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連載
閑話 ディレナスより
不快に感じる表現あります。ご注意ください。
「まだ終わらんのか?」
「はい、王都での治療は半分も終わっていません」
ヒュルトは息を吐き出す。
あの聖女一家がしぶしぶ治療を始めたが、遅々として進まない。
王都の負傷者は、移動できる軽傷者ばかりなのに、回復が進まない。
回復魔法をかけているのは、かけているが。効果が今一つと。治せても擦り傷程度、初心者ヒーラー程度。態度を含めたらそれ以下だ。悪態は常時、それに疲れたとすぐサボる。これでも、初めに比べれば動くようになった。たった一杯のスープの為だが。
「それに聖女の魔法を嫌がる者が多くて」
「まだ、薬草園の再生があるのに。はあ、仕方ない、あばずれ元聖女だけ、薬草園にやるか。だが、別々にするのはよくはないなあ」
ヒュルトは頭を抱える。
「本当に穀潰しだ」
ソファーに座るフィリップが吐き捨てる。
あの一家の監視の為に、人員が取られ、予算が取られ、治療は進まない。
ため息をついて、ヒュルトは人払いをする。
「どうするんだ?」
対面のソファーに沈むように座るヒュルト。
「神はなぜあの女に聖女の称号を与えたのか、私にはどうしても分からん」
「同感だ。いっそそこの広場で絞首刑にせんか?」
「気軽に言うな。王都の治療は、治療院に任せて、薬草園に回すか。とにかくあの薬草園の再生が最大課題だ。それを短時間で可能にするのは、聖女の奇跡だけだ。魔法を操る能力が低いから、軽傷者の回復をさせて魔力操作能力を上げようとしたが、ダメだな」
「あいつらの魔法は、上っ面だ。見ていて分かる」
フィリップは辛辣にいい放つ。
華憐達は、確かに回復魔法は使えるが、魔法はまるで表面を流れるように滑り落ちていく。ただ、呪文を唱えているだけ、ただ、それに伴って発動するだけ。ただそれだけだ。体の中に染み込んでいかない。回復魔法は相手にどのような作用が起きる、または、起きてほしいというイメージが重要で、華憐達にはこれが欠落していた。人の傷なんて見たくない、触りたくない、関係ない、さっさと終われ。それが根底にあるため、回復魔法は滑り落ちていく。だが、華憐達の回復魔法の精度は決して悪くはない。フィリップに付けられた火傷は、綺麗に痕にもならずに治したのだから。自分の怪我は別、他人の怪我はどうでもいい。それがあからさまな為に、フィリップのイライラは止まらない。
「軽傷者でも救えんのに、あれに大地の再生なんぞ、無理だぞ」
「だろうが、あれには別の意味もある。再生出来ればそれはそれでいい。ただな、人は時に誰かを憎まなくては立ち上がれんのだ。特にあれ達が起こした厄災で、家族を失った者は、な。見る影もないあれ達を蔑み、罵倒せんと気がすまんのだよ。それで明日、また、生きてくれるならそれはそれでいい」
「考え方だな。俺ならズタズタにして、晒して、皆に石を投げさせるぞ」
「最終的にはそうするか。だが、まず大地の再生だ。賭けだがな。せっかくの抗生剤や軟膏のレシピも、材料がなければ意味はない。我が国の財政も厳しいままだ。マーランへの賠償もままならん」
隣国のマーランの灰害の賠償、自国の厄災で生活が成り立たなくなった者の補償金、上げればキリがない。
フィリップはふと、紅茶のカップを持つ手を止める。
「ユイさんは今どこにいるんだろうな」
「さあな。いっそ彼女が聖女なら、なんの問題もなかったのだがな」
ヒュルトがユイ一家と会ったのは、召喚当日とその次の日だけ。華憐一家の派手な出で立ちと、その晩王子の寝室に乗り込んだことで、優衣一家に対して印象は残っていない。普通の黒髪の一家だ。そこら辺ですれ違っても、絶対に振り返るような容姿ではない。
「ユイさんの素晴らしい所はな、あの優しさだ。一晩中、治療院の患者を気にして、気にかける。背中をさすり、喉が乾けば冷たい水を飲ませてくれる。一晩中だぞ。ずっと優しく、嫌な顔もしないで」
「ああ、耳にタコが出来る程聞いた」
フィリップは会うたびにこれだ。
「なあ、ヒュルト、少し生ぬるいのではないか? 腕の一本も切り落とせば、追い込まれて出来るかもしれんぞ」
