持するのが難しくなってきた。
「皆! 塔の入り口まで走れ!」
風はそれでも力を増していった。一行は強風の中、バランスを取るのも難しくよろよろしながら塔の入り口目掛けて走っていく。
「スタンナルム ミンダルムチ 光の矢よ バーナム」
今度はシュタインの前に光の球が浮かび上がり、そこからヴァッサーシュパイヤー目掛けて無数の光の矢が放たれた。光の矢は風の影響を受けない。風で体勢を保つだけで精一杯のヴァッサーシュパイヤーの身体中に光の矢が突き刺さった。片方のヴァッサーシュパイヤーは羽が完全に破れ地面に叩きつけられた。もう一方のヴァッサーシュパイヤーは右腕が崩れて散った。
シュタインの魔法が援護となり兵士たちは塔の入り口に辿り着けた。シュタインの魔法戦闘を見て兵士達は驚いた。
「こ、これが魔法か……」
シュタインはミカに叫んだ。
「ミカ! 扉が開くなら躊躇わず中に入るんだ!」
風の音が邪魔をして聞こえにくかったが、なんとかミカには届いた。
地面に落ちたヴァッサーシュパイヤーはシュタインの方に走り込んで来た。シュタインは咄嗟に腰の剣に手をやった。しかしシュネーバルはミカに預けたのだった。
「おっと……」
シュタインは堪らず後ろに飛び退いて間合いを取った。風が弱くなってきた。
空を飛んでいた方のヴァッサーシュパイヤーも羽に沢山の光の矢を受けて、飛んでいるのが難しくなったようでバサッと地面に降りてきた。
「師匠! 扉は開きます!」
「では中に避難するんだ!」
ミカは言われるままに中に入る。何人かの兵士はそれに続いて中に入ったが、数人の兵士はシュタインが気になってエントランスに残った。
翼を失ったヴァッサーシュパイヤーがシュタインの間合いに入りパンチしてきた。ヴァッサーシュパイヤーの動きはそれ程速くはない。しかし相手は石だ。パンチが当たれば大怪我をする。
シュタインはパンチを左に交わしつつ、次の魔法の詠唱に入った。
「レンダード マ ヤ……」
もう一匹が翼を羽ばたかせて地面を這うように飛んできた。そいつは右足を出して蹴ってきた。シュタインはジャンプしてそれを避けた。
「光よ溢れろ ブライエン」
すると辺りは一瞬にして光の海に包まれた。エントランスで心配そうに戦いを見ていた兵士達は、余りの眩さに手で顔を覆った。
シュタインは塔の入り口に走り込みながら叫んだ。
「お前達も塔の中へ入れ!」
言われて兵士達は逃げ込むように塔の中に入っていった。シュタインは少し遅れて塔の中に滑り込み、入り口の扉を閉じた。
「ふう。怪我はないか?」
「はい。師匠は大丈夫ですか?」
シュタインは頷いて見せた。一人の兵士が言った。
「あの化け物は追ってこないのですか?」
「光の海に沈んでるから、僕らの事は見失ってるはずさ」
「倒す事は出来なかったのですか?」
「倒そうと思えば倒せたけどね。無駄に力を使わないのも生き残るコツだよ」
その兵士はどこか不服そうだったがそれ以上は言わなかった。
「済みませんでした。私が視界に入ってしまったばっかりに……」
ヴァッサーシュパイヤーの視界に入ってしまった兵士が申し訳なさそうに言った。
「こうした経験を積んで人は成長するんだ。気にするな」
そう言われて少しホッとして兵士は下がった。
「さてと……」
シュタインはフロアを眺めてみた。
広いホールになっている。目の前には二階へと続く螺旋状の階段が伸びていた。
「恐らくこのフロアにはキッチンもバスも客間も無いな」
シュタインは深く考えずに階段を登る事にした。
二階に上ると長い廊下があり、左右にいくつか扉が付いていた。
「さて諸君。ここから先は無闇に置いてあるものや扉には手を触れない方がいい。バオホの事だ。何か仕掛けがしてあるかも知れない。それからいきなり敵兵や凶暴な生物と遭遇しないとも限らない。警戒を怠るなよ」
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