つかれやすい殿下のために掃除婦として就くことになりました

樹里

文字の大きさ
221 / 315

第221話 白湯をお持ちします

しおりを挟む
 ユリアに大丈夫ですかと声をかけられて、正気を取り戻した。一方、殿下も体調が戻ったようだ。身を起こされた。

「ロザンヌ様、殿下。お体の調子が悪いのでしょうか。お医者様をお呼びいたしましょうか」

 それぞれ赤と青の顔色に変えて伏せていた私たちの姿を発見してしまったユリアは尋ねてきた。

「いいえ、大丈夫。もう体調が戻ったわ」
「ああ。問題ない」

 殿下も同様に頷かれたのを見て、私はユリアにお願いをする。

「それよりユリア。白湯を持って来てくれるかしら?」
「白湯ならここに……かしこまりました」

 少し席を外してくれるかしらという意味を読み取ってくれたらしい。
 ユリアはそのまま立ち去った。

 私は彼女の背中を見送った後、殿下に視線を向ける。
 まだ直接視線を合わせるのは気恥ずかしいので、若干外してはいるけれど。

「あの殿下、先ほどのことですが」
「ああ」
「……どういうおつもりでしょうか」

 私は多少、咎めるような口調で尋ねると、殿下は不甲斐なさそうにため息をついた。

「そうだな。格好がつかなくて悪かった」
「え? 格好?」

 あ、倒れてしまったことについて?

「あ、いえ。格好の問題ではなく。そ、その。く、口づ――わたくしにな、なさったことについてです!」
「私の返答についてか?」
「へ、返答? 返答だったのですか? どうしてあれが返答になるのですか! わたくしの気持ちをお察しなさったのでしょう。わたくしとは好きの意味が違うかもしれないとおっしゃったではありませんか」

 恥ずかしさでつい詰問口調になってしまう。

「それは、君とは好きの熱量が違うかもしれないと思ったからだ」
「好きの熱量?」

 好きに熱量があるの? ああ。好きと大好きってことかな?

 殿下は視線を逸らして少し気まずそうに頬を掻いていたが、私を真っ直ぐに見つめてきた。
 真剣な瞳にどきりと胸が高まる。

「君は側にいるだけで満足かもしれないが、私は君に触れたい、抱きしめたい、口づ――」
「わーわーわーっ! 分かりました分かりました分かりました!」

 心臓の鼓動の速さが尋常じゃない!
 私は殿下の言葉を最後まで聞いていられなくて、手振り身振りと共に大声で遮った。

「落ち着け。また熱が出るぞ」

 興奮させた元凶が私をたしなめる。
 私は深呼吸を繰り返して何とか呼吸を整え、気持ちを落ち着かせたところで、再び文句を言うために口を開く。

「あ、あのですね。でも。何もその口――行動に移さなくても、言葉でお伝えいただいたら」
「君が目を伏せたから、言葉よりも行動してほしいのかと思って」

 え? 私のせいだったの? た、確かに私は目を閉じましたが。――え? キ、キス待ち顔に見えたってこと!?
 ……いやいやいやいや。羞恥ではなくて、覚悟を決めた苦悶の表情だったはず。

「あ、あれはですね。殿下のお返事が怖くて目をつぶってしまっただけなのです!」
「え? そう、だったのか? そうか……。あ、いや」

 殿下はこほんと咳払いした。

「だが、おかげで私の気持ちを誤解なく分かってもらえたかと思う」
「は、はい。ですが、何が何だか」

 びっくりして思考が完全停止してしまったから。

「それにその。お言葉も頂いておりませんし」
「ああ、そうか」

 殿下は前髪をうるさそうに掻き上げると、訝しげな眼差しを私に向ける。

「念のために確認するが、君こそ、慕うの意味は敬愛の意味ではないだろうな」
「も、もちろんです。わたくしは殿下に敬意を抱いたことはございません!」
「いや。敬意は抱こうか……」

