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Eine Serenade des Vampirs編
リグルの弟子
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「ミカ様! 今です!」
ミカはリグルが追い詰めたイノシシに向かってローエ・ロートを上から下に振り下ろした。ローエ・ロートはそれだけでも攻撃力の強い魔剣だ。ローエ・ロートはイノシシの首を貫き骨を断った。イノシシはそのまま動きを止めてドサリと地面に倒れた。
「やりましたね。だいぶ剣の扱いも慣れてこられた」
「この剣を受け取ってからこの一年、魔法の勉強と剣術と本気でやってきたんだもん。上達しててくれないと困るわ」
ミカは血の付いたローエ・ロートを一回振り払うと鞘に収めた。
「魔法の方はどうなんですか?」
「基礎魔法は何とか使えるようになったけど、まだまだ精神修行が必要ね」
「カーテンカーテンの街の復興を手伝いながら、魔法と剣術でしたからね」
バオホの一件の後、シュタインはミカとリグルを連れてカーテンカーテンに向かったのだった。そこで約一年にわたり疫病の原因究明や孤児院の設営などに力を入れて働いていた。
ミカとリグルもシュタインの手伝いをして街の復興に力を貸していた。
リグルはその持ち前の明るさや人の良さで街の人々、特に子供達に人気があり、時間のある時には一緒に遊んだりもしていた。
街も疫病から解放されて孤児院も軌道に乗ったのでシュタイン達はカーテンカーテンから帰ってきたのだった。
「狩猟の腕も上がってるんじゃないですか?」
「このローエ・ロートのおかげよ。私にはよく分からないけど、魔法の剣なんだそうよ」
ミカは基礎魔法学を学びつつ最近は物質魔法の勉強もし始めた。ミカは炎の魔剣ローエ・ロートを譲られた事もあり、火の物質魔法に力を入れていた。
リグルは仕留めたイノシシの足を手際よくロープで縛った。見た限り人間の大人並みに重そうなイノシシを軽々と肩に背負った。
「さ、ウェザーとリーの所まで戻りましょう」
二人は森の外に繋いでいる馬のウェザーとリーのいる所まで森の中を歩いて行った。
*
屋敷の近くに来ると一人の少年が何もない空間に向かって駆け込んでは何かに弾き返されていた。見た目には何もないように見えるが、そこはシュタインの屋敷に張られた結界の淵だった。少年が見えない壁に当たるたびに結界が一瞬光るのだった。少年は得体の知れない壁に向かって何度も体当たりしていた。
リグルはその少年に見覚えがあった。
「ザイル! ザイルではないか!」
ザイルと呼ばれた少年は振り向いてリグルを確認すると安心して笑顔で駆け寄ってきた。
「リグルさん、やっと会えた」
「どうしてお主がここに?」
ミカもザイルには見覚えがあった。カーテンカーテンの街にいた少年だ。
「リグルさんを探してやって来たんだよ。そしたら不思議な目に見えない壁があって……」
「まあ良い。とにかく一度お屋敷に向かおう」
三人は一旦シュタインの屋敷に向かうことにした。
「あれ? さっきまでは見えない壁があったのに今は無くなってる」
「その壁は限られた者しか通行できないようになっているのだよ」
屋敷に着くとザイルは一旦客間に通された。ミカも一緒だった。リグルはイノシシを処理する為に工房の方へ消えていった。
「ザイル。一体どうやってここまで来たの?」
「シュタインさんの事を方々で聞き回ったんだ。ヒューロンの街でリグルさんの事を聞いてシュタインさんの屋敷の大体の位置を聞いたんだよ」
そこへ話を聞きつけたシュタインが入って来た。
「ザイル。どうしてここへ?」
「実はオイラ、リグルさんの弟子になりたくて……」
「リグルの⁉︎」
「オイラ、父親も母親も死んじまって一人だろ?」
ザイルの両親は例の疫病に罹り亡くなってしまったのだった。身寄りもないザイルは本来なら孤児院で預かってもらえるはずだった。
「孤児院には入れるけどオイラもう十六だ。だからそろそろ自立しなきゃと思ったんだ」
ミカは聞いた。
「それとリグルとどう繋がるの?」
「リグルさんはレンジャーなんだろ? 何でも自分で出来て凄いじゃないか。だからオイラもそうなりたくて」
するとシュタインは唐突に笑い出した。
「あはは。それは立派な心構えだ。リグルの弟子になると良い」
「本当⁉︎」
「し、師匠。リグルの意見も聞かないと……」
「まあ確かにそうだな。リグルは何かと忙しい。弟子に構っている暇もないかも知れないしな」
するとザイルは悲しそうに言った。
