俺のアンドロイドが可愛いわけがない!

未人

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第4話 信頼度パラメーターと謎おにぎり

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 次の日の朝。
 まだ部屋が薄暗い時間帯。
 俺は研究室奥のソファに潜り込み、頭まで毛布をかぶっていた。

「起床予定時刻を三十分経過しています」

 無機質な声が、すぐ傍から聞こえてくる。

「起きてください、ケイ。測定、食事、服薬、すべての朝ルーティンが滞っています」
「……俺は今、冬眠モードなんだよ……」

 ごそごそと毛布をさらに引き寄せる。身体のあちこちがだるい。というか、ただの寝起き不機嫌だ。

「健康管理プログラムに基づき、強制介入の選択肢もあります」
「うるせぇ! お前のプログラム、今日だけフリーズしとけ!!」

 そんな俺のぼやきにも微動だにせず、アルテミスは冷静に言った。

「対象の反抗的傾向が継続中。シズ様に報告します」
「待て、やめ──」

 ぴぴっ、と通信がつながる高音が響いた。  次の瞬間、部屋の空中にふわりとホログラム映像が立ち上がる。

 その中心に映るのは、俺の祖母──雪宮シズ。
 白衣姿で湯呑を片手に優雅に椅子に座っていた。

『アルテミス、ケイの健康管理は順調?』
「現時点でのプログラム実行率は42%。残り58%が未実施です」
『あらあら、しょうがない子ねぇ。アルテミス、あの子口で言ってもなかなか言うこと聞かないでしょ?』
「はい。命令に対して反応が鈍く、無視、居留守、布団篭城など複数の対抗手段を講じています」

 シズはにこやかに笑って言った。

『だったら、“親密度”を上げて、自主的に協力するよう仕向けるのがいいわ』
「親密度……」
「ちょ、待て!! 全部聞こえてんぞ!!ってかゲームみたいな話始まってないか!?」
『人間関係の基本よ。まずは信頼を得て、次に情を掴むの。恋愛シミュレーションでも常識でしょ』
「バアさんそれ、どこで仕入れた知識だよ!?!」
『アルテミス、まずは胃袋を掴みなさい』
「了解。食事による信頼形成を開始します」
「おい!!! 胃袋つかむなぁぁ!!!」

 だが、俺の声はもはや虚空に吸い込まれていった。
 ホログラムはぷつりと消え、静寂が戻る。
 静かに、アルテミスが一言だけ呟いた。

「炊飯器を六台、手配しました」
「待て、今すぐキャンセルしろ!!」
「不可。優先度:高に設定されています」
「だれがそんな設定した!!!」

 その数時間後、俺がようやく目を覚ました時には、すでに研究室の隅に最新型の炊飯ユニットが六台並んでいた。
 無言でしゃもじを手に構えるアルテミスの背中が、やたらと頼もしく──いや、怖く見えた。
 そしてその日、俺は“試作第一号”を手渡されることになる。

「簡単で効果的な家庭料理、第一段階として“おにぎり”を選択しました」

 差し出されたそれは、見た目だけなら完璧な三角形だった。
 白く光る米粒、均等に巻かれた海苔、角まできっちり揃っていて、美術品のように整っている。

「……お前、米に……圧縮技術使ったか?」
「はい。最大密度で成形しました。各米粒の隙間をゼロに近づけ、重力均等圧を使用して圧着しています」
「なんでそんな科学力を飯にぶち込むんだよ!!」

 一口かじった瞬間、バリッという破裂音と共に、歯に衝撃が走った。 
 しかも、噛んだはずの一部がまったく歯に沈まず、跳ね返されたような感覚がある。

「……硬すぎるだろこれ!! 中身、石でも入ってんのか!?」
「具材は梅干しです。防腐効果とミネラル補給の観点から選びました」
「この硬さのせいで梅干しの存在感すら感じられねぇよ!」

 口の中でもごもご言いながら、なんとか飲み込んだ俺は、水を求めて机の端に走った。
 まるで実験失敗で発火したときのような動揺だ。
 その間も、アルテミスは冷静にデータを記録していた。

「嚙み砕き回数、通常の4.2倍。咀嚼筋使用率高め。次回は硬度を下げて調整します」
「なんで人体実験のモルモットみたいなことになってんだよ!!」
「“最適な食感”のパラメータを求めるためです。次回は“フワッと”の実装を行います」

 ……そして。

 翌朝。再びテーブルの上に置かれたおにぎり第二号。
 見た目は相変わらず完璧な三角形。だが、持ち上げた瞬間からして嫌な予感がした。

 ふわっ。
 というより、ふにゃっ。

 指先が沈み込みすぎて、もはや握っている感覚がない。

「おい、これ……構造的に成立してるか?」
「『ふわふわ』を実現するため、内部構造に“空気層干渉型炊飯法”を用いました」
「初耳の調理法きたな!!」
「米粒同士の結合を最小限に抑え、食感の“浮遊感”を演出しています」
「演出いらねぇんだよ!!」

 一応、口に運んでみた。 
 ……結果、噛む前に崩れた。
 というより、米粒がバラけて、ほぼスプーン飯状態に。

「……いや、フワフワすぎるだろ!! おにぎりの存在意義が消滅してる!!」
「握らないおにぎり、という新たなジャンルです」
「それ“ただのごはん”だろが!!!」

 こうして俺は、二日連続で新しい拷問に遭う羽目になった。

「次回は中庸を探ります」

 無表情でそう宣言するアルテミスに、俺はうなだれながら言った。

「……まず、普通のおにぎりってやつを調べてきてくれ……」
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