63 / 315
第63話 エルベルト殿下の苦悩(後)
しおりを挟む
部屋に戻ると私は椅子に腰掛けた。
社交界デビューの歳とは言え、まだ心も体も成熟していないはずの、手を振り払ってしまった彼女のことを思って気に病んでいたが、ふと気付いた。
今、自分は倒れていないと。それどころか体の軽さを感じると。影の気配はない。いや――消えている。
立ち上がって自分の姿を確認してみたが、もちろんふらつくこともなければ、気分の悪さもない。
彼女に触れる直前まで影は確かに私に憑いていた。これまで何もしなくても影が消えたことは一度たりとも無い。
となると、消えた理由はただ一つ。
「彼女に触れたことだ」
言葉にしてみてより強くそう思った。
確認してみる必要がある。
私は立ち上がって会場に戻ったが、彼女の姿を見付けることはできなかった。
周りの者に尋ねてみると、既に帰った後だと言う。まだパーティーは続いているのに、きっといたたまれなくなってしまったのだろう。
あらためて自分のした事の罪の重さを感じる。しかし起こしてしまったことを悔やんでばかりいても仕方がない。
私は使者を出し、彼女を王宮に呼んで謝罪することにした。
翌日。
既に到着したという知らせにより部屋へ向かう。
少なからず緊張している。それは彼女の泣き腫らしたであろう顔を見るのもつらいし、影を消す力があるのかどうかということを検証するのも怖いからだ。
一筋の光を掴もうと手を伸ばして、ただその下に影を落とすだけかもしれない。それでも一縷の望みがあるのならば……。
深呼吸してロザンヌ嬢の待つ部屋をノックして入室すると、彼女もまた緊張した様子で私を迎えて挨拶をしようとしたが、早々に遮って椅子を勧めた。
一瞬だけ顔を合わせてすぐ視線を外してしまう。
十分な手入れがされたのか、彼女の目には涙で腫らした跡はないことに、少しほっとしつつ罪悪感が残る。だが、問題は影だ。普通の影の形は恐ろしく気味は悪いが、ぼんやり人の側で漂っているだけに過ぎない。しかし彼女の影はなぜ活動的なのだろうか。今にもこちらへ飛びかからんと狙っているかのようだ。
深く考え込みそうになったが、彼女を放置していた自分に気付き、口を開いて謝罪の言葉を述べると。
「謝罪というものはだね。真摯な態度で向き合って、心から謝るべきであって、嫌々謝られたって何の意味もないのであり」
彼女が不満そうに呟くので私は慌てて視線を戻して再び謝罪すると、今度は彼女の方が驚いたように眉を上げた。
おまけに。
「何とな!? こやつ、私の心を読んだ!?」
ときたもんだ……。
王族相手に、なかなかふてぶてし……肝が据わった女性らしい。時代が時代なら首一つ飛び、御家取り潰しの流れとなるだろう。
けれど私はそんな彼女に自然と笑みがこぼれた。
こうも真っ直ぐに自分の気持ちを態度で示し、言葉をそのままぶつけてくる人間も珍しい。仮面を被った人間ばかり相手にしてきたからなおさらだ。
すると彼女は私の寛大な様子からすっかり肩の力を抜いたらしい。その図々し、物怖じしない態度も見上げたものだと思う。もしかしたら昨日、号泣したかもしれないと考えたことは杞憂だったかもしれない。
私は気を取り直してロザンヌ嬢に謝罪すると、本題に入ることにした。
生憎と彼女の目には影を捉えることはできなかったが、推測通り、影を消すことが証明された。その時の私は身内でも近年まれに見るほど、気分が高揚した様子だったと思う。自分のことだけではなく、歴代の王族が苦しんできた呪い解明の鍵となる予感がしたからだ。
何も分からない彼女は若干引いていたようにも見えたが、まあ、お互い様だろう。
菓子と茶を用意すれば目を爛々とさせ、事情を話して聞かせれば興味無いとばかりに死んだ目のようになり、彼女は言葉だけではなく態度からも自分の感情を隠そうとはしない。……いや、開き直って隠さないことにしたのかもしれない。
王族相手に決して褒められた態度ではないが、彼女を前に私もまた自分を取り繕う必要はないと感じた。素の自分でいられることがどれだけ肩の力を抜いて呼吸できることなのか、きっと彼女には分からない。
「ロザンヌ嬢、あの社交界デビューの日の事だが、家に帰ってから泣いたり……したか?」
ある日、執務室にて気にかかっていた事を尋ねてみると。
「え? 泣いた? ああ! ええ。あの日は足の痺れに泣きましたねー」
「足の痺れ?」
