つかれやすい殿下のために掃除婦として就くことになりました

樹里

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【番外編:第302~303話の間】

第306話 セリアン・ラマディエルが交わした約束

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「では、行って参ります」

 私がジェラルドさんとユリアに挨拶を告げて校舎へと向かっていると。

「ロザンヌ嬢」

 後ろから声をかけられて振り返る。その声の主はセリアン様だ。

「おはよう」
「おはようございます、セリアン様」

 スカートを広げて丁寧に礼を取ると、セリアン様は少し笑う。

「ロザンヌ嬢、元気だね」
「え?」
「歩こっか」

 思わず聞き返したが、彼は視線を前に向けて歩き出す。
 まったく自由奔放なお方だ。

「そういえばさ、知っている? エルベルト殿下の婚約者は決まったみたいだよ。相手の女性はまだ学生らしくてね、今は名前を公表しないらしい。卒業後に正式発表するんだってさ。おそらく……二年後かな」

 歩きながら軽く話をする内容ではない。
 私はそうですかとうつむいてしまう。

「……ロザンヌ嬢さ、今日は庭に来ることを遠慮してもらえるかな」
「え?」
「マリアンジェラと少し話をしたいことがあるから」

 そうか。マリアンジェラ様は殿下の第一婚約者候補だったお方。対象年齢のご令嬢がいないラマディエル公爵家にも連絡が行っているということは、当然エルヴィン公爵家にも連絡が行っているはず。
 マリアンジェラ様は幼き頃から、殿下の婚約者にふさわしい女性になるよう不自由で、息詰まるような生き方を求められてきたに違いない。それをぽっと出の私が……。

「も、申し訳、ありません」

 自分は人の生活を侵害しない無害な人間だと思っていた。だが、本当はそうではない。この世で生きている限り、誰かしらに影響を与えているのだ。

「何を謝っているの? むしろそれって勝者が吐く傲慢な台詞だと思うけど?」

 セリアン様の冷たい声に身がすくむ。
 それでも私はまた同じ言葉を繰り返してしまう。

「も、申し訳ありません」
「……うそ。冗談だって」

 こっそりとセリアン様を横目でうかがうと、彼は困ったように笑っていた。

「ごめん。意地悪だったね。まあ、俺は長らくマリアンジェラを見てきているから、彼女の側により立ち位置が近いことは許してほしい」
「そんな。お謝りにならないでください」

 セリアン様のお言葉は間違っていないのだから。

「君が悪いわけではない。もちろんマリアンジェラが悪いわけでもない。誰も悪くないんだよ。まあ、敢えて言うのならば、第一婚約者候補としての生活を強いてきた彼女のご両親かな」

 それも本当は悪くないのかもしれない。もちろん私欲もあっただろうけれど、娘が王族に嫁いで何不自由のない生活で幸せになってもらいたかった気持ちもあったはずだ。

「マリアンジェラ、お菓子職人になるのが夢だったんだってさ。叶わぬ夢だと笑っていたけどね。婚約者候補から外れ、次は……どんな生き方を求められてしまうんだろうか」

 セリアン様はやるせなさそうに、マリアンジェラ様の未来に思いを馳せた。


「あら。セリアン様。いらっしゃったの」

 いつものベンチに現れたマリアンジェラはセリアンに声をかける。

「うん。今日はロザンヌ嬢たちは来ないよ。今朝会ったんだけど、今日は二人とも当番なんだって」
「そうですか」
「あ。隣座る?」

 セリアンが椅子の真ん中に座っていた身を寄せると彼女は横に座った。

「クッキーを持ってきたのですが」
「そっか。残念だね。俺が食べるよ。頂戴」
「ええ。ではどうぞ」

 マリアンジェラが包みを解くと、可愛らしいクッキーが現れた。
 セリアンはその中の一つをひょいと取ると口に放り込む。

「どうでしょうか」
「うん。まあま……いや、美味しいよ。とても美味しい」

 いつもなら素直に美味しいとは言わない彼だが、今日は慰めの意味も含んでいたのだろう。
 それを聞いたマリアンジェラは嬉しそうに微笑んだ。

「そうですか。ありがとうございます。――では、どうぞよろしくお願いいたします」
「うん。……うん? 何? どうぞよろしくって」
「わたくし、昨日付けでエルベルト殿下の婚約者候補ではなくなりました」

 セリアンの問いには答えず急に話題を変えられて、彼はとっさに言葉に詰まる。

「そう。それは……残念だったね」
「残念? 本当にそう思われているのですか?」
「どういう意味?」

 マリアンジェラはくすりと笑う。

「そのままの意味です。ともかくそういうわけですので、どうぞよろしくお願いいたします」
「ん? さっきからそのよろしくって何の話?」
「わたくしのクッキーを美味しいとおっしゃったでしょう」
「言ったけど、それが?」

 眉をひそめるセリアンに、彼女は目を細めた。

「あら。ご自分が言ったことをお忘れですか? 酷いわ」
「え。何。何だっけ」

 セリアンとしては全く記憶にない。いったい自分は何を彼女に言ったのかと焦る。

「随分と偉そうにおっしゃっていたではありませんか。――自分に、わたくしのお菓子が美味しいと言わしめるレベルになったのならば、ラマディエル家で菓子職人としてわたくしを雇ってくださると」
「え……あ」

 マリアンジェラは胸に手を当ててとうとうと語る。

「ですが、ご存知でしょうか。わたくし、こう見えましてもラマディエル家と勢力が並ぶエルヴィン公爵家の娘ですの。あなたのお家では、その公爵令嬢をまさか使用人にさせるおつもりなのでしょうか」
「え、ちょ、ちょっと。待って。ごめん。思考が追いつかない」

 いつも飄々としているセリアンが本気で動揺しているが、マリアンジェラはそんな彼の様子を気にも留めないで話を進める。

「当然、エルヴィン公爵家の娘を迎えるからには、それなりの待遇が必要でしょう。そうですね。未来のラマディエル夫人くらいの地位は必要でしょうか。そうではないと、うちの娘を侮辱されたと言って全面戦争になりますよ?」

 言葉を失って目を見張る彼に、マリアンジェラは少し拗ねた表情を見せる。

「ここまで言っても分かりませんか。意外と鈍感なのですね」
「ど、鈍感!? お、俺が?」
「ええ。もう、仕方ありませんわね。わたくしから申し上げましょう。わたく」
「マ、マリアンジェラ! ま、待って。分かった。分かったからそれ以上は待って。俺から言うから!」

 たまらずセリアンは叫んで止める。

「はい」

 にっこり無邪気に、いや、少し小悪魔的に笑う彼女を前に、狼狽しながらもセリアンは気を何とか引き締める。

「俺はマリアンジェラのことが、君のことがずっと昔から、す、好きだった。今もずっと」
「……はい。わたくしも幼い頃よりお慕いしておりました」
「っ」

 セリアンは彼女の言葉と綺麗な笑みに上気した熱で頭がやられそうだったが、一度深呼吸すると口を開く。

「だ、だから、マリアンジェラ。俺と――」

 マリアンジェラはセリアンの言葉に喜んでと微笑んだ。
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