逆張りの占い師、マデリーネ・アモンドにお任せください!

樹里

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4.幼なじみからのご依頼

第2話 本当に恐ろしいのは生きた人間だ

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 え? な、何? 何この状況!?
 背後から感じるユリウスの熱にこちらまで熱が上昇し、それに伴って心臓の鼓動も早まる。

「ユ、ユーリ?」
「…………」

 私を抱きしめたまま無言を貫くユリウスと、静かな空間の中でその鼓動の音が響くんじゃないかという恐れで、この空気を破ろうととりわけ大きな声で尋ねる。

「な、何!? どうしたの? ユーレー出た!?」
「……いや」

 ユリウスはようやく返事すると、腕を下ろして私を解放した。

「何か落としたんじゃないか? マディの足元に何かある」
「へ!?」

 慌てて視線を下に落とすと、先ほど部屋を出てくる時に倒した小物入れのラックだった。中身が無残にも散乱している。

 ああ、なるほど。私が気付かずにつまずくだろうと予想して止めたってわけね。……ええ。そんな程度だと思っていましたよ。
 未然に防いでもらったんだから感謝こそすれ、責める筋合いなど一切無い。けれど一つだけ言わせてほしい。

 先に口で言えやーっ!

「ありがとおぉっ!」
「ああ」

 私は感謝の気持ちが一切込められていない、ありがとうを言い捨てる。
 暗いから彼には見えないだろうけれど膨れっ面の私は、屈み込んでラックを起こし、散らばった物を適当に放り込んで横に寄せた。

「動線にこんな物を置いておいたら危ないだろ」
「そーですね。以後気をつけます!」

 自分が悪いとは言え、真夜中に説教までされるとは。
 後ろからため息が聞こえるが、無視だ。こうなると怒りの気持ちだけで恐怖を振り払い、ずんずんと中に入っていけるから不思議である。
 私はベッド脇に置いたカードが入った袋を手に取った。

「あったわ。戻ろう」
「分かった」

 来た時と同じようにランタンを持つ私が先頭に歩く。
 もう恐怖も無くなったし、さっさと占いしてお茶飲んだら寝よっ――。

「きゃっ!?」

 さっき拾い損ねた何かがあったのだろう。見事に引っかかって体勢を崩す。
 転ける!
 と思ったが、後ろに引っ張られてユリウスの胸に抱き止められた。
 すぐさま上から降ってくるものは当然呆れ声だ。

「だから言っただろ。危ないって」

 どうでもいいけど、耳元に話しかけるのは止めていただきたい。熱い息がかかってくすぐったい。耳は弱いんだってば。
 思わず身が竦む。

「……マディ。聞いている?」

 この一瞬で眠れるわけないでしょうが!
 と言い返そうとも思ったが、やっぱり逆らわずにおく。

「聞いています。分かったから行こう。ほら、お茶が冷めちゃう」

 私はいまだ取られたままの腕を逆に引っ張って彼を促した。


「美味しい」

 ユリウスが淹れてくれたハーブティーを飲んでいると、気持ちも落ち着いてくる。自然と笑顔が零れると、彼も小さく笑った。

「もうこのまま寝ちゃおうかな」
「だったら何のためにカードを取りに行った」
「それもそうでした」

 無駄に付き合わされたユリウスはたまったものじゃないだろう。
 私は思い直してカードを手に取った。

「ところで、そんな正体の分からないものでも追えるのか?」
「うん。多分大丈夫。ロイドさんのお友達は実際遭遇したんだって。その話の時につい意識しちゃったから」
「意識?」

 ユリウスが目を細め、ぴくりと眉を上げた。

「うん。ロイドさんの記憶にね。お友達の経験だとちょっと遠いけど、何とかなると思う」
「ああ、記憶」
「うん。それでは、首無……」

 そこまで言ったら、ぞわっと肌が粟立った。
 やはり怖いものは怖い。

「え、えっと。そ、その噂の騎士さんの正体を占いたいと思います」

 カードから答えになりえそうな物を取り出すと、一まとめにしてシャッフルする。
 しかしどう考えたって気持ちのいいものじゃないな。もし本物だったらどうしよう。本物って何を持って本物なのか良く分からないけど。