「リグルさんの弟子は無理ですか?」
「リグル自身に決めてもらおう。ちょっと待ってればここに来るから」
三人はお茶を飲んでリグルを待つことにした。
「それにしてもよくこの屋敷が分かったな」
「ここに辿り着くまで大変でしたよ。オイラ、カーテンカーテンを出た事が無いから右も左も何にも分からなくて」
ミカが補足した。
「ヒューロンの街で屋敷の位置を聞いたそうです。王都にも行ったんでしょ?」
「うん。月影ってお店でシュタインさんの事聞いたんですが何も教えてもらえませんでした」
(そりゃそうだろうな)
シュタインは月影の店主バルモなら口は硬いと思った。そう簡単にシュタインの事を話す男ではない。
「王都は賑やかだっただろう?」
「何でも、王立図書館に何者かが侵入して大切に保管してあった魔術書が盗まれたとかで大騒ぎでしたよ」
「王立図書館に保管されている魔術書と言えば、貴重なものばかりだ。一体何の魔術書が盗まれたんだ?」
「さあ、そこまでは聞かなかったので……」
その時ドアがノックされリグルが入って来た。
「ザイル。一体何があったんだ?」
ザイルは再び事の経緯を話して聞かせた。
「と言う事らしい。リグル、弟子にしてあげたらどうだ?」
「お願いします」
リグルは少し困ったように頭をポリポリ掻いた。戸惑っているようだった。
「弟子など取った事がないのでどのようにしたら良いのか分からないんですよ」
「そんな事言わずに弟子にして下さいよ」
ミカが付け足して言った。
「私も手が空いている時には一緒に面倒見るから」
「しかし……」
リグルは困った。今まで弟子を取ったことはないし自分にそれだけの力量があるとは思えないし、育て方も分からない。他に良い師匠はいるだろうにと。
「リグル。もしかして自分には人を育てられないと思ってるのかい?」
「ええ、まあ」
「大丈夫だよ。普段の生活をしてればいいのさ。弟子ってもんは案外自分で大きくなるものさ。な、ミカ」
「ええ、そうですね。師匠はほとんど私に構ってくれませんからね」
ミカは少し皮肉気味に言った。
「でも、リグル。ザイルを弟子にしてあげたら? 折角ここまで訪ねて来てくれたんだし」
「まあ構いませんが、本当にほっぽらかしですよ」
ザイルの表情がパッと明るくなった。
「本当にいいんですか? やったー!」
こうしてリグルの弟子としてザイルが屋敷に住むことになった。
(それにしても、盗まれた魔術書とは一体何なんだ?)
シュタインはそこが気になった。
王立図書館の秘蔵の書物といえば貴重なものだけでなく、危険な為世の中に出回らせられない古文書などもある。所謂禁忌の書物だ。もしそれが盗まれて悪用されるとなると少し厄介なことになる。
(バルモに手紙を書いて調べてもらうか)
シュタインは早速バルモに手紙を書く事にした。
*
翌日、シュタインが鷹を飛ばすと言うのでミカもまた屋敷の正面に見に来た。
「バルモさんに手紙ですか?」
「ああ、調べて欲しい事があってね」
「そう言えばこの鷹は何で結界の壁を抜けられるんですか?」
屋敷は結界に守られているので本来ならその境目の壁を抜ける事は出来ない。バオホに鷹を飛ばした時も普通に帰って来ていた。
「鷹の足に鍵の指輪をはめているんだよ。だから出入りは自由だ」
よく見ると鷹の足には小さな輪がはめられている。ミカは自分が最初に鍵の指輪をはめた時を思い出した。指輪は最初大きかったのに、指にはめるとミカの指のサイズに縮まったのだった。
「なるほど」
シュタインは鷹に背負わせたリュックに手紙と依頼料の宝石を入れて蓋を閉じた。
「いつもの通り鷹には向精順応の魔法をかけてあるから王都まで最短で行ってくれる」
向精順応とは、分かりやすく言うと催眠術のようなもので、術者の命令を素直に聞いてくれるようになる。
シュタインは鷹を自分の手に移すとそのまま腕を上に上げて鷹を放った。鷹はバサバサと羽ばたいて上空へ飛んでいった。
「さて、後は繋ぎを待つだけだ」
「繋ぎ?」
「依頼が済んだら魔法の玉を割ってもらう事にしているのさ」
シュタインは王都にあるよろず屋月影の店主バルモの所に魔法の玉を置いてもらっている。シュタインに用がある者は月影に依頼する。バルモはその依頼主を簡単に調査して問題なければ魔法の玉を叩き割る。すると魔法探知でそれを探知したシュタインの屋敷の人形が不思議な歌を歌い出す。シュタインはバルモの所へ使い魔のリートを送って詳細を聞くと言う流れになっている。
この一連の手続きをアポイントプロトコル、もしくは単にプロトコルと言っていて、魔法探求者毎にそれぞれ違うプロトコルを持っている。
