月影の魔法使い 〜The magic seeker of the moonlight shadow〜

よしだひろ

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Eine Serenade des Vampirs編

再会

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 カンガムを出てからは長閑な時間が過ぎて行った。街道は意外と賑わっていて輸送団やら兵士達やら様々な旅人達とすれ違った。
「この辺りは人通りも多いですね」
「そうね。これだけ人が行き交ってれば野生の動物には出会でくわしそうもないわね」
 ザイルが不安げに言った。
「オイラ、師匠を探してる旅の間に、何度か野生の動物に会ったんだ。でも、鹿や狐くらいですぐに向こうが逃げちゃってたんだ。凶暴な動物もいるんですか?」
「ザイルは運が良いんだな。凶暴な動物に出会でくわしてないのだからな。稀に狼や熊に出会うこともあるぞ」
 ザイルは途端に不安になった。
「なぁに、熊の一匹や二匹、刀の錆にしてくれるわい」
 それを聞いてもザイルは安心できなかった。見かねてミカが言った。
「リグルはこう見えても強いのよ。それにこの街道でそんな獰猛な生物とは出会わないから大丈夫よ」
 それを聞いてザイルは少し安心するのだが、でもやはり不安は拭いきれなかった。
 日が沈む頃、街道沿いの宿場に着いた。前回王都に行った時と同じ宿を取る。ここまで特に何も事件や事故は起きてない。ミカは安心していた。この辺りは王都にも近く治安は良い方だ。
「今日も早めに休む事にしましょう。明日は早めに宿を出て早めに月影に行きましょう」
 そんな訳でその日は早めに寝る事になった。
 翌日。三人は早めに朝食を取り、早めに宿を出た。
 川が流れている。春の陽射しが心地よい。
 ザイルはついウトウトし始めた。会話が途切れたのでリグルがザイルに話しかけた。
「ザイル? もしかして寝ているのか?」
「あ、ついウトウトしてました」
「慣れない馬の上でウトウト出来るのは、もうだいぶ馬に慣れてきた証だな。しかし落馬するなよ」
「は、はい」
 ミカが並走してきてザイルに色々話しかけた。そのお陰でザイルはウトウトしないで済んだ。
 辺りは小麦の畑になっていて街の人々が畑仕事に精を出している。まだ若い小麦の上を風が渡って行くのが見えた。
「お昼ご飯を食べてないから早く街に入りたいわ」
 スレイグル門は相変わらず検問待ちの旅人の列が出来ている。前回と変わらず兵士が一人一人の荷物をチェックしていた。
 ミカ達も検問を受けて城下町に入った。
 前回同様フクロウの巣と言う宿に部屋を取った。三人は宿に着くなり荷物を部屋に置いてすぐに食堂で食事をした。
「いやぁ、それにしてもザイルよ。お前、この街でよく月影が分かったな」
「手当たり次第に聞きまくったんですよ」
 よろず屋月影は、この街の中でも割と入り組んだ路地の奥にある。近所の人間なら知っているだろうが、あまり知られていない店だ。
「それにしたってよく見つけたものよ」
 三人は食事が終わると歩きで月影に向かった。
 第二城壁のすぐ近くにダンネア広場があった。月影はもうすぐだ。
 広場から小道に入り名も無い通りに月影があった。三人は月影に入った。
 人の気配を感じて店の奥からバルモが出てきた。
「いらっしゃい……おお、リグルさんか」
「こんにちは、バルモさん」
「そちらのお嬢さんは確かシュタインの旦那の……」
「お弟子さんのミカ様だよ」
 バルモは思い出したように頷いた。
「そっちの少年は……見覚えがあるなぁ」
「オイラ、おじさんに師匠の事やシュタインさんの事を聞いたんだ」
 バルモは考え込んだ。
「師匠? シュタインの旦那の事か?」
 するとミカが事情を説明した。カーテンカーテンで出会い、リグルの弟子になりたくて国中を探し回った結果、見事リグルに出会う事が出来たと言う事を。
「すると師匠ってのはリグルさんの事かい?」
「まあそうなる」
「そうかそうか。あの時はつっけんどんにして済まなかったな。どこの誰とも知らぬ奴に大切なシュタインの旦那の事を話す訳には行かなかったんだ」
 ザイルは複雑な気持ちだった。
「改めてよろしくな。オレはバルモだ」