「ずいぶん過激だな。だが、いい考えだ。よし」
ヒュルトは思い付いたように、書類を書く。
「どうした?」
「隣国ワーズビードに高ランクの闇魔法使いがいる。ただ、性格に難があり、問題児で国もギルドも扱いに困っていたはず。それを回してもらう」
さらさら、書類を書き上げる。
「問題?」
「ああ、自分の幻覚魔法でどれだけ精神が耐えられるか、様々な種族で試しているそうだ」
「よく、捕まらんな」
「王族なんだよ。確か、先代王の第2側室との間の子で、現王の実弟なんだよ」
へえ、とフィリップ。
「ワーズビードも短時間だが厄介払いも出来よう。よし、出来た」
書類を書き上げる。
「朝イチでギルドに依頼する。よし、フィリップ、今から元凶に会いに行くがどうする?」
元凶。聖女召喚の最大責任者。元第一王子アレクシアン。ヒュルトにとっては甥だ。
「別に興味ないが、まあ、いいか。あれのお陰でユイさんがこちらに来て、俺は復帰出来たしな。まあ、ユイさん達にしてみたら、迷惑極まりないだろうが」
「だろうな」
ヒュルトはフィリップと共に、王城の端にある塔に向かう。
塔の扉の騎士が礼をして開ける。
階段を上がると、鋼鉄のドア。小さな窓には柵、その向こうには、最低限の生活用品が揃う殺風景な部屋。
「アレクシアン、私だ」
「……………叔父上………………」
掠れた声で柵の隙間から顔を出したアレクシアン元王子に、フィリップは眉を寄せる。まさに王子様といった姿の頃と比べられないほど、くたびれている。顔色は悪く、髪は振り乱し、以前の第一王子という自信満々の欠片すらも感じられない。
「少しは、自分のしたことの意味を理解したか?」
「ああ、ああ、私が悪かった、悪かった。私はただ、王になりたかっただけなんだ…………」
アレクシアン元王子は、王位継承権第二位だ。第一はヒュルト。成人すれば、自分が第一になると疑っていなかった。だが、いつまで経っても自分は第二のまま。王の直系である自分が。それどころか従兄弟、つまりヒュルトの息子が優秀で、いずれその従兄弟がなるのではないかと、噂が絶えなかった。根も葉もない噂だったが、アレクシアンの根底にあったヒュルトへの劣等感を刺激した。幼い頃、体が弱く甘やかされて育ち、まともに帝王学も学ばず、育ってきた。だが、自分は第一王子。それだけが、確固たるアレクシアンの自信だった。
ある日、父王が言った。
何か一つ、事業をしてみよと。結果が残せなくてもいい、予算内で、頭を使い、知恵を借り、やり遂げ、我を納得させよ。
アレクシアンは考えた。
なら、簡単だ。王族にしか伝わらない聖女召喚をして、聖女を使い威厳を示せばいい、と。召喚に必要な魔石は宝物庫から拝借し、足りないのは予算内で犯罪奴隷で代用した。
で、召喚されたのはあれだ。
堂々と華憐を父王に紹介したが、あまりにも品のない所作に、王と王妃は眉を寄せた。二、三日は大人しかったが、すぐに化けの皮が剥げたような聖女一家。周囲がなんど苦言を呈しても聞きはしない。アレクシアンは身も心も華憐に把握されていた。華憐がいつもやっていることだ。相手の男の弱い所、コンプレックスを探して、言い当てる。そこを言葉巧みに包み込むのだ。若く思慮浅い王子が落ちないわけはない。
「叔父上のせいだ、叔父上がいるから、私は王になれない………」
「また、人のせいにするのか。アレクシアン、何故、王がああ言ったか分からんのか? お前は王子という立場に胡座をかき、傲っていたな。それを自覚させるための試練だったのだぞ」
アレクシアンは黙り込む。
「王子という肩書きで、何もかも上手く行くわけがないのだ。お前が今までやってこれたのは、現王の息子と言うだけで、周りがお膳立てしていただけだ。だがな、それも城の中の者だけではない。お前が着ている服1枚にしてもそうだ。綿を育てる農家、糸紡ぐ者、はたを織る者、それを運ぶ者、裁断し服に仕立てる者。そのたった1枚の服にどれだけの民が汗を流していると思う? お前はそれに考えが及ばないから、それを自覚させるための事だったのだぞ。頭を使い、考え、悩み、一人で出来る限界を身をもってわからせる為だったのだぞ」