「いつもは誰かが僕に会いたい時に魔法の玉を割ってもらうんだけど、今回は仕事が済んだら魔法の玉を割ってもらう事にしたのさ」
「何の仕事を頼んだんですか?」
「ちょっとした調べ物だよ」
「調べ物……」
「さ、朝ご飯を食べよう」
シュタインはそう言うとそそくさと屋敷の中に入っていった。
「あ、そうだ! 昨日初めて火の物質魔法で薪が燃えたんですよ! ねえ、師匠!」
*
鷹を飛ばしてから半月程経ってからだった。食堂に置いてある人形が突然不思議な歌を歌い出した。
「あやー。人形が歌い出したよぉ」
使用人のサヌラッグがいち早くそれに気付き、慌てて人形を持ってシュタインの研究室に向かった。
「シュタイン様ぁ。人形が歌っていますだよぉ」
研究室をノックしても何の反応もなかった。いつもの事だ。サヌラッグは構わずドアを開けて中に入った。
部屋の中は薄暗く本が乱雑に置かれている。傍らに一際明るく灯りがついているところがあって、シュタインはそこで作業をしていた。
しかしサヌラッグが入って来てすぐにそのけたたましい音でサヌラッグに気付いた。
「シュタイン様。歌っていますだ」
「あ、ああ。ありがとう。どうやら依頼が済んだようだよ」
シュタインは人形の鼻をチョンと押した。すると人形は歌うのを辞めた。
(また、ミカとリグルに月影に行ってもらうかな)
「悪いがミカとリグルを応接間に呼んできてくれないか」
「かしこまりましたぁ」
サヌラッグは訛りのある喋りでそう返事をすると部屋を後にした。
続けてシュタインも灯りを全て消して部屋を後にした。
シュタインが応接間で二人を待っているとすぐにミカが現れた。
「師匠、繋ぎがあったんだと聞きましたが……」
「ああそうだよ」
「て事は人形が歌ったんですか? 聴いてみたかったなぁ」
シュタインは軽く笑った。
「火の物質魔法は安定して使えているかい?」
「安定しては中々行きませんが大体要領は掴めた感じです」
「いい傾向だね。精神集中が鍵だ。どんな状況でもうまく集中できるようになると良い」
「はい」
そんな話をしているとリグルがザイルを連れて現れた。
「ザイルも一緒でも大丈夫ですか?」
「ああ、構わないよ……さて、話を始めようか」
シュタインは王都にある王立図書館の魔術書盗難事件について話した。ザイルから聞いた話だ。その件について詳しくバルモに調査を依頼していたのだった。
「バルモからさっき繋ぎがあった。どうやら調査が終わったようだからその結果を受け取って来て欲しいんだ」
「三人で、ですか?」
「ああ、そうだよ。但し今回はリートは無しだ」
ザイルが疑問に思って聞く。
「リートって何ですか?」
以前リグルとミカが王都の月影にお使いに行った事がある。その時は運悪く盗賊団に狙われてしまった。密かにシュタインが使い魔のリートを同行させていたおかげでどうにか盗賊団を打ち破る事が出来たのだった。
「リートは僕の使い魔である風の精霊の名前さ」
「師匠。そう露骨に言われると何だか不安になりますよ」
「前回は不覚を取りましたが、リートが居なくとも問題ありません!」
「だよね。それにミカ、ローエ・ロートがあるじゃないか」
ローエ・ロートは伝説の炎の魔剣だ。以前は魔法探求者のバオホが所有していたが、シュタインとの戦いに敗れ今はミカがその所有者になっている。
「それはそうですが……」
(師匠が持ってるシュネーバルなら身を守ってくれそうだけど)
シュネーバルはシュタインが持つ氷の魔剣の名前でその実体である精霊の名前でもある。普段は剣の形で収まっているが時々元の精霊の形に具現化して出て来ることがある。
ミカはバオホと対峙した時にシュネーバルに守ってもらった経験がある。
「まあ、可能性から言えばあの時のような事件は起きないから安心して行ってきてくれ」
「分かりました」
ミカは観念したかのように答えたがリグルは胸を張って堂々と答えた。
「任せて下さい!」
ミカはリグルが追い詰めたイノシシに向かってローエ・ロートを上から下に振り下ろした。ローエ・ロートはそれだけでも攻撃力の強い魔剣だ。ローエ・ロートはイノシシの首を貫き骨を断った。イノシシはそのまま動きを止めてドサリと地面に倒れた。
「やりましたね。だいぶ剣の扱いも慣れてこられた」
「この剣を受け取ってからこの一年、魔法の勉強と剣術と本気でやってきたんだもん。上達しててくれないと困るわ」
ミカは血の付いたローエ・ロートを一回振り払うと鞘に収めた。
「魔法の方はどうなんですか?」
「基礎魔法は何とか使えるようになったけど、まだまだ精神修行が必要ね」
