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第26話 負けられない戦い
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「はぁ。素敵な方ね。わたくし、思わずぽーっとしてしまったわ」
母が頬を押さえて既に去ってしまったジェラルドさんの背中を追うかのように遠くを見つめる。
「そうですね。素敵な方です」
私が同意すると、はっと我に返ったのか、母は隣にいる父を横目に咳払いした。
「とにかくロザンヌ、お帰りなさい」
「そうだね、お帰り」
「お疲れだったね」
「いきなりで大変だったな」
家族が次々と声をかけてくれて、何だか急にほっと気が緩んだのか、わけも無く目に熱いものがこみ上げてくる。
「……はい」
「ロザンヌ、入ろうか。私たちの家に」
そんな私を見た父がそっと肩を抱きしめてくれた。
「へえ。そんなに広いお部屋を頂いているのか」
「ええ、シモンお兄様。ベッドも三人は一緒に眠れるぐらい大きいのですから」
家族で夕食を取りながら王宮での一日を私は得意げになって話をする。
「お前をエルベルト殿下付きの侍女にという王命を賜った――ああ、対外的には行儀見習いだったかな――のだが、どういうお仕事をするのかね」
「それは……」
殿下に憑いた影祓いですとも言えず。
「これからみたいですので、わたくしもまだ何も知らされておりません」
「そうか」
「でも心配だわ。あなたに侍女が本当に務まるものかしら」
母は大きく息を吐いた。
「優秀な侍女さんがわたくしに一人ついてくださって、早く一人前の侍女になれるよう指導してくれるそうです」
「そう。それなら良かった。真摯な態度でしっかり学んで来るのよ。ああ、でもその侍女の方のお手を煩わせないようにね。くれぐれも迷惑をかけることのないようにしなさい」
「……はい」
既に煩わせているかもしれません。
それなりに行儀作法は学んでいたつもりだったのにな。……うん、やっぱりそれなりにだったようだ。
「ああ、そうだ。学校では大丈夫だったかい? うちに王命を賜ったのは昨日の昼の事だったそうだけど、まだロザンヌが王宮入りになることは知られていなかっただろうし、その……いじめとか」
心配そうに様子を尋ねてくれるのは上の兄、アシル兄様だ。
「ご心配ありがとうございます。問題ありません」
「兄上。仮にあったとしても跳ねっ返りのロザンヌのことだ。派手に返り討ちにしているよ。な、ロザンヌ?」
一応、シモン兄様に悪気はないのだろうとは思う。……一応ね。それにしても私の生態についてよくお分かりになっておられますね、お兄様。でも派手に返り討ちはしておりません。
「そうなのかしら、ロザンヌ?」
にっこりと目が笑っていない母が尋ねるので、私は慌てて否定にかかる。
「まさかまさかまさか! そんなとんでもありません。シモンお兄様ったら何て事をおっしゃるのかしらおほほほ」
視線を辺りに彷徨わせる私の空笑いに、こりゃあ何かやったなと誰もが思ったと言う。
「まあ、ロザンヌが元気でいるのなら私はいいよ」
母が何か言い出す前に父が笑ってくれた。
ほっ。助かった。
「王宮入りしたらお許しが出るまで帰ることはできないだろうが、元気でいるんだよ。でももしお前に何かあったら必ず駆け付けるから、限界いっぱいになるまで我慢せずにいつでも私たちに泣きついてきなさい」
「……はい、お父様」
私には戻れる場所がある。家族がいる。それだけで私はやって行けるはずだ。
食卓を囲む家族皆が何となく切ない気持ちになって、会話が途切れる。
「ああ、すまない。少し湿っぽくなったね。今日はロザンヌを王宮に送り出すための晩餐なのだから、楽しい話にしよう」
父は照れくさそうに笑った。
「ああ、そうだわ。すっかり忘れていたわ」
「どうなさったのですか、ロザンヌ様」
食事も終え、部屋でゆったりしているところで不意に思い出した。
私はユリアに向き直る。
「あのね。王宮に一人寂しかろうと殿下のご配慮で、うちから一人侍女を連れてきていいんだって。それで――」
「謹んでお断り申し上げます」
「まだ何も言っ」
「謹んでお断り申し上げます」
「いや、待っ」
「つ・つ・し・ん・で。お断り申し上げます」
きっぱりしっかり固辞するユリアに抱きついて泣きつく。
「ユリアぁぁぁ。あなただけが頼りなの」
「何と言われても嫌です。いくらロザンヌ様お付きとはいえ、そんな堅苦しそうな王宮でのお務めだなんて」
ユリアは不敬罪と取れるセリフを無表情で、いとも簡単に吐き出した。
「このふてぶてしさ。この気の強さ、この口の減らない正直者。さすがは私のユリア! あなたなら王宮でも絶対にやっていけるわ!」
「全然褒めていませんよね」
「ねね。わたくしを助けると思って」
「嫌です」
「お願いよ。ユリアが頷くまで、わたくしは何時間でも粘るからね」
「ふっ。望むところです。さあ、かかっていらっしゃいませ」
ユリアは唇を薄く引き、不敵に笑って私を挑発する。
「お願いユリア」
「嫌ですロザンヌ様」
「お願いよユリア」
「嫌ですよロザンヌ様」
「ユリア、お願いお願いお願い!」
「ロザンヌ様、嫌です嫌です嫌です」
