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自分は②
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意識が浮上する。
モニターの内側は温かくて、まるで気持ちがいいぬるま湯のようなものに包まれていた。あつい、寒い、まったくない。適温の無感触で、何の抵抗もなく過ごしていたのに。
それなのに、感覚がある。
手の先がシーツを触る感覚がある。モニター越しの少しだけ霞んだ映像がクリアになる。息が、喉を通り抜ける。窓から差し込む優しい光が目を刺激し、本が積み重なる机が思考を生み出す。小さな飾り棚には、折り紙で出来た花が飾ってあり、優しい気持ちが沸き上がる。重い身体を持ち上げると、髪が流れる。薄茶の髪。
「黒くない?」
何で?
私の髪は、黒いはずなのに。
『やはり、ウィンティアをあの家に返すべきではないのです』
先程院長先生と言い合っていたシスターの声が、扉から漏れてくる。
ウィンティア? 私は、そんな横文字の名前じゃなかったはず。私は、私は、私は。
頭がズキンズキンと疼く。
疼くと共に、様々な記憶が甦る。
膨大な量の知識が。
頭が、割れる。
意識が飛んだ。
「ティアお姉ちゃん、大丈夫?」
あれから数日後。覚醒しては、頭に流れる情報量に耐えきれず意識を飛ばすを繰り返した。
あの日、絵本を持っていた女の子が、ベッドに腰掛けた私に、ぴったり寄り添う。
金髪の女の子の頭を優しい撫でる。染めていない、本物の金髪。
「もう、大丈夫よカーナ。ご本読んであげられなくてごめんね」
私は流れてきた情報から、女の子の名前を得ていた。
女の子、カーナは嬉しそうに笑う。
「こら、カーナ、ここにいたのね。ウィンティアは体調が悪いのですよ」
開けっ放しのドアの向こうから、シスターが姿を現す。院長先生と言い合っていたシスターだ。このシスターも分かる。
「シスタースロウ、私は大丈夫です」
答える私に、シスタースロウは相変わらず硬い表情だ。促されたカーナはしぶしぶベッドから降りて、バイバイと手を振る。かわいい。思わず、手を振り返す。
見送ったシスタースロウが、こちらを向く。
「ウィンティア、頭痛はどうですか? 吐き気はありませんか?」
このシスタースロウは表情は硬いが、出てくる言葉はすべてウィンティアの身を案じている。
そう、この身体の持ち主の名前ウィンティア。だが、私は違う。様々な情報を整理するのに、結論に至るまで数日要してしまった。
私の名前は山岸まどか。日本人だった。日本人だった最後に見たのは、迫り来る赤い車だった。認識してから、次はモニターの内側で揺蕩うように存在だけしていた。
状況からして、赤い車に轢かれて死亡し、何故かこのウィンティアの中に居候していたんだろう。
特に可も不可もなく、過ごしていたはずなのに。いきなり、肉体の本来の持ち主であるウィンティアが行方が分からなくなり、私が表に立ってしまった。
彼女は、ウィンティアは、何処に行ったのだろう? とにかく、今はこの身体を守らないと。
「ウィンティア?」
「シスタースロウ、少し眠りたいです」
「では、横になりなさい。喉は乾いていませんか?」
「はい。大丈夫です」
「水差しの水を変えておきましょう。何かあればすぐに呼びなさい」
「はい」
本当に優しい。
シスタースロウは表情は硬いが、その瞳の奥には、溢れるばかりの心配と、気付いを宿している。
横になった私に、シスタースロウは優しい手つきでブランケットをかけてくれる。寝た振りをすると、シスタースロウは退室し、ドアを閉めた。
さあ、情報を整理と確認だ。
この身体の持ち主はウィンティア・ローザ。12歳の少女。このルルディ王国の伯爵家の次女。なんと、ここは日本でもなければ、聞いたこともない国。曰く、転生ってやつだろうが、今は、どうでもいい。
問題はウィンティアがいる場所だ。
ここはコクーン修道院。虐待を受けた子供、育児放棄された子供、事件や事故に巻き込まれ自活出来なくなった女性を。様々な理由で国が保護が必要だと判断された人達を受け入れている。
ウィンティアもその子供の一人、虐待されてからの保護だ。
しかも、一度ではない、二度も保護されている。
窓に映るウィンティアの右眉の上には、ひきつるようや傷痕がハッキリ残っていた。
モニターの内側は温かくて、まるで気持ちがいいぬるま湯のようなものに包まれていた。あつい、寒い、まったくない。適温の無感触で、何の抵抗もなく過ごしていたのに。
それなのに、感覚がある。
手の先がシーツを触る感覚がある。モニター越しの少しだけ霞んだ映像がクリアになる。息が、喉を通り抜ける。窓から差し込む優しい光が目を刺激し、本が積み重なる机が思考を生み出す。小さな飾り棚には、折り紙で出来た花が飾ってあり、優しい気持ちが沸き上がる。重い身体を持ち上げると、髪が流れる。薄茶の髪。
「黒くない?」
何で?
