月影の魔法使い 〜The magic seeker of the moonlight shadow〜

よしだひろ

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Eine Serenade des Vampirs編

お使いに出発

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 出発の日、リグルとミカは馬に跨った。ザイルはまだ乗馬が出来ないのでリグルの後ろに乗せてもらった。
「キルシュさん、師匠によろしく伝えてね」
「分かりました。気を付けて行ってきて下さいませ」
 ミカは馬のウェザーとリーにも話しかけた。
「ウェザー、リー。今回もよろしく頼むわね」
 するとウェザーは鼻をブルルと鳴らして応えた。
 ミカはウェザーの腹を軽く蹴った。
「では行ってきます」
 リグルもリーの腹を蹴ってそれに続いた。
 暫くはのんびりとした真っ直ぐな道が続いた。
「ザイル。馬の揺れが酷いようなら私のベルトにしっかり掴まっているんだよ」
「はい、師匠」
 するとミカがクスリと笑った。
「どうしたんです?」
「あ、ごめんなさい。リグルが師匠って呼ばれてるから」
「好きなように呼ぶように言ったんですよ」
「ザイルも早く一人で馬に乗れるようにならないとね」
「はい!」
 三人は雑談しながら歩いて行った。近くを川が流れている。
「ザイルはこの半月で何か教わったの?」
「イノシシの捌き方と干し肉の作り方です」
 ザイルがシュタインの屋敷を訪ねてきた日、ミカとリグルはイノシシを捕まえていた。そのイノシシを捌いて干し肉にしたのだろう。
「早く馬に乗れるようになって狩りにも出れるようにならないとね」
「はい!」
 前に王都に行った時と同じく、まずはヒューロンで一休み。その後、日があるうちにカンガムに入る予定だ。
 三人で雑談をしながらトコトコ歩いているとやがて辺りは麦畑に入って行った。ヒューロンは目の前だ。
 木で出来た枠だけの門を潜ると例によって犬がけたたましく吠え始めた。ザイルが言った。
「ここでシュタインさんの屋敷の事を聞いたんですよ」
「お屋敷に一番近い町だからね」
「それよりも王都からここまでやって来た事が奇跡的だよ」
 恐らく王都ではシュタインの屋敷の位置は聞き出せなかった筈なのに、こちらへやって来たのは幸運だっただろう。
 三人は馬から降りてウェザーとリーを休ませ、町で唯一の酒場に入った。
「ザイル。お前は酒は飲むのか?」
 ポーレシアやその周辺の国々では特にお酒について年齢制限などは決められていない。周りの判断や本人の意思などで飲みたければ飲む形だ。
「オイラお酒は飲んだ事ないんだ。だからリンゴ汁にするよ」
「そうか。お屋敷に帰ったら飲み方を教えてやろう」
 ミカとリグルはワインを、ザイルはリンゴ汁を注文した。
 リグルは水のようにワインを飲み干したのでミカは慌てて注意した。
「リグル、今回は後ろにザイルを乗せてるんだからお酒は程々にしてね」
 リグルは渋々頷いた。放っておいたらまた酔って日頃の愚痴を聞かされるハメになる。
 ミカがワインを一杯飲み干すまでにリグルは四杯飲み干した。このまま飲ませたらまた酔っ払うなとミカは思った。
「ちょっと早いけどそろそろ出ましょうか」
「そうしますか?」
 少し早いがリグルが酔っ払うよりマシだとミカは考えて出発することにした。
 木で出来た枠だけの門を出て街道に向かった。
「カンガムまでは暫くあるわね」
「はい。この辺りは草原ですから今の季節風が心地いいですね」
「オイラが思うに、ポーレシアは今の季節の春が一番良いよ」
 それにはミカもリグルも同じ気持ちだった。
 三人は他愛もない話をしながら道を進んだ。
 やがて道は大きな街道に出た。道標みちしるべが立っている。
「ここを西に進めばカンガムね」
「はい。のんびり行っても今日中に着きますよ」
 三人は道標みちしるべに従い西へ向かった。カンガムは旅の拠点となる街だ。各街道が直接カンガムに繋がっている。
