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第260話 毒見役
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家に到着すると昼食の完成間近だったので、準備が終わるまで殿下に一息をついていただく。
ジェラルドさんとユリアは殿下との食事会を固辞したので、御者様と共に別室に食事が用意されることになり、両親と兄たち、そして私が同席することとなった。
準備が終わり、皆でダイニングルームへと足を向けた。
殿下がいらっしゃるということで、特別な料理を慌てて用意したのだろう。もちろん王宮で出される料理と違って高級食材ばかりを使った豪勢な料理とは言えないが、料理長のルーサーさんが目一杯腕をふるって作ってくれたというのがありありと分かる。
自慢の地元の食材を使っており、新鮮さと食材本来の旨味だけは保証できる。
「とても素晴らしい料理ですね。突然の訪問にもかかわらず、ここまでご用意いただいて誠にありがとうございます。あらためまして、不躾けにも急な訪問で大変申し訳ございませんでした」
「そ、そんな。もったいないお言葉でございます」
殿下の丁寧なお言葉に、いや、同じテーブルに着いていることだけで感激していて、家族の者は誰も気付いていないようだ。そもそも我が家には、毒見役など必要としたことがないから余計だ。
ジェラルドさんはここに同席していないし、毒見をしたご様子もないし、私一人そわそわしてしまう。
「それでは、そろそろお食事を始めましょうか」
父が食事の挨拶を告げる。
え! 本当に始まっちゃう!? や、やっぱり言わなきゃだめだわ!
後で気付いたら、お父様もお母様も卒倒してしまうに決まっている。そうでなくても罪悪感に苛まれるに違いない。
「あ、あの!」
私はたまらず立ち上がった。
当然、母は表情を硬くして私を叱責する。
「ロザンヌ!? あ、あなた、何と無作法なことを」
「大変申し訳ありません。けれどお食事前にどうしても一言申し上げたくて」
私の悲壮感あふれる表情を察した父はたしなめることなく頷き、殿下にお伺いを立ててくれた。
「エルベルト殿下、娘の無礼を私からもお詫び申し上げます。大変申し訳ありません。ですが、無礼を承知でお願いいたします。娘が何か申し上げたいようですが、発言をお許しいただけるでしょうか」
「もちろんです。どうぞ」
殿下が私を見て余所行きの笑みを浮かべた。
父が私に頷き、皆が見守る中、私はこくんと息を呑むと口を開く。
「お食事の席でお騒がせして大変失礼いたしました。ですが、お食事前だからこそ申し上げたかったのです」
「ええ。何でしょう」
密かに面白がった様子の殿下がちょっと憎らしい。けれど、それで少し肩の力が抜けた。
「はい。失礼ですが実はうちには毒見役がおりませんもので、僭越ながらわたくしがその役を買って出たいと思った次第でございます」
私がそう言った瞬間、この場は凍りついた――ように思えた。
事態にようやく気付いた父と兄たちは顔を強張らせ、母も青ざめた。殿下はと言うと思いもつかなかったようで、目を見開いて驚いている。
なぜ驚いているのですか! と言うか、ジェラルドさんまでお気づきにならなかったのかしら。お二人とも不用意すぎますよ!
私は心の中で叱責してみる。
……みるのは後でいいけれど、とりあえずこの静まり返った場をどう収めようか。そこまで考えていなかったです。
すると殿下が唇を薄く横に引いた。
「そうですね。確かに失礼なことですね」
「あ……」
どくりと心臓が痛いほど高鳴った。私が下手なことを言ったせいで、両親が咎められるのではないかと。
しかし殿下の次のお言葉に、今度は私が目を見張った。
「私が毒見役を必要としているはずだとお考えだったことが」
「え」
殿下はスプーンを手に取ったかと思うや、瞬く間に一匙のスープを口の中に運んだ。
「うん。とても。本当に美味しいです」
微笑む殿下に皆、呆然としていると、殿下はスプーンを置いて父をご覧になる。
「無作法、失礼いたしました」
「い、いえ」
「ダングルベール子爵殿。まだほんの短いお時間のことでしたが、今朝、貴方とご一緒してこのサンルーモの地と同じく美しく、来訪者を温かく迎え入れてくれるような、とても心広く清く誠実なお方だということが分かりました」
「殿下……」
父は感動で言葉をそれ以上紡げずにいると殿下は笑みを残し、視線を私に移した。
「何よりもあなたが生まれ育ったお家です。この場に毒見役など必要ありません」
「――っ」
……ま、まずいです。私まで感動で震えてしまいそうです。いえ。震えているかもしれません。
「あ、ありがとう存じます。寛大なお心、誠にありがとうございました」
溢れる感情を抑えて何とかお礼を申し上げると、場はほっと緊張が緩む。
父はそれを見計らって当主としての立場で仕切り直すと、それではあらためまして食事を始めましょうとお声を上げた。
ジェラルドさんとユリアは殿下との食事会を固辞したので、御者様と共に別室に食事が用意されることになり、両親と兄たち、そして私が同席することとなった。
準備が終わり、皆でダイニングルームへと足を向けた。
殿下がいらっしゃるということで、特別な料理を慌てて用意したのだろう。もちろん王宮で出される料理と違って高級食材ばかりを使った豪勢な料理とは言えないが、料理長のルーサーさんが目一杯腕をふるって作ってくれたというのがありありと分かる。
自慢の地元の食材を使っており、新鮮さと食材本来の旨味だけは保証できる。
「とても素晴らしい料理ですね。突然の訪問にもかかわらず、ここまでご用意いただいて誠にありがとうございます。あらためまして、不躾けにも急な訪問で大変申し訳ございませんでした」
「そ、そんな。もったいないお言葉でございます」
殿下の丁寧なお言葉に、いや、同じテーブルに着いていることだけで感激していて、家族の者は誰も気付いていないようだ。そもそも我が家には、毒見役など必要としたことがないから余計だ。
ジェラルドさんはここに同席していないし、毒見をしたご様子もないし、私一人そわそわしてしまう。
「それでは、そろそろお食事を始めましょうか」
父が食事の挨拶を告げる。
え! 本当に始まっちゃう!? や、やっぱり言わなきゃだめだわ!