 拳を作って力説する私に殿下は顔を引きつらせて笑った。

「あ! す、少しくらいは持っております!」
「それで取り繕っているつもりかな」

 慌てて言い訳する私をじろりと睨み付けてくる殿下と視線を合わせる。そしてどちらともなくぷっと吹き出した。
 何とも私たちらしい会話だ。でもそのおかげで肩の力が抜けたように思う。

 ひとしきり笑って雰囲気が和やかになった頃。

「ロザンヌ嬢」
「は、はい!」

 殿下の表情に笑みはなく、真剣な眼差しに変わっている。
 思わず身を正した。

「改めて君に思いを伝えたいと思う。――私はロザンヌ嬢、君のことが好きだ」

 歯が浮くような台詞でもなく、飾り気も情緒も何もない端的な言葉だけれど、殿下の熱っぽく揺らぐ瞳と共に心臓に突き刺さり、言葉が詰まる。

「わ……わ、わたくしも」

 頬に集まる熱がさらに頭まで上昇しそうで、一度手をぎゅっと握る。

「殿下をお、お慕いしております」
「……ありがとう」

 殿下はふっと相好を崩し、ベッドに手を置いて身を乗り出すとこちらへ迫ってきた。

 え。え? え!?
 ち、近い! 顔近い!

「で、殿下。わたくしに近付きますと、また」

 恥ずかしいやら、焦る気持ちやらで、先ほどの二の舞ですと殿下を牽制しようとするが。

「ロザンヌ」

 かすれた低い声で囁かれて身が硬直する。

「で、殿下」
「ロザンヌ――好きだ」

 再度囁かれた熱い吐息がかかり、唇が触れるかと思われたその時。

 ――コンコンッ。
 軽いノックの後、扉を開けられ。

「ロザンヌ様、白湯をお持ち――殿下の白湯もお持ちします」

 お盆に白湯を用意していたユリアは、何事もなかったかのように顔色一つ変えず無表情で扉を閉めた。

 いえ、ユリア。
 もう白湯はいいです……。
しおりを挟む
感想 262

あなたにおすすめの小説

転生貧乏令嬢メイドは見なかった!

seo
恋愛
 血筋だけ特殊なファニー・イエッセル・クリスタラーは、名前や身元を偽りメイド業に勤しんでいた。何もないただ広いだけの領地はそれだけでお金がかかり、古い屋敷も修繕費がいくらあっても足りない。  いつものようにお茶会の給仕に携わった彼女は、令息たちの会話に耳を疑う。ある女性を誰が口説き落とせるかの賭けをしていた。その対象は彼女だった。絶対こいつらに関わらない。そんな決意は虚しく、親しくなれるように手筈を整えろと脅され断りきれなかった。抵抗はしたものの身分の壁は高く、メイドとしても令嬢としても賭けの舞台に上がることに。  これは前世の記憶を持つ貧乏な令嬢が、見なかったことにしたかったのに巻き込まれ、自分の存在を見なかったことにしない人たちと出会った物語。 #逆ハー風なところあり #他サイトさまでも掲載しています(作者名2文字違いもあり)

王宮に薬を届けに行ったなら

佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。 カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。 この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。 慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。 弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。 「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」 驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。 「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」 ※ベリーズカフェにも掲載中です。そちらではラナの設定が変わっています。(貴族→庶民)それにより、内容も少し変更しておりますのであわせてお楽しみください。

次期騎士団長の秘密を知ってしまったら、迫られ捕まってしまいました

Karamimi
恋愛
侯爵令嬢で貴族学院2年のルミナスは、元騎士団長だった父親を8歳の時に魔物討伐で亡くした。一家の大黒柱だった父を亡くしたことで、次期騎士団長と期待されていた兄は騎士団を辞め、12歳という若さで侯爵を継いだ。 そんな兄を支えていたルミナスは、ある日貴族学院3年、公爵令息カルロスの意外な姿を見てしまった。学院卒院後は騎士団長になる事も決まっているうえ、容姿端麗で勉学、武術も優れているまさに完璧公爵令息の彼とはあまりにも違う姿に、笑いが止まらない。 お兄様の夢だった騎士団長の座を奪ったと、一方的にカルロスを嫌っていたルミナスだが、さすがにこの秘密は墓場まで持って行こう。そう決めていたのだが、翌日カルロスに捕まり、鼻息荒く迫って来る姿にドン引きのルミナス。 挙句の果てに“ルミタン”だなんて呼ぶ始末。もうあの男に関わるのはやめよう、そう思っていたのに… 意地っ張りで素直になれない令嬢、ルミナスと、ちょっと気持ち悪いがルミナスを誰よりも愛している次期騎士団長、カルロスが幸せになるまでのお話しです。 よろしくお願いしますm(__)m