私の髪は、黒いはずなのに。
『やはり、ウィンティアをあの家に返すべきではないのです』
先程院長先生と言い合っていたシスターの声が、扉から漏れてくる。
ウィンティア? 私は、そんな横文字の名前じゃなかったはず。私は、私は、私は。
頭がズキンズキンと疼く。
疼くと共に、様々な記憶が甦る。
膨大な量の知識が。
頭が、割れる。
意識が飛んだ。
「ティアお姉ちゃん、大丈夫?」
あれから数日後。覚醒しては、頭に流れる情報量に耐えきれず意識を飛ばすを繰り返した。
あの日、絵本を持っていた女の子が、ベッドに腰掛けた私に、ぴったり寄り添う。
金髪の女の子の頭を優しい撫でる。染めていない、本物の金髪。
「もう、大丈夫よカーナ。ご本読んであげられなくてごめんね」
私は流れてきた情報から、女の子の名前を得ていた。
女の子、カーナは嬉しそうに笑う。
「こら、カーナ、ここにいたのね。ウィンティアは体調が悪いのですよ」
開けっ放しのドアの向こうから、シスターが姿を現す。院長先生と言い合っていたシスターだ。このシスターも分かる。
「シスタースロウ、私は大丈夫です」
答える私に、シスタースロウは相変わらず硬い表情だ。促されたカーナはしぶしぶベッドから降りて、バイバイと手を振る。かわいい。思わず、手を振り返す。
見送ったシスタースロウが、こちらを向く。
「ウィンティア、頭痛はどうですか? 吐き気はありませんか?」
このシスタースロウは表情は硬いが、出てくる言葉はすべてウィンティアの身を案じている。
そう、この身体の持ち主の名前ウィンティア。だが、私は違う。様々な情報を整理するのに、結論に至るまで数日要してしまった。
私の名前は山岸まどか。日本人だった。日本人だった最後に見たのは、迫り来る赤い車だった。認識してから、次はモニターの内側で揺蕩うように存在だけしていた。
状況からして、赤い車に轢かれて死亡し、何故かこのウィンティアの中に居候していたんだろう。
特に可も不可もなく、過ごしていたはずなのに。いきなり、肉体の本来の持ち主であるウィンティアが行方が分からなくなり、私が表に立ってしまった。
彼女は、ウィンティアは、何処に行ったのだろう? とにかく、今はこの身体を守らないと。
「ウィンティア?」
「シスタースロウ、少し眠りたいです」
「では、横になりなさい。喉は乾いていませんか?」
「はい。大丈夫です」
「水差しの水を変えておきましょう。何かあればすぐに呼びなさい」
「はい」
本当に優しい。
シスタースロウは表情は硬いが、その瞳の奥には、溢れるばかりの心配と、気付いを宿している。
横になった私に、シスタースロウは優しい手つきでブランケットをかけてくれる。寝た振りをすると、シスタースロウは退室し、ドアを閉めた。
さあ、情報を整理と確認だ。
この身体の持ち主はウィンティア・ローザ。12歳の少女。このルルディ王国の伯爵家の次女。なんと、ここは日本でもなければ、聞いたこともない国。曰く、転生ってやつだろうが、今は、どうでもいい。
問題はウィンティアがいる場所だ。
ここはコクーン修道院。虐待を受けた子供、育児放棄された子供、事件や事故に巻き込まれ自活出来なくなった女性を。様々な理由で国が保護が必要だと判断された人達を受け入れている。
ウィンティアもその子供の一人、虐待されてからの保護だ。
しかも、一度ではない、二度も保護されている。
窓に映るウィンティアの右眉の上には、ひきつるようや傷痕がハッキリ残っていた。
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