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第137話 呼吸を合わせて
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クロエさんは、パンパンと手を打った。
「いいわ。ひとまず及第点をあげましょう」
人には向き不向きというものがありまして。クロエさんが及第点を出してくださった頃にはもう私は満身創痍だ。
肩で息をする私の横で、ユリアは相変わらず涼しい顔をしているのが悔しい。しかもやはり飲み込みが早い。私が何ヶ月もかかってようやく覚えたものをユリアは軽々とやってみせるのだから。
いや。もう、いっそのこと、ユリアが私の代わりに出てくれないかしら。
「では、次は実際に男性と組んでやってみましょう」
休みはないのですか……。厳しい。
クロエさんは殿下らがいる方向に視線を送ったので私も釣られて見ると、ジェラルドさんは笑顔でお上手ですと小さく手を叩いてくださっているのに対して、殿下はソファーに座り、足を組んで悠然とお茶を飲んでいる。
私はとりあえず頭の中で、助走をつけて殿下をグーで一発ナグっておいた。
「じゃあ、ジェラルド。よろしく」
殿下はジェラルドさんに言葉をかけるが、自らは当然動こうとはしない。ところが、クロエさんはそんな殿下の態度を見咎めた。
「何をおっしゃっているのです。殿下もするのですよ」
「……は? 私が?」
クロエさんは腕を組んで少し顎を上げると、目を丸くしている殿下を睨め付けた。
「当たり前ではありませんか。――ああ、なるほど。ご自分は優雅に高みの見物をするつもりでいらしたから、ジェラルド様をお連れになったのですね」
「いや、その」
殿下の言い分を遮るようにクロエさんはさらに続ける。
「そんな真似はわたくしが許しませんよ。さあ。殿下はロザンヌ様のお相手役をなさってください」
「いえ、それは」
「いや、それは」
私と殿下は同時に言葉を発した。
殿下とパートナーを組むわけにはいかない。私が殿下にひとたび触れると、崩れ落ちてしまうのだから。
「何ですか?」
クロエさんは私と殿下の顔を交互に見てくるけれど、説明できない私たちはうっと言葉に詰まる。
「いえ……」
「いや……」
「そうですか。では、良いですね。ジェラルド様はユリアさんのお相手をお願いいたしますね」
クロエさんはてきぱきと指示を送り、渋っている殿下に視線を戻す。
「殿下。よろしくお願いいたしますね」
にっこり無言の圧力をかけるクロエさんに、殿下も気圧されたらしく立ち上がってやむなく私の元にやってきたので、私はじとりと睨み付けた。
どうしてお断りしなかったのです。
君こそどうして。
殿下がお断りになると思っていたからです。
私だって君が断ると。
わたくしが断れるはずがないではありませんか。
殿下と二人、唇と視線で交戦していると。
「そこ。何をしているのですか。迅速にご準備を」
「は、はい!」
どういたしますか。
仕方がない。やるしかないだろう。
どうやってです。
触れないようにやるしかない。
クロエさんの目を誤魔化せるでしょうか。
やるしかない。
やるしかないを繰り返す殿下に私も諦めがついた。本当にやるしかないわけだから。
「はい。お二組、ご準備は良いですね。では始めます」
クロエさんは手を叩いて拍子を取り、私と殿下はやるぞと視線で頷きあった。
しかし始めてみると、やはり気合いだけで何とかなるものではない。
二人が離れて踊るパートは何とか形になってはいるけれど(多分)、接近する度に触れやしないかと動きが硬くなる。また、手を取り合って回るところなどは手を繋げない分、呼吸を合わせにくく、動きが微妙にずれたりとぎこちなさが半端ない。
当然、クロエさんの目がきらりと光る。
「はい、そこ! お二人、もっと呼吸を合わせて。特に殿下。あなたまで何てザマですか。殿下がリードしないでどうするのです」
クロエさんは両手を腰にやった。
「……すまない」
「……すみません」
「いいわ。お二人は一度足を止め、ジェラルド様とユリアさんをご覧になってください」
助かった。殿下に今にも手や体が触れんばかりで、ドキドキしっぱなしだったから。……もちろん色気の無い方のお話である。
私たちは同時にほっと息をつくと互いに距離を取り、彼らのダンスを見守ることにする。
「ではジェラルド様、ユリアさん。始めて」
クロエさんが手を打つと二人はダンスを再開する。
ジェラルドさんは鍛え上げられた均整の取れた体で姿勢も良く、とても美しく踊っている。
今時の騎士様はダンスにも精通していらっしゃるのだろうか。ジェラルドさんの違う一面を見せられた気分だ。
一方のユリアはというと、初めてだというのにさすが運動神経が良く、細かいステップなども習得して彼ときちんと呼吸を合わせて形になっている。
「ええ。お二人とてもいいですね。ですが」
クロエさんは小首を傾げた。
「なぜかしら。ダンスは完璧なのだけれど、少々ギスギスした物々しい雰囲気が漂っているわね」
