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第287話 国王陛下のお言葉

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 クロエ様の旦那様とはつゆ知らず失礼いたしました、若輩者ゆえどうぞよしなにと道中、それはもう低姿勢に低姿勢に謝罪しつつ陛下の執務室前にまでやって来た。

 さて。ここからはまた別世界だ。
 私は息を吐くと気持ちを切り替える。
 フェリクス様は私の準備が整ったところを見計らって、執務室の扉をノックした。
 入室を許可され、私はフェリクス様にありがとうございましたと目礼すると足を踏み入れる。

「ロザンヌ・ダングルベールでございます」

 私は陛下に礼を取る。

「おぉ。ロザンヌ嬢、呼び出してすまなかったね。掛けてくれ」

 陛下はご自分の席から立ち上がると、来客用のソファーに誘導してくださった。
 あまりじろじろ部屋を見渡すわけにはいかなかったが、内装は殿下の執務室と同じように派手な様相ではなく、落ち着いたものとなっている。ただ、殿下のお部屋よりは広いようだ。

「ありがとうございます。失礼いたします」

 陛下がお座りになった後、私も腰を下ろす。

「話とはこの度のことだ。本当にありがとう。君には感謝してもしきれない」
「いいえ。とんでもないお話でございます。少しでもお力添えができたのならば、光栄に思います」

 いきなり立ち上がるのも失礼かと思い、私は座ったままで身を低くした。

「いやいや。少しだなんて謙遜だよ。長年の、とても長い年月の王家を悩ませる出来事だったからね。まあ、元はと言えば身から出た錆ではあったのだが……。これからは償いにもならないが、今までの歴史書も訂正していくし、また、エスメラルダ・ベルロンドの名誉を回復する。それに当たって、これまでの歴史ももう一度精査することにもなった」
「と申しますと?」

 尋ねる私に陛下は少し困ったように微笑まれる。

「無実の罪で罰せられた人が彼女だけとは限らないと思ってね。これまでは王家の呪いを解くことだけに躍起になっていて、見て見ぬ振りをしていたものが多かったと思う。だからそれらを見直していくことにした」
「そうですか」
「ああ。もしエスメラルダ・ベルロンドのように無実の罪で罰せられた者が出てくることがあれば、同様に名誉を回復していこうと思っている。また、墓石を建てるに当たり、森の整備も予定している」
「ありがとうございます」

 エスメラルダ様とネロの眠る地にも、柔らかで暖かな日差しが入り込みますように。

「君にも褒賞、と言っては失礼だが、何かを贈りたいと思う。本来なら爵位を与えるべき程の大きな貢献をしてくれたとは思うがそれは」
「いいえ。わたくしが致しましたことを父が受け取るとは到底思えません。お気持ちだけでも十分に光栄にございます」

 陛下の言葉を汲んで、私は先にお断りのお言葉を申し上げた。
 爵位を与えるには理由が当然必要だ。けれど王家の呪いを解いたと周りに説明できない以上、この出来事は無かったものに等しい。

「すまないね。しかし君が困らない何らかの褒賞は贈るつもりだから、それだけは受け取ってほしい」
「はい。ありがとう存じます」
「それと……もう一つ話があってね」

 陛下は少し気まずそうに切り出された。

「今、君が生活している部屋についてなんだが」
「はい」
「エルベルトの説明不足で君には迷惑をかけているのだが、実はあの部屋は王太子の婚約者が住まう部屋となっているのだよ」
「……はい」

 ああ、なるほど。
 とうとうこの日が来たということなのか。あのお部屋を早急に明け渡してほしいという。
 王家の呪いは解かれ、殿下の影祓いの任も解かれ、役に立たぬ見習い侍女はもはや不要なのだ。

 陛下は頬をお掻きになりつつ、ますます眉を落とされる。

「いや、すまなかったね。今回は特例とは言え、これから縁談が舞い込んでくるだろう君に良からぬ噂が立ってはと思ってね」
「良からぬ」
「いやほら。王子の手垢がついたなどと噂が立ったら君も困るだろう」

 手垢。王位第一継承者の手垢とは。むしろ殿下に女性の影が付きまとう方が迷惑のはずだ。謙遜して、いや、私に牽制の意味でおっしゃっているのだろう。

 可笑しくもないのに笑みが浮かぶ。それでいて、膝に置いた手だけは冷たく小刻みに震えていて。
 私はそれを握りつぶすように拳を作った。

「今まで私も気付かなくてね。君にはとても助けられたのに、私どもの配慮が足りなくて本当に申し訳ないことをしたと改めて謝罪したい。すまなかった」
「いいえ。陛下。こちらこそこれまで力量に似合わぬ多大なご厚情を賜り、誠にありがとうございました。すぐに荷作りを始めたいとは思うのですが、学校がお休みになりますので、もう二日ほどお待ちいただけますか」

 殿下がお出かけのその日に出発したい。笑顔で送り出し、笑顔で去って行きたい。

「い、いや! そんなに急にとは言っていないよ! 君は倒れたとも聞いている。疲れが出たのだろう。何度も慣れぬ環境に身を置かせることになって申し訳ない。もっと休養してほしい」
「いいえ。体ならもう大丈夫です。ただ、その日にお暇したいのです」
「そうか。――いや、君の都合のつく時で本当にいいからね」
「はい。最後までご配慮を賜り、誠にありがとうございました」

 私は話を終えると深く礼をとって執務室を出た。
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