「カーテンカーテンの街の復興を手伝いながら、魔法と剣術でしたからね」
バオホの一件の後、シュタインはミカとリグルを連れてカーテンカーテンに向かったのだった。そこで約一年にわたり疫病の原因究明や孤児院の設営などに力を入れて働いていた。
ミカとリグルもシュタインの手伝いをして街の復興に力を貸していた。
リグルはその持ち前の明るさや人の良さで街の人々、特に子供達に人気があり、時間のある時には一緒に遊んだりもしていた。
街も疫病から解放されて孤児院も軌道に乗ったのでシュタイン達はカーテンカーテンから帰ってきたのだった。
「狩猟の腕も上がってるんじゃないですか?」
「このローエ・ロートのおかげよ。私にはよく分からないけど、魔法の剣なんだそうよ」
ミカは基礎魔法学を学びつつ最近は物質魔法の勉強もし始めた。ミカは炎の魔剣ローエ・ロートを譲られた事もあり、火の物質魔法に力を入れていた。
リグルは仕留めたイノシシの足を手際よくロープで縛った。見た限り人間の大人並みに重そうなイノシシを軽々と肩に背負った。
「さ、ウェザーとリーの所まで戻りましょう」
二人は森の外に繋いでいる馬のウェザーとリーのいる所まで森の中を歩いて行った。
*
屋敷の近くに来ると一人の少年が何もない空間に向かって駆け込んでは何かに弾き返されていた。見た目には何もないように見えるが、そこはシュタインの屋敷に張られた結界の淵だった。少年が見えない壁に当たるたびに結界が一瞬光るのだった。少年は得体の知れない壁に向かって何度も体当たりしていた。
リグルはその少年に見覚えがあった。
「ザイル! ザイルではないか!」
ザイルと呼ばれた少年は振り向いてリグルを確認すると安心して笑顔で駆け寄ってきた。
「リグルさん、やっと会えた」
「どうしてお主がここに?」
ミカもザイルには見覚えがあった。カーテンカーテンの街にいた少年だ。
「リグルさんを探してやって来たんだよ。そしたら不思議な目に見えない壁があって……」
「まあ良い。とにかく一度お屋敷に向かおう」
三人は一旦シュタインの屋敷に向かうことにした。
「あれ? さっきまでは見えない壁があったのに今は無くなってる」
「その壁は限られた者しか通行できないようになっているのだよ」
屋敷に着くとザイルは一旦客間に通された。ミカも一緒だった。リグルはイノシシを処理する為に工房の方へ消えていった。
「ザイル。一体どうやってここまで来たの?」
「シュタインさんの事を方々で聞き回ったんだ。ヒューロンの街でリグルさんの事を聞いてシュタインさんの屋敷の大体の位置を聞いたんだよ」
そこへ話を聞きつけたシュタインが入って来た。
「ザイル。どうしてここへ?」
「実はオイラ、リグルさんの弟子になりたくて……」
「リグルの⁉︎」
「オイラ、父親も母親も死んじまって一人だろ?」
ザイルの両親は例の疫病に罹り亡くなってしまったのだった。身寄りもないザイルは本来なら孤児院で預かってもらえるはずだった。
「孤児院には入れるけどオイラもう十六だ。だからそろそろ自立しなきゃと思ったんだ」
ミカは聞いた。
「それとリグルとどう繋がるの?」
「リグルさんはレンジャーなんだろ? 何でも自分で出来て凄いじゃないか。だからオイラもそうなりたくて」
するとシュタインは唐突に笑い出した。
「あはは。それは立派な心構えだ。リグルの弟子になると良い」
「本当⁉︎」
「し、師匠。リグルの意見も聞かないと……」
「まあ確かにそうだな。リグルは何かと忙しい。弟子に構っている暇もないかも知れないしな」
するとザイルは悲しそうに言った。
「リグルさんの弟子は無理ですか?」
「リグル自身に決めてもらおう。ちょっと待ってればここに来るから」
三人はお茶を飲んでリグルを待つことにした。
「それにしてもよくこの屋敷が分かったな」
「ここに辿り着くまで大変でしたよ。オイラ、カーテンカーテンを出た事が無いから右も左も何にも分からなくて」
ミカが補足した。
「ヒューロンの街で屋敷の位置を聞いたそうです。王都にも行ったんでしょ?」
「うん。月影ってお店でシュタインさんの事聞いたんですが何も教えてもらえませんでした」
(そりゃそうだろうな)
シュタインは月影の店主バルモなら口は硬いと思った。そう簡単にシュタインの事を話す男ではない。
「王都は賑やかだっただろう?」
「何でも、王立図書館に何者かが侵入して大切に保管してあった魔術書が盗まれたとかで大騒ぎでしたよ」
「王立図書館に保管されている魔術書と言えば、貴重なものばかりだ。一体何の魔術書が盗まれたんだ?」
「さあ、そこまでは聞かなかったので……」
