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第235話 ノエル・ブラックウェルの手記(三)
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「ブラックウェル騎士官長」
背後から声をかけられて何気なく振り返り、その人物の姿を認めると私は直ちに礼を取った。
「これは国王陛下。失礼いたしました」
「いや。少し君に話があってね。ここでは何だから、部屋に来てくれるかい」
「……承知いたしました」
陛下の執務室に入ると、陛下は重い息を吐きながら気だるそうに腰掛けられた。
今年は日照り続きで凶作が見込まれている。エスメラルダ様の声を受けてルイス殿下が何とか是正しようと動いてはおられるが、食料の値は上がる一方で、隣国からの穀物取引の税も相変わらず高止まり状態だ。しかし豊作時と変わらぬ税収で苦しむ民から減税の声が上がり、対策を求められている。
片や、発言力の高い上級貴族側からは税の引き下げを断固拒絶され、両挟みとなっている状態に陛下はご苦労なさっているようだ。心身共にお疲れなのか、顔色もあまり良くなく、少しやつれられたのではないだろうか。目にもお力がない様子だ。
職務上の越権行為は禁じられており、この国の一騎士である私には陛下のお力になることはできないが、お体を案じるぐらいは許されるだろう。
「お疲れのご様子ですが、大丈夫でしょうか」
「ああ、ありがとう。最近、忙しくてな。少々疲れてはいるが、何とか動けている。――さて」
一息つかれたところで陛下が話を切り出された。
「話とは他でもないルイスのことだ」
「はい」
「最近、城下町の薬屋に入り浸っていると聞く。本当かね」
「間違いはありません」
事実であり、嘘をつくこともない。
私は素直に頷いた。
「その女店主にうつつを抜かしていると聞くが?」
「確かに薬屋には度々ご訪問されておられますが、政務を怠ってはおられません。それどころか人並み以上のことをなさっています」
王位継承権を放棄してもいいなどと口にする殿下ではあるが、現時点の自分のご立場はきちんと弁えられている。エスメラルダ様に会いに行って政務に手を抜くということは決してしない。おそらくだが誰にも文句をつけられないようにするためだろう。
だからこそ私は殿下を強くお止めすることはできない。
「それはそうだな。最近、国の仕事には熱の入れ方が違う。ルイスが精力的に動いているのは彼女の存在がそうさせているのか」
陛下のお言葉には違う意味も含まれているようにも思える。しかし私の言葉で偏りを生じさせてはいけない。事実を述べるのみに留めることにする。
「彼女は民の現状をお伝えされているだけです。殿下がその声を拾い上げて、民の暮らしの向上のためにご尽力なさっているのです」
「そうか。ではルイスがその女性にベタ惚れだと言うが、君はどう思う?」
陛下は一体どこまでご存知なのだろう。殿下がエスメラルダ様とご結婚を望まれていることを既にご存じなのだろうか。もしそうではないのならば、私が代わって口を開くべきではない。
「……と、申しますと」
「君の目から見て、ルイスは本気だと思うか?」
王族という立場でありながら誰にでも気さくなお方ではあるが、軽々しく好意を口にする方でもないとは思っている。まして求婚の言葉だ。しかし、殿下の真意と言えば。
「申し訳ありません。私には分かりかねます」
本気で王位継承権を放棄してまで彼女と一緒になりたいと考えておられるのかは分からない。いや。殿下のことだ。本気でお考え、どうしたら彼女と一緒になれるのか、模索中なのかもしれないが。
ただ一つ、今確かに言えることは、エスメラルダ様はご自分のお立場を弁えられているということだけ。彼女が王妃になることも、殿下が平民へと下ることも望まれてはいないだろう。だから、殿下の願いが叶えられることは……ないはずだ。
「そうか。君でも分からぬか。では、ルイスはこのフォンテーヌ王国に必要な人間だと思うか?」
「もちろんです。殿下はとても聡明で人望があるお方です。たびたび視察に訪れて町の改善に乗り出されておられますから、民からも慕われております。殿下はこの国に必要とされているお方なのです」
「……そうだな。ルイスは発言力も実行力もある。きっと私より上手くやるだろう」
陛下はなぜか心苦しそうに微笑まれる。
「おかげで決心がついたよ」
そのお言葉に、なぜかざわりとした嫌な感触が這い上がった。
「陛下、一体どう――。いえ、失礼いたしました」
反射的に何の決心かと問いかけそうになったが、自分の立場を思い出して口を閉ざす。