この何とも地味で熾烈な戦いが深夜に亘って延々と繰り広げられた結果、からくも私が勝利を手にしたのだった。
母が頬を押さえて既に去ってしまったジェラルドさんの背中を追うかのように遠くを見つめる。
「そうですね。素敵な方です」
私が同意すると、はっと我に返ったのか、母は隣にいる父を横目に咳払いした。
「とにかくロザンヌ、お帰りなさい」
「そうだね、お帰り」
「お疲れだったね」
「いきなりで大変だったな」
家族が次々と声をかけてくれて、何だか急にほっと気が緩んだのか、わけも無く目に熱いものがこみ上げてくる。
「……はい」
「ロザンヌ、入ろうか。私たちの家に」
そんな私を見た父がそっと肩を抱きしめてくれた。
「へえ。そんなに広いお部屋を頂いているのか」
「ええ、シモンお兄様。ベッドも三人は一緒に眠れるぐらい大きいのですから」
家族で夕食を取りながら王宮での一日を私は得意げになって話をする。
「お前をエルベルト殿下付きの侍女にという王命を賜った――ああ、対外的には行儀見習いだったかな――のだが、どういうお仕事をするのかね」
「それは……」
殿下に憑いた影祓いですとも言えず。
「これからみたいですので、わたくしもまだ何も知らされておりません」
「そうか」
「でも心配だわ。あなたに侍女が本当に務まるものかしら」
母は大きく息を吐いた。
「優秀な侍女さんがわたくしに一人ついてくださって、早く一人前の侍女になれるよう指導してくれるそうです」
「そう。それなら良かった。真摯な態度でしっかり学んで来るのよ。ああ、でもその侍女の方のお手を煩わせないようにね。くれぐれも迷惑をかけることのないようにしなさい」
「……はい」
既に煩わせているかもしれません。
それなりに行儀作法は学んでいたつもりだったのにな。……うん、やっぱりそれなりにだったようだ。
「ああ、そうだ。学校では大丈夫だったかい? うちに王命を賜ったのは昨日の昼の事だったそうだけど、まだロザンヌが王宮入りになることは知られていなかっただろうし、その……いじめとか」
心配そうに様子を尋ねてくれるのは上の兄、アシル兄様だ。
「ご心配ありがとうございます。問題ありません」
「兄上。仮にあったとしても跳ねっ返りのロザンヌのことだ。派手に返り討ちにしているよ。な、ロザンヌ?」
一応、シモン兄様に悪気はないのだろうとは思う。……一応ね。それにしても私の生態についてよくお分かりになっておられますね、お兄様。でも派手に返り討ちはしておりません。
「そうなのかしら、ロザンヌ?」
にっこりと目が笑っていない母が尋ねるので、私は慌てて否定にかかる。
「まさかまさかまさか! そんなとんでもありません。シモンお兄様ったら何て事をおっしゃるのかしらおほほほ」
視線を辺りに彷徨わせる私の空笑いに、こりゃあ何かやったなと誰もが思ったと言う。
「まあ、ロザンヌが元気でいるのなら私はいいよ」
母が何か言い出す前に父が笑ってくれた。
ほっ。助かった。
「王宮入りしたらお許しが出るまで帰ることはできないだろうが、元気でいるんだよ。でももしお前に何かあったら必ず駆け付けるから、限界いっぱいになるまで我慢せずにいつでも私たちに泣きついてきなさい」
「……はい、お父様」
私には戻れる場所がある。家族がいる。それだけで私はやって行けるはずだ。
食卓を囲む家族皆が何となく切ない気持ちになって、会話が途切れる。
「ああ、すまない。少し湿っぽくなったね。今日はロザンヌを王宮に送り出すための晩餐なのだから、楽しい話にしよう」
父は照れくさそうに笑った。
「ああ、そうだわ。すっかり忘れていたわ」
「どうなさったのですか、ロザンヌ様」
食事も終え、部屋でゆったりしているところで不意に思い出した。
私はユリアに向き直る。
「あのね。王宮に一人寂しかろうと殿下のご配慮で、うちから一人侍女を連れてきていいんだって。それで――」
「謹んでお断り申し上げます」
「まだ何も言っ」
「謹んでお断り申し上げます」
「いや、待っ」
「つ・つ・し・ん・で。お断り申し上げます」
きっぱりしっかり固辞するユリアに抱きついて泣きつく。
「ユリアぁぁぁ。あなただけが頼りなの」
「何と言われても嫌です。いくらロザンヌ様お付きとはいえ、そんな堅苦しそうな王宮でのお務めだなんて」
ユリアは不敬罪と取れるセリフを無表情で、いとも簡単に吐き出した。
「このふてぶてしさ。この気の強さ、この口の減らない正直者。さすがは私のユリア! あなたなら王宮でも絶対にやっていけるわ!」
「全然褒めていませんよね」
「ねね。わたくしを助けると思って」
「嫌です」
「お願いよ。ユリアが頷くまで、わたくしは何時間でも粘るからね」
「ふっ。望むところです。さあ、かかっていらっしゃいませ」
ユリアは唇を薄く引き、不敵に笑って私を挑発する。
「お願いユリア」
「嫌ですロザンヌ様」
「お願いよユリア」
「嫌ですよロザンヌ様」
「ユリア、お願いお願いお願い!」
「ロザンヌ様、嫌です嫌です嫌です」
この何とも地味で熾烈な戦いが深夜に亘って延々と繰り広げられた結果、からくも私が勝利を手にしたのだった。
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