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第3話 消火からの羞恥と技術と混乱と
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朝から研究に没頭していた俺は、気づけば机の上で突っ伏して寝落ちしていたらしい。
ガタガタと妙に規則正しい音がして、目を覚ます。
……嫌な予感がする。
案の定、視界に入ったのは掃除用ロボットアームを持った銀髪のアンドロイド──アルテミスだ。
「おはようございます、ケイ。本日は研究室の清掃を行います」
生活管理アンドロイド。
名はアルテミス。
合理性の塊。
そして最近、シズによって俺の生活空間に強制的に配置された“監視者”だ。
「はぁ!? なんで勝手に片づけ始めてんだよ」
「この部屋の衛生状態は健康基準を著しく下回っています。埃、コード、未処理の試薬容器……いずれも危険です」
「いや、確かにそれっぽいけど! どこに何があるかは俺が一番把握してんだよ!」
「最近の行動ログから推察するに、“把握している場所”の大半は毎回“探す”ことで再確認されています」
「うるせぇ! それを“勘”って言うんだろうが!」
俺はアルテミスを睨んだが、彼女は一歩も引かない。ロボットアームを静かに構えたまま、俺の反論を待っているらしい。
その沈黙が、地味に腹が立つ。
押し問答の最中、俺が後ろに下がった拍子に、床を這っていたケーブルに足を引っかけた。
「あっ──」
ガツン。
俺の足がケーブルを強引に引っ張り、端末の接続部が引きちぎられる。
バチッ!
火花が散った。
一瞬の静寂。
『緊急事態! 発火検知!』
天井スピーカーがけたたましい警報を鳴らす。
「……は?」
すぐさま天井のハッチが開き、消火ロボットが落下してきた。
ドスンと床に着地すると、勢いよくホース状のアームを展開し、迷いなく火元へと突進する。
『鎮火作業開始。安全確認中……』
「待て待て待て! 早まるなって!!」
俺の声など無視して、
──シュオオオオオオオオ!!!
消火剤の嵐が、研究室を白一色に染めた。
机も、棚も、床も。俺も、アルテミスも。
あっという間に室内は、冬景色さながらの粉雪まみれとなった。
しばらくして、辺りはようやく静けさを取り戻す。
「……アルテミス、大丈夫か?」
「はい。物理的損傷は検出されていません」
煙の向こうから返ってくる冷静な声。
いつも通り──いや、違う。
姿が現れた瞬間、俺は言葉を失った。
アルテミスが、全身真っ白だ。
銀髪どころか顔も服も、すべて消火剤の粉で真っ白に覆われている。
「……とりあえず、拭くもん持ってくるか……」
俺が頭をかきながらぼやいた、そのとき。
アルテミスが、当然のように服に手をかけた。
「……は?」
そのまま、何のためらいもなく脱ごうとしている。
「ちょ、待て待て待て!!! なんで今脱ぐ!? 部屋のど真ん中で!? 恥じらいってもんを──」
「消火剤の粉塵が可動部に入り込むと、機能に支障をきたす可能性があります。早急に除去する必要があります」
「そんな冷静に説明されても困るんだよ!!」
服の下から覗いた人工皮膚の質感は、人間の肌にしか見えない。
それがわかってて、アルテミスは脱いでいる。
やばい。
顔が熱い。耳の奥まで熱い。俺は何やってんだ。
真っ赤に──いや、たぶん真っ赤になってる自覚はある。最悪だ。
「やめろ!! 目の前で脱ぐな!! 俺の倫理が崩壊する!!」
アルテミスはきょとんとした顔で振り返る。
「倫理崩壊の定義を確認します」
「定義じゃねぇよ!!! 空気読め!!!」
「……空気読解プログラムの更新が必要かもしれません」
「いや、今すぐ更新してくれマジで!!!」
とりあえず行動を止めようとした俺に、さらなる追い打ちが来た。
「背面の可動部は、自身で清掃が難しいです。ケイ、お願いします」
「断る!!!!!」
「なぜですか?」
「お前、今の流れで俺が“手伝う”なんて言うと思うか!?」
……ダメだ、これは理屈じゃ通じねぇ。
「そんなにクリーニングしたけりゃ、そこのロボットにでも頼めよ」
「消火ロボットは消火のための機能しかありませんので、クリーニング作業は適任ではありません」
俺は最後の手段に出た。
「よし、だったらそのロボを消火じゃなくて、クリーニング用に改造する」
転がっていた消火ロボに飛びつき、工具と端末を引っ張り出してプログラムを書き換え。 ノズルを微細ブラシに換装、ソフトを再構築、羞恥回避行動アルゴリズムを追加。
──20分後。
『クリーニング機能、起動。対象:アルテミス』
「よし、後はこいつに任せる。俺は片付けてるからな」
「了解しました。別室に移動します」