不審そうに眉をひそめて尋ねると、彼女ははっと表情を変えた。
「あ!? い、いえ! 殿下に拒絶されたあの日のことですね! それはもう、号泣ですよ号泣。大号泣!」
「足の痺れとは」
「そんな事よりも殿下! お天気も良いことですし、窓を開けて空気の入れ替えをしてもよろしいでしょうか」
「……ああ。頼む」
話を変えたいらしいロザンヌ嬢に許可を出すと、彼女は私の背後の窓を開け放つ。すると、気持ちの良いそよ風が部屋の中へと舞い込んだ。
彼女は間違いなくこの王宮の閉ざされた窓を開け、新鮮な空気と共に眩しい光を取り込んでくれることだろう。
「よろしいですか、殿下。健康の一番はですね。自然の力を一身に浴び――あ。殿下の場合、窓を開けたままにしておいたら王家を狙う謀反人により後頭部をヒューン、ズトーンッと矢の方を浴びそうですね。失礼いたしました」
彼女はそう言いながら、拳二つ重ねて置いた自分の頭を少し前に倒して実演してみせた。
うん。実に茶目っ気のある天真爛漫な少女だ。
だが、王族の私に対して少しくらいは敬意を払ってもらっても罰は当たらない……かもしれない。
社交界デビューの歳とは言え、まだ心も体も成熟していないはずの、手を振り払ってしまった彼女のことを思って気に病んでいたが、ふと気付いた。
今、自分は倒れていないと。それどころか体の軽さを感じると。影の気配はない。いや――消えている。
立ち上がって自分の姿を確認してみたが、もちろんふらつくこともなければ、気分の悪さもない。
彼女に触れる直前まで影は確かに私に憑いていた。これまで何もしなくても影が消えたことは一度たりとも無い。
となると、消えた理由はただ一つ。
「彼女に触れたことだ」
言葉にしてみてより強くそう思った。
確認してみる必要がある。
私は立ち上がって会場に戻ったが、彼女の姿を見付けることはできなかった。
周りの者に尋ねてみると、既に帰った後だと言う。まだパーティーは続いているのに、きっといたたまれなくなってしまったのだろう。
あらためて自分のした事の罪の重さを感じる。しかし起こしてしまったことを悔やんでばかりいても仕方がない。
私は使者を出し、彼女を王宮に呼んで謝罪することにした。
翌日。
既に到着したという知らせにより部屋へ向かう。
少なからず緊張している。それは彼女の泣き腫らしたであろう顔を見るのもつらいし、影を消す力があるのかどうかということを検証するのも怖いからだ。
一筋の光を掴もうと手を伸ばして、ただその下に影を落とすだけかもしれない。それでも一縷の望みがあるのならば……。
深呼吸してロザンヌ嬢の待つ部屋をノックして入室すると、彼女もまた緊張した様子で私を迎えて挨拶をしようとしたが、早々に遮って椅子を勧めた。
一瞬だけ顔を合わせてすぐ視線を外してしまう。
十分な手入れがされたのか、彼女の目には涙で腫らした跡はないことに、少しほっとしつつ罪悪感が残る。だが、問題は影だ。普通の影の形は恐ろしく気味は悪いが、ぼんやり人の側で漂っているだけに過ぎない。しかし彼女の影はなぜ活動的なのだろうか。今にもこちらへ飛びかからんと狙っているかのようだ。
深く考え込みそうになったが、彼女を放置していた自分に気付き、口を開いて謝罪の言葉を述べると。
「謝罪というものはだね。真摯な態度で向き合って、心から謝るべきであって、嫌々謝られたって何の意味もないのであり」
彼女が不満そうに呟くので私は慌てて視線を戻して再び謝罪すると、今度は彼女の方が驚いたように眉を上げた。
おまけに。
「何とな!? こやつ、私の心を読んだ!?」
ときたもんだ……。
王族相手に、なかなかふてぶてし……肝が据わった女性らしい。時代が時代なら首一つ飛び、御家取り潰しの流れとなるだろう。
けれど私はそんな彼女に自然と笑みがこぼれた。
こうも真っ直ぐに自分の気持ちを態度で示し、言葉をそのままぶつけてくる人間も珍しい。仮面を被った人間ばかり相手にしてきたからなおさらだ。
すると彼女は私の寛大な様子からすっかり肩の力を抜いたらしい。その図々し、物怖じしない態度も見上げたものだと思う。もしかしたら昨日、号泣したかもしれないと考えたことは杞憂だったかもしれない。
私は気を取り直してロザンヌ嬢に謝罪すると、本題に入ることにした。
生憎と彼女の目には影を捉えることはできなかったが、推測通り、影を消すことが証明された。その時の私は身内でも近年まれに見るほど、気分が高揚した様子だったと思う。自分のことだけではなく、歴代の王族が苦しんできた呪い解明の鍵となる予感がしたからだ。