その時ドアがノックされリグルが入って来た。
「ザイル。一体何があったんだ?」
ザイルは再び事の経緯を話して聞かせた。
「と言う事らしい。リグル、弟子にしてあげたらどうだ?」
「お願いします」
リグルは少し困ったように頭をポリポリ掻いた。戸惑っているようだった。
「弟子など取った事がないのでどのようにしたら良いのか分からないんですよ」
「そんな事言わずに弟子にして下さいよ」
ミカが付け足して言った。
「私も手が空いている時には一緒に面倒見るから」
「しかし……」
リグルは困った。今まで弟子を取ったことはないし自分にそれだけの力量があるとは思えないし、育て方も分からない。他に良い師匠はいるだろうにと。
「リグル。もしかして自分には人を育てられないと思ってるのかい?」
「ええ、まあ」
「大丈夫だよ。普段の生活をしてればいいのさ。弟子ってもんは案外自分で大きくなるものさ。な、ミカ」
「ええ、そうですね。師匠はほとんど私に構ってくれませんからね」
ミカは少し皮肉気味に言った。
「でも、リグル。ザイルを弟子にしてあげたら? 折角ここまで訪ねて来てくれたんだし」
「まあ構いませんが、本当にほっぽらかしですよ」
ザイルの表情がパッと明るくなった。
「本当にいいんですか? やったー!」
こうしてリグルの弟子としてザイルが屋敷に住むことになった。
(それにしても、盗まれた魔術書とは一体何なんだ?)
シュタインはそこが気になった。
王立図書館の秘蔵の書物といえば貴重なものだけでなく、危険な為世の中に出回らせられない古文書などもある。所謂禁忌の書物だ。もしそれが盗まれて悪用されるとなると少し厄介なことになる。
(バルモに手紙を書いて調べてもらうか)
シュタインは早速バルモに手紙を書く事にした。
*
翌日、シュタインが鷹を飛ばすと言うのでミカもまた屋敷の正面に見に来た。
「バルモさんに手紙ですか?」
「ああ、調べて欲しい事があってね」
「そう言えばこの鷹は何で結界の壁を抜けられるんですか?」
屋敷は結界に守られているので本来ならその境目の壁を抜ける事は出来ない。バオホに鷹を飛ばした時も普通に帰って来ていた。
「鷹の足に鍵の指輪をはめているんだよ。だから出入りは自由だ」
よく見ると鷹の足には小さな輪がはめられている。ミカは自分が最初に鍵の指輪をはめた時を思い出した。指輪は最初大きかったのに、指にはめるとミカの指のサイズに縮まったのだった。
「なるほど」
シュタインは鷹に背負わせたリュックに手紙と依頼料の宝石を入れて蓋を閉じた。
「いつもの通り鷹には向精順応の魔法をかけてあるから王都まで最短で行ってくれる」
向精順応とは、分かりやすく言うと催眠術のようなもので、術者の命令を素直に聞いてくれるようになる。
シュタインは鷹を自分の手に移すとそのまま腕を上に上げて鷹を放った。鷹はバサバサと羽ばたいて上空へ飛んでいった。
「さて、後は繋ぎを待つだけだ」
「繋ぎ?」
「依頼が済んだら魔法の玉を割ってもらう事にしているのさ」
シュタインは王都にあるよろず屋月影の店主バルモの所に魔法の玉を置いてもらっている。シュタインに用がある者は月影に依頼する。バルモはその依頼主を簡単に調査して問題なければ魔法の玉を叩き割る。すると魔法探知でそれを探知したシュタインの屋敷の人形が不思議な歌を歌い出す。シュタインはバルモの所へ使い魔のリートを送って詳細を聞くと言う流れになっている。
この一連の手続きをアポイントプロトコル、もしくは単にプロトコルと言っていて、魔法探求者毎にそれぞれ違うプロトコルを持っている。
「いつもは誰かが僕に会いたい時に魔法の玉を割ってもらうんだけど、今回は仕事が済んだら魔法の玉を割ってもらう事にしたのさ」
「何の仕事を頼んだんですか?」
「ちょっとした調べ物だよ」
「調べ物……」
「さ、朝ご飯を食べよう」
シュタインはそう言うとそそくさと屋敷の中に入っていった。
「あ、そうだ! 昨日初めて火の物質魔法で薪が燃えたんですよ! ねえ、師匠!」
*
鷹を飛ばしてから半月程経ってからだった。食堂に置いてある人形が突然不思議な歌を歌い出した。
「あやー。人形が歌い出したよぉ」
使用人のサヌラッグがいち早くそれに気付き、慌てて人形を持ってシュタインの研究室に向かった。
「シュタイン様ぁ。人形が歌っていますだよぉ」
研究室をノックしても何の反応もなかった。いつもの事だ。サヌラッグは構わずドアを開けて中に入った。
部屋の中は薄暗く本が乱雑に置かれている。傍らに一際明るく灯りがついているところがあって、シュタインはそこで作業をしていた。
