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第203話 先入観。――いいえ、同類
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「ロザンヌ嬢、ところで」
殿下は話を切り換える。
「はい。何でしょう」
「もしユリア・ラドロを翻訳者として迎え入れることになり、書庫室に通ってもらうことになったとしたら目をつけられると君は言ったが、それはやはりベルモンテ侯爵家のことを言っているのだろう?」
「そうです」
それ以外ありえない。書庫室に入れるのは、王家とベルモンテ侯爵家のみなのだから。
「それは先入観じゃないのか?」
「……はい?」
何を言い出すか。
思わず眉をひそめてしまった。
「ユリア・ラドロの引き抜き話を持ちかけて影を憑かせたこともあったり、ベルモンテ侯爵とクラウディア嬢との会話から推測されることもあって、彼らを目の敵にしているのは分かる。しかし、王家とベルモンテ家とは長い歴史で繋がっている関係性だ」
つまり長い歴史を共有してきたベルモンテ家を信用し、下っ端ぺーぺー貴族の小娘の言葉なんぞ聴く耳持たないと、そういうこと。
殿下は頭が痛そうに少し息を吐いた。
「そこまでは言っていない。だが、王家がベルモンテ家に助けられてきたのは他ならぬ事実だ。今もベルモンテ侯爵には支えてもらっている」
「殿下のおっしゃることは分かります。侯爵様ご自身はとてもお優しい方だというのも分かります。それに王族に取り憑く影を何世代にも亘って祓い、王家に貢献していた家系だということも。ですが、ベルモンテ家は影は祓っても、きっと呪いの解明には積極的ではなかったはず。なぜなら王家の呪いが解けてしまっては――」
そこまで言ってはっとする。
呪いが解けてしまっては、影祓いは必要なくなる。そして私も殿下の側にいられなくなる。
ああ、そうか。そうなんだ。だから私にはベルモンテ家の気持ちが分かるんだ。私利私欲のために。誰しもが自分のために。本当は誰も王家のことなんて考えていない。気遣ってなどない。殿下の御身のことなんて。……私もまた考えているのは自分のことだけ。
私はぐっと手を握りしめた。
「ロザンヌ嬢?」
急に黙り込んだ私に殿下は眉をひそめて声をかけてくる。
殿下の呼びかけにいつの間にか俯いていた顔を上げた。
「ベルモンテ侯爵家は殿下の、王家の呪いが解けてしまっては困るのですよ。彼らは影祓いの能力で今の地位に成り上がってきたのですから」
「それは言い過ぎだ。君までベルモンテ侯爵を貶める気か」
上級貴族の間で、ベルモンテ侯爵が見下されているのは耳にしているのだろう。殿下は眉をひそめた。
「不快に思われるでしょうけれど、事実です。わたくしにはベルモンテ侯爵家の気持ちが分かります。同じ影祓いとして。――ふふ。だってわたくしも殿下の呪いなど解けなければ、この生活は安泰だと思いますもの」
嫌味の一つでも返してもらおうと、冗談っぽく笑ったのに殿下は驚いたように目を見張った。
「どうして……そんな悲しそうな顔で言うんだ?」
「――っ!」
私は俯いて殿下の視線から逃げる。
「ともかく殿下がどうおっしゃろうと、どれだけ信頼関係を築いておられようと、わたくしはベルモンテ家とは相容れません。わたくしの言葉を全面的に信じてほしいと望んでもおりません。ですが、どうかユリアとの接触は避けてくださいますようお願い申し上げます」
「……分かった。君の気持ちを汲もう」
「ありがとうございます。……申し訳ございません」
再び俯いてお礼と謝罪をすると、パンッと手を叩く音で何事かと顔を上げた。
殿下はしてやったりの顔だ。
「な、何ですか」
「君に暗い顔は似合わない。笑え」
「ご命令ですか」
「そうだ。命令だ」
悪びれる様子もなく笑う殿下に、肩の力が抜ける。
私は腕を組んで片目を伏せた。
「女心に王家の力など通用いたしませんわよ?」
「幼心の間違いじゃないのか?」
「ひどーい!」
頬を膨らませて抗議すると、殿下は冗談だと声を上げて笑う。
抗議はしたものの、やはり殿下は大人な対応を取ってくれたんだなと思う。少しは感謝しないとね。
気が緩むと少し気になったことを思い出した。
「あの、殿下。お話をぶり返して申し訳ありませんが、歴史書ではエスメラルダ様の魔術書はベルモンテ家の手に渡ったと書かれていましたよね」
「ああ」
「ベルモンテ家は本当にその術式を解読できていないのでしょうか」
殿下はテーブルの上で手を組んだ。
「先ほどは君の言葉を訂正できなかったが、ベルモンテ家は、家に伝わる呪術書の大部分を二百数十年前の大災害で失ったそうだ」
「はい?」
「だから資料の解明が進んでいないのではなくて、解明しようにもその資料が手元に無いわけだ」
「ほー」
その言葉を信じるなんて殿下は素直な方と言うか、お人好しと言うか、世間知らずのお坊ちゃまだなぁ。
呆れた視線を送っていると。
「……世間知らずで悪かったな。そもそも罪を犯したわけでもないから強制捜査はできない。それに術式は複雑だと書いていただろう。仮に私たちが手にできたとしても、術を行使するのは無理だ」
「まあ、そうですね」