ドアの向こうで、アレクシアンはずるずると座り込む。
「私が、浅はか、だった」
「自覚しても遅い。周りの者があれだけ、あのあばずれには注意しろと言ったことを聞かず、すべては王子の名の元にやりたい放題にさせたな。私もどれだけフォローしたと思っている? 結果これだ。究極破壊魔法の件、知らなかったでは済まされないぞ」
「カレンは悪くないんだ、私が悪いんだ。私が聖女召喚をしたから無理やりカレンは、こちらに来て、私しか頼れなかったんだ。向こうに帰れないから、だからせめて、カレン達には自由にしてもらいたくて。カレンは、カレンの家族は悪くないんだ。私が、私が悪いんだ。叔父上、お願いします、カレンを殺さないでください。カレン達だけは殺さないでください」
ガウンッ
突然響く打撃音。
フィリップがドアを激しく蹴ったのだ。
アレクシアンが悲鳴を上げて、ドアから離れる。
「アレクシアン、自由にさせたいと、野放しにするのは違う。それにお前は、もう1つの家族について、何もないのか?」
ヒュルトが冷たい声で、怯える元王子に問う。
「も、もう1つ? ああ、カレンが言っていた、貧乏で卑しい者達だと。かなりの税金を、あの卑しい一家に与えてぜいたく三昧を」
ガウンッ
再び、打撃音。竦み上がるアレクシアン。
「はあ、まだあのあばずれの言う事を信じるのか? 私は彼らに渡したのは100万。だが、それも綺麗に返されたよ。受け取ってくれたのは僅かな生活費。それもたった2ヶ月分。あばずれの指輪一つの額にも及ばない金額だ」
「だ、だが、カレンは、あの女は娼婦で、弟はこそ泥で……………」
「ここを開けろヒュルトッ、叩き斬ってやるッ」
更に悲鳴を上げて、元王子は部屋のすみに。
「フィリップ落ち着け、あれでも、元王子だぞ」
「元だッ、本来なら極刑者だッ、王の子供と言うだけで生き永らえているだけのクズだッ」
「否定はせん。はあ、帰ろうフィリップ。お互い頭を冷やそう」
いきり立つフィリップを連れて、ヒュルトは階段を下りる。
「叔父上っ」
アレクシアンの声が響く。
「お願いしますっ、カレンを殺さないでくださいっ」
響く声は、ヒュルトの耳に届くが、次の言葉は分厚いドアに遮られる。
「ヒュルト」
「何だ?」
「あのあばずれを殺さないのは、元王子の願いのためか?」
「いろいろあるさ。だがな、あのアレクシアンが、誰かに頼むなんてことはなかった。たった一つ、アレクシアンが得た事だ」
「犠牲が多すぎるぞ」
「分かっているさ。だがな、生まれた時から見ていた私には、凄まじい進歩に見えるんだよ。自分の非を認め、誰かに頭を下げる。もっと早く、気がついて欲しかった」
王が元王子に試練を与えた時、ヒュルトはなるべく関わらないように王に言われていた。なるだけ、自力で何かをさせたいと。監視役も別の者にした。ヒュルト自身も職務が忙しく、気にかける暇はなかったのも実情だ。
現王の息子だから、アレクシアンは生かさず殺さず、拘束されるが、時が過ぎればひなびた田舎に隠されるだろう。
兄の子、甥、親族としての贔屓があるのは確かだが、ヒュルトはアレクシアンに対して非情になりきれない部分がある。それはヒュルト自身、自覚はある。ただ、国王夫妻に、極刑だけはやめてほしいとすがられたのは、いつだったか。
ヒュルトは塔を振り返る。
幼い頃の、屈託なく笑うアレクシアンの顔が、たまに浮かぶ。
忙しかった。確かにヒュルトは、内閣副大臣として多忙だった。だが、どうして、もっと、気にかけてやれなかったかと。いずれ、王位を継ぐ者なのに。
「甘いか?」
フィリップに振り返ったヒュルトの顔には、憔悴とも疲労とも取れる表情が浮かぶ。長い付き合いのフィリップが、初めて見る顔だ。いつも冷静だと思っていた男から、想像出来ない表情だ。
だが、フィリップは自分がヒュルトに信頼されているのだと実感した。こんな情けない顔を晒してくれるのだと。だから、答える。
「激甘だ。だが、お前がそうするなら、仕方ない。とことん付き合ってやる。最後までな」