後で気付いたら、お父様もお母様も卒倒してしまうに決まっている。そうでなくても罪悪感に苛まれるに違いない。
「あ、あの!」
私はたまらず立ち上がった。
当然、母は表情を硬くして私を叱責する。
「ロザンヌ!? あ、あなた、何と無作法なことを」
「大変申し訳ありません。けれどお食事前にどうしても一言申し上げたくて」
私の悲壮感あふれる表情を察した父はたしなめることなく頷き、殿下にお伺いを立ててくれた。
「エルベルト殿下、娘の無礼を私からもお詫び申し上げます。大変申し訳ありません。ですが、無礼を承知でお願いいたします。娘が何か申し上げたいようですが、発言をお許しいただけるでしょうか」
「もちろんです。どうぞ」
殿下が私を見て余所行きの笑みを浮かべた。
父が私に頷き、皆が見守る中、私はこくんと息を呑むと口を開く。
「お食事の席でお騒がせして大変失礼いたしました。ですが、お食事前だからこそ申し上げたかったのです」
「ええ。何でしょう」
密かに面白がった様子の殿下がちょっと憎らしい。けれど、それで少し肩の力が抜けた。
「はい。失礼ですが実はうちには毒見役がおりませんもので、僭越ながらわたくしがその役を買って出たいと思った次第でございます」
私がそう言った瞬間、この場は凍りついた――ように思えた。
事態にようやく気付いた父と兄たちは顔を強張らせ、母も青ざめた。殿下はと言うと思いもつかなかったようで、目を見開いて驚いている。
なぜ驚いているのですか! と言うか、ジェラルドさんまでお気づきにならなかったのかしら。お二人とも不用意すぎますよ!
私は心の中で叱責してみる。
……みるのは後でいいけれど、とりあえずこの静まり返った場をどう収めようか。そこまで考えていなかったです。
すると殿下が唇を薄く横に引いた。
「そうですね。確かに失礼なことですね」
「あ……」
どくりと心臓が痛いほど高鳴った。私が下手なことを言ったせいで、両親が咎められるのではないかと。
しかし殿下の次のお言葉に、今度は私が目を見張った。
「私が毒見役を必要としているはずだとお考えだったことが」
「え」
殿下はスプーンを手に取ったかと思うや、瞬く間に一匙のスープを口の中に運んだ。
「うん。とても。本当に美味しいです」
微笑む殿下に皆、呆然としていると、殿下はスプーンを置いて父をご覧になる。
「無作法、失礼いたしました」
「い、いえ」
「ダングルベール子爵殿。まだほんの短いお時間のことでしたが、今朝、貴方とご一緒してこのサンルーモの地と同じく美しく、来訪者を温かく迎え入れてくれるような、とても心広く清く誠実なお方だということが分かりました」
「殿下……」
父は感動で言葉をそれ以上紡げずにいると殿下は笑みを残し、視線を私に移した。
「何よりもあなたが生まれ育ったお家です。この場に毒見役など必要ありません」
「――っ」
……ま、まずいです。私まで感動で震えてしまいそうです。いえ。震えているかもしれません。
「あ、ありがとう存じます。寛大なお心、誠にありがとうございました」
溢れる感情を抑えて何とかお礼を申し上げると、場はほっと緊張が緩む。
父はそれを見計らって当主としての立場で仕切り直すと、それではあらためまして食事を始めましょうとお声を上げた。
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