溺愛恋愛お断り〜秘密の騎士は生真面目事務官を落としたい〜

かほなみり

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25 ユーリ7

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「モニカ殿がこちらへ向かっているらしい」
「は?」

 王太子に呼ばれ執務室へ向かうと、執務机に腰かける王太子の横に青白い顔をした宰相がいた。扉の前にも室内にも近衛が配置され、王太子の警備を強化している。

「母が?」
「やはりお前も聞いていなかったか」

 王太子は笑うと宰相を促す。彼は眼鏡を指で上げると手元の紙に視線を落とした。

「七日前、すでに領地を出発したそうです」
「そんなはずはない、部下に監視をさせている」
「囮を使ったようです」
「おとり」

 はははっ! と王太子が大きく笑った。

「さすが、お前の母君だなエヴァレット! 自分と見た目の似ている女性を屋敷で生活させて、自分は平民の服装で辻馬車を利用して移動しているそうだぞ」
「……」

 思わず言葉を失い頭を抱えた。
 あの人は一体何を考えているんだ!

「――今はどの辺りに」
「東の絹産業が盛んな街にいるようです。王都へは後二日ほどで到着するかと」
(大方、ドレスに着替えてそこからは着飾って来るつもりだろうな)

 ここまで来たらすぐに護衛が来ることをわかっているのだろう。あの人の考えそうなことだ。
 
「至急部下を送ります」
「彼女が動いていることを察知して、私の即位に反対する者たちも動き出している」

 この日も王太子の食事から毒物が検出された。毒見役が倒れ、すぐに処置を受けたが後遺症が出ていると報告を受けている。
 
「殿下の身辺警護も増やしています。妃殿下とご子息ご息女も奥宮へと移しました」
「しばらくは窮屈な思いをするだろうが仕方あるまい」

 王太子を亡き者にして、唯一の血縁である俺を担ぎ上げようとする反王太子派の動きがここにきて活発になった。貴族院を解体し新たな政治体制を作ろうとしている王太子に、古参の貴族たちから反発が上がっているのだ。

「――お話し中失礼します」

 執務室の扉の向こうからノックと共に声がかけられた。アリサと共にいるはずのレジーナだ。緊急を要する声音に、素早く視線を王太子に向け許可を得て扉を開ける。

「どうした」
「アリサ様が襲撃を受けました」
「!」

 飛び出そうとする俺を押さえるように、レジーナが行く手を塞ぐ。

「アリサ様はご無事です! お屋敷へ戻られました!」
(くそ!)

 それ以上押し問答をしても仕方ない。今すぐにアリサのもとへ飛んでいきたいのを堪え、ぐっと唇を噛み締めレジーナに向き直る。

「口を割ったか」
「はい。ギャラガー殿の立会いのもと尋問を行い、ゲオルグ派で間違いありません」
「決定だな」

 背後で王太子が執務机から声を発した。それは低く、重厚な響きを持っている。

「ゲオルグ家を捕らえよ」

 その言葉に、その場にいた宰相と近衛兵が素早く退室した。俺も続き退室しようとすると、レジーナがもうひとつ、と俺の前に立つ。

「モニカ様がお屋敷に戻られました」
「――は?」
「はははっ!」

 背後で王太子が身体を揺らし笑った。

「エヴァレット、母君はお前よりも何枚も上手だな!」
「~~っ、何してるんだあの人は……っ!」

 今度こそ俺は、王太子の笑い声を背に執務室を飛び出した。

 *

「――母上」

 屋敷に戻ると、恐らく陛下が用意したであろう馬車や近衛が大勢集まっていた。ギルバートが二階を視線で示すのを見て急いでアリサの部屋へ向かうと、ちょうど母が部屋から出てくるところだった。俺に気がついた母は破顔し両手を広げる。

「エヴィ、久しぶりね!」
「お久しぶりです」

 素早く近寄り、抱擁をする。

「ずいぶんお早いお着きでしたね」
「大仰な移動だと時間がかかるから、途中で馬を借りたのよ」
「どうしてそんな危険なことを……!」

 頭が痛い。誰に見張られ狙われているか、この人はわかっているのだろうか。

「でも大丈夫だったでしょう? それにちゃんと護衛がついていたし」

 ほら、と視線で示された先を見ると、廊下の先に旅装姿の男が二人立っている。

(陛下の護衛か)

 陛下は母がどんな人か、よくわかっているということだろう。

「これから王城へ?」
「そうみたい。外に迎えが来ていたでしょう? とりあえず、落ち着いたら連絡するわね」
「そうしてください、本当に」

 ため息をつきそう言うと、母は笑いながら俺の腕をポンポンと叩いた。

「あなたもまずは自分のことをちゃんとしないさいね」
「――はい」

 その言葉に頷くと、満足げにノラと共に階下へ降りて行った。護衛たちもその後を追うのを見届けると、深呼吸をして開いたままの扉をくぐる。
 そこには、美しく着飾ったアリサがこちらを見て立っていた。

(ああ、きれいだな)

 凛とした彼女は、いつだって美しい。
 
「アリサ」

 名を呼ぶと、彼女はほっとしたように俺の名を呼び、そして笑った。

 *

「母から何か聞いた?」

 彼女の手を取り、ソファへ腰かける。
 その手を指を絡め繋ぐと、彼女はもじもじと恥ずかしそうに、けれど振りほどくことはなかった。
 
「聞いたような、聞いていないような」
「そうなの?」
「なんだか色々あって、混乱してるわ」
「うん、そうだよね。アリサ」
「なあに?」
「無事でよかった」

 そう言ってそっと額に口付けを落とすと、彼女の頬が赤くなる。

「俺が君に話したいことがあるって言ったの、覚えてる?」
「ええ。あなたのことね」
「そう」

 繋いだ手の甲を指で撫でると、彼女も同じように返してくれる。それが俺を安心させた。

「でも」

 だが、続くその言葉にドキリと胸が嫌な音を立てた。

「その前に私、あなたに言いたいことがあって」
「なんだろう」

 含みのある言い方に、心臓が嫌な音を立てはじめる。知らず、彼女の手を強く握った。視線を落とし俯く彼女の長い睫毛をじっと見つめる。

(危険な目に合って、嫌になっただろうか)

 ザックが助けに入ったと聞いた。奴に気持ちが揺れただろうか。

「私たち、もう『形だけ』は続けられないと思うの」

 その言葉に目の前が真っ暗になった。グラグラと地面が揺れて、全身が冷たく凍るようだ。
 やっぱりザックがよかった? そばに俺がいたら違った? もっと早く君に向き合って、気持ちを伝えたらよかった?

「どうして?」
 
 平静を装っても、声が掠れ震えている。

「だって」

 アリサはそこで俺を見た。緑の瞳が何かを決意したように、俺をじっと見つめる。
 そのまま彼女の唇を塞ぎたかった。組み敷いて、聞きたくない台詞など言わせないように言葉も全て飲み込んで、快感だけ感じさせたい。俺なしにはいられないくらい、溺れさせて、すべて俺のものにしたい。
 そんな黒い凶暴な欲望がムクムクと頭をもたげる。
 何も知らなくていい、俺のそばにいるなら。
 駄目だ、それでは彼女が彼女ではなくなってしまう。
 どうする? どうしたらいい――?

「だって私」

 アリサ。
 君が俺を必要としないのなら、俺はきっと壊れてしまう。お願いだから、俺を手離さないで。じゃないと本当に、君のことをどうにかしてしまいそうだ。

「――だって私、あなたのことを好きになってしまったんだもの」
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