アルテミスは改造ロボを引き連れて、白い足跡を残しながら静かに去っていった。
粉まみれの研究室にひとり取り残された俺は、崩れたラックを見ながらため息をついた。
「……俺、何やってんだろうな……」
ガタガタと妙に規則正しい音がして、目を覚ます。
……嫌な予感がする。
案の定、視界に入ったのは掃除用ロボットアームを持った銀髪のアンドロイド──アルテミスだ。
「おはようございます、ケイ。本日は研究室の清掃を行います」
生活管理アンドロイド。
名はアルテミス。
合理性の塊。
そして最近、シズによって俺の生活空間に強制的に配置された“監視者”だ。
「はぁ!? なんで勝手に片づけ始めてんだよ」
「この部屋の衛生状態は健康基準を著しく下回っています。埃、コード、未処理の試薬容器……いずれも危険です」
「いや、確かにそれっぽいけど! どこに何があるかは俺が一番把握してんだよ!」
「最近の行動ログから推察するに、“把握している場所”の大半は毎回“探す”ことで再確認されています」
「うるせぇ! それを“勘”って言うんだろうが!」
俺はアルテミスを睨んだが、彼女は一歩も引かない。ロボットアームを静かに構えたまま、俺の反論を待っているらしい。
その沈黙が、地味に腹が立つ。
押し問答の最中、俺が後ろに下がった拍子に、床を這っていたケーブルに足を引っかけた。
「あっ──」
ガツン。
俺の足がケーブルを強引に引っ張り、端末の接続部が引きちぎられる。
バチッ!
火花が散った。
一瞬の静寂。
『緊急事態! 発火検知!』
天井スピーカーがけたたましい警報を鳴らす。
「……は?」
すぐさま天井のハッチが開き、消火ロボットが落下してきた。
ドスンと床に着地すると、勢いよくホース状のアームを展開し、迷いなく火元へと突進する。
『鎮火作業開始。安全確認中……』
「待て待て待て! 早まるなって!!」
俺の声など無視して、
──シュオオオオオオオオ!!!
消火剤の嵐が、研究室を白一色に染めた。
机も、棚も、床も。俺も、アルテミスも。
あっという間に室内は、冬景色さながらの粉雪まみれとなった。
しばらくして、辺りはようやく静けさを取り戻す。
「……アルテミス、大丈夫か?」
「はい。物理的損傷は検出されていません」
煙の向こうから返ってくる冷静な声。
いつも通り──いや、違う。
姿が現れた瞬間、俺は言葉を失った。
アルテミスが、全身真っ白だ。
銀髪どころか顔も服も、すべて消火剤の粉で真っ白に覆われている。
「……とりあえず、拭くもん持ってくるか……」
俺が頭をかきながらぼやいた、そのとき。
アルテミスが、当然のように服に手をかけた。
「……は?」
そのまま、何のためらいもなく脱ごうとしている。
「ちょ、待て待て待て!!! なんで今脱ぐ!? 部屋のど真ん中で!? 恥じらいってもんを──」
「消火剤の粉塵が可動部に入り込むと、機能に支障をきたす可能性があります。早急に除去する必要があります」
「そんな冷静に説明されても困るんだよ!!」
服の下から覗いた人工皮膚の質感は、人間の肌にしか見えない。
それがわかってて、アルテミスは脱いでいる。
やばい。
顔が熱い。耳の奥まで熱い。俺は何やってんだ。
真っ赤に──いや、たぶん真っ赤になってる自覚はある。最悪だ。
「やめろ!! 目の前で脱ぐな!! 俺の倫理が崩壊する!!」
アルテミスはきょとんとした顔で振り返る。
「倫理崩壊の定義を確認します」
「定義じゃねぇよ!!! 空気読め!!!」
「……空気読解プログラムの更新が必要かもしれません」
「いや、今すぐ更新してくれマジで!!!」
とりあえず行動を止めようとした俺に、さらなる追い打ちが来た。
「背面の可動部は、自身で清掃が難しいです。ケイ、お願いします」
「断る!!!!!」
「なぜですか?」
「お前、今の流れで俺が“手伝う”なんて言うと思うか!?」
……ダメだ、これは理屈じゃ通じねぇ。
「そんなにクリーニングしたけりゃ、そこのロボットにでも頼めよ」
「消火ロボットは消火のための機能しかありませんので、クリーニング作業は適任ではありません」
俺は最後の手段に出た。
「よし、だったらそのロボを消火じゃなくて、クリーニング用に改造する」
転がっていた消火ロボに飛びつき、工具と端末を引っ張り出してプログラムを書き換え。 ノズルを微細ブラシに換装、ソフトを再構築、羞恥回避行動アルゴリズムを追加。
──20分後。
『クリーニング機能、起動。対象:アルテミス』
「よし、後はこいつに任せる。俺は片付けてるからな」
「了解しました。別室に移動します」
アルテミスは改造ロボを引き連れて、白い足跡を残しながら静かに去っていった。
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