貴族の子供が通う学校で、隣の席になったのは何十年前も話。ぶつかり合い、励まし合い、いつからか何でも話せる間柄になった。15年前にフィリップは妻を喪った。気丈に振る舞い、家族にすら涙を見せなかったフィリップが、唯一泣き言を漏らしたのはヒュルトだけだった。フィリップが泣き言を溜め込んでいたのに、気づいたのはヒュルトだけだった。だから、今度は、フィリップがヒュルトの声を聞く番。
「持つべきものは友だな」
「そうだ。感謝しろ」
照れ隠しか、鷹揚に答えるフィリップ。
ヒュルトとフィリップは、小さく拳を突き合わせた。
「まだ終わらんのか?」
「はい、王都での治療は半分も終わっていません」
ヒュルトは息を吐き出す。
あの聖女一家がしぶしぶ治療を始めたが、遅々として進まない。
王都の負傷者は、移動できる軽傷者ばかりなのに、回復が進まない。
回復魔法をかけているのは、かけているが。効果が今一つと。治せても擦り傷程度、初心者ヒーラー程度。態度を含めたらそれ以下だ。悪態は常時、それに疲れたとすぐサボる。これでも、初めに比べれば動くようになった。たった一杯のスープの為だが。
「それに聖女の魔法を嫌がる者が多くて」
「まだ、薬草園の再生があるのに。はあ、仕方ない、あばずれ元聖女だけ、薬草園にやるか。だが、別々にするのはよくはないなあ」
ヒュルトは頭を抱える。
「本当に穀潰しだ」
ソファーに座るフィリップが吐き捨てる。
あの一家の監視の為に、人員が取られ、予算が取られ、治療は進まない。
ため息をついて、ヒュルトは人払いをする。
「どうするんだ?」
対面のソファーに沈むように座るヒュルト。
「神はなぜあの女に聖女の称号を与えたのか、私にはどうしても分からん」
「同感だ。いっそそこの広場で絞首刑にせんか?」
「気軽に言うな。王都の治療は、治療院に任せて、薬草園に回すか。とにかくあの薬草園の再生が最大課題だ。それを短時間で可能にするのは、聖女の奇跡だけだ。魔法を操る能力が低いから、軽傷者の回復をさせて魔力操作能力を上げようとしたが、ダメだな」
「あいつらの魔法は、上っ面だ。見ていて分かる」
フィリップは辛辣にいい放つ。
華憐達は、確かに回復魔法は使えるが、魔法はまるで表面を流れるように滑り落ちていく。ただ、呪文を唱えているだけ、ただ、それに伴って発動するだけ。ただそれだけだ。体の中に染み込んでいかない。回復魔法は相手にどのような作用が起きる、または、起きてほしいというイメージが重要で、華憐達にはこれが欠落していた。人の傷なんて見たくない、触りたくない、関係ない、さっさと終われ。それが根底にあるため、回復魔法は滑り落ちていく。だが、華憐達の回復魔法の精度は決して悪くはない。フィリップに付けられた火傷は、綺麗に痕にもならずに治したのだから。自分の怪我は別、他人の怪我はどうでもいい。それがあからさまな為に、フィリップのイライラは止まらない。
「軽傷者でも救えんのに、あれに大地の再生なんぞ、無理だぞ」
「だろうが、あれには別の意味もある。再生出来ればそれはそれでいい。ただな、人は時に誰かを憎まなくては立ち上がれんのだ。特にあれ達が起こした厄災で、家族を失った者は、な。見る影もないあれ達を蔑み、罵倒せんと気がすまんのだよ。それで明日、また、生きてくれるならそれはそれでいい」
「考え方だな。俺ならズタズタにして、晒して、皆に石を投げさせるぞ」
「最終的にはそうするか。だが、まず大地の再生だ。賭けだがな。せっかくの抗生剤や軟膏のレシピも、材料がなければ意味はない。我が国の財政も厳しいままだ。マーランへの賠償もままならん」
隣国のマーランの灰害の賠償、自国の厄災で生活が成り立たなくなった者の補償金、上げればキリがない。
フィリップはふと、紅茶のカップを持つ手を止める。
「ユイさんは今どこにいるんだろうな」
「さあな。いっそ彼女が聖女なら、なんの問題もなかったのだがな」
ヒュルトがユイ一家と会ったのは、召喚当日とその次の日だけ。華憐一家の派手な出で立ちと、その晩王子の寝室に乗り込んだことで、優衣一家に対して印象は残っていない。普通の黒髪の一家だ。そこら辺ですれ違っても、絶対に振り返るような容姿ではない。
「ユイさんの素晴らしい所はな、あの優しさだ。一晩中、治療院の患者を気にして、気にかける。背中をさすり、喉が乾けば冷たい水を飲ませてくれる。一晩中だぞ。ずっと優しく、嫌な顔もしないで」
