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気の迷いに違いない

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「あああ~っ! もうもうもう!」

 ベッドの上でドスドスと枕を拳で叩き、ぼふっと顔を埋めた。

「何してるの私! 二回しか会っていない人にはいって返事したの⁉ でもあんな理想的な容姿の騎士に跪かれて愛を乞われて(ないけど)、私の大好きな小説みたいな状況で断れるわけがないわ! だって! 顔が好みなんだもの! どうしよう⁉」
「どうしようもありませんよ、おめでとうございますお嬢様」
「メグ!」

 がばっと顔を上げるとお茶を淹れているメグがちらりとこちらを見た。

「二回しか会ってないのよ⁉」
「政略結婚だと一度も会わないこともあるそうですよ」
「それはそうなんだけど!」
「嫌ならお断りすればいいんですよ」
「はいって言っちゃったのよ!」
「じゃあ仕方ないですねえ」
「そうなんだけど!」

 アデルはあの後、屋敷まで私を送り届け両親に挨拶をし、日を改めて申し込みに来ると約束をして帰って行った。
 お父様はまさか私が相手を見つけてくると思わなかったらしく、それはもう大喜びだった。
 悔しくてまた枕に顔を埋めると、ふう、とメグのため息が聞こえた。
 
「何がそんなに嫌なんです? 完璧な方なんでしょう?」
「……だからよ」
「だから?」
「あの人絶対浮気するわ。だってすごくモテるのよ⁉」
「なんですかそれ」
「私といたって他の女の子に手を振ったり愛想よくしたりできるのよ⁉」
「まあ、仕事柄、慣れてらっしゃるんでしょうねぇ」
「あんな見た目だけの人に歓声を上げる人の気が知れないわ!」
「お嬢様がそれ言います?」
「私は見た目と中身も重要なの!」
「旦那様と奥様にも丁寧にごあいさつされて、いずれ家督を継ぐ上に騎士の仕事にも就いて小隊の副隊長までされていて人望も厚くて、もう何も問題ないと思いますけど」
「随分詳しいわね⁉」
「そりゃあ大事なお嬢様を預ける方なんですから、私だって気になりますよ」
「まあ……、今日だって、初めてダンスがあんなに楽しいと思えたし? 何より顔がすごくいいと思うし。確かに今日の結婚の申し込みもそれは素敵だったわよ? 夜のテラスで跪いて私の手の甲に口付けを落として? まさに理想の騎士様だったわ、凄く格好いいのよ! そうよ、完璧だったわ悔しいけど!」
「お嬢様ってチョロいですね」
「チョロいって何よ⁉」
「素直という意味です」
「絶対言葉に悪意があると思うわ!」
「理想どおりの申し込みを受けることが出来て良かったじゃないですか」
「……そ、そうなんだけど、それだけじゃダメなのよ、結婚って……」
「まだ浮気も何もしていない人に対して、勝手に理想を押し付けて嫌がるのは失礼です」
「そ、そうだけど」
「お嬢様を泣かせるようなことがあれば、私がぶん殴ってやりますから」
「……メグなら本当にやりそうね」

 アデルは私に婚約を申し込んできた。
 本当に、私がいいんだろうか。私が、あの美しい人の婚約者に、特別になるんだろうか。

「……これからちゃんと、向き合って見るわ……」

 そう呟くと、メグがふふっと笑い声をあげた。

「本当にお嬢様は、素直で真っすぐで、可愛らしい方ですよ」
 
 その言葉は、美しいその人にも言われた言葉だった。

 
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