 バルモはザイルの頭をポンポンと叩いた。
「シュタインの旦那から頼まれてる件だろ? 調べはついたよ」
 盗難にあった魔術書は魂の行方と言われるものだった。それ以外には一切目もくれていない。
 手口はよく分かっていない。ただ、図書館の壁が溶けてしまったかのようにドロドロになっていたと言う。
「壁がドロドロに?」
「ああ。壁が一度溶けて流れ出しそれが冷えて再び固まっていたそうだ。貯蔵庫までの壁という壁がその有様だったそうだ」
 壁が溶けるという事は驚きだった。
「一体誰が……」
「詳しい事はレポートにまとめておいたよ。シュタインの旦那に渡してくれ」
 バルモは羊皮紙を丸めた物を手渡した。
「ありがとう、バルモ。助かったよ」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
 ザイルはぎこちなく挨拶した。
「またよろしく頼むよ」
 三人は月影を後にした。
「ミカ様。頑張ればこれから引き返して宿場まで行けますが?」
「今からだと宿場に着く頃には真っ暗ね。この街で宿も取ってあるし今日は一泊しましょう」
 三人は散歩がてら街の中をフラフラしながら宿に帰ってきた。夕食までまだ間がある。ミカは持参した火の物質魔法の本を読んで時間を潰す事にした。
     *
 ミカが魔法書に夢中になっていると唐突に部屋のドアがノックされた。
「ミカ様。夕食に行きませんか?」
「あ、もうそんな時刻なのね。今行くわ」
 ミカは魔法書に栞を挟んで机の上に置いた。
 部屋を出てリグルとザイルと三人で階下に降りて行く。
 すると傍らで物凄い勢いで食事をしている二人組を見つけた。髪がもじゃもじゃで背が低い。ミカはその二人に見覚えがあった。
 しかしミカよりも先にリグルがその二人に声を掛けた。
「そこにいるのはドンゴンとリムじゃないか?」
 ドンゴンとリムは貪るように食べていた食事を一時止め、リグルの方を見た。
「おお、貴殿はリグル殿。こんな偶然あるものなのか」
 ドンゴンとリムは以前出会ったパーティーのメンバーで、二人はドワーフだ。リムはドンゴンの連れ合いで女なのだが、見た目には毛深くて彫りも深く女性かどうかは分かりにくい。
「久しぶりだなぁ。元気だったか?」
「おお、元気そのものだよ」
 ミカはザイルにそっと耳打ちした。
「この三人は妙に馬が合うのよ」
 リムがミカとザイルに気付き聞いた。
「そちらの女性は月影の魔法使いさんのお弟子さんのミカさんよね」
「お久しぶりです」
「もう一人の男の子は?」
 前にミカとリグルが王都にお使いに来た帰り道、ジャイアントベアに苦戦しているパーティーと遭遇したのだった。そこへリグルが加勢に加わってジャイアントベアを追っ払った。その時のパーティーのメンバーのうちの二人がこのドワーフだ。
 リグルが説明する。
「こっちはザイルと言ってな。今は俺の弟子なんだよ」
「弟子! まさか飲み食いの弟子ではあるまいな、がはは」
「それがまだ酒を飲んだことがなくてな。そっちの方はまだ教えてあげられんのだよ」
 三人は席についた。ミカとザイルも隣りに座った。
「ジャンノムやネッケン達はどうしておる?」
「今はもう仕事も済んで、別れ別れよ」
「確か盗賊退治に行くとか言っておったよな」
 その当時、ドンゴン達のパーティーはハリルベルクの街に出没する盗賊を倒しに向かっていたのだった。ドンゴンの話ではハリルベルクに着くと街は盗賊退治に来た人々でごった返していたそうだ。
「余りにも数が多くてな。結局その大人数が我先にと盗賊退治に出たものだから盗賊の方が怖がって逃げて行ってしまったんだよ」
 その結果賞金は無し。パーティーは王都まで戻ってきて解散したそうだ。
「なるほどなあ……で、お主達は里に帰らず王都で何をしておるのだ?」
「細工物を作っては売っているよ」
「旦那の作る細工物は繊細だって有名でね」
 ドワーフは彫刻や細工物を作る事に長けている。ドンゴンは貴金属を加工して飾りを掘り込んではそれを売り物にしているのだった。
「そう言うリグル殿達は王都で何を?」
「俺達はシュタイン様の言いつけで街にお使いに来ているのだよ」
「なるほどなあ」
 ミカとザイルは運ばれてきた料理を食べ始めた。もちろんドンゴン達は食べながら話をしていた。
