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第二章 王都

従者じゃないわたし

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「ナガセ!」

 さっき焼き上がったアップルクランブルとお茶を載せたワゴンを押してウルと一緒に執務室に行くと、アルベルトさんがソファで寛いでいた。
 王都に来て一週間目、アルベルトさんには今日初めて会う。

「アルベルトさま! おひさしぶりです」

 いつ会ってもキラキラ王子様! 窓から差し込む陽の光に照らされて金の御髪が美しい。眼福。

「本当だね、僕もナガセに会いたかったよ」

 そう言うと立ち上がって私の頭頂部にチュッと態とらしく音を立ててキスを落とす。なんかもうイケメン対応過ぎてあまり何も感じない。まるで他人事。

「アルベルト」

 レオニダスが執務机から地を這う声を出した。

 あ、今お菓子出しますねー。

 レオニダスは意外と甘いもの好き。このタウンハウスに来てからも私はお菓子や軽食を作らせてもらってる。

「いいでしょ、僕はナガセに一週間振りに会うんだよ。レオニダスなんて毎日着替え手伝ってもらったりピアノ聴いたりナガセの作ったお菓子やご飯を食べてるんでしょ!」

 羨ましい! そう言いながら僕がお茶を淹れてあげる、と私の手からポットを取り上げ、ソファに座らされた。
 えっ、私、従者ですよ!

「今は僕たちしかいないからいいんだよ。たまにはゆっくりお茶しようね」

 そう言うと慣れた手つきでお茶を淹れてクランブルを切り分ける。

「今日は二人に報告」

 アルベルトさんは優雅な仕草でカップを持ちお茶を飲んで一息つくと、懐からチケットを取り出した。

「これは?」

 それを受け取って書いてある文字を読む。

「……おうりつ、こう、きょうがくだ、ん…はる、のていき、えんそう…かい?」
「素晴らしいね。よく読めました」

 アルベルトさんにいい子いい子と頭を撫でられる。えへへ。

「よく手配できたな」
「それはレオニダスのお陰だよ。しかもこれ、王族専用席」
「は?」
「登城した時べアンハートに会ったでしょ」
「ああ」
「なんか凄く感謝してたよ。レオニダスにお礼がしたいって言うから、これなら絶対喜ぶって教えたらさ、本当にくれたんだ」
「感謝……?」
「なんかいい事したんでしょ?」
「怒鳴った記憶しかない……いや、なんなら顎を砕こうとした」
「ふふっ、何それ楽しそう。でもまあいいじゃない」

 それとこれは僕の力なんだけどね、と言ってアルベルトさんはとってもいい笑顔をこちらに向けた。

「王都で今一番人気のレストラン予約したから楽しんでおいで」

 レストラン。
 私はまだ頭が追いつかない。

 えっと、こうきょうがくだん…うーん、何だろう…?

 私が難しい顔をして押し黙っているのを見て、レオニダスが笑いながら言った。

「オーケストラ、だ。ナガセ」

 クツクツと笑いながら、優しい眼差しでこちらを見る。
 オーケストラ……。

「おけすとら!!」

 オーケストラ! 王立交響楽団!!
 ふわあぁっ! 演奏会!!

 やっと頭の中で意味がつながった私は立ち上がりチケットをまじまじと見つめる。

 この世界のオーケストラの演奏会が聴ける! すごいすごいすごい!
 え、レストラン? 人気って言った?

 パッとアルベルトさんを見たら、可笑しそうに私を見てアップルクランブルを食べている。

「デートだよ、ナガセ」

 でえと?
 レオニダスを見ると、む、とか、ぐっ、とか言ってお茶を飲んでいる。

 でえと、でえと……えっと、意味が分かりません。

 首を傾げて考え込んでいると、アルベルトさんは天井に視線を上げて、うーん、と考えている。いちいち美しい。

「そうだね、意味は……ほら、こうレオとナガセが、二人で、出掛けて、仲良くすること」

 アルベルトさんは両手の人差し指を立てて、仲良くすると言いながら指をくっつけた。
 レオニダスと私、二人で、出掛ける、仲良くする……。

 それは!
 即ち!
 デート!?