すみません。きっとユリアの頭の中は間合いがどうとか、相手の懐にいかにして近づくかとか、足さばきはなどと戦闘モードになっているせいかと思われます……。
「いいわ。ひとまず及第点をあげましょう」
人には向き不向きというものがありまして。クロエさんが及第点を出してくださった頃にはもう私は満身創痍だ。
肩で息をする私の横で、ユリアは相変わらず涼しい顔をしているのが悔しい。しかもやはり飲み込みが早い。私が何ヶ月もかかってようやく覚えたものをユリアは軽々とやってみせるのだから。
いや。もう、いっそのこと、ユリアが私の代わりに出てくれないかしら。
「では、次は実際に男性と組んでやってみましょう」
休みはないのですか……。厳しい。
クロエさんは殿下らがいる方向に視線を送ったので私も釣られて見ると、ジェラルドさんは笑顔でお上手ですと小さく手を叩いてくださっているのに対して、殿下はソファーに座り、足を組んで悠然とお茶を飲んでいる。
私はとりあえず頭の中で、助走をつけて殿下をグーで一発ナグっておいた。
「じゃあ、ジェラルド。よろしく」
殿下はジェラルドさんに言葉をかけるが、自らは当然動こうとはしない。ところが、クロエさんはそんな殿下の態度を見咎めた。
「何をおっしゃっているのです。殿下もするのですよ」
「……は? 私が?」
クロエさんは腕を組んで少し顎を上げると、目を丸くしている殿下を睨め付けた。
「当たり前ではありませんか。――ああ、なるほど。ご自分は優雅に高みの見物をするつもりでいらしたから、ジェラルド様をお連れになったのですね」
「いや、その」
殿下の言い分を遮るようにクロエさんはさらに続ける。
「そんな真似はわたくしが許しませんよ。さあ。殿下はロザンヌ様のお相手役をなさってください」
「いえ、それは」
「いや、それは」
私と殿下は同時に言葉を発した。
殿下とパートナーを組むわけにはいかない。私が殿下にひとたび触れると、崩れ落ちてしまうのだから。
「何ですか?」
クロエさんは私と殿下の顔を交互に見てくるけれど、説明できない私たちはうっと言葉に詰まる。
「いえ……」
「いや……」
「そうですか。では、良いですね。ジェラルド様はユリアさんのお相手をお願いいたしますね」
クロエさんはてきぱきと指示を送り、渋っている殿下に視線を戻す。
「殿下。よろしくお願いいたしますね」
にっこり無言の圧力をかけるクロエさんに、殿下も気圧されたらしく立ち上がってやむなく私の元にやってきたので、私はじとりと睨み付けた。
どうしてお断りしなかったのです。
君こそどうして。
殿下がお断りになると思っていたからです。
私だって君が断ると。
わたくしが断れるはずがないではありませんか。
殿下と二人、唇と視線で交戦していると。
「そこ。何をしているのですか。迅速にご準備を」
「は、はい!」
どういたしますか。
仕方がない。やるしかないだろう。
どうやってです。
触れないようにやるしかない。
クロエさんの目を誤魔化せるでしょうか。
やるしかない。
やるしかないを繰り返す殿下に私も諦めがついた。本当にやるしかないわけだから。
「はい。お二組、ご準備は良いですね。では始めます」
クロエさんは手を叩いて拍子を取り、私と殿下はやるぞと視線で頷きあった。
しかし始めてみると、やはり気合いだけで何とかなるものではない。
二人が離れて踊るパートは何とか形になってはいるけれど(多分)、接近する度に触れやしないかと動きが硬くなる。また、手を取り合って回るところなどは手を繋げない分、呼吸を合わせにくく、動きが微妙にずれたりとぎこちなさが半端ない。
当然、クロエさんの目がきらりと光る。
「はい、そこ! お二人、もっと呼吸を合わせて。特に殿下。あなたまで何てザマですか。殿下がリードしないでどうするのです」
クロエさんは両手を腰にやった。
「……すまない」
「……すみません」
「いいわ。お二人は一度足を止め、ジェラルド様とユリアさんをご覧になってください」
助かった。殿下に今にも手や体が触れんばかりで、ドキドキしっぱなしだったから。……もちろん色気の無い方のお話である。
私たちは同時にほっと息をつくと互いに距離を取り、彼らのダンスを見守ることにする。
「ではジェラルド様、ユリアさん。始めて」
クロエさんが手を打つと二人はダンスを再開する。
ジェラルドさんは鍛え上げられた均整の取れた体で姿勢も良く、とても美しく踊っている。
今時の騎士様はダンスにも精通していらっしゃるのだろうか。ジェラルドさんの違う一面を見せられた気分だ。
一方のユリアはというと、初めてだというのにさすが運動神経が良く、細かいステップなども習得して彼ときちんと呼吸を合わせて形になっている。
「ええ。お二人とてもいいですね。ですが」
クロエさんは小首を傾げた。
「なぜかしら。ダンスは完璧なのだけれど、少々ギスギスした物々しい雰囲気が漂っているわね」
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