「ああ、耳にタコが出来る程聞いた」
フィリップは会うたびにこれだ。
「なあ、ヒュルト、少し生ぬるいのではないか? 腕の一本も切り落とせば、追い込まれて出来るかもしれんぞ」
「ずいぶん過激だな。だが、いい考えだ。よし」
ヒュルトは思い付いたように、書類を書く。
「どうした?」
「隣国ワーズビードに高ランクの闇魔法使いがいる。ただ、性格に難があり、問題児で国もギルドも扱いに困っていたはず。それを回してもらう」
さらさら、書類を書き上げる。
「問題?」
「ああ、自分の幻覚魔法でどれだけ精神が耐えられるか、様々な種族で試しているそうだ」
「よく、捕まらんな」
「王族なんだよ。確か、先代王の第2側室との間の子で、現王の実弟なんだよ」
へえ、とフィリップ。
「ワーズビードも短時間だが厄介払いも出来よう。よし、出来た」
書類を書き上げる。
「朝イチでギルドに依頼する。よし、フィリップ、今から元凶に会いに行くがどうする?」
元凶。聖女召喚の最大責任者。元第一王子アレクシアン。ヒュルトにとっては甥だ。
「別に興味ないが、まあ、いいか。あれのお陰でユイさんがこちらに来て、俺は復帰出来たしな。まあ、ユイさん達にしてみたら、迷惑極まりないだろうが」
「だろうな」
ヒュルトはフィリップと共に、王城の端にある塔に向かう。
塔の扉の騎士が礼をして開ける。
階段を上がると、鋼鉄のドア。小さな窓には柵、その向こうには、最低限の生活用品が揃う殺風景な部屋。
「アレクシアン、私だ」
「……………叔父上………………」
掠れた声で柵の隙間から顔を出したアレクシアン元王子に、フィリップは眉を寄せる。まさに王子様といった姿の頃と比べられないほど、くたびれている。顔色は悪く、髪は振り乱し、以前の第一王子という自信満々の欠片すらも感じられない。
「少しは、自分のしたことの意味を理解したか?」
「ああ、ああ、私が悪かった、悪かった。私はただ、王になりたかっただけなんだ…………」
アレクシアン元王子は、王位継承権第二位だ。第一はヒュルト。成人すれば、自分が第一になると疑っていなかった。だが、いつまで経っても自分は第二のまま。王の直系である自分が。それどころか従兄弟、つまりヒュルトの息子が優秀で、いずれその従兄弟がなるのではないかと、噂が絶えなかった。根も葉もない噂だったが、アレクシアンの根底にあったヒュルトへの劣等感を刺激した。幼い頃、体が弱く甘やかされて育ち、まともに帝王学も学ばず、育ってきた。だが、自分は第一王子。それだけが、確固たるアレクシアンの自信だった。
ある日、父王が言った。
何か一つ、事業をしてみよと。結果が残せなくてもいい、予算内で、頭を使い、知恵を借り、やり遂げ、我を納得させよ。
アレクシアンは考えた。
なら、簡単だ。王族にしか伝わらない聖女召喚をして、聖女を使い威厳を示せばいい、と。召喚に必要な魔石は宝物庫から拝借し、足りないのは予算内で犯罪奴隷で代用した。
で、召喚されたのはあれだ。
堂々と華憐を父王に紹介したが、あまりにも品のない所作に、王と王妃は眉を寄せた。二、三日は大人しかったが、すぐに化けの皮が剥げたような聖女一家。周囲がなんど苦言を呈しても聞きはしない。アレクシアンは身も心も華憐に把握されていた。華憐がいつもやっていることだ。相手の男の弱い所、コンプレックスを探して、言い当てる。そこを言葉巧みに包み込むのだ。若く思慮浅い王子が落ちないわけはない。
「叔父上のせいだ、叔父上がいるから、私は王になれない………」
「また、人のせいにするのか。アレクシアン、何故、王がああ言ったか分からんのか? お前は王子という立場に胡座をかき、傲っていたな。それを自覚させるための試練だったのだぞ」
アレクシアンは黙り込む。
「王子という肩書きで、何もかも上手く行くわけがないのだ。お前が今までやってこれたのは、現王の息子と言うだけで、周りがお膳立てしていただけだ。だがな、それも城の中の者だけではない。お前が着ている服1枚にしてもそうだ。綿を育てる農家、糸紡ぐ者、はたを織る者、それを運ぶ者、裁断し服に仕立てる者。そのたった1枚の服にどれだけの民が汗を流していると思う? お前はそれに考えが及ばないから、それを自覚させるための事だったのだぞ。頭を使い、考え、悩み、一人で出来る限界を身をもってわからせる為だったのだぞ」
