つかれやすい殿下のために掃除婦として就くことになりました

樹里

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【番外編:第302~303話の間】

第305話 ノック音は邪魔です。――いえ。ノックを

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「それではわたくしはもう行くわ。お邪魔したわね」
「いいえ」
「はい」

 エルベルト殿下に向けて王妃殿下がぴっと舌を出されたので、どちらの返事が私だったかというのは分かっていただけると思う……。

「ロザンヌ様。また後日、お茶に誘いますから、ユリアさんと一緒にぜひ参加してね」
「ありがとうございます。楽しみにしております」
「ええ。こちらこそ楽しみにしているわ。ではね」

 ご機嫌な様子で王妃殿下はお部屋を後にした。

 私はほっと息をつく。
 何だかまるで嵐が通り抜けた気分だ。

「ロザンヌ嬢、お疲れ。母の相手をしてもらって悪かった」
「いいえ」

 げんなりしたご様子の殿下に思わず笑みがこぼれると、殿下もまた微笑む。

「さて。嵐も去ったことだし……さっきの続きを」

 王妃殿下の来訪を同じく嵐と評した殿下は、私の頬に温かな手を当てた。
 心の切り替えの早さに呆れつつも、求める気持ちは一緒で私は目を伏せる。
 殿下の熱い唇が一瞬触れたかと思われたその時。

「ああ、そうだわ」

 ノックもなしに声と共にいきなり扉が大きく開かれて、私は驚きで殿下から勢いよく飛び退いた。

「お、王妃殿下」

 どくどくと異常な程の鼓動の高まりを抑えるために、私が必死で呼吸を整えて笑顔を作る一方、殿下は少し不愉快そうだ。

「まだ何か」
「あら。不機嫌そうな顔だこと」
「それで何か」
「もう。せっかちな子ね。言い忘れたことがありましたの。もちろん分かっていると思いますが、エルベルト」

 王妃殿下はにっこりと笑う。

「過度な接触行為は慎むようにね?」
「それは――」

 ぐっと息を詰める殿下。
 私もまた図星を指されたようで、顔が赤くなる。

「ロザンヌ様を世間の目から守るためですもの」

 先ほど殿下がおっしゃっていたように、婚約発表までは私の学園生活に支障をきたすことがあるから、不用意な行動は慎まないといけない。王室に入る心構えが私にはできていなかった。
 あまりにも軽率だった自分の行動を恥じ入る。

「当然守れるわよね?」
「……はい。申し訳ありませんでした」
「あら」

 身を縮めて答えると、なぜか王妃殿下は一瞬目を見開いて私をご覧になったあと、目を細めて微笑まれた。そしてそのまま視線をエルベルト殿下に流される。

「エルベルト。ロザンヌ様からはこのようにお返事を頂いたわ。あなたはどうなの」

 殿下は忌々しそうに眉根を寄せていたが。

「……はい」

 ため息をついてお答えされると、王妃殿下は実に満足そうに何度も頷かれる。

「よろしいでしょう。話はそれだけよ。今度こそ失礼いたします。ではね。後はごゆっくり」

 殿下に向けて、茶目っ気に片目を伏せて視線をお送りになると王妃殿下は退室された。

「はぁ。まいったな。そこまで深く考えていなかった」
「そ、そうですね……。申し訳ありませんでした」

 殿下が腕を組んで大きくため息をつき、私も身をすくめた。
 私には自覚が足りない。しっかりしなくちゃ。

「いや。君が気にすることではない。私の問題だ」

 ん? 私の問題でもあると思うのだけれど。

「まあ、そのことはおいおい考えよう。いざとなれば、婚約発表を早めるという手も……」

 何やら一人ぶつぶつと呟いている殿下。
 いや、婚約発表を早めるとか意味が分からないのですが。早めては駄目でしょうよ。

「とにかくだ」

 思考から戻った殿下が私に手を差し伸べる。

「ようやく邪魔者がいなくなった。こちらに」

 私は差し伸べられた手をじっと見つめ、そして殿下の顔を白けた目で見るとむしろ距離を取った。

「何をしている?」
「殿下こそ何を? 先ほど王妃殿下に注意されたばかりではありませんか。過度な接触は避けるようにと」
「過度な接触? ……なるほど。君とは話し合う必要があるようだな」

 そう言うと殿下は大股でこちらに近付いてくる。
 妙な気迫に身動きを取れずにいると不意に浮遊感を覚え、殿下の顔が近くなる。気付けば殿下に抱き上げられていた。

「で、殿下!?」
「過度な接触行為とは何か。それは」

 話しながらどこかに運ばれていったかと思うと、ベッドにどさりと下ろされた。

「あ、あの。殿下。何を?」
「だから過度な接触行為とはどういうものかを知ってもらおうかと」

 私に覆いかぶさって迫る殿下の顔に、さすがにこれはまずいと本能的に悟る。

「こ、これは話し合いではないですよね?」
「そうだな。だが、体で知ってもらった方が早いかと思ってな」
「い、いえ。お言葉でじゅ――っ」

 私の言葉を遮るように殿下の熱い唇が重ねられた。
 反射的に抵抗しようとした私の腕を押さえると、唇をわずかに離して笑う。

「心配しなくていい。まだこれは過度な接触行為じゃない」
「でんっ」

 再び私の言葉を飲み込むように唇を重ね、何度も角度を変えて繰り返される口づけに翻弄され、熱に浮かされそうになったその時。

 ――バンッ!

 激しい音を立てて地獄の門が勢いよく開かれた。

「ロザンヌ嬢! 先日は本当に失れ――エ、エルベルト!?」

 驚きのあまり頭が冴えた私は殿下を慌てて押しのけて起き上がり、一方、殿下は嫌そうにため息をつく。

「どうしてうちの者は皆、ノックもせずに入ってくるんだ」

 ノックなさらないのは、うんざりなさっている殿下も含めてですから! ともかくも雰囲気に呑まれそうになって危ないところだった。陛下が入って来てくださって本当に良かった。
 と、ほっとする間もなく。

「エルベルト! お前は婚約も済んでいないお嬢さんに何をしているんだ! そこに座れえぇぇっ!」

 荒ぶる陛下に謝罪と説教を夕食の時間までたっぷり受けることになったのは……言うまでもない。
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