ネロの影祓いも私が意識してやっているわけではないものね。
私は諦めのため息をついた。
殿下は話を切り換える。
「はい。何でしょう」
「もしユリア・ラドロを翻訳者として迎え入れることになり、書庫室に通ってもらうことになったとしたら目をつけられると君は言ったが、それはやはりベルモンテ侯爵家のことを言っているのだろう?」
「そうです」
それ以外ありえない。書庫室に入れるのは、王家とベルモンテ侯爵家のみなのだから。
「それは先入観じゃないのか?」
「……はい?」
何を言い出すか。
思わず眉をひそめてしまった。
「ユリア・ラドロの引き抜き話を持ちかけて影を憑かせたこともあったり、ベルモンテ侯爵とクラウディア嬢との会話から推測されることもあって、彼らを目の敵にしているのは分かる。しかし、王家とベルモンテ家とは長い歴史で繋がっている関係性だ」
つまり長い歴史を共有してきたベルモンテ家を信用し、下っ端ぺーぺー貴族の小娘の言葉なんぞ聴く耳持たないと、そういうこと。
殿下は頭が痛そうに少し息を吐いた。
「そこまでは言っていない。だが、王家がベルモンテ家に助けられてきたのは他ならぬ事実だ。今もベルモンテ侯爵には支えてもらっている」
「殿下のおっしゃることは分かります。侯爵様ご自身はとてもお優しい方だというのも分かります。それに王族に取り憑く影を何世代にも亘って祓い、王家に貢献していた家系だということも。ですが、ベルモンテ家は影は祓っても、きっと呪いの解明には積極的ではなかったはず。なぜなら王家の呪いが解けてしまっては――」
そこまで言ってはっとする。
呪いが解けてしまっては、影祓いは必要なくなる。そして私も殿下の側にいられなくなる。
ああ、そうか。そうなんだ。だから私にはベルモンテ家の気持ちが分かるんだ。私利私欲のために。誰しもが自分のために。本当は誰も王家のことなんて考えていない。気遣ってなどない。殿下の御身のことなんて。……私もまた考えているのは自分のことだけ。
私はぐっと手を握りしめた。
「ロザンヌ嬢?」
急に黙り込んだ私に殿下は眉をひそめて声をかけてくる。
殿下の呼びかけにいつの間にか俯いていた顔を上げた。
「ベルモンテ侯爵家は殿下の、王家の呪いが解けてしまっては困るのですよ。彼らは影祓いの能力で今の地位に成り上がってきたのですから」
「それは言い過ぎだ。君までベルモンテ侯爵を貶める気か」
上級貴族の間で、ベルモンテ侯爵が見下されているのは耳にしているのだろう。殿下は眉をひそめた。
「不快に思われるでしょうけれど、事実です。わたくしにはベルモンテ侯爵家の気持ちが分かります。同じ影祓いとして。――ふふ。だってわたくしも殿下の呪いなど解けなければ、この生活は安泰だと思いますもの」
嫌味の一つでも返してもらおうと、冗談っぽく笑ったのに殿下は驚いたように目を見張った。
「どうして……そんな悲しそうな顔で言うんだ?」
「――っ!」
私は俯いて殿下の視線から逃げる。
「ともかく殿下がどうおっしゃろうと、どれだけ信頼関係を築いておられようと、わたくしはベルモンテ家とは相容れません。わたくしの言葉を全面的に信じてほしいと望んでもおりません。ですが、どうかユリアとの接触は避けてくださいますようお願い申し上げます」
「……分かった。君の気持ちを汲もう」
「ありがとうございます。……申し訳ございません」
再び俯いてお礼と謝罪をすると、パンッと手を叩く音で何事かと顔を上げた。
殿下はしてやったりの顔だ。
「な、何ですか」
「君に暗い顔は似合わない。笑え」
「ご命令ですか」
「そうだ。命令だ」
悪びれる様子もなく笑う殿下に、肩の力が抜ける。
私は腕を組んで片目を伏せた。
「女心に王家の力など通用いたしませんわよ?」
「幼心の間違いじゃないのか?」
「ひどーい!」
頬を膨らませて抗議すると、殿下は冗談だと声を上げて笑う。
抗議はしたものの、やはり殿下は大人な対応を取ってくれたんだなと思う。少しは感謝しないとね。
気が緩むと少し気になったことを思い出した。
「あの、殿下。お話をぶり返して申し訳ありませんが、歴史書ではエスメラルダ様の魔術書はベルモンテ家の手に渡ったと書かれていましたよね」
「ああ」
「ベルモンテ家は本当にその術式を解読できていないのでしょうか」
殿下はテーブルの上で手を組んだ。
「先ほどは君の言葉を訂正できなかったが、ベルモンテ家は、家に伝わる呪術書の大部分を二百数十年前の大災害で失ったそうだ」
「はい?」
「だから資料の解明が進んでいないのではなくて、解明しようにもその資料が手元に無いわけだ」
「ほー」
その言葉を信じるなんて殿下は素直な方と言うか、お人好しと言うか、世間知らずのお坊ちゃまだなぁ。
呆れた視線を送っていると。
「……世間知らずで悪かったな。そもそも罪を犯したわけでもないから強制捜査はできない。それに術式は複雑だと書いていただろう。仮に私たちが手にできたとしても、術を行使するのは無理だ」
「まあ、そうですね」
ネロの影祓いも私が意識してやっているわけではないものね。
私は諦めのため息をついた。
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