ドアの向こうで、アレクシアンはずるずると座り込む。
「私が、浅はか、だった」
「自覚しても遅い。周りの者があれだけ、あのあばずれには注意しろと言ったことを聞かず、すべては王子の名の元にやりたい放題にさせたな。私もどれだけフォローしたと思っている? 結果これだ。究極破壊魔法の件、知らなかったでは済まされないぞ」
「カレンは悪くないんだ、私が悪いんだ。私が聖女召喚をしたから無理やりカレンは、こちらに来て、私しか頼れなかったんだ。向こうに帰れないから、だからせめて、カレン達には自由にしてもらいたくて。カレンは、カレンの家族は悪くないんだ。私が、私が悪いんだ。叔父上、お願いします、カレンを殺さないでください。カレン達だけは殺さないでください」
ガウンッ
突然響く打撃音。
フィリップがドアを激しく蹴ったのだ。
アレクシアンが悲鳴を上げて、ドアから離れる。
「アレクシアン、自由にさせたいと、野放しにするのは違う。それにお前は、もう1つの家族について、何もないのか?」
ヒュルトが冷たい声で、怯える元王子に問う。
「も、もう1つ? ああ、カレンが言っていた、貧乏で卑しい者達だと。かなりの税金を、あの卑しい一家に与えてぜいたく三昧を」
ガウンッ
再び、打撃音。竦み上がるアレクシアン。
「はあ、まだあのあばずれの言う事を信じるのか? 私は彼らに渡したのは100万。だが、それも綺麗に返されたよ。受け取ってくれたのは僅かな生活費。それもたった2ヶ月分。あばずれの指輪一つの額にも及ばない金額だ」
「だ、だが、カレンは、あの女は娼婦で、弟はこそ泥で……………」
「ここを開けろヒュルトッ、叩き斬ってやるッ」
更に悲鳴を上げて、元王子は部屋のすみに。
「フィリップ落ち着け、あれでも、元王子だぞ」
「元だッ、本来なら極刑者だッ、王の子供と言うだけで生き永らえているだけのクズだッ」
「否定はせん。はあ、帰ろうフィリップ。お互い頭を冷やそう」
いきり立つフィリップを連れて、ヒュルトは階段を下りる。
「叔父上っ」
アレクシアンの声が響く。
「お願いしますっ、カレンを殺さないでくださいっ」
響く声は、ヒュルトの耳に届くが、次の言葉は分厚いドアに遮られる。
「ヒュルト」
「何だ?」
「あのあばずれを殺さないのは、元王子の願いのためか?」
「いろいろあるさ。だがな、あのアレクシアンが、誰かに頼むなんてことはなかった。たった一つ、アレクシアンが得た事だ」
「犠牲が多すぎるぞ」
「分かっているさ。だがな、生まれた時から見ていた私には、凄まじい進歩に見えるんだよ。自分の非を認め、誰かに頭を下げる。もっと早く、気がついて欲しかった」
王が元王子に試練を与えた時、ヒュルトはなるべく関わらないように王に言われていた。なるだけ、自力で何かをさせたいと。監視役も別の者にした。ヒュルト自身も職務が忙しく、気にかける暇はなかったのも実情だ。
現王の息子だから、アレクシアンは生かさず殺さず、拘束されるが、時が過ぎればひなびた田舎に隠されるだろう。
兄の子、甥、親族としての贔屓があるのは確かだが、ヒュルトはアレクシアンに対して非情になりきれない部分がある。それはヒュルト自身、自覚はある。ただ、国王夫妻に、極刑だけはやめてほしいとすがられたのは、いつだったか。
ヒュルトは塔を振り返る。
幼い頃の、屈託なく笑うアレクシアンの顔が、たまに浮かぶ。
忙しかった。確かにヒュルトは、内閣副大臣として多忙だった。だが、どうして、もっと、気にかけてやれなかったかと。いずれ、王位を継ぐ者なのに。
「甘いか?」
フィリップに振り返ったヒュルトの顔には、憔悴とも疲労とも取れる表情が浮かぶ。長い付き合いのフィリップが、初めて見る顔だ。いつも冷静だと思っていた男から、想像出来ない表情だ。
だが、フィリップは自分がヒュルトに信頼されているのだと実感した。こんな情けない顔を晒してくれるのだと。だから、答える。
「激甘だ。だが、お前がそうするなら、仕方ない。とことん付き合ってやる。最後までな」
