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その姿なら色々と!

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「――ということで教えて欲しいんです」

 婚約が決まり両家の顔合わせも済ませた私たちは、二人で会うようになった。アデルは勤務の合間を見ては僅かな時間でも我が家にやってきたり、時間が取れる時はレストランや美しい公園、新しく出来た美術館などへ連れて行ってくれた。
 今日は、最近出来たばかりだと言うレストランで食事をしている。
 個室に通され、壁一面の大きな窓の向こうに広がる美しい庭を見ながらする食事は、邸宅や四阿でするものとは違い気分が良かった。そしてその勢いのまま聞いてみたのだ。
 どうして、私だったのか、と。
 
「……理由かあ」
 
 こてん、と首を傾げるアデル。
 何なのこの人! 本当やめて! かっこかわいいとかやめて!
  
「んんっ、ど、どうして二回しか会ったことのない私に婚約を申し込んだのか不思議なのです」
「うーん」

 今度は反対にこてんと首を傾げた。
 わざとだわ。絶対にわざとだわ!
 顔が熱くなった私と目が合い、アデルはにこりと笑った。ぷいっと横を向いて視線を逸らす。
 
「理由……必要かなあ。理由がないと俺と婚約するのは不安?」
「べ、別に不安とかではありませんわ。ただどうしてなのか分からないのです」
「俺にとっては特別だったけど」
「私、ただ怒ってただけですもの」
「ははっ、確かに!」

 ふわりと前髪が優しく撫でられた。
 驚いて顔を向けると、手を伸ばし私の前髪を撫でたアデルが、少し困ったように微笑んでいる。
 アデルは立ち上がり私の横に跪くと、私の膝の上の手を優しく包み込んだ。

「ちゃんと伝えられない俺が悪いんだけど、なんて言えばいいのかなあ」
 
 アデルはすりすりと私の手を指で撫で、握りしめていた私の手を解くと指を絡め取り手を繋いだ。

「……⁉」

 こ、これは所謂恋人つなぎというやつじゃないかしら⁉ え、どうして今そんな事に⁉ どういう流れなの⁉

「何度でも言うけどね、俺は貴女のまっすぐで素直でかわいいところが好きなんだよ」

 指を絡め、指の間をすりすりと擦らせるそのしぐさに背中がぞわぞわと痺れた。手袋をしていない肌が指の間を何度も擽る。
 待って待って、大事な話をしてるのに頭に入ってこないわ!

「……ア、アデル様、手を離してください」

 アデルはふふ、とひとつ笑うと、立ち上がり私を個室内の壁際にあるソファへ座らせた。その隣に腰掛けるアデルの体温が、触れていないのに熱く感じてしまって、顔を向けられない。繋いだ手はそのまま、じわりと手のひらに汗をかいている。

「俺はね、あまり他人に興味がないんだよね」
「え?」
「貴女も見目のいい男は好きでしょう? 俺も普通に、誰かを見てかわいいなあって思うんだけど、だからその人とどうにかなりたい訳じゃないって言うか」
「な、なるほど……?」
「例えばさ、公園でお母さんに抱かれてる赤ちゃんがかわいいとか、さっき給仕に来てくれた女の子がかわいいとか、それだけ」
「なるほど……?」
「カタリーナ嬢は好きな舞台俳優とかいない?」
「い、います……」
「貴女が舞台俳優が好きで応援する気持ちはあっても、その俳優とどうにかなりたい訳じゃないでしょ?」
「そう、ね……?」
「社交辞令は言うけど、それって深い意味はないし、今までもずっとそうだったんだ。でも、貴女のことをすごく知りたいって思ったんだよね」
「! ななな、なん……」
「貴女は初めて色々知りたいと思えた女性なんだ。何が好きで何に興味があるのか、何を考えているのか、全部知りたい。その権利を他の奴に奪われるくらいなら、俺は貴女と早く結婚して知り尽くしたいんだ」

 ちょっと待って~! 何なのその突然の嵐のような告白は⁉

「それにね、俺は貴女にすごく夢中なんだけど、きっと貴女も俺に夢中になるよ」
「は⁉ なななにを根拠にそんなこと!」
「イヴァンや舞台俳優に夢を見ても、結局貴女は俺が一番になるよ」

 指を絡めてつないでいた手を持ち上げ、アデルは私の指先にちゅっと口付けをした。手袋をしていない手に、アデルの熱い唇が触れる。その向こうにある熱っぽい眼差しに、心臓が激しく音を立てた。やめて、その姿でそんなことしないで!

「む、夢中って……」
「貴女しか知らない俺を見るんだよ? 魅力的でしょ」
「バカなこと言わないで!」
「そうかな? 俺は貴女のためなら何でもしてあげるよ」
「してほしいことなんてないわ!」
「そう? この隊服で貴女に愛を告げることも出来るよ? あなたの好きな舞台の台詞を言えと言われたら、俺はいつだってするよ」
「それは今すぐその姿で色々してほしいけれど!」
「え?」
「なななんでもないわ!」

 言ってから、思わず口を覆った。
 バカバカ、私ったら何を言ってるの⁉ 
 立ち上がりその場を離れようとすると、アデルの腕が腰に回りソファに引き戻された。

「待って待って、駄目だよカタリーナ。まだ聞きたい」
「なんでもないったら!」
「だーめ! ねえ、何をして欲しい?」

 腰に腕を回され、後ろから耳元で囁くアデルの声に思わずびくりと肩が揺れた。
 
「あ、貴方が考えてちょうだい! それが正解だったら教えてあげるわ!」
「え~、それは難しいなぁ。でも時間かけて探すのはちょっと楽しいね」

 ぐいぐいと身体を寄せてくるアデルの重みに耐えられず、ソファに突っ伏すように倒れ込んだ。アデルはやんわりと覆いかぶさり、私の耳元に唇を寄せてそっと囁いた。

「……カタリーナ、貴女のそういうちょっと意地っ張りなところ、ほんとに可愛くて好きだよ」
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