「もし本物だったら、下手に占って呪いとか、かかっちゃったらどうしよう……」

 気弱になって自然と手が止まると、ユリウスの手が覆い被さってきた。
 びっくりして彼に視線を向ける。

「だとしても俺も一緒だ。占いをするのはマディだけど、占いを頼むのは俺だから」
「――っ」

 顔に血が上るのを感じて顔を伏せる。
 嬉しいんだか、恥ずかしいんだかよく分からない。って言うか、いつも励ましや応援の言葉なんて無いのに、何でここでそういうことを言うかなー。
 ほんっとに空気を読まない男だ。

「それに呪いって、そもそもどんなものだ?」
「……え?」

 ユリウスに問われて顔を上げる。
 言われみれば、呪いって一体何だろう。不幸なことが起こるわけだから。

「そう、ね。例えば何も無い所で転んじゃうとか、お金が無いとか。占いのお客様が来ないとか。占い師として名を馳せられないとか。あと……恋人ができないとか?」

 私にとっての不幸を述べてみると、ユリウスはぷっと吹き出して笑う。

「だとしたら今と変わりないな。呪いの方も、現状を哀れに思って情けをかけてくれるだろう」
「酷い!」

 文句は言うものの、そのおかげで肩の力が抜けた。

「じゃあ。泣いても笑っても、ユーリと私は運命共同体だからね。覚悟しておいてよね」
「了解」

 聞きようによってはなかなか拘束力のある言葉だが、ユリウスは特に気にかからなかったようだ。軽く笑って一度だけ強く握ると私から手を離した。

「それでは」

 一度深呼吸して集中すると再びカードを切って並べて捌いていく。
 出た答えは。

「――人間。人間ですって。やっぱり人が流している噂なのね。あ。でもそうなると、噂のカードも残るはずよね。これは消去していたわ」

 私は横に流した『噂』のカードに視線をやった。

「その『人間』はどこにいる?」
「どこ? えっと、ちょっと待ってね」

 場所のカードを集めて占うと、店、路地裏、廃墟と出る。
 店はともかく何だか怪しい所にいる人だな……。

「そこで何をしている?」
「え? えーっとね。――売る。何かを売っている」
「何を?」

 次から次と質問されて焦るが、これも修練に繋がっていいかもしれない。実際私のやり方では時間がかかりすぎる。集中力を保ったまま続けて占いをするには、時間短縮も重要な課題となるだろう。

「……残ったのは金属と製造品のカード。つまり金属製品かな」

 ユリウスは思案顔になり、さらに質問してくる。

「それは違法の物か?」
「――はい」

 彼が言いたいことが分かって来た。亡霊のフリをした人間が、夜な夜な何か違法な物を売っていると言うことだ。

「武器か偽造通貨か、どっち? それとも両方?」

 少々まどろっこしくなったのだろう。彼は最後、雑な聞き方をしてきた。

「もうっ。そんなカードは無いんだけど! 消去法で行くと――お金。お金の方ね」

 つまり話をまとめると、偽造通貨の取引を亡霊騒ぎの裏でやっているというわけだ。亡霊が出ると触れ回ることでその場所に人を近づけさせないためか。夏になると決まってこういう話が出ると言っていたから、それを隠れ蓑にしていたのだろう。

「って、ちょっと待ってよ。私を恐怖に陥れ、貴重な睡眠時間を奪った正体は亡霊ではなく、犯罪組織!?」

 テーブルをドンと叩くと、山にして置いていたカードが揺らぐのが見えた。

「ああ。その可能性が高いな」
「おのれ! 私を不眠にさせたのは、前に窃盗団のアジトを突き止めて、木っ端みじんにしたことへの報復ね!? 許せない!」
「うん。それは普通に違うだろうな」
「はんっ! このマデリーネ様に楯突こうだなんて良い度胸じゃない! 今度こそ一網打尽にしてやる!」
「って、聞いてないな」