幼馴染の生徒会長にポンコツ扱いされてフラれたので生徒会活動を手伝うのをやめたら全てがうまくいかなくなり幼馴染も病んだ

猫カレーฅ^•ω•^ฅ
恋愛
ずっと付き合っていると思っていた、幼馴染にある日別れを告げられた。 そこで気づいた主人公の幼馴染への依存ぶり。 たった一つボタンを掛け違えてしまったために、 最終的に学校を巻き込む大事件に発展していく。 主人公は幼馴染を取り戻すことが出来るのか!?

嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜

みおな
恋愛
 伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。  そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。  その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。  そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。  ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。  堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

悪役令息(冤罪)が婿に来た

花車莉咲
恋愛
前世の記憶を持つイヴァ・クレマー 結婚等そっちのけで仕事に明け暮れていると久しぶりに参加した王家主催のパーティーで王女が婚約破棄!? 王女が婚約破棄した相手は公爵令息? 王女と親しくしていた神の祝福を受けた平民に嫌がらせをした? あれ?もしかして恋愛ゲームの悪役令嬢じゃなくて悪役令息って事!?しかも公爵家の元嫡男って…。 その時改めて婚約破棄されたヒューゴ・ガンダー令息を見た。 彼の顔を見た瞬間強い既視感を感じて前世の記憶を掘り起こし彼の事を思い出す。 そうオタク友達が話していた恋愛小説のキャラクターだった事を。 彼が嫌がらせしたなんて事実はないという事を。 その数日後王家から正式な手紙がくる。 ヒューゴ・ガンダー令息と婚約するようにと「こうなったらヒューゴ様は私が幸せする!!」 イヴァは彼を幸せにする為に奮闘する。 「君は…どうしてそこまでしてくれるんだ?」「貴方に幸せになってほしいからですわ!」 心に傷を負い悪役令息にされた男とそんな彼を幸せにしたい元オタク令嬢によるラブコメディ! ※ざまぁ要素はあると思います。 ※何もかもファンタジーな世界観なのでふわっとしております。

アンジェリーヌは一人じゃない

れもんぴーる
恋愛
義母からひどい扱いされても我慢をしているアンジェリーヌ。 メイドにも冷遇され、昔は仲が良かった婚約者にも冷たい態度をとられ居場所も逃げ場所もなくしていた。 そんな時、アルコール入りのチョコレートを口にしたアンジェリーヌの性格が激変した。 まるで別人になったように、言いたいことを言い、これまで自分に冷たかった家族や婚約者をこぎみよく切り捨てていく。 実は、アンジェリーヌの中にずっといた魂と入れ替わったのだ。 それはアンジェリーヌと一緒に生まれたが、この世に誕生できなかったアンジェリーヌの双子の魂だった。 新生アンジェリーヌはアンジェリーヌのため自由を求め、家を出る。 アンジェリーヌは満ち足りた生活を送り、愛する人にも出会うが、この身体は自分の物ではない。出来る事なら消えてしまった可哀そうな自分の半身に幸せになってもらいたい。でもそれは自分が消え、愛する人との別れの時。 果たしてアンジェリーヌの魂は戻ってくるのか。そしてその時もう一人の魂は・・・。 *タグに「平成の歌もあります」を追加しました。思っていたより歌に注目していただいたので(*´▽`*) (なろうさま、カクヨムさまにも投稿予定です)

処理中です...