何も分からない彼女は若干引いていたようにも見えたが、まあ、お互い様だろう。
菓子と茶を用意すれば目を爛々とさせ、事情を話して聞かせれば興味無いとばかりに死んだ目のようになり、彼女は言葉だけではなく態度からも自分の感情を隠そうとはしない。……いや、開き直って隠さないことにしたのかもしれない。
王族相手に決して褒められた態度ではないが、彼女を前に私もまた自分を取り繕う必要はないと感じた。素の自分でいられることがどれだけ肩の力を抜いて呼吸できることなのか、きっと彼女には分からない。
「ロザンヌ嬢、あの社交界デビューの日の事だが、家に帰ってから泣いたり……したか?」
ある日、執務室にて気にかかっていた事を尋ねてみると。
「え? 泣いた? ああ! ええ。あの日は足の痺れに泣きましたねー」
「足の痺れ?」
不審そうに眉をひそめて尋ねると、彼女ははっと表情を変えた。
「あ!? い、いえ! 殿下に拒絶されたあの日のことですね! それはもう、号泣ですよ号泣。大号泣!」
「足の痺れとは」
「そんな事よりも殿下! お天気も良いことですし、窓を開けて空気の入れ替えをしてもよろしいでしょうか」
「……ああ。頼む」
話を変えたいらしいロザンヌ嬢に許可を出すと、彼女は私の背後の窓を開け放つ。すると、気持ちの良いそよ風が部屋の中へと舞い込んだ。
彼女は間違いなくこの王宮の閉ざされた窓を開け、新鮮な空気と共に眩しい光を取り込んでくれることだろう。
「よろしいですか、殿下。健康の一番はですね。自然の力を一身に浴び――あ。殿下の場合、窓を開けたままにしておいたら王家を狙う謀反人により後頭部をヒューン、ズトーンッと矢の方を浴びそうですね。失礼いたしました」
彼女はそう言いながら、拳二つ重ねて置いた自分の頭を少し前に倒して実演してみせた。
うん。実に茶目っ気のある天真爛漫な少女だ。
だが、王族の私に対して少しくらいは敬意を払ってもらっても罰は当たらない……かもしれない。
39
あなたにおすすめの小説
身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~
椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」
私を脅して、別れを決断させた彼の両親。
彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。
私とは住む世界が違った……
別れを命じられ、私の恋が終わった。
叶わない身分差の恋だったはずが――
※R-15くらいなので※マークはありません。
※視点切り替えあり。
※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。
牢で死ぬはずだった公爵令嬢
鈴元 香奈
恋愛
婚約していた王子に裏切られ無実の罪で牢に入れられてしまった公爵令嬢リーゼは、牢番に助け出されて見知らぬ男に託された。
表紙女性イラストはしろ様(SKIMA)、背景はくらうど職人様(イラストAC)、馬上の人物はシルエットACさんよりお借りしています。
小説家になろうさんにも投稿しています。
アンジェリーヌは一人じゃない
れもんぴーる
恋愛
義母からひどい扱いされても我慢をしているアンジェリーヌ。
メイドにも冷遇され、昔は仲が良かった婚約者にも冷たい態度をとられ居場所も逃げ場所もなくしていた。
そんな時、アルコール入りのチョコレートを口にしたアンジェリーヌの性格が激変した。
まるで別人になったように、言いたいことを言い、これまで自分に冷たかった家族や婚約者をこぎみよく切り捨てていく。
実は、アンジェリーヌの中にずっといた魂と入れ替わったのだ。
それはアンジェリーヌと一緒に生まれたが、この世に誕生できなかったアンジェリーヌの双子の魂だった。
新生アンジェリーヌはアンジェリーヌのため自由を求め、家を出る。
アンジェリーヌは満ち足りた生活を送り、愛する人にも出会うが、この身体は自分の物ではない。出来る事なら消えてしまった可哀そうな自分の半身に幸せになってもらいたい。でもそれは自分が消え、愛する人との別れの時。
果たしてアンジェリーヌの魂は戻ってくるのか。そしてその時もう一人の魂は・・・。
