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第二章 王都

黒い影

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「あなたは一体おいくつなのかしら」


 清々しいほどに黒い笑みを浮かべるテレーサが、アンナと一緒に動けなくなったカレンを寝室に回収に来て。
 タウンハウスの私室で向かい合わせに座り、レオニダスは針の筵となっていた。何故か足元のオッテも耳を伏せている。


 あの後、一度では収まらなかったレオニダスのレオニダスはそのまま二回戦に突入した。いいのか悪いのか、砦で訓練していた事もあったせいでカレンはその辺の女性より体力がある。

 その事に気を良くしてしまい、激しくはしなかったものの回数を多くしてしまったのだ。
 最後の方は空も白んできて、二人とも意識を失うように睦み合った姿のまま眠りに着いた。
 当然、起きて来ないカレンを心配したアンナが部屋を訪れ、寝た形跡のないベッドを見て顔面蒼白になり、使用人皆でハウス内を捜索するものの見つからず。

 何かあったのではと騎士達に捜索を依頼しいざ街へ、というところで話を聞いたテレーサが迷わずレオニダスの寝室に乗り込んだ。

 大騒ぎになったが、ただただ、レオニダスがカレンを抱き潰したと言う事実があっという間に使用人や護衛に広まった朝となった。


「本当に信じられないわ。あの子はまだ病み上がりなのよ? それを一晩中離さないなんて、いつからご自分の絶倫をひけらかす様な性癖をお持ちになったのかしら」

 そんな性癖は持ち合わせていないし乳母に絶倫とか言われるのは物凄く気まずいのだが、こういう時は何も言ってはならないと経験上よく分かっているレオニダスは、視線をテーブルの上に落としじっと黙る。

「あなたがあの子を大切に思っている事は初めから分かっていたけれど、だからこそもっと大切に育むだろうと疑わなかったのに……、楽しいかしら? 初めての子にご自分の強さを見せつけて」

 ――見せつけた訳ではないと声を大にして言いたい。
 そもそもテレーサ自身、御夫君が帰宅した折は翌朝タウンハウスへは来なかったではないか。

 そんなレオニダスの心の声が聞こえるのか、テレーサは片眉をピクリと動かした。

「レオ、何か言いたいことでも?」

 紫眼が真っ直ぐレオニダスを捉える。
 レオニダスはいや……、と口を噤んだ。

「肋骨の痛みも少しあるみたいだから、今日はあの子を一日休ませます」

 痛み、と聞いてガバッと顔を上げる。

「無理をさせたわね」

 射殺さんばかりに冷たく言い放つテレーサは部屋を出ようと立ち上がった。

「怪我は、ひどく痛むのか、俺は……」
「本人は大したことないと言ってるわ。押すと少し痛みが出る程度だけど、無関係ではないでしょう。それがなくても足腰立たないから今日は大人しく休むしかないわよ」

 反省なさい、と一瞥し、乳母は出て行った。


 レオニダスはソファに座ったままガックリと項垂れ額に手を当てた。

 ――言われずとも反省している。
 カレンの怪我の事も頭にあったし、負担をかけない様に気を付けた。
 だが、あんな風に抱きつかれ何度も名前を呼ばれてカレンからのキスを受けてしまうと、理性など何の役にも立たなかった。
 よくあれだけで済んだものだと逆に褒めて欲しい。
 肋骨が痛むと言っていた。
 大丈夫だろうか…やはり性急過ぎたのだろう、合意とは言え回数に問題ありか。これは早く謝りに行かねば。
 花を贈ろう。カレンは花が好きだ。花を用意して顔を見に行こう。そしてまたあの甘い唇にキスをするのだ。

 ああ、カレンに会いたい。
 さっきまで確かに、この腕の中にいたのに――。

 項垂れたまま動かないレオニダスの足元にいるオッテがピクリと顔を上げた。ガチャリとノックもなく扉が開けられる。

「わー、何その格好、反省を体現してるの?」

 アルベルトが楽しそうに入って来た。そのドアの隙間をオッテがするりと出て行く。
 レオニダスは自分もオッテの様に自由に出て行きたいと本気で思いながらアルベルトを横目ちらりと見遣る。

「……挨拶は基本じゃないのか」
「いやー、久々に母上が物凄く怒ってるからさ、レオニダスどうしてるのかなと思って」

 お陰で面白いもの見れたなぁ、と笑う。
 レオニダスはため息を吐いて身体を起こした。

 からかいに来ただけではないのだろう。レオニダスはアルベルトを伴い執務室へ移動した。



「元見習いの坊やが動いた」

 アルベルトは表情もなく報告をする。

「安宿に三日ほど潜伏した後、下町の居酒屋を何軒も渡り歩いてたけど誰とも接触している形跡はなかったんだよね。切られたかと思ってしようとしたら、急に複数の人間が接触し始めた。そいつらはただ雇われただけの破落戸なんだけど、これが面白くてさ」