陛下は私の言動を見て、また疲れたように微笑まれた。
背後から声をかけられて何気なく振り返り、その人物の姿を認めると私は直ちに礼を取った。
「これは国王陛下。失礼いたしました」
「いや。少し君に話があってね。ここでは何だから、部屋に来てくれるかい」
「……承知いたしました」
陛下の執務室に入ると、陛下は重い息を吐きながら気だるそうに腰掛けられた。
今年は日照り続きで凶作が見込まれている。エスメラルダ様の声を受けてルイス殿下が何とか是正しようと動いてはおられるが、食料の値は上がる一方で、隣国からの穀物取引の税も相変わらず高止まり状態だ。しかし豊作時と変わらぬ税収で苦しむ民から減税の声が上がり、対策を求められている。
片や、発言力の高い上級貴族側からは税の引き下げを断固拒絶され、両挟みとなっている状態に陛下はご苦労なさっているようだ。心身共にお疲れなのか、顔色もあまり良くなく、少しやつれられたのではないだろうか。目にもお力がない様子だ。
職務上の越権行為は禁じられており、この国の一騎士である私には陛下のお力になることはできないが、お体を案じるぐらいは許されるだろう。
「お疲れのご様子ですが、大丈夫でしょうか」
「ああ、ありがとう。最近、忙しくてな。少々疲れてはいるが、何とか動けている。――さて」
一息つかれたところで陛下が話を切り出された。
「話とは他でもないルイスのことだ」
「はい」
「最近、城下町の薬屋に入り浸っていると聞く。本当かね」
「間違いはありません」
事実であり、嘘をつくこともない。
私は素直に頷いた。
「その女店主にうつつを抜かしていると聞くが?」
「確かに薬屋には度々ご訪問されておられますが、政務を怠ってはおられません。それどころか人並み以上のことをなさっています」
王位継承権を放棄してもいいなどと口にする殿下ではあるが、現時点の自分のご立場はきちんと弁えられている。エスメラルダ様に会いに行って政務に手を抜くということは決してしない。おそらくだが誰にも文句をつけられないようにするためだろう。
だからこそ私は殿下を強くお止めすることはできない。
「それはそうだな。最近、国の仕事には熱の入れ方が違う。ルイスが精力的に動いているのは彼女の存在がそうさせているのか」
陛下のお言葉には違う意味も含まれているようにも思える。しかし私の言葉で偏りを生じさせてはいけない。事実を述べるのみに留めることにする。
「彼女は民の現状をお伝えされているだけです。殿下がその声を拾い上げて、民の暮らしの向上のためにご尽力なさっているのです」
「そうか。ではルイスがその女性にベタ惚れだと言うが、君はどう思う?」
陛下は一体どこまでご存知なのだろう。殿下がエスメラルダ様とご結婚を望まれていることを既にご存じなのだろうか。もしそうではないのならば、私が代わって口を開くべきではない。
「……と、申しますと」
「君の目から見て、ルイスは本気だと思うか?」
王族という立場でありながら誰にでも気さくなお方ではあるが、軽々しく好意を口にする方でもないとは思っている。まして求婚の言葉だ。しかし、殿下の真意と言えば。
「申し訳ありません。私には分かりかねます」
本気で王位継承権を放棄してまで彼女と一緒になりたいと考えておられるのかは分からない。いや。殿下のことだ。本気でお考え、どうしたら彼女と一緒になれるのか、模索中なのかもしれないが。
ただ一つ、今確かに言えることは、エスメラルダ様はご自分のお立場を弁えられているということだけ。彼女が王妃になることも、殿下が平民へと下ることも望まれてはいないだろう。だから、殿下の願いが叶えられることは……ないはずだ。
「そうか。君でも分からぬか。では、ルイスはこのフォンテーヌ王国に必要な人間だと思うか?」
「もちろんです。殿下はとても聡明で人望があるお方です。たびたび視察に訪れて町の改善に乗り出されておられますから、民からも慕われております。殿下はこの国に必要とされているお方なのです」
「……そうだな。ルイスは発言力も実行力もある。きっと私より上手くやるだろう」
陛下はなぜか心苦しそうに微笑まれる。
「おかげで決心がついたよ」
そのお言葉に、なぜかざわりとした嫌な感触が這い上がった。
「陛下、一体どう――。いえ、失礼いたしました」
反射的に何の決心かと問いかけそうになったが、自分の立場を思い出して口を閉ざす。
陛下は私の言動を見て、また疲れたように微笑まれた。
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