【完結】計画的に出奔したら銀色の美しい従者が追ってきたお話

かほなみり

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1.解消は速やかに

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「誤解なんだ、リリーシュ!」

 悲痛な声で叫ぶ若い男の声。
 
 だが、向かいの席に座るリリーシュは繊細なカップとソーサーを静かにティーテーブルに置くと、背後に立つ従者に顔を向けて小さく頷いた。
 真っ黒なスーツに身を包み銀色の髪を後ろで一つに纏め、銀色の縁の眼鏡をかけた背の高い従者は、分厚い大きな封筒を取り出しテーブルに置く。

「誤解なのは十分承知しております」

 リリーシュは静かに、目の前に座り青い顔をした婚約者を見た。

「で、では何故……!」
「トーマス様が仲睦まじいご様子でかのご令嬢とお過ごしだったのは、全て王太子殿下の命だったと承知しております」
「そうだよリリー! ケインズ嬢に近付き、ケインズ卿の動向を探る機会を窺っていたんだ!」
「先日新聞にも報じられたケインズ家による汚職や脱税の証拠を探る為ですね」
「そうだ、そうだよリリー、分かっているのなら何故……!」
「一言仰って下さればよかったのです」

 リリーシュは真っ直ぐトーマスを見据え、膝の上の手をキュッと握った。

「一言仰っていただければ、貴方が他のご令嬢と仲睦まじくお過ごしになる姿を目にするのも、人々の噂の的になるのも、耐えられました。けれど、貴方からは何ひとつ説明がなかった。私はただ……教えていただきたかった」
「リリー、これは」
「王家から口止めされたと? 私は貴方の婚約者なのです。貴方が王太子殿下の側近になるのが確実だとなれば、私はもちろんその妻としてお支えする心つもりでした。……でも、貴方は私を信用なさらなかった」
「違う、君を、君をこんな事に巻き込みたくなかったんだ」

 立ち上がりテーブル越しに手を伸ばして来るトーマスに、リリーシュは長い睫毛を伏せ、その新緑色の瞳を隠した。

「……私を信用して欲しかったわ、トーマス」
「リリー聞いてくれ、僕は……」

 ゆるゆると首を振り伸ばした手を拒むリリーシュに、トーマスはその上げた腰をソファに戻した。

「……リリー、僕は……君をあの家から救い出したかった。だから僕は……」
「分かってるわ。でももういいの、トーマス。私は大丈夫だから」

 リリーシュは、そっとテーブルの上の封筒をトーマスに向けて滑らせた。

「……婚約を解消してください」


 *


 一通り書類の手続きを終えると、リリーシュは立ち上がりトーマスに膝を折った。

「違約金は後日、銀行に振り込ませていただきます」
「……そんなものはいらないよ」
「それでは駄目です。これは私の我儘なんですから」
「リリー……ご両親にはなんと言うんだ。君の、その……」
「ご心配には及びません」

 扉を開けた従者の横を静かに通り過ぎ、リリーシュはもう一度振り返った。

「……お元気で、トーマス。どうか幸せになってね」

 最後に美しく微笑んだリリーシュにかける言葉も見つからず、トーマスはただぼんやりとその背中を見送った。

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