 やっと意味がつながった私は一気に顔が熱くなった。
 デート!! オーケストラデート!! レオニダスと!
 興奮でチケットを持つ手がプルプル震える。
 うううっ! 嬉しい!! 恥ずかしい!!
 ウルが私の心中を察したのか、一緒にウロウロと落ち着きなく歩き回る。

「わあ、真っ赤だよナガセ、可愛いな!」

 アルベルトさんは私の顔を見て破顔した。

「おいアルベルト、見るな!」

 レオニダスは立ち上がり駆け寄って来て私を背に隠す。
 えっ、そんな酷い顔してたかしら。

「いいじゃないか、僕頑張ったんだよ!」
「うるさい、用が済んだなら仕事へ行け」
「酷い、人のこと使いっ走りばかりさせてるくせに!」

 これは食べるから! と、アップルクランブルをむぐむぐ食べる。

「あ、そうそう、その公演明日だから」

 アルベルトさんは一通り食べてお茶を飲んだあと立ち上がり、私をレオニダスから引き剥がして言った。

「今からナガセは僕の実家預かりになります」
「は!?」
「デートなんだよ、従者じゃなくて一人の女性と」
「だからってなんで」
「ここで女性の準備はできないでしょ。女の子って隠してるんだし。うちで預かって色々したいって母上が楽しみにしてるよ」
「なら明日でもいいじゃないか!」
「女性の準備は大変なの知ってるだろ。一晩くらい我儘言わないでよ、レオ」
「わたし、アルベルトさんのおうちにいきますか?」
「そうだよ。母がナガセのドレスを選ぶのを楽しみにしてるからね」
「ドレス、わたしきますか?」
「うん」

 ドレス!! え、私女性の格好できるの?

「嫌?」
「いいえ! いいえ、うれしいです、あの、ドレスすきです」
「ホラ、だってさ、レオ。ナガセも喜んでるよ」

 レオニダスは複雑な顔をしている。

「ドレスは……」

 あ、やっぱり着ない方がいいかな。私が女だって隠しているのにバレたら困るよね。

「レオニダスさま、こまるなら、やめます」
「違う! そうではない、俺も早くドレス姿が見たいんだが……初めてのドレスは、その、贈りたかった……」
「気持ちは分かるけど、それはまたの機会にしてよ」

 ふふっとアルベルトさんは笑ってレオニダスの肩を叩いた。
 この二人、本当に仲が良いよね。




 アルベルトさんのお家はタウンハウスから馬車で三十分くらい離れたところにあった。意外と近い。
 ウルも絶対に連れて行けとレオニダスが言ってくれたので、一緒に滞在する事になった。
 テレーサさんはここから通ってるのね。

 タウンハウスとは違い可愛らしい印象のお邸はロンドンのアパルトマンのような緑の扉が印象的で、真鍮の把手とノッカーが付いている。三階建ての煉瓦造りで、中に入るととっても奥行きのある作りだった。
 中庭もある。素敵。
 ウルは早速中庭に出してもらい、自分の落ち着く場所を探している。

「遅かったわね、アルベルト」
「これでも頑張ったんですよ」

 アルベルトさんは困ったように笑って、じゃあ僕はこれで、とまた出掛けていった。忙しいんですね。

「さあ、それじゃあ早速ドレスを見立てましょう!」

 テレーサさんは嬉しそうに私を部屋へ案内してくれた。

 分かります、私もドレス選び好きです!
 演奏会の時やお仕事で演奏する時は必ずドレスを着ていたので! ここの世界のドレスはどんな形があるんだろう!

 ワクワクして通された部屋に入ると、そこにはすごい数のドレスを掛けた持ち運びタイプのハンガーラックと、数人の女性が控えていた。

「まあまあまあ、お可愛らしいこと!」

 眼鏡をかけ、全身深い緑のシックなドレスに身を包んだオレンジ色の髪の女性が私を見て目を輝かせた。

「オリビアと申します、どうぞ宜しく」
「ナガセです。よろしくおねがいします」

 にこやかに挨拶する女性の目は笑っていない。獲物を逃すまいとする猛禽類のような鋭さがある。コワイ。

「ナガセ、オリビアは王都で今女性たちに話題のデザイナーなのよ。私の同級生なの!」
「テレーサ、この子は素晴らしいわ! 久し振りにとっても創作意欲が湧いて来たわ! ああ、仕立てから出来ないのが悔やまれるわ!」
「仕方ないわ、今回は時間がないんだもの」
「そうね、次は是非仕立てから関わらせて頂戴。今回はあなたから聞いていた身長と肌の色で似合いそうなものを選んできたけど…」

 オリビアさんはまじまじと私の顔を……いや、髪を見つめた。

「初めて見たわ、この色」
「そうね」
「でも、美しいわね」
「ふふっ、あなたならそう言うと思ったわ!」
「でも、隠すんでしょう?」
「ちょっと訳があってね。今回はそれじゃなくても注目を集めるだろうから、色だけは染めてしまうわ」
「残念ね。是非、次はこの髪に合うドレスを仕立てたいわ」
「まずは明日の準備よ!」

 テレーサさんはパンッと手をひとつ叩くと、控えていた侍女さんたちに合図をした。

「さあ、やりましょう!」


 この後、本当のドレス選びというものがどういうものなのか、私は身を以て知ることになった。

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