つかれやすい殿下のために掃除婦として就くことになりました

樹里

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第8話 謹んで……

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「さて。私の境遇を理解してもらえたところで」

 殿下は立ち上がってこちら側に回ってきたかと思うと。

「ロザンヌ・ダングルベール子爵令嬢」

 殿下は艶と深みのある低い声で私の名を呼ぶ。そして片膝をついた殿下は熱っぽい瞳で私を見上げた。

「私の」

 それはもう、まるで恋い焦がれる相手に求婚するような熱っぽさを秘めていて、その感情に酔いそうになるぐらいで。おまけに私の獣を物ともせず、真っ直ぐに見つめてくる青い瞳に、呼吸が止まりそうなほど胸が激しく鼓動を打ったものです。

「掃除婦となってほしい!」

 ……と、まあ。冒頭の会話にならなければね。
 私の答えはもちろん。

「謹んでお断り申し上げますっ!」

 こめかみに青筋を立て、拳を突き上げて拒絶の流れとなるわけです。
 むしろそれ以外の答えがありますか!? いや無い。皆無だ。

 殿下は私の憤りに気付いて、はっと顔色を変えた。

「いや悪い。掃除婦などと言って。思いの外、緊張していたらしい。とっさに呪術師の言葉が出てこなかった。言葉選びが悪かったことは大いに反省するところだ」
「大いに反省するポイントはそこではないのですが! いえ、そこも反省すべき点ですがねっ」

 本気なのか、それともからかっているのか、殿下は発火点の読み違えをしてくる。

「給金なら望むだけの額を出そう」
「お給金の問題ではありません」

 もちろん無給ならなおさら悪いが。

「まず第一にわたくしはまだ学生です。本日はお休みでしたが、明日からまた学校に通わなければなりません。一日中殿下に付いていることは不可能です」
「それは問題ない。これまでも呪術師が常勤していたわけではない。学校の帰りにでも王宮に寄ってくれればいい。毎日、学園に迎えを寄越そう」

 帰り際に王宮に寄ってくれればいいよと、よくもまあ、お気軽に言ってくれますね。それに確かに王宮と学園はそう遠くはないけれど、いくらなんでも自分都合すぎやしませんかね! いや、そもそも殿下の影祓いに了承した覚えはない。

「わたくしは寮に入っておりません。授業が終わればすぐにとんぼ返りしないといけないくらい、うちは辺鄙な地にあるのです」

 お金が潤沢にある貴族ではないから、寮に入るよりは遠くても通いの方がまだ安上がりなのだ。しかしその分、通学に時間がかかるという欠点があって、むろん悠長に殿下を訪れられるほど時間の余裕はない。

「そうだったか。無理を言ったな。それに周囲に何の表明もせず、王家の家紋がついた馬車で日々迎えに行くとなると、変な勘ぐりをされて君にも迷惑がかかるだろう。私が考え無しだった」

 納得してくれたらしい。ただの我が儘坊ちゃんではなく、話の分かる人間で良かったと息をつく。

「ああ、では行儀見習いとして王宮入りしてもらおうか。私付きの侍女ということにしよう」
「はい。――は、はい!?」

 安心した流れで思わず頷いてしまったけれど、王宮入りしろとな!? 殿下付きの侍女になれとな!? 言う事に欠いて――フザケンナ!

「下級も下級のわたくしが、しかもうら若きわたくしが殿下の侍女となれば、それこそ妙な勘ぐりをされますよ」
「心配ない。学生でも行儀見習いで王宮入りしている者も多いし、若くして侍女になった者もいる。むしろ君にとっても好都合ではないか?」
「なぜですか」

 殿下はにっと唇を横に薄く引いた。

「昨日、私が君を拒絶したのは周知されているはずだ。明日、君が学校に行くとどうなるだろうか?」

 学校に? ……はっ。殿下に拒絶された女して、好奇の目で見られる! しかも王家のお怒りを買ったかもしれない女として昨日の社交場のように敬遠される! いや、それに留まらず、王室に反旗を翻す愚民として嫌がらせを受けるかも!?
 上級貴族ならともかく、うちなんて弱小貴族だ。王家を崇拝する貴族たちにとっては格好の餌食。

 あ、ありうる。十分ありうる……。
 私はごくりと緊張の唾を飲み込む。

 けれど殿下の寛大な・・・お心の元に、真摯にお仕えするという体を見せれば、少なくとも嫌がらせを受けることはなくなる。

 私に選択肢はないらしい。ないけれど、愚痴の一つも言ってやらないと済まない。
 殿下をぎんと睨み付けてやる。

「酷いです、殿下! 何もかも殿下のせいなのに。フォローすると約束してくださったくせに!」

 嘘つき殿下! ばーかばーか!
 ――とは、さすがに面と向かっては言わないですが。

「言ってる言ってる」

 殿下は少しだけ苦笑すると、さすがに面目なかったのか、柳眉を落とす。

「君には申し訳ないと思う。しかしこちらとしては千載一遇の好機で、逃すわけにはいかないんだ。私に協力してくれるなら決して悪いようにはしない。それに私の側に置きたいのは」

 一瞬ためらった後、深刻そうな表情に変えて口を開いた。

「君に危険が及ぶかもしれないと考えたからなんだ」
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