「早く着いたらザイルに馬の乗り方を教えてあげたら?」
「それも良いですね」
 しかしザイルは難色を示した。
「何だか怖いですよ」
「何事も経験だぞ」
 ウェザーとリーはシュタインの屋敷の中でも良く出来た馬で、性格も非常におとなしく人懐っこく頭がいい。多分ザイルでも乗りこなせるだろうとミカは思った。
 乗馬について色々レクチャーしながら歩いていると、少し小高い丘の上に出た。遠くにカンガムの街が見える。
「かなりお昼過ぎちゃったわね。ご飯を食べましょう」
 リグルは干し肉を三人分取り出した。ムシャムシャと食べている横を他の旅人達が通り抜けていく。
「さて、そろそろ行きましょうか」
 干し肉を食べ終えると再びウェザーとリーに跨り進み始めた。
 日がまだあるうちにカンガムに着く事が出来た。リグルは前に来た時と同様に道に迷う事なくミネルバの酒場にやって来た。
 馬を馬繋ぎ棒に繋いで店に入る。景気が良さそうだ。店の奥からミネルバの声が聞こえた。
「あら、リグルさん。お久しぶりね。今日はお嬢さんと男の子と一緒なのね。あら? 確かそのお嬢さんは……」
「やあミネルバ。そう、このお嬢さんは主人のお弟子さんだよ」
「そうだったわね。こんにちは! で、そちらの男の子は?」
「こっちは私の弟子だよ」
 ミネルバは大袈裟に驚いてみせた。
「へえー。リグルさんにお弟子さんがねえ」
「それよりも部屋を二つ用意して欲しいんだが。一泊だ」
 ミネルバは台帳を調べてから二部屋空いている事を伝えて来た。三人はそれぞれの部屋に入り一旦休憩することにした。
 ミカが休んでいると部屋のドアがノックされた。リグルが呼びにきたようだ。
「ミカ様。ザイルの乗馬の練習がてら街を散歩しませんか?」
「良いわね。今行くからちょっと待ってて」
 三人は馬小屋からウェザーを連れ出した。そしてザイルに跨るように言った。
「今日は馬に慣れてもらうためにただ歩くだけだ。手綱を持って馬の揺れに合わせて重心を合わせるんだぞ」
「は、はい」
 ザイルはあぶみに足をかけ、ウェザーに跨ろうとするのだが、中々上手く跨がれなかった。
 今まではリグルが上から手を引っ張ってくれていたのですんなり馬に乗れてたのだが、自力で馬に乗るとなるとコツがいるようだった。ザイルは半ばよじ登るようにウェザーに跨った。
「やれやれ……」
「最初はこんなものよ。私だってそうだったわ」
「よし、今日はただ歩くだけだからな」
「はい!」
 リグルはウェザーのハミを軽く引っ張った。するとウェザーは歩き出した。
「よいか。両足で鞍を挟むようにして力を入れるんだ」
「はい」
 三人はトコトコと街の中を歩いて行った。ザイルは割と要領が良いようで、フラフラするものの落馬はしなかった。
「どうだ、一人で乗る感じは?」
「はい、フラフラ揺られて落馬しないか心配です」
「上に乗る者の気持ちはそのまま馬に伝わるぞ。リラックスして馬に身を委ねるのだ」
「は、はい」
 ザイルを乗せた乗馬体験は日が暮れなずむまで続いた。夕陽が沈む頃三人は宿に戻ってきた。
「ちょっと一休みしてから夕食にしましょうか」
「そうですね。ザイルも疲れたと思うし」
「足が痛いです」
 三人は一旦部屋に戻りそれぞれに休憩して過ごした。その後食堂に集まって夕ご飯を食べた。
「そう言えばザイルよ。お前酒を飲んだ事が無いと言ってたな」
「はい」
「どうだ、飲んでみるか?」
「でもどうなんでしょう。少し不安です」
「まあ一杯くらいなら問題あるまい」
 しかしミカが言った。
「いいえ、今はまだお使いの途中だから辞めておいた方が良いと思うわ。本人も不安だと言うし」
 リグルは残念そうに答えた。
「そうですね。このお使いが終わってからにしましょう」
「その分リグルが飲めば良いんじゃない?」
「それもそうですね」
 三人は雑談をしながら食事を取った。食事を終えてもリグルは飲み足りないようで、ミカとザイルが部屋に戻っていくのだが、一人食堂で飲み続けていた。
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