 話しながら執務室のワゴンでお茶を淹れ、話の内容に不釣り合いな甘い香りを漂わせる。

「この破落戸を雇ったやつも雇われ。そのまた雇った奴も雇われ、そのまた……」
「ちょっと待て」
「面白いでしょ」

 クスクスと笑うがその気配は不穏だ。
 アルベルトは静かにカップをレオニダスの前に置き、自分は応接ソファに腰掛けた。

「雇われた奴らは不特定多数の人間に伝言を渡すだけの仕事。目についた人間に単語だけを教えて、それを坊やに伝わるよう依頼をする。言われた人間にとっては簡単な小遣い稼ぎだから、さっさとお金を受け取るために依頼を完了させる。いちいち依頼人を覚えてないとか言うんだ」

 思い出させたけど、とカップを口に運びながら呟くアルベルトの姿は絵画の様に美しい。

「みんな相手は分からないって言うんだけど、一人だけ見覚えのある男だったって奴がいてね、他の奴らの証言と重なる部分もあるし多分そいつが発端」
「……」
「その男が言うには、以前、商品の納品のためにある屋敷へ行った時、足を引き摺ってる男がいて、高位貴族の屋敷でも身体の不自由な人間を雇うのかと印象に残っていたらしい。伝言を渡してきた男の歩き方とか、背格好が同じ印象なんだって」

 下町の居酒屋には身体を悪くした人間なんていくらでもいる。仕事にありつけず昼から飲んだくれてる人間など珍しくもない。

「それを信じろと」
「ふふ、思い出すまでに時間かかったけどね……多分本当だと思うよ」
「どこの家にいたんだ」
「ローゼンスキール」
「……は?」
「調べたら確かに過去に足の悪い下男がいた事があったらしいよ。怪我をしても暫く働いていたけど、結局辞めたんだって」
「……」
「ローゼンスキールってことはさ、ザイラスブルク公の弱点を突くっていうより、レオニダスの意中の女性を嫉妬のあまり狙ったって言うのが正しいんじゃないかな」
「……政治的な意図は感じないな」
「同感。でもそれは一回目の話」
「おい」
「二回目が計画されてる。今回の接触で判明したよ。でも、一回目は馬鹿なお嬢さんのくだらない癇癪で始まったものだけど、二回目は違うね。一回目と手段は同じだけど違う者の手にかかった奴が入り込んでる。同じ人間に依頼してローゼンスキール家のせいにしようとしているのか、まだ尻尾が掴めない」
「根拠は」
「坊やへの伝言に具体的な言葉が含まれていた」

 音を立てずにアルベルトはカップをテーブルに置く。

「辺境の黒」

 グシャリ、とレオニダスの手の中のカップが粉々になった。中のお茶が執務机に広がる。

「伝言はバラバラでいくつか意味のないものも混ざってたけど、組み立てるとこの言葉が出て来た。一回目はブルネットという指示で今回もこの単語も混ざってたし、一回目の指示とそれほど変わらない内容に見えるけど、これは違う。ナガセのことを指している」

 辺境の黒、と聞けば、ナガセのことを知らない大抵の人間は辺境伯軍の黒い制服を思い出す。
 だが。

「坊やは伝言だけでは気が付かないだろうね。でも、何かのタイミングで何の事か分かるだろう」

 アルベルトは執務机に近づくと、机上に広がるお茶の中に散らばるカップの破片を摘み上げた。

「その時、あの坊やはどう動くか。想像に容易い」

 カチリ、と摘んだ破片をソーサーに乗せる。

「なんかさ、やり方が遠回しでいやらしいんだよね。僕は好きじゃないな」

 そう言うとレオニダスの握り締めている手を取り、掌を開かせた。パラパラと粉々の欠片が散らばる。

「どうしたい?」
「囮だけはダメだ」
「うん、僕も嫌だね」
「だが黒幕は探る」
「もちろん」
「足の悪い男は」
「大丈夫、把握してる。僕から逃げられる訳ないだろ」
「……あの男は俺が」
「分かってるよ。レオから逃げられるやつなんていないよね」

 クスクスと笑いながらレオニダスの傷ひとつない掌を眺めて楽しげに呟く。

「誰を敵に回しているのか分からせないとね」

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