貴族の子供が通う学校で、隣の席になったのは何十年前も話。ぶつかり合い、励まし合い、いつからか何でも話せる間柄になった。15年前にフィリップは妻を喪った。気丈に振る舞い、家族にすら涙を見せなかったフィリップが、唯一泣き言を漏らしたのはヒュルトだけだった。フィリップが泣き言を溜め込んでいたのに、気づいたのはヒュルトだけだった。だから、今度は、フィリップがヒュルトの声を聞く番。
「持つべきものは友だな」
「そうだ。感謝しろ」
照れ隠しか、鷹揚に答えるフィリップ。
ヒュルトとフィリップは、小さく拳を突き合わせた。
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こじまき異世界に聖女として召喚されたイラストレーターのチヒロ。しかし聖女には給料も休みもないことを知って「じゃあやらないです」と聖女就任を断る。
「国と人を救う崇高な仕事には、私どもからの感謝を捧げよう」
「心底いらないです」
異世界でまで、やりがい搾取されてたまるかよ。
※小説家になろうにも投稿しています
婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています
由香婚約破棄のその日、
悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。
王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。
だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。
再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。
広場で語られる真実。
そして、無自覚に人を惹きつけてしまうリリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。
これは、悪役令嬢として断罪された少女が、「誰かの物語の脇役」ではなく、自分自身の人生を取り戻す物語。
過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。
妹を踏みにじった奴らに、復讐の花束を
楠ノ木雫 妹を傷つけたやつは誰だ。
隣国に嫁いだこの国の王女であり双子の妹でもあるクラリスが2年後に亡き人となって帰ってきた。死因すら伝えられず嫁ぎ先の墓にも入れてもらえずに隣国の使者が連れてきた。
この事実に信じられずにいると、クラリスが帰ってくる半年前に戻っていた。
一体隣国でクラリスの身に何があったのか。
絶対に、もうクラリスのあんな姿を見たくない。堅く決意し使節団の使者として隣国に乗りこむ事になった。
※一話で過激なシーンがあります。
【第1回新エンタメ小説大賞】にエントリー中です。
五年も笑わなかった辺境伯の娘が、追放された保育係の令嬢の前で初めて笑った
歩人(あゆと)侯爵令嬢クラリスは、五年間、兄夫婦の公爵家で三人の御子の保育を任されてきた。表向きは「下女扱い」だったが、彼女の保育記録には毎日の歌・手作りの絵札・夜泣きの記録が綿密に綴られていた。「育児など侍女の手伝い。本物の貴族のすることではないわ」兄嫁の侮辱に、クラリスは保育記録帳を置いて去る。訪ねた先は、妻を亡くした辺境伯ロタールの屋敷だった。彼の娘リーリャは六歳、母を亡くして以来、誰の前でも笑わなかった。「五年、御子さま方を見続けたあなたなら、リーリャの心も読めるだろうか」ロタールの不器用な依頼に、クラリスは静かに頷く。春が来る頃、リーリャは初めて声を上げて笑った。クラリスの隣で、ロタールも気づくと微笑んでいた——五年ぶりに。
【完結済】ワザと醜い令嬢をしていた令嬢一家華麗に亡命する
satomi醜く自らに魔法をかけてケルリール王国王太子と婚約をしていた侯爵家令嬢のアメリア=キートウェル。フェルナン=ケルリール王太子から醜いという理由で婚約破棄を言い渡されました。
もう王太子は能無しですし、ケルリール王国から一家で亡命してしまう事にしちゃいます!