 強く拳を作り、ごおぉぉと効果音を立てながら燃えていると。

「とりあえずもう一杯お茶を淹れてくるから、飲んで落ち着け……」

 ユリウスが席を立った。


 あの夜から二日後、騎士団長であるアレン様が店に訪れた。ユリウスが約束を取り付けてくれたからだ。

「ユリウス君に一応事情は聞いたんだけど、確かに最近、偽造通貨の噂が出回っているから一意見として聞いておくね。どうも話の出所は曖昧みたいだし、今のところ町民に実害は出ていないし、夜警の強化を見直すようにするよ」

 見直すだけ? 確証が無いと、動いてくれないのだろうか。

「私がその取引場所を突き止めると言ってもですか?」
「うーん。ごめんね。君のお祖母様は優れた占術師だと伺っているし、君の能力自身を否定するわけではないんだけど、にわかには信じ難いな」

 アレン様は困ったように頬をぽりぽりと掻いた。
 確かに将来を嘱望される(自称)占い師とは言え、まだまだ無名の私の意見で、騎士を指一つで動かすのは騎士団長をもってしても叶わないのだろう。

 どうやら私が以前窃盗団のアジトを突き止めたことは、アレン様にまでは上がっていないみたいだし。職務怠慢だぞ。あるいはたかだか一介の町娘にアジトを突き止められたとあっては、国の保安を守る騎士として立つ瀬が無かったからわざと報告しなかったのか。

 殿下の一件では、アレン様は警備の方に回っていて私の大活躍(?)をご覧になっていないし、それどころか私がイカサマしたって事になっているし。……まあ、それは想定内だ。

「騎士団長のアレン・クレバス。三十六歳。優れた身体能力と頭脳で若い頃からその頭角を現し、若干二十七歳で団長まで上り詰めた男」
「え? リ、リーネちゃん、いきなり何?」
「今、アレン様を占っているんです」

 唐突に語り出す私に戸惑うアレン様に構わず、にっこりと笑みを浮かべた。

「は? ……な、何かマデリーネちゃん、目が据わってない!?」

 顔を引きつらせ、ユリウスに同意を得るように見るアレン様を軽く無視して、私は話を続ける。

「家族構成は八歳年下の妻、七歳と四歳の男の子、産まれたばかりの女の子の五人家族。待望の女の子を溺愛し、眠る赤子に構っては妻に怒られる。けれど愛妻家で毎朝、毎夜、愛の言葉を囁――」
「わあぁぁぁっ!」

 さすが現役騎士だけあって、腹から出される大声に私の声をかき消されるので、彼が落ち着くまで仕方なく口を閉じる。

 もちろんこれはこの場ですぐに出した占いではない。流れるように責め立てないとアレン様を追い込めないと思って、事前に占っていたものだ。
 さらに私はカードをぱたりとめくってみせる。

「それにしても騎士団長として誰からも畏怖と尊敬の目で見られているアレン様が、子供には赤ちゃん言葉で話しかけているだなんて――くすっ。可愛いところがおありなんですね」
「わあぁぁぁっ!? やめろやめてくれー! ユ、ユリウス君! 黙って見てないで何とかしてくれ!」

 顔色を赤やら青やら変えて忙しいアレン様はユリウスに助けを求めた。しかし。

「赤ちゃん言葉……」
「――っ!」

 追い打ちをかけるように、ぼそっと呟くユリウスに頼っても無駄だと考えたようで、ごほんと一つ咳払いをすると私を見た。

「わ、分かった。君の腕は信用しよう。だからそれ以上の暴露はもう止めようか。いいね?」
「ええ。承知いたしました。騎士の名を騙る不届き者を共に倒しましょう! アレン様が毎夜、長女のユリア様に寝間で語る武勇伝の一つとなるよう、必ずやご期待にお応えいたしますね」
「は、はは、は……だね」

 顔を引きつらせて笑うアレン様を見ながら、ユリウスは淡々と言った。

「本当に恐ろしいのは生きた人間――マディだな」

 と。
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