しかしサヌラッグが入って来てすぐにそのけたたましい音でサヌラッグに気付いた。
「シュタイン様。歌っていますだ」
「あ、ああ。ありがとう。どうやら依頼が済んだようだよ」
シュタインは人形の鼻をチョンと押した。すると人形は歌うのを辞めた。
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「かしこまりましたぁ」
サヌラッグは訛りのある喋りでそう返事をすると部屋を後にした。
続けてシュタインも灯りを全て消して部屋を後にした。
シュタインが応接間で二人を待っているとすぐにミカが現れた。
「師匠、繋ぎがあったんだと聞きましたが……」
「ああそうだよ」
「て事は人形が歌ったんですか? 聴いてみたかったなぁ」
シュタインは軽く笑った。
「火の物質魔法は安定して使えているかい?」
「安定しては中々行きませんが大体要領は掴めた感じです」
「いい傾向だね。精神集中が鍵だ。どんな状況でもうまく集中できるようになると良い」
「はい」
そんな話をしているとリグルがザイルを連れて現れた。
「ザイルも一緒でも大丈夫ですか?」
「ああ、構わないよ……さて、話を始めようか」
シュタインは王都にある王立図書館の魔術書盗難事件について話した。ザイルから聞いた話だ。その件について詳しくバルモに調査を依頼していたのだった。
「バルモからさっき繋ぎがあった。どうやら調査が終わったようだからその結果を受け取って来て欲しいんだ」
「三人で、ですか?」
「ああ、そうだよ。但し今回はリートは無しだ」
ザイルが疑問に思って聞く。
「リートって何ですか?」
以前リグルとミカが王都の月影にお使いに行った事がある。その時は運悪く盗賊団に狙われてしまった。密かにシュタインが使い魔のリートを同行させていたおかげでどうにか盗賊団を打ち破る事が出来たのだった。
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ミカはバオホと対峙した時にシュネーバルに守ってもらった経験がある。
「まあ、可能性から言えばあの時のような事件は起きないから安心して行ってきてくれ」
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「任せて下さい!」
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ファンタジー
クラスで最底辺――。
「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。
教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。
友達もなく、未来への希望もない。
そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。
突如として芽生えた“成長システム”。
努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。
筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。
昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。
「なんであいつが……?」
「昨日まで笑いものだったはずだろ!」
周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。
陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。
だが、これはただのサクセスストーリーではない。
嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。
陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。
「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」
かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。
最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。
物語は、まだ始まったばかりだ。
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