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4 恋と愛
「おかえりビルギッタ! ああ、会いたかったよ!」
「ただいま、アーロン。ふふ、私もよ」
(え、だれ?)
長い渋滞をやっとのことで通り抜け、王都のタウンハウスへ到着したのはもう夜遅い時間だった。
すっかり疲れ切ってやっと到着した叔母さまのタウンハウスは、都心部にありながら四階建ての立派な建物。その豪華さに目を奪われたのも束の間、なぜか見目麗しい男性が玄関に現れて、熱烈に叔母さまを出迎えた。
叔母さまを抱き寄せた彼は、脇目も振らず熱烈に口付けを贈る。
(えっ!?)
直視できなくて慌てて近くにいる家令や侍女へ視線を向けても、彼らは特に動揺することなく、粛々と叔母さまが持ち帰った大量の荷物を運びこんでいる。
慣れている。ということは、日常茶飯事ということだ。ていうかこの男性は誰? 聞いてない!
「お、叔母さま!」
視線を逸らしたまま叫ぶように叔母さまを呼べば、「あら」と私を見た。そんな残念そうな顔で見ないでほしい。ごめんなさいね、邪魔して!
「アーロン、紹介するわ。私の姪っ子のアレックスよ」
「姪っ子? 君と年が近いようだけど」
アーロン、と呼ばれた彼は美しい水色の瞳を私に向けた。金色の髪がさらりと前髪にかかり、まるで舞台俳優のような華やかさがある。美しいかもしれないけれど、今はそれどころではない。誰なのこの人。
「年の離れた兄がいるの。年齢は兄よりもアレックスとの方が近いのよ。ね、アレックス」
「え、ええ」
目のやり場に困る。いつまでくっついているの、この人たち。
「へえ、そうなんだ。身内なのはよく分かるよ、君に似てる」
「ふふ、似てるからってちょっかいは出しちゃだめよ」
「そんなことはしないよ。僕は君に夢中なんだから」
「知ってるわ」
(私は知らないから! 部屋でやってよ!)
抱き合ったままそんな会話をする二人を視界の端に捉えながら、王都の滞在先を叔母さまの屋敷にしたことを、少しだけ後悔したのだった。
――ああ、早く休みたい。
*
「一緒に暮らしているの?」
結局、それ以上アーロンについて紹介されることはなく、「仕事がある」と言った彼は、私たちと入れ替わりで出かけていった。
不満げな顔の私を見た叔母さまは笑いながら、まずは、と私に用意してくれた部屋を案内してくれた。
「そうよ。彼、まだ駆け出しの舞台俳優だからお金がなくて、同じ役者と部屋をシェアしていたんだけれど、女性関係のトラブルに巻き込まれたのよ。だから私が支援してあげることにしたの」
「はあ……」
「かわいいでしょう? きっとこれから人気が出ると思うのよね」
「へえ……」
ちょっと違う世界の話でよく分からない。舞台俳優みたいだと思った私の勘は当たっていたけれど。
「ここは広いし、彼も仕事柄あまりいないから、それほど顔を合わせることはないと思うわ」
(そういうことを心配しているわけじゃないんだけど)
侍女が淹れてくれた紅茶を飲みながら、ほうっと息を吐きだす。ずっと馬車に乗っていたからか、なんだかまだ身体が揺れている気がする。
「――結婚するの?」
ぽつりと呟いた私の言葉に、目を丸くした叔母さまが弾けるように身体をのけぞらせて笑った。
「あはは! まさか! 私が結婚したいと思ったのは、後にも先にも亡くなった夫だけよ。他の誰かにその思いを塗り替える気はないわ」
「でも今は、あの人が恋人なんでしょう?」
「それと結婚はまったく別の話よ」
「――よく分からないわ。その愛した人が残した屋敷で、新しい恋人と暮らしてるの?」
「亡くなった夫は私の心を満たしてくれたけれど、今、身体は満たしてくれないもの」
「――なんだかいやらしい」
「まあ、ふふっ! かわいいわね、アレックス」
叔母さまは楽しそうに笑いながら、身を乗り出して私の顔を覗き込んだ。
「あなたも本当に恋をしたらいいわ。そして愛を見つけるの。そうしたらきっと分かるわ」
「――叔母さまに似ているから?」
「そうよ」
得意げに笑う叔母さまを見て、とてもじゃないけれど似ているとは思えない、とこっそり息を吐き出す。
本当に華のような人なのだ。美しくて明るくて、とても自分に自信がある人。私とは違う世界の人だ。
「私が似ているのは身長だけのような気がするわ」
「それはどうかしらね。さあ、今日はもうゆっくり休んで。明日から忙しくなるわよ」
「どうして?」
「言ったでしょう、あなたのドレスや装飾品を買いに行かなければならないもの」
「ドレスはあるわ」
「だめよあんなの! 全然あなたに似合ってないわ」
かわいらしいのを選んだのにバッサリとそんなことを言われて、ぐっと言葉に詰まる。なんかもう少し言い方ないかしら。
「かわいいと思うものと、自分に似合うものは別よ。ちゃんと私が教えてあげるわ」
立ち上がった叔母さまは「じゃあね」と、ひらひらと手を振りながら部屋を後にした。
*
「はああ……」
侍女が荷解きを手伝う、というのを断って、やっと部屋で一人になると、大きなため息がこぼれた。
――疲れた。
長旅もそうだし、なぜだか叔母さまの恋人もいるし、馬車の事故に遭遇するし、なんだか予想しなかったことばかり起こって、すっかり疲れてしまった。
この間まで領地で牛のお産に立ち会っていたのに、今は王都にいるのもなんだか不思議。
立ち上がって窓の外を見る。
すっかり暗くなった街並みをオレンジの街灯が丸く光って、道行く人を照らしている。夜になると真っ暗で、フクロウの鳴き声がする領地の夜とは大違いだ。
(――昼間に会った騎士、本当に大きな人だったわ)
今日、事故現場で出会ったあの銀色の髪の騎士。
男性とほぼ身長が変わらない私を見下ろすほど、大きな人だった。逞しい腕が腰に巻き付いて、私を馬から剥がしたあの腕力もすごい。
(馬の扱いにも慣れていたし、さすが王都で騎士団の隊長職についているだけのことはあるわ)
お父さまや弟たちも、特別背が高いわけではないから、いつも大体目線は一緒だ。あんな風に見下ろされるなんて初めてで、思わずじっと見つめ返してしまった。
「名乗りもせず離れてしまって、失礼だったかしらね」
もし、また会うことがあったら。
そう、ここは王都なのだ。領地とは違う、私が予想もしなかったことが起こる場所。
もしまたあの騎士に会うことがあったら、今度は改めて名前を名乗ってみよう。そして彼の名前を聞こう。
「――さ、もう寝ようかな」
窓の外を見ながら、なんだかこれから、これまでとは違う日々が始まりそうな、そんな予感がしたのだった。
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