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怪しい彼女

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そして中井と三島は店の外へと出ていった。
 ということは私は中条さんと二人きりになれるということか!
 いや、分かっている!
 中条さんは中井の彼女だ。
 そんな事は分かっている!
 でもお喋りを楽しむぐらいいじゃないか!
「あの……大丈夫なんでしょうか?」
「全然大丈夫ですよ。ただお喋りするだけですから」
「は?」
「え?」
「あの2人をあのままにしておいて大丈夫かという意味で聞いたのですが……」
 そう言うと中条さんは窓を指さした。
 外では中井と三島が睨み合っている。
「ゴホン」
 私はとりあえず咳払いをした。
 これでさっきの事はチャラになったはずだ。
「そんな事ですか。それなら大丈夫ですよ。心配いりません」
「そんな事って……暴力沙汰になるのはまずいと思いますが……」
 私は笑った。
「大丈夫ですよ。そろそろ喧嘩が始まりますからよく見ておいてください」
「はあ……」
 外にいる中井と三島は睨み終えるとファイティングポーズを取った。
「やっぱり殴りあいじゃないですか」
「まあまあ、見ててください」
 そして中井と三島は殴りあい……ではなくお互いのシャツを引っ張り出した。
「あ……あれは何をしているんですか?」
 中条さんは困惑している。
「喧嘩です。お互い痛い思いをするのが嫌だからシャツを引っ張るんです」
「勝敗はどう決めるんですか?」
「先に疲れた方が負けです」
「そんな喧嘩の仕方があるんですね」
「あるんです」
 中条さんはクスッと笑った。
 私もクスッと笑った。
 何だ?
 何なんだ?
 この雰囲気は……甘い! 甘いぞ! 
 ウォンカのチョコレートより甘い!
「あの……上条さんに1つ聞きたい事があります」
「は……はい! 何でしょう?」
「上条さんはどなたかとお付き合いされているのでしょうか?」
 私は後頭部をハンマーで殴られたような衝撃を受けた。
 まあ、ハンマーで殴られた事は1度もないのだが。
「い……いませんよ! そ……そんな……彼女なんて!」
「そうですか、それは良かった」
 そして中条さんはニヤリと笑った……様な気がした。
「中条さん、それは良かったってどういう意味ですか?」
「あ! 喧嘩が終わったみたいですよ。 お二人がこちらに戻ってきます」
 中条さんは窓を見ながら言った。
 私の質問が聞こえなかったのか……それともわざと聞こえないふりをしているのか。
 もう1度同じ質問をしてもいいのだろうか?
 私が困惑していると中条さんがニヤリと笑った。
 それはさっきと同じ様な笑みだった。
「この集まりが解散したら亀ノロ公園に来てください。何時でも待っていますので」
「え?」
 私がどういう事なのか聞こうとすると中井と三島が戻ってきた。
 2人ともシャツの裾がダルダルになっている。
「お二人とも大丈夫ですか?」
 中条さんは心配そうな顔をしている。
 しかし、あれは本心ではないだろうな。
 私は何となくそんな気がした。
「ああ、大丈夫だよ。俺が勝ったから安心して、あゆみちゃん!」
 中井は頭を掻きながらデレデレしている。
「違う! 勝ったのは俺だ!」
 三島が反論する。
「何だと? お前の方が息が上がっているじゃないか」
「お前の方が上がってる」
「違う、お前だ!」
「お前だ!」
 また、どうでもいい小競り合いが始まった。
「上条! どう見ても勝ったのは俺だよな? な⁈」
 中井が私に助けを求めてきた。
 だが、私は何も言わなかった。
 いや、言えなかった。
 私の頭の中は中条さんの事でいっぱいになっていたのだ。

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