「時に少年よ。ザイルとか言ったな。歳はいくつなのだ?」
「十六です」
「十六か。そろそろ酒も行ける歳ではないか」
「はぁ……しかし不安で」
「酒なんてもんはな、その不安を消すために飲むんだぞ、がはは」
 リグルが調子を合わせて言った。
「どうだ、一口飲んでみては?」
 ミカはお酒を飲むのなら飲みやすいお酒が良いと思い提案した。
「最初は赤ワインよりも白ワインの方がいいんじゃないのかしら」
「赤も白も飲んでしまえば変わらんよ、がはは」
「何か不安だなぁ」
 ミカはハッとした。
「ちょっと待って。本人が嫌がってるのを飲ませたらダメじゃない?」
「嫌なのか?」
「嫌と言うか何と言うか、嫌じゃないんですが不安というか何と言うか……」
「若者の割には煮え切らん男だのう。ええい。良いから良いから一口啜ってみよ」
 ドンゴンは自分のカップをザイルに突き付けた。中に入っていたワインが溢れそうになった。
 ザイルはそのカップを受け取って鼻に近付けて匂いを嗅いでみた。
「フルーツのような香りがしますね」
「そうだろう、そうだろう」
(ブドウだからフルーツはフルーツなのよね)
 ザイルは恐る恐る一口飲んでみた。
「うわっ! 渋い!」
「がはは。それがワインの旨さだよ。若者にはまだ分からんかなあ」
「取り敢えず味は分かりましたが、何で皆さんこんな渋い物を好んで飲むのかは分かりませんね」
 ザイルはカップをドンゴンに返した。
「その渋さが旨くなるんだよ。そして酔いが回って来ると気分も良くなる」
「そうなんですか?」
 ザイルはミカに聞いた。
「私もお酒は強い方じゃないけど最初は渋いと思ったわ。でも飲んでいるうちに段々慣れちゃうのね」
「じゃあ最初は無理して飲まないといけないんですか?」
「だから私は最初は白ワインが良いと言ったのよ」
 赤ワインよりも白ワインの方が渋みがない。初めてお酒を飲む者にとってはその方が飲みやすいだろう。
「ではザイルよ、白ワインを飲んでみるか?」
「え? まだ飲むんですか?」
「まだまだこれからだよ、がはは」
 ミカは途端に心配になった。この三人のペースで飲み食いしていたらザイルは潰れてしまう。
 ザイルはあまり興味が無かったが、師匠であるリグルが酒飲みなのでそれを見習おうと思い白ワインを飲んでみる事にした。
「大丈夫かなあ」
 白ワインが運ばれてきてザイルは一口飲んでみた。
「あ、さっきのとは違って飲みやすいですね」
「そうかそうか。お前には白ワインが合うんだな」
「リグル殿。我々も負けていられませんな」
 ドンゴンとリムが追加の肉とワインを頼んだ。リグルも慌てて酒を頼んだ。
 ミカは心配だったのでそっとザイルに言った。
「この三人は食べる量も飲む量も人並みはずれているから気を付けるのよ。お酒は自分のペースで飲んでね」
 三人は肉を頬張ってはワインでそれを流し込み、流し込んだらまた頬張ってを繰り返し始めた。
「私はドワーフの事良く知らないけど、ドワーフ族と言うのはみんなこうなのかしらね」
「ミカ様。月影の主人に聞いてみてはどうなんですか?」
「何でバルモさんに?」
「だってあの人もドワーフですよね?」
「えー⁉︎ そうなの?」
 月影の店主バルモはドワーフだ。バルモはドワーフの中では少しだけ背が高いせいか、ドワーフだと気付かない人もいる。
「だから何でも器用にこなすのね」
 しかしミカにはバルモがこの二人のドワーフ(とリグル)の様に、食事を貪る様に食べているとは思えなかった。
 ドワーフは山の中や洞窟の中などで暮らしている事が多く、街中で見かける事は少ない。ミカにとってドワーフの生態は本で読む程度しか知らなかった。
 ドンゴン、リム、リグルは話をしながら器用に飲み食いしていた。ミカは自分の分の食事を終えると部屋に戻る事にした。
(この三人には付き合っていられないわ)
「ザイル。あなたも適当に切り上げちゃって良いからね。この三人に気を使わなくても良いからね」
「はい。でも僕も白ワインを少し頑張って飲んでみます」
(大丈夫かしら)
「程々にね」
 ミカは二階に昇って行った。ドンゴンとリムとリグルは食べ物をたらふく食べたのでお酒を酌み交わしながらドンゴンが作った細工物の自慢話に移っていた。
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