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青いみかんが実る頃には。

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 青いみかんが実る頃、僕達中2の修学旅行生はとある海岸の断崖絶壁に来ていた。
 もちろん落ちない様に厳重な注意を受けて。

 自殺者が多い事で知られら所。
 身も竦み目も眩む高さを経験した僕達はぞろぞろと帰り始める。

 それは一寸した気の緩みと言うか、片想いの女の子が前を歩いていたから。
 そう、それだけ。
 一寸した段差に気付かなかったそれだけ。

 僕は足首よく挫く。
 軽い捻挫だが、これをよくやる。
 あっ、やったと思った瞬間。
 何と言うか不幸と言うか、兎に角間が悪かった。
 後ろには誰もいず。
 しかも海に向かって傾斜している。
 しかも鎖の柵の下は丁度僕がすり抜けられる空間が有った。
 コロコロと面白い様に転がる中で、僕は側にいた白く長い裾を引き摺りかねない服を掴んでしまった。
 それは美麗な風貌の若い男性なのだが、何故か笑っている。
 笑っているが、・・・。


 何故にお姫様抱っこ?。
 わけわからん。
 でも確実に海に落ちて行く。
 そして水飛沫と共に。

 何故に僕はお姫様抱っこのまま、海に深く深く沈んで行くのだろう。

 その時僕にはいわゆるスキルボードが見えた。
 人種は・・・まあ確かに只の人ですが何か。
 年齢もそのままだから異世界転移?。
 いやいや何を考えて・・・。
 魔力以外は小・・・まあ大した事は無いって事だよね。
 運は中なんだ。
 え~と、僕は海に落ちて死んで?、異世界転移した事に成るのかな?。

 スキルが足首くじきってなんだよ。
 異世界に行っても挫くのかよ。
 もう一つは文字化けしてるし。
 その影響か魔法属性不明と加護数不明を頂いている。

 称号は・・・只で起きない者?。
 え~と、つまり転んでも只では起きないって事は、何かしら恩恵が有るのかな?。


 この崖は落ちたらほぼ即死って説明されたから、死ぬよねやっぱり。
 さっき足首挫いたのは流石にカウントされないか。

 あ~何か気が遠くに行くよ。
 これが死なのかな。


 気が付くと僕は町の噴水が有る広場にいた。
 僕の知らない天井は抜ける様な青空だった。

 わらわらと人が集まって来る。
「※※※※※※※※※※※・・・」
 何を言っているのだろう?。
 僕も言葉を口にしたが通じない。
 何かしら心配されて声を掛けられているのは解るのだが。
 幸いにも外傷も骨折等も無い。
 手も足も動くし身体も起き上がる。
「ふう~」と息を吐いて安心した。
 色々人に聞かれるのだが如何せん言葉がわからない。
 そうしていると何やら武装し同じ格好をした人が5人此方に来た。
 言葉を掛けられても応答出来ない僕は、両肩を2人の兵士に担がれて運ばれた。
 気付かなかったけど足首を挫いていたからね。


 そして今ここに至る訳だが・・・。
 机の前の上官みたいな女性は腕を組ん机に項垂れている。
 困っている様だ。
 僕は足首に湿布を巻かれて只座っている。
 これが本当の人種、只の人だ。


 その晩僕は牢屋に留め置かれた。
 とは言え待遇は悪くなくベッドには布団や毛布も有り、食事は普通に暖かいしそこそこの味だ。
 そこそことは、おそらく調味料の類いが少ないからだろう。
 単純な味だった。
 不満と言うか困ったのは、囲いは有るが少々臭うポットン便所。

 夜寝る時に言葉が何とか成らないか願った。


 次の日僕は上官とおぼしき中年の女の人に連れられて町を歩いた。
 この上官は身分が高い人らしく護衛が3人もついて来た。
 40代かなと思えるが割と美人ではある。

 最初に来たのは屋台。
 どうやら朝から働く人達の為に開いているらしい。
 肉や野菜を炒めた物に手作りのソースを掛けてパンに挟んで売っている。
 ソースはとろみが有りパンから垂れ落ち難い。
 パンの質は流石に日本には敵わないが、そこそこに美味しい黒パンだ。
 白パンも有ったが少し高い。

 上官の人は護衛の人を含め10個買っていた。
 店のオヤジが○○○○パティと言ったのに対して上官は銀貨3枚を渡していた。
 肉や野菜が多くて日本円なら一つ300円はするだろう。
 ならば銀貨一枚千円だろうか?。
 ○○○○は確か・・・。
 その聞こえた音を僕は数と捉えて(三)と(千)を導き出した。
 その他の声の音は確信が持てない。

 上官に連れられて歩く間に僕はおそらく三つの文字を覚えた。
 服と飯と酒で有るが、看板の絵から解った。
 人々の会話からでは今は難しい。

 そして上官に連れられて来たのは・・・。
 看板には可愛い角ウサギに剣と水晶?。

 中に入って推測できたのは冒険者ギルド。
 ラノベとか日本で読んで無かったら推測すら出来なかったであろうが、沢山読んだ事に感謝したい。

 どうやら受付嬢と上官は知り合いらしく、僕のギルド入会申告をするようだ。
 先ずは何かを聞かれたが、これは昨日も散々聞いている。
 多分名前だ。
「マリフ・チアキ」
 僕はそう答えた。
「マ、マリファチヤキ?」
「マ・リ・フ・チ・ア・キ」
「マリフ」
 僕は頷く。
「チアキ」
 そしてまた頷く。
「マリフ※※※※※※」
 んっ、千彰じゃ無くてマリフに名前が成りそうだと思ったが、説明出来ないので仕方無い。

 したら突然身体を押さえ込まれて上官はニヤリとした。
「いっ何を?」
 ギルドの受付嬢もニヤリと僕を見て針を取り出すとチクリ。
 そうして貴重な僕の一滴はギルドカードに消えていった。
 受付嬢は僕の指に何やら手をかざし唱えると傷が消えた。
 驚嘆である。
 治癒魔法をこの目で見れた。
 しかも神官では無くてギルド嬢だ。

 そうして僕は冒険者証を得た。


 そして僕の宿は二日目も鉄格子の小部屋となる。
 まあ、宿代も食事もただでは有るが。
・・・今気が付いたが、足首の捻挫が治っている。
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