*タグに「平成の歌もあります」を追加しました。思っていたより歌に注目していただいたので(*´▽`*)
(なろうさま、カクヨムさまにも投稿予定です)
【完結】地味な私と公爵様
ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。
端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。
そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。
...正直私も信じていません。
ラエル様が、私を溺愛しているなんて。
きっと、きっと、夢に違いありません。
お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)
0歳児に戻った私。今度は少し口を出したいと思います。
アズやっこ
恋愛
❈ 追記 長編に変更します。
16歳の時、私は第一王子と婚姻した。
いとこの第一王子の事は好き。でもこの好きはお兄様を思う好きと同じ。だから第二王子の事も好き。
私の好きは家族愛として。
第一王子と婚約し婚姻し家族愛とはいえ愛はある。だから何とかなる、そう思った。
でも人の心は何とかならなかった。
この国はもう終わる…
兄弟の対立、公爵の裏切り、まるでボタンの掛け違い。
だから歪み取り返しのつかない事になった。
そして私は暗殺され…
次に目が覚めた時0歳児に戻っていた。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 作者独自の設定です。こういう設定だとご了承頂けると幸いです。
いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!
夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。
しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。
ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。
愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。
いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。
一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ!
世界観はゆるいです!
カクヨム様にも投稿しております。
※10万文字を超えたので長編に変更しました。
ぐうたら令嬢は公爵令息に溺愛されています
Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のレイリスは、今年で16歳。毎日ぐうたらした生活をしている。貴族としてはあり得ないような服を好んで着、昼間からゴロゴロと過ごす。
ただ、レイリスは非常に優秀で、12歳で王都の悪党どもを束ね揚げ、13歳で領地を立て直した腕前。
そんなレイリスに、両親や兄姉もあまり強く言う事が出来ず、専属メイドのマリアンだけが口うるさく言っていた。
このままやりたい事だけをやり、ゴロゴロしながら一生暮らそう。そう思っていたレイリスだったが、お菓子につられて参加したサフィーロン公爵家の夜会で、彼女の運命を大きく変える出来事が起こってしまって…
※ご都合主義のラブコメディです。
よろしくお願いいたします。
カクヨムでも同時投稿しています。
【完結】一番腹黒いのはだあれ?
やまぐちこはる
恋愛
■□■
貧しいコイント子爵家のソンドールは、貴族学院には進学せず、騎士学校に通って若くして正騎士となった有望株である。
三歳でコイント家に養子に来たソンドールの生家はパートルム公爵家。
しかし、関わりを持たずに生きてきたため、自分が公爵家生まれだったことなどすっかり忘れていた。
ある日、実の父がソンドールに会いに来て、自分の出自を改めて知り、勝手なことを言う実父に憤りながらも